日記Ynas9906
99年4月〜6月の日記です
1999年4月1日(木)
娘の咳は嘘のように治ってきて、わずかしか咳かなくなった。
1999年4月8日(木)
咳はもう出ていない
娘 高校 入学式、両親とも出席
1999年4月15日(木)
県立病院の診察で、「忙しさのせいかも知れないので2ヶ月くらい仕事を休んで、
休養してみたらどうでしょう」と言われた。
母さんを「2ヶ月くらい休んでも、大丈夫だから」と説得した。
100パーセントの 先々の展望がなくても言わなくてはならない。
それに100パーセントの展望ある人など誰もいない。
今その判断に迷って、病気が取り返しのつかないことになってしまってはいけない。
母さんは納得しているが、周りの反対で、そのままになっている。
(この時の診断は痴呆性疾患(擬)であったが 当時私はこの病名の意味がわから
なかった。アルツハイマーとほぼ同義であるとわかったのは最近だった。)=1999.10.1.追記
1999年5月1日(土)
母さんは少しずつお金を入れて、4個か5個財布を持っている。そのどれかを置
き忘れることが多くなった。うちの中での出来事だから無くなってしまったこと
はなかった。
1999年5月11日(火)
としこさんが来て3時間近く、話していった。母さんの病気は私のせいだ と言った。
「あやが定期券を買う時、さっさと金を払ってしまい、母さんに払わせなかった
のはよくない」
「あやの弁当を作る時、母さんに作らせないのは良くない。母親が弁当を作り、
こどもが弁当を食べたかどうか、見たりして、ふれあいという物が出来る。
それをしゃしゃりでて作って..」
「あんたが 好きなこと、やりたいことだけやっているのやろう」
「何が目当てや、金が目当てか」
「この病気はもうなおらへんと思っておるんやろ」
「生活の家計が2ヶ月は持つとはどう言う意味や」
「家の中が乱雑になっているから病気になったんや、」
「あんたの恥は、みんなの恥や、恥ずかしいことせんといて」
「私の病気には(としこさんも病弱)にはストレスが一番あかんのや、私の病気を悪う
なってもええと思っとるんやろ」
「今日は殴られてもいいと思って来た」
「フランセの店は 岩戸いらい靖子を助けてあげてきた。半分は私が作ったような物だ」
「自分で出て行って どこかに勝手に店作りゃー」
としこさんの総攻撃にあった。母さんのぐちを聞いてそのまま言っていることも
あっただろうが(2月ごろから、母さんは そばにいる人の雰囲気に合わせて
自分の意見を言っている=私の前では としこさんが怒ると言い、としこさんの前では
私が部屋を乱雑にしていると言う)
多くは現実をつかんでおらず、一部意味不明の攻撃もあった。
母さんの病気について、一番頭を悩ませ、注意の行き届かぬところがあったにせよ
実際に手当をしているのは私なのだ。
それを攻撃して、なんとなる?
