日記Ynas0412
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※ 読者のみなさんの参考のために
母さん(田口靖子)は 本日(2004.12.31)現在60歳2ヶ月。
アルツハイマー 発病後6年4ヶ月
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2004.12.31(金) 雪 のち 雨
−−◎母さんは8時30分に起きてきた。見るとスボンが濡れていたので布団を見に行った。
布団は濡れていなかった。交換もちょっと慣れてきて、幼児に何かをやらせる時のように
「さあさあ パンツを脱いで」と歌うように掛け声をかけて、本人の抵抗動作を無視して
進めた。
娘が「パンツ脱いで...の”目覚まし”に快眠を妨げられた」と笑いながら起きてきた。
−−◎結局最後まで累積してきていた諸雑事を“年末”ということで、昨日から今日にかけて
手抜きもあるがなんとか処理した。私の中にある年末の昔風の意識は 功を奏する。
−−◎朝から寒く、雪だったので朝の散歩は無し。北の方にある山々は雪景色だったが
周辺は空き地にまだらに雪が見える程度だった。昼過ぎ娘が「雪が見えるところへ行こう」
と言うので娘の運転で各務原から大洞方面へ散歩ドライブに行った。山越えの
上り坂中ほどで10台ほど先の車が事故を起こしていて(それまで来ていた反対方向の
車が来なくなった。) こちらも先に進めなくなった。回転させて引き返し別のさらに
東側にあるルートを通り関方面へ行き廻って帰ってきた。この道はあまり混んでおらず、
前後の車も30mくらいは 離れていて、時速15kmから30kmの速度で峠を通過した。
雪道に慣れていない娘に実践的な注意を与え練習をした。
−−◎今年の我が家の大晦日のテレビはベートーベンの第9番だった。
−−◎今日は散歩に行かなかったせいか12時ころ母さんが起きだしていった。30分くらい
様子を見ていて寝させたら朝まで寝た。
2004.12.30(木) 晴れ
−−◎3っの散歩コースは行ってきた。
−−◎今朝はパンツは濡れていなかったが交換した。
−−◎我が家の駐車スペースを軽く掃除した。プランター棚の下の落ち葉、紛れ込んだごみ、
を掃いた。壁際の小道具も直線的に置いた。
2004.12.29(水) 晴れ くもり
−−◎朝の散歩、
−−◎私が机に向かっていたら、母さんが うしろから近づいてきた。首の両脇がペタッと
冷たい。「ヒャーッ」と声を発してからわかった。母さんが冷たくなった手を襟のところに
あてたのだ。「こらっ冷たい」というと、「あははっ あははっ」と笑っていた。この種のことでは
怒らないことを知っているからようだ。健康時もそうだったが、いたずらっぽいところがある。
先日は デイサービスで職員さんに「あっかんべー」をしていた。以前には私にもしていたが
「親しい仲間」にしかやらないことだ。
いたずらを楽しむ感性が残存していることは望ましいことだ。
2004.12.28(火) 晴れ
−−◎朝の散歩は田圃方面へ。川に白鷺が来ていて飛び立って少し離れたところに
降りた。母さんがすぐ気づいて「大きいのが出とる」と言った。烏や鳩より大きいと言う
意味である。
−−◎昼は金華山ドライブコースへ行ってきた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
今日は口数の少ない日だった。散歩中小さい子とか猫がいるとニコッとして話しかけて
いた。小学校1年生くらいの男の子とその姉さんとすれ違った。ドサッと音がして
小さい方の男の子がつまづいて転んだ。角に広い駐車場があり、(月決め駐車場で
