日記Ynas9912
1999年10月〜12月の日記です

1999/10月中旬
「みんなで講をやるそうだけど私はああいうのはなんやいや
やわ 」と言っていた。
私は現場にいなかったので解らないが まったくの空想の現実化か または単な
る話としての「講」が出てきたのを実際やることとしてとらえたのかは不明
1999/11月4日
母さんが ご飯を炊くためにお米をかしていた。洗ったお米の水を切って、木の升
で量り、別のボールに出していた。
「どうしたの?」と聞くと
「だって何合だったかわからなくなってしまったもの」と言った。
量り終えるのを見計らって
「いくつあった?」と聞いた。
「6合だと思う 2回量ったで」
「なら 水は6合分でいいよ」母さんが電気釜にセットをして「OK、OK」と言
ってその作業は終わった。
最初に入れたお米の量が解らなくなって、黙って自分でやろうとしていたのだ。
私は涙を抑えることが出来なかった。
6合というのは、我が家でご飯を炊くときの ずっと前からの”標準量”だった。
普通なら何合か間違えるはずもないし、
プラスチックの1合の計量カップも棚の上にあるのに 米ケースの中の濡らさな
い方が良い木の升で洗ったお米を量るというのも見方によっては異様だった。
1999年11月
このところ 朝起きる前に、「ううっー」と泣き声のようなうめき声のような声を発する。
全身に力が入って振るえることもある。力を入れるため「足がしびれた」と言うことも
ある。娘も一緒の部屋に寝ていた。娘が 学校の試験で準備勉強をして 2時30分に寝た。
7時30分まで寝て 特急動作で登校の予定にしていた。それが母さんの泣き声で5時に
起こされてしまった。起きてしまうと1時間ぐらいは眠れない。6時ごろもう一度寝た。
予定通り7時30分に起こしてあげたが、起きず、午前中 ふて寝 当然 試験は ボイ
コット。その日以来 娘を 階下の部屋に移して生活させることにした。
1999年12月
このころ、お客さんから、料金をもらったのに「もらっていない」と言ったり、
おつりの計算が難しくなって、私の方の事務所をのぞき「ぜんぶていくらになる?」
と聞いたりする。その日の売上金を日々入れるところがかわるので、わからなくなる
ことがある。
今月から 売り上げのみ、私が管理してやることにした。