特異な原則「それ困難だ、まず人を非難せよ」に基づく「生活様式」である。
娘の弁当は、朝 短時間に機敏に作れないのだ。
妹の(母さんのこと)病気に直面して気が動転していたのかも知れない。
一戸の家庭の問題は、その家庭の中で解決するのが普通である。
「聞くことは、聞くけれども、論議することも、受け入れることも出来ない」と
拒否した。
親兄弟が介入できる例外は、暴力的であるとか、素行不良で家庭生活が
成り立たないと予測される時など、である。
現実的でない議論に、反論しなかったし、受け入れもしなかった。
私は3人の家族の意見を聞くことには きわめて民主的である。しかし手続きを
無視した 外部からの介入には厳しく対応するのは当然のことである。
「私が 言うのが あかんというなら 靖子が言っていると思って、聞いてくれ
靖子は きれい好きだから、汚いのがストレスになって 病気になったのやろう
家の中を整理してやりゃー」
善意であれば、時がとしこさんが持っている問題を解明するだろうし、
善意でなければそれが現れるだろう。
1999年5月15日(土)
生協をやっていてとしこさんが言う「甘えてんじゃないよ」と。意味不明。
母さん本人は若干空想混じりのことを言う、としこさんは気が動転して
現状に沿わないことを言う。母さんの気持ちを安定した状況に置くことが大切。
論議するには母さんの状態を本人の前で言わねばならない。デリカシーに欠けた
事は病気に良くないので出来ない。
1999年5月20日(木)
日付を間違えた。店のシャッターを開けてやると「今日は休日だ」と言って怒った。
4月8日ごろから朝食を作らなくなった。次第に昼食も作らなくなった。洗濯はする
1999年5月24日(月)
5月ほとんど連日のごとく 日によっては1日に2〜3回 財布をなくし
た。「しましまの財布がない」とか「紫の財布がない」とか言う。ボケのことを
書いた本で言われているように”盗られた”とか”盗ったやろう”とかは言った
ことがない。私も楽な気持ちでいっしょに探してやることが出来る。
(全部家の中での置き忘れ、しまい場所忘れ)
1999年6月5日(土)
このごろ6月になってから 財布をなくすことが少なくなった。
1999年6月10日(木)
このごろ客人が居ないときは、元気なくじっとしているように見える
1999年6月15日(火)
母さんは昼仕事が忙しかった。夕方7時頃めずらしく「頭痛がする」、「あたまが
いたい」と言った。このところ頭痛はしていなかったが・・・・・。
1999年6月20日(日)
「どうしてこんなふうになってしまったんだろう」としきりに言う。私も解ら
ないので答える言葉がない。
1999年6月21日(月)
今日から、少しずつ散歩をやることにした。手始めに我が家の北方向にある
田圃地帯に足を進めた。
母さんの店用の商品を 小物問屋の「松山」仕入れに行った。小物の他、
いつも来てくれるお客さんに あげるようにと小形のうちわを50本ほど仕入れてきた。
50本うちわをあげるほど仕事が続けられるのかなと案じた。
1999年6月22日(火)
今日また頭痛がした。
1999年6月23日(水)
県立病院で診察。
1999年6月24日(木)
久しぶりに 母さんが娘の弁当を作った。
1999年6月26日(土)
朝起きて10分ほどして「寒い寒い」と言った。熱はなかった。気温も寒く
はなかった。
20日、23日、24日、25日、26日、と このところ、朝起きてから
「体がえらい」と言って、下の部屋でもう一度横になっている。10分
ぐらいすると起きてくる。
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暗中模索の時..
. まだ軽い内に何とかしなければ..と思うばかりで行動できないまま時は過ぎ
ていってしまう。本屋さんで、数冊の本を買ってきた。その中に「ボケは防げる
治せる」(金子満雄・浜松医療センター)と言う本があった。
. ボケは大きく分けて アルツハイマー病と 生活習慣病としての老人ボケが
ある。また記憶障害は様々な状況によって起こってくる。ということがわかった。
何にしても 私としては 母さんの「物忘れ」がどういう病気によって、起こって
いるかつかまねばならなかった。1999年6月になって浜松医療センター(病院)
の「高齢者脳精密検査科外来」へ電話をかけた。
. 「普通診察は3ヶ月前の予約となっおりますが 初めての方でご心配でしょう
から 6月中に日にちをとります。ただ時間が午後4時か5時ごろになるのですが
よろしいでしょうか」と言われた。私としては 時間のことなど問題ではなかった
ので「はい よろしいです」と言って相談の結果6月28日に診察を受けに行くこ
とになった。(1999年6月15日)
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浜松医療センターのこと