昼間は車の出入りが少なく、歩行者が横切ってもとがめられることが無いので、こどもは
ショートカットして横切って行く。)車輪止めにつまづいたようだった。
母さんはわざわざ引き返して肩をたたいて「大丈夫?」と話しかけていた。
−−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩。小さい極小の犬が散歩しているのを見て
「チョコ チョコ チョコ ...おもしろい」と言っていた。この“おもしろい”と言うのは
かわいい と言う意味も含まれる。
−−◎ようやくクリスマスツリーとでっかい靴下をかたずけて、ついでに室内だけお正月用の
餅花、お飾り餅、鶏の置物、その他を飾った。外は大晦日になってから飾る予定。
2004.12.27(月) 晴れ
−−◎7時起き。8時30分に点検したところ漏らしていなかったので換えないでそのままに
しておいた。
−−◎8時30分 朝の散歩に行った。
散歩中におしっこが出たらしいが時間が無かったのでそのままデイサービスに連れて
行き係りの人にその旨伝えた。
今日は気分高揚の日だった。ホール内を行ったりきたり、走ったりしていた。
職員さんをつついたり、声をかけて、顔を合わせて ニコッ ということが何度もあった。
入浴させてもらった。機嫌よく浴室にいたということだった。
−−◎帰りに、岩戸公園へ散歩に行ってきた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
はじめ お天気雨がぱらついて 傘を持って散歩に行ってもらった。雨はたいしたことなく
止んだ。また 何回も母さんが散歩に出て行った。途中「さくら〜 さくら〜」の歌を
歌ったり、サザンカの花のところで立ち止まって見とれていたりしていた。
停車中の車の中で、「肩たたき」の歌を一緒に歌い、母さんが手をたたいてリズムを
とっていた。室内ではボール投げをやってもらった。
−−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩に行ってきた、今日は前日より寒くは無かった。
−−◎スリランカ、インドネシアで昨日大地震発生。
2004.12.26(日) 雨 のち 晴れ
−−◎厚生労働省の検討会は24日「痴呆」の呼称について 使用用語として「認知症」と
するとの報告書をまとめた。(各紙・各テレビで報道)
−−◎雨、9時ごろ 小止みになり駅方面へ傘を持って散歩。
−−◎夜、パンツを交換してやろうと、パンツとズボン下、ズボンを持ってきて イスの上に置き
タイミング(好機)を待っていたところ、母さん紙パンツを指して
「これは 赤ちゃんのやよ ふふふっ」赤ちゃんをイメージに浮かべてか笑っていた。
娘と私と顔をあわせ「ばれてしまったか」と言った。使用に関して一度も説明したことはないし
買ってくる場面も見ていないのにわかってしまったらしい。交換にとくに支障は無かった。
脱がせている娘に「そんなことしてはいかんて」と言って抵抗していたがすぐ済み、
今日は紙パンツ、スボン下、ズボンとも、自分ではいた。(いつもパンツははくがズボンは
持ち歩いていてなかなかはかない時がある)
−−◎本巣のばっちゃのところへ行った。
今日は機嫌が良くよくしゃべっていた。機嫌良くしていたので おばあさんもうれしそうだった。
母さんに「これがあんたさんの お母さんだよ お母さんの○○○○子さんだよ」と言うと
「そうだよ」と“なにをいっとるの あたりまえやがね”と言うような顔をして答えた。
(でも 普段は このお母さんではなく、小学生だったころの お母さんを連想しているようだ)
−−◎明日は クリスマスツリーと でっかい靴下をかたずけなければ...
