日記風覚え書きYnas9804
この頁は 1998年より以前のことをまとめて覚え書きとして書き出しています。
田口靖子覚え書き
1944年=昭和19年10月**日(*)生まれ
1951年4月 土貴野小学校 入学
1957年4月 中学 入学
1960年3月 中学 卒業
1660年4月 理容美容学校入学
1962年3月 理容美容学校卒業
1975年代ごろ 北一色にて貸店舗で独立自営
1982年4月18日(日)結婚
1983年5月27日 長女 出生
1984年7月 現住所へ転居
1984年12月 現住所へ店を移し新装開店
1991年2月 山野流の着付け 奥伝講師資格取得
それ以前から着付けは業務として行っていたが お客さんも増えて
行った。たまに花嫁着付けを承けることあり
現在に至る
1998年6月のある日
その試験は病気と気が付く2ヶ月前の1998年6月にあった。
すでに 山野流の着付け 奥伝講師資格を取得しており それを受けた時の
美容師仲間5名か6名が、その後 任意に月一回ぐらい集まって、学習したり、
交流したりしていた。組合の資格の有無は業務の資格には関係ないことだった。
娘は高校入試で、勉強していた。母さんは着付けの本からノートを取り勉強
していた。
私も 泊まり込みのメーカーの講習がありレジュメに目を通していた。
「一家総出で勉強だなー」冗談を言いながら夜を過ごしたこともあった。
母さんの本には和服特有の当用漢字に無い 着物の部分の難しい名称があった。
「漢字は別に覚えなくてもいいんだけど」といいながら 漢字を書いたり、
模擬問題を考えたりして勉強していた。試験日が近づいてきたら毎晩やっていた。
たぶん あと一ヶ月と言う時だったが
「組合の資格みたいな止めようかな」と言ったことがあった。
着付け業務をやるのには、組合の資格あるなしは関係ないことだった。
「でも 申込書も出してあることやし、一生懸命やっているんだから受けてみたら、
通らなくても別にどうと言うことはないし」と言って受けることになった。
試験の当日、私が会場まで送っていった。
「終わったら電話しいよ、迎えに来るから」と言って戻ってきた。
昼近くに「迎えに来て」と電話があった。
ホールで待っている母さんを見つけて車に戻り「どうだった」と聞くと
「わからへなんだから途中で出てきたわ」と言った。
「そうか また次回もあるし、組合の資格なんか無くてもどうと言うことはないし」
外で昼食を取り帰ってきた。そういえば ちょっと電話が早かったような気がしたし、
会場でぞろぞろ人が退場している光景もなかったなーと思いつつ戻ってきた。
「頭が痛い」
◎ 母さんは 「頭が痛い」といつも言っていた。結婚して以来、そう言う訴えを
何回も聞いた。概して冬場の方が多かったので、「風邪だろう」と診療所で風邪薬
をもらってきて飲んでいた。痛み止めの薬も入っているから頭痛も治っていた。風
邪ではなかったのかも知れない。アルツハイマー病が、少しずつ進行していたのか
も知れない。
◎ 風邪薬と言えば 「小児用ジキニン」という シロップの風邪薬を、25本入
りの箱ごと買ってきて飲んでいた。栄養ドリンク剤も時々飲んでいた。常用してい
る場合 この中に入っている、カフェイン または 無水カフェインが作用して、
不整脈が起こることがある。母さんは 宮崎へ行く飛行機の中で 一回、高山へ行
き、町並みを歩いている時 一回、家にいる時一回、私は 栄養ドリンクを10日間
ぐらい飲み続けていたとき 動悸が起こった やばいと思って次の日、飲まなかっ
たら 何事もなかった。本当にそうかと思って 2日おいて、飲み次の日も飲んだ
ところ やはり動悸が起こった。飲まなくなって以来、動悸が起こったことはない。
イトーヨーカ堂で4枚服を買った件
イトーヨーカ堂で娘パジャマの件、
長良生協での件、マルナカの件、
バローでの、袋詰めの件
*。