6月28日
浜松医療センターへは正午前に着いた。病気の本題とはあまり関
係ないが病院の印象について書く、浜松医療センターへ着いて、玄関にある『総合
受付』とも言うべきところで、氏名を言って 来院の趣旨を告げ「どこへ行ったらい
いでしょうか?」と尋ねた。「はい 少しお待ちください。」と「科」の方へ電話をし
てくれて「受付の初診受け付けのところへお出でください」と言われた。「えーっと」
私がそれはどこにあるか聞こうとすると フロアの方にいた女性の係りのかたが
「こちらへ一緒に来てください」と案内してくれて、「予診カード」のような用紙の書き
方まで教えてくれて・書き終えてから、「ここへ用紙を出して少しお待ちください」
と 『総合受付』の方へ去って行かれた。椅子にかけると 母さんが「トイレはどこ
やろ」と言うので 立ち上がって周りの表示をキョロキョロ見回した。ちょっと表示
が見あたらなかったので 女性の係りのかたに聞くと「こちらへどうぞ」と言って
母さんをトイレまで連れて行ってくれた。やがて受付がすむと、やはり係りの女性
のかたが「高齢者脳精密検査科外来」まで案内していってくれた。診察室の配置
が四角形の周の外側にある感じで 普通あるように一本の廊下に沿って診察室
が並んでいるふうとは違っていた。待合いのイスのまとまりが数カ所あって各々
はかなりの距離が保たれていた。職員の人や診察にきた人がたくさんいるのに静
かだなと思った。呼び出しのためにスピーカーが使われていなかった。
. 「女性の係りの人」は ボランティア活動でやっおられるとのことだった。
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金子満雄先生の診察と生活指導
先生の診察の前に面接検査があった。MMSテスト 仮名拾いテスト
ほかに動物の名前、花の名前を言うテスト。
「美容院をやっている人でここに来られる人が多いですよ
楽しいと思うことをやってください
トランプとか 花札囲碁や将棋もいいですね
花作り とかね
可愛いものを 可愛いと思う気持ちのある人 こういう人は長持ちします」
1@PETスキャン(ポジトロン エミッション トモグラフィー)
2A脳機能テスト
3B記憶テスト
「PETスキャンというのは30億円ぐらいする機械で 人体への副作用
の少ないアイソトープを使って脳の酸素やグルコースの様子を観察して脳の
内部の活動状態をみるものです いままでのCTやMRIではわからなかっ
たことがわかります。2泊3日入院してもらって検査をすれば病気がわかり
ます。
ボケ と言われる病気は生活習慣病の人がほとんどです。遺伝子によって起
こってくるアルツハイマー病はボケの内の1%程度です。3年ないし4年で
動けなくなる場合が多い。」
そして次のようなプリントをもらった。
脳 の リ ハ ビ リ
脳を活発にして、楽しく健康に暮らす秘訣
生活上の注意
1,生きがい 趣味のある積極的な生活をしましょう・
2,老若男女の交友の機会をふやしましょう
3,毎日一定の仕事を必すやりましょう●
4,毎日定朋的な肉体運動をしましょう.
5,日記をつけましょう.
6,外出、旅行は進んでしましょう.
右脳刺激訓練の例
1,音楽;聴く、弾<、歌う、リズムをとる。
2,絵画;描く、眺める、鑑賞する.
3,ゲーム類;囲碁、将棋 麻雀、花札 オセロゲーム トランブ
パチンコ ジグソウパズルなど.
4,矩歌、併句、川柳など.
5,スポーツ;ゲートポール、テニス、水泳、ダンス、
ビリヤード スポーツ観戦など.
6, 犬、猫、小鳥、金魚などの飼育.
7,株、ポートレース、オートレース、競馬など.
8,茶道、華道、書道など.
9,刺繍、織物、編み物、裁縫、手芸など.
10,園芸、盆栽、野菜作り. ■
11, 男女交際、旅行、・湯治など.・
12,お経を唱え、覚える.写経.
13, 日曜大工、陶磁器作り、彫物、竹細工など.
脳 の リ ハ ビ リ 浜松医療センター 高齢者脳精検
. プリントの 「生活上の注意」 について ひとつずつ 例を出して説明
してくれた。
「仕事をやっておられるなら、無理の無いように続けてください。そして仕事もいい
けれども、自分が楽しいと思うことをやってください。お散歩するとか。散歩は一回
5000歩程度。肉体運動も定期的にやれればいいですね。趣味の集まりなどに出て
交友の機会を多く持つ 外出や旅行も゛出来る限りやった方がいいですね。日記など
書くのもいいですね。趣味では 仲間とともに音楽を聴いたり歌ったり、花札やトラ
ンプ、五目並べ、花を育てたり、小動物を飼う、そのほかココに書いてあるようなこ
とで出来るものがあればやってみる。」
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