キリスト教にはまったく関与していないが 季節の変わり目の“お祭り”として我が家では
取り入れている
寺は西本願寺系であるがあまり熱心な信者ではない。そのほかに我が家には
火の用心の神様とか近くの神社の神様とかがいるが目には見えない=見えないはずだ 彼ら
は超自然的な存在だからだ。
2004.12.25(土) 晴れ
−−◎寝る前と、今朝起きたとき自分でトイレに行っていた。チェックしたところ 濡れて
いなかった。そのままにしておいた。
−−◎台所で 娘が物を移動していて少し汁がこぼれて床に点々としていた。
キッチンタオルで吸い取らせていた。私が「またオシッコか?」と言うと
娘より先に そばにいた母さんが「いや 違う」と即座に反応した。
−−◎3人で喫茶「チボリ」へ行った。ながやさんが厨房にいた。ながやさんが手で
合図をされると母さんニコッとして応えていた。
−−◎娘が母さんの髪をカットした。以前と比べるとカットの時じっと座っていることが出来なくなって
私が母さんの注目をひきつけながら留まらせて置いた。
母さんの目線があちこち見るたびに頭も動く。動かないでいる時間が少ない。
私が見た目では まぁ まぁだと思ったが、娘は「雑切りに見える」と言っていた。
私「雑には見えないけど もしそう見えるなら 動き続けている頭の髪を切ったのだから
しかたがないよ」
私「よし出来た かわいく見えるよ」と言うと 母さん「うふふっ」と笑っていた。
−−◎車に乗っている時「ニコニコ○○○」と言う看板があった。母さんが見つけないうちに
私が「ニコニコ○○○か」というと、「ふたつづつ ふたつづつ あるのや」と言った。
私ははじめ反応の意味がわからなかったが ニコニコ=2個 2個=ふたつづつだった
らしい。言葉について 記憶に在庫として残っているものについては反応は速いようだ。
−−◎夕食の準備をしていると、きまって「お母さんは? お母さんはどこ行った?」と
私に聞く、時には「お父さんはどこへ行ったの?」と聞くこともある。
2004.12.24(金) 晴れ
−−◎朝の散歩に行った。
−−◎昨夜、パンツをした後、寝る前と、今朝起きたとき自分でトイレに行っていた。
デイサービスに行く前に 念のためにと チェックしたところ 濡れていなかった。
ゆったりと家にいる時は、トイレに行くようだ。
散歩している時などは寒くなって急に催してくるとだめなようだ。
−−◎デイサービスに行った。
気のおもむくままに、動いていたようだった。午後風呂に入れてもらった。
伝言によると だんだん入浴に慣れてきてズボンなど自分であげていたそうだった。
クリスマスプレゼントにきれいにラッピングしたクッキーとカード状に仕立てた写真2枚
をもらってきた。一枚は來所者と職員さん全員で写した写真、もう一枚は母さんが
笑顔でスタッフのかたとイスにかけてお話している場面のものだった。
−−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎本日も総じて機嫌良し。
−−◎パンツ交換と民主主義。
以前には衣服交換は自分でできた。そのうち 指示をしたり、そのうち手伝ってやって
交換するようになってきた。その後 経過とともに衣服交換を嫌がるようになってきた。
風呂に入った時だけの交換になっていた。(最近ではデイサービスで風呂に入れて
もらうので週2回交換できている)
家で パンツを変えるときだけは機嫌が悪いし抵抗感を示す。相手の意思を
民主的に尊重する立場から見れば パンツ交換行動は“必要悪”である。
2年前の“お風呂説得”とはちがって時間に限りがあり(3時間〜4時間すれば
おしっこは出る)覆らぬ意思を 5時間も6時間もかけて説得し続けるわけには
いかない。その結果、威嚇することになってしまったり、実力行使になるならば、
民主的に説得しようとする意図とは逆の結果(長時間かけたにもかかわらず)に
なってしまう。
で 「説得」はせず、笑顔で「通告」のみして、反感の気分が盛り上がらないうちに
速やかに処理することが肝要のようだ。
2004.12.23(木) 晴れ
−−◎9時、田圃方面へ。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
来訪後、パンツ交換をしてもらった。
その後は散歩についていってもらった、
2004.12.22(水) 晴れ 曇り
−−◎朝 パンツ交換。朝の散歩。
「わからん わからんようになった」と言った。何をさしていっているか不明。
−−◎11時から、久しぶりに、木曽川河川敷の公園へ行った。うす曇だったが風は無く
寒くは無かった。遊歩道沿いに2年〜3年前に植樹したと思われる桜の木が10m置き
ほどにあった。赤い枯葉をパラパラ付けたまま花が咲いていた。
“暖かい秋だったので咲いたのか“と思い通り過ぎようとしたら 説明板が有り
11月と3月の2回咲く「二度咲き桜」であると書いてあった。
母さんは真紅カンナの残り花に関心を示していた。しっかり残っている花もあり、
枯れてしまっている株もあった。「よう出ておる」=(良く咲いている)と言ったり
枯れている株みては「クシャクシャになってしまっとる、もうだめやは」と言っていた。
川の中にいた鳥や、空を飛ぶ飛行機を立ち止まって見ていたりした。幼児がその母と
散歩をしているのを見て喜んでいた。
そのつど私にようすを“報告”してくれた。
−−◎夜 各務原市の市民公園北(元岐阜大学農学部演習林跡地を移転後市が購入し公園に)
で催されていた「冬のソナタ『春川物語』」を見に行ってきた。脇道の落葉樹林に
青白色のイルミネーション(=電飾)で飾り付けをしたもの。
気温は実はそれほど寒くなかったのに、北国の夜の凍てつく公園を歩いているような
錯覚におちいった。
2004.12.21(火) 晴れ
−−◎朝の散歩は駅方面へ。
−−◎11時30分から岩戸公園へ散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
来訪直後にパンツ交換をしてもらった。今日は少し寒かったが散歩に出て行った。
一回目の時「寒い 寒い」と言うので上着を着せてもらいまた出て行った。
一時間たってドアを閉め一旦休憩。(トイレに行く時は行き、行かない時は行かないが..)
ボール投げを少しして、いろいろしゃべったりしていて、終わりがけ30分ほどは
また散歩に出て行った。途中 猫がいて 母さん「ニャーゴ」と鳴きまねをし
顔を見合わせてニッコリ、.....
−−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩。今日は明るいうちに帰宅した。
−−◎12月10日過ぎからは1日3回または2回パンツの交換しなければならなくなったが、
本人が拒否するので“正義”の立場から強制的に執行するが、私がひとりでは
なかなか手間がかかる。(手間はかかるが一人でも交換はしてやっている)
家庭において男が一方的に「専制君主(ある程度責任も持つが 威張って
いて−「生活は俺が支えている俺の言うことを聞け!」)」では無く、
諸事、双方意見を言い、合意の上ことを進め、応分の役務負担をする。民主的な
家庭運営をしてきた。
その方法でこれまでさしてその運営方法が問題であるがゆえに問題が発生したと言う
ことは無かった。
母さんが病気になり、身の回りのことが出来なくなってきて、手伝ってあげようとしても
拒否するようになって 合意の下にすすめる「民主的」な運営では 支障を
きたすようになってきた。(強制執行しないようにと風呂に3ヶ月はいらないとか=その後
むりやり入れたことはこの日記の中にあり。)
見かけ上 古い一部家庭にあるような「専制君主」に逆戻りしつつある。
この変化が 私にとってはその作業そのものよりも心的疲労を増す。
2004.12.20(月) 晴れ
−−◎朝の散歩行った。
−−◎デイサービスに連れて行った。玄関入り口に車を停めるようになってから抵抗少なく
車を降りるようになった。送迎車も到着していて職員さんは忙しそうだった。
−−月曜は昼食後の12時30分までの日だった。
あまり席に座ることなく走ったり歩いたり、職員さんに「こっち こっち」と誘いかけをしたり
していた。終始笑顔で風呂も入れてもらった。
体操の時間には席に着き合わせてリズムを取っていた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
12月にしては暖かい日ではじめは何回も散歩に出た。元気に走り出すことが多かった。
1時間経過後ドアを閉めて室内でボール投げを15分くらいやり、室内にいて
終わりがけまた少し散歩について行ってもらい、いろいろ話しながら歩いてきた。
−−◎今日は午前中も午後も気分高揚の日だった。
気分が高揚する日と沈静化する日とがある。
気分の高揚と沈静と 機嫌の良さ悪さ(笑顔とふくれっつら。ケタケタ笑うことと
声をあげて怒ること。)とは位相が違うようだ。
−−◎夕方の散歩は少し遅くなって 池着5:00だった。「行く」と言うので歩き出した。
すでに暗く西の空がわずかに日没の後を見せていた。遊歩道、並木、車道とあり、
車道の外側には家々があり、街路灯もあって、歩くのに暗いわけではない。
ほぼ半分歩いたところが、車を置いた駐車場の対岸にあたり山側である。
そこから出発点の方向を見ると湖面に町の灯りが映し出され昼間とは違った
風景を見せていた。「きれい きれい」を連発していた。
2004.12.19(日) 晴れ
−−◎朝の散歩。週に一回くらいはと 田圃方面へ 35分コースを歩いてきた。
コースの通りの消防署の脇に「元町珈琲」という大きい喫茶店が出来た。
焼肉や「さかい」(JASDAQ:7622 上場会社)が新分野の開拓として喫茶店分野に進出した
と言うことだ。(同社公表資料)
当然とはいえ 焼肉のイメージとは違い、若者受けのする外観をもっている。
内部は中高年向けというところか?
吉○屋とともに アメリカ牛の狂牛病事件の影響を受けたところだが、両社とも企業の
良心を保持して「なんでもいいから早く輸入再開せよ」とは言っていないようだ。
お客様のためを思えば当然のことだろう。
部門は違うが 汚染輸血血液や、害のある副作用がある薬品が輸入され被害を
及ぼしていた。
2004.12.18(土) 晴れ
−−◎駅方面へ朝の散歩。
−−◎生協配送日。ドアを開けると、いつものように外へ向かっていった。
処理には事変はなかった。
−−◎香?館(香炉館)という料理飲食店がある。(香?峰=香炉峰から名をとったらしい)
(※炉の旧文字がはいっていますがシステムによっては表示されないかもしれません。)
その看板が店舗とは別のところの散歩ドライブの通り道にあり、「こうろかん」と
ひらがなで書いてある。離れていて見ると「ろ」が「ち」のように見え 「か」は小さめに書かれ
「ゃ」のように見える。
この看板の前を通りかかるといつも離れている時は「こうちゃん」「こうちゃん」と
読んでいて、近づいて来ると「こうろかん」「こうろかん」と読んでいる。
−−◎このところ朝トイレに行ってからと、午後、夜寝る前の3回紙パンツを交換するようになった。
外から見てもわからないが、交換するとき濡れている場合が多い。
8月まではなかったのに9月、10月と徐々に回数が増して11月から12月にかけて
急速に進行してきたようだ。
2004.12.17(金) 晴れ
−−◎朝の散歩(20分)の後、朝食。
−−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。車は玄関入り口前に停めた。
はじめ車を降りようとしなかったので 急(せ)かさないようにと ほかごとを
しゃべったりして 合間に「さあ 降りようか」と言ったりしていたが、なかなか
降りなかった。2分か3分たったとき、スタッフのAさんが出てきて声をかけられると
母さんニコニコして降りてきてついて入って行った。
今日も快適に過ごしたようだった。
−−午前中は席についていて他の人の話を聞いていたり、話しかけたり、
スタッフの人に笑いかけたりしていた。
昼食は座っていて 途中で立ってほかごとをする事無く、ほぼ全部食べた。
午後から入浴をし、髪を乾かす間もニコニコしていた。私が靴下を入れることを
忘れていて、施設のを貸してもらってはかせてもらってきた。
入浴後はホール内を行ったり来たりしていた。
−−◎9時50分から3時10分までの5時間20分はデイサービスにいて私の手が空いた。
予約していたメンテナンス作業にすぐ出かけた。12時30分に帰宅し昼食。
40分ほど昼寝をして、郵便局、銀行等へ公共料金等支払いに、そのあとは
食料品以外の、雑貨品等の買い物をしてきた。雑貨品等でものによっては
サイズ 規格 値段をよく確かめる必要のあるものもある。母さんと一緒に行くと
最近では とっとと 先に進んでしまうので、わずかな「確かめ」時間が確保出来ない
状況なって来ていて 預かってもらっている時に行っている。
−−◎今日は3時30分帰宅で一旦休憩をしてから苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
散歩中の「犬がいる」とか「ヘリコプターが飛んでいる」とかサザンカのような花
が咲いているのを見て「うまくはまっとる」とか言い歩いているが
ふと脈絡なく「おっちゃん ありがとう」と言ったりする。「なんにもわからへん」
「ごちゃごちゃで わからへん」と言ったりする。
“わからない自分”を“わかっている自分”が冷静に見つめているように見える。
2004.12.16(木) 晴れ
−−◎朝の散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
「寒くなりましたが 靖子さんが 風邪を引かず 元気でうれしいです」と言われた。
紙パンツを交換してもらった。その後は何回も散歩についていってもらった。
近所の人たちが声をかけてくれて、母さんが笑顔で会釈をしていた。
「お散歩は靖子さんにとってとってもいい時間となっているなあー」と言われた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
何回も散歩についていってもらった。はじめの内 小走りに駆け出したりする
ことがあったが そのうち手をつないで歌を口ずさみながら散歩をした。
1時間して戸を閉めて、母さんが休憩を取り 室内で相手をしてもらった。
手がすいたときに母さんの居る室内の掃除機がけをしてもらった。
再度、散歩に出かけ機嫌がよかった。
−−◎3時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。少し風があったが歩いてきた。
変わらず 車のナンバープレートの数字や社名などを読んでいた。
2004.12.15(水) 晴れ
−−◎母さん8時起き。
すぐ朝の散歩。朝食(半分くらい食べた)
−−◎今日は私の病院診察日で9時30分にヘルパーさんに来てもらって母さんともに
同行してもらった。家にいてもらってもいいのだが、車に乗って出かけるのが好きなので
連れて行った。以前は院内へはいって行って一緒に待っていたりしたが、風邪など
拾ってもいかんし、退屈になって散歩に行って、見知らぬ地域でどんどん遠くへ
行ってしまう おそれもあるので駐車場の車の中で待っていたもらった。
ヘルパーさんとカセットテープに合わせて歌を歌ったり、ぬいぐるみ遊びをしたり、
おしゃべりをして過ごした。
私の診察は 今日は診察券を出してから 診察終了まで40分か45分だったが
車で待っていた母さんが 外へ出ようとする気配はなかったようだった。
診察は検査もあり 血圧 コレステロール値等異常はなかった。
帰宅後、下着 スボン等を交換してもらった。時間があったので散歩について行って
もらいよろこんで出て行った。
−−◎2時40分から苧ヶ瀬の池へ散歩に行き4時に帰宅した。
夕方になると時折そうだが、まるで幼児のように、私の動きに沿ってついてくる。
洗濯の取り入れのとき、台所で食事の準備しているとき、物置へ、トイレへとついてくる。
「おっちゃん おっちゃん」と飽きもせず30分くらい言い続け、私も飽きもせず
「おいおい」とか「うんうん」とか「おるよ おるよ」とか「ここにいるよ」と自身を指差したり
して言い続けている。
もちろん初期のころは「なに?」とか「どうしたの?」とか聞いていたが、とくに用件が
あると言うことも無いようなので返事だけをしている。
−−◎12月になってから尿失禁の回数が多くなった。紙パンツは薄 中 厚の内 薄を
使用している。夜9時ころ交換し朝は濡れていない時と濡れているときがある。
濡れていないときは寝る前と起きた時自分でトイレに行っているためと思う。
でも交換している。
夜はほとんど濡れている。外出などが多いのでそのためであったり、家にいるときでも
トイレに到達する前に漏らしているらしい。紙パンツは薄型だが3回くらい溜まらないと
ズボンにしみ出てこないようで椅子等がよごれないからいいようなものの、外から
わからないのですぐ交換してやれない不便さがある。
今朝も「大」のほうはトイレでやっていた。
2004.12.14(火)晴れ
−−◎朝の散歩に行った。
−−◎下体衣類を交換してやった。外からはわからないが失禁していた。
濡れているかいないかは 外からはわからないのですぐ交換してやれず不便だ。
娘はもう学校に行っているし、一人で交換してやった。本人の根底の気持ちや意思は
わからないが 実行行為としては、自分で交換せず、人にも交換させないように
動くので難仕事である。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
2人でこられた。はじめのうち母さんは 台所へ行ったりしていたが、笑顔で何回も
“散歩”に出て行った。
掛け声をかけてもらってボール投げやバトミントンをしていた。手のつめを切って
もらった。
−−◎3時40分、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎椅子の上に立つ娘を見て。
娘が椅子の上に立って何かをしていた(ふざけていたわけではなく何か必要が
あってそうしていたのだ)。それを見ていた母さん「転ぶよ、気をつけなあかんよ」と
言っていた。
@状況の把握と、状況に即した言葉を出すことが出来る。
A語調は他の人ではなく、娘に話しかける語調である。母親の意識は残っている。
−−◎「ぐうたらな(怠惰な)生活」が病気の原因ではない。
しかし発病後、病気の進行を抑えるために、適度な本人の気持ちに即した運動や
活動は必要なことである。
○初期のころは「お絵描き」をリハビリでやっていた。集積した絵は200枚くらい。
○初めのころは散歩(歩行療法)は目的意識的にやっていた。現在は生命の根源から
押し出されるように(脳の古い皮質からの指令か?)歩いている。歩行療法は“徘徊”として
排除されるべきではない。単に「歩き」の機能維持にとどまらず、外の世界に対する
認識維持に大きい役割を果たす。
母さんにとっては このことについて ヘルパーさんにこの意義を理解してもらって
協力してもらっている力は大きい。
○家族以外の人と接して、意思疎通を場が多くあった。病院でのリハビリ時。
来訪してもらうヘルパーさん。デイサービスに行っている時。
○運動ではボール投げ、バトミントン、平均台歩き(公園内道路で15cm幅ほどの
縁石の上を歩くこと)などしていた。
○現状を保っていることについて、各施設の皆さんのご尽力の力は大きい。
○家事身の回りのことについては、あまりやらせなかったので早く退化した。
−※−意思疎通(コミニケーションという英語ではない)(「コミニケーション
がはかれない」と嘆いておられる人がいたが、病人が英語を解さないからだ=冗談=
学校や講習で習ったことをこなれないまま出すことも積極的な試みとして大切だが
うまくいかなかったとしても偉そうに嘆くことはない。次への挑戦が大切。)
2004.12.13(月) 晴れ
−−◎母さん8時起き。駅方面へ散歩
−−◎9時30分、デイサービスへ連れて行った。ここ数回車を玄関の入り口直前に
置いて母さんを降ろしたところ、抵抗なく降りるようになった。
入浴の際の脱衣のとき、手拍子を打ったり、ダンス(?)をしてもらったり
いろいろ工夫をしてもらっているようだ。入浴後も機嫌がよかった。
昼食のお料理が配膳されると「お魚だね」とスタッフの人に話しかけていた。
今日は落ち着いて椅子にかけているときも多かった。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
先週の例に従って、2人こられるものと私が思い、2人こられるならと私が
得意先の機器点検の約束をしていた。その後の別の用件で話してていたところ
一人だけこられることがわかったが、得意先を突然断るわけにも行かず、
心配だったが出かけた。
1時間くらい散歩を繰り返し、あとの1時間は室内で、お相手をしてもらった。
ボール投げもバトミントンも 少しやると用具を台所の方へ持っていってしまい、
長続きしなかった。
残った時間また散歩に行ってもらった.
−−◎夕方は 娘が風邪で かかりつけの医者へ連れて行ってやった。母さんと2人で
医院の駐車場の車の中で待っていた。
2004.12.12(日) 晴れ のち 曇り のち 雨
−−◎母さん8時起き。9時朝の散歩。
−−◎朝までは失禁なし。
−−◎昨晩の“寝言”
「○○○......うふふふっ....○○○」(○○は不明部分)
見ると目は開けておらずすーすー眠っていた。おもしろい夢でも見ていたらしい。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。車での通過点で いつものように「ひさちゃんの家や」と言った。
通過するとき6回か7回繰り返す。今日は一度「ひさちゃんの家や」と言ってから
2回目に「ひさちゃんの家みたいや」と言い3回目も「ひさちゃんの家みたいや」と言った。
はじめから似ていると言う認識であったがその様にいえなかったのか、
今日ひさちゃんの家ではないが似ていると気がついたのかわからない。
−−◎夜寝る前に紙パンツ交換。
2004.12.11(土) 晴れ
−−◎8時30分母さん起きる(このごろ朝起きるのが遅くなった。)。おきたらすぐ
朝の散歩に行った。パンツ交換のため点検したところ濡れていなかった。
−−◎生協の配送日特に混線無し。
−−◎「ぐうたらな(怠惰な)生活をしていると、痴呆になる」という説について。
「そういう事例がある というなら あったのでしょう。しかし多くは一見そのように
見えるのは 原因ではなく すでに前期症状が現れていたと見るべきである。」
と言うのが私のこの説に対する見解である。
うちの妻の場合、発病直前まで 仕事をこなし営業として世間の評判もよく客は
絶えなかった。商品販売でも問屋筋から「表彰状」何枚ももらっていた。
問屋招待の北海道や九州で開かれる「研修会」には毎年参加していた。
家事育児はてきぱきとすすめ(私もいくつかは分担したが..)数値処理も
当然のことながら営業と家計は分離し、たいした間違いはなかった。
生活意識も意欲的だった。仕事上の別の資格を得ようと試験に取り組んだり、
「絵」とか「刺繍」とかをやっていた。これは妻の事例である。
私の知るいくつかの別の事例では、自営の人、お勤めの人の違いはあるが
怠惰とは正反対でむしろほかの人を引っ張っていくほど意欲的に生きていた
人であったようだ。
2004.12.10(金) 晴れ
−−◎昨夕7時ころ、紙パンツ交換。今朝8時濡れていなかったので交換せず。
寝る前と起きてからトイレに行っていたが、ちゃんと用を足していたらしい。
−−◎8時30分、駅方面へ散歩。
−−◎9時30分 デイサービスに連れて行った。スムースに車を降りてなかへはいっていった。
いつものように過ごした。行ったりきたり、声をかけたり。
入浴をしジャンパー以外は全部交換してもらった。
シャンプーもしてもらった。ドライヤーで乾かして。
やってもらっている間も その後も家にいるときのように笑顔ですごしていた。
−−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。車に乗って動き出すと歌を歌う。
たいてい「さくら〜さくら〜」か「蛍の光」の歌だ。
2004.12.9(木) 晴れ
−−◎公園の散歩はいつものように行った。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
パンツの交換をしてもらった。散歩に行き結構長い時間歩いてきた。
はじめ口数が少なかったが30分くらいするとしゃべるようになった。
11時30分ころトイレに行った。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
2時間のあいだ ずーっと散歩を繰り返した。(戻ってはまた出る)踏み切りで遮断機が
下りたときも、あまり抵抗なく道を変えた。
途中「お母さん」とか「とし子さん」とか名前が出ていた。
−−◎鳥や犬を見つけたとき「おるおる」とか「いるいる」と言い主語を言わない。
動物以外のものは「のせてある」とか「のっかとる」と言う。
きれいな花が咲いているときは「うまくはまっとる」と言う。
「出てきた」とも言う。
2004.12.8(水) 晴れ
−−◎朝5時30分、廊下で音がして母さんが戻ってこないので見に行くと立っていた。
トイレのドア2mのところからトイレにかけてオシッコ点々や溜りがあり、トイレの
中にも溜まっていた。トイレに向かったけれども間に合わなかったらしい。
それでそこにうろうろしていたようだった。
ジャージ(=体操着、寝るときもこれで寝ている)も少し濡れていた。
下体部を全部交換し再度寝させてから、廊下とトイレの床を掃除して私も寝た。
−−◎6時40分起き、母さんは8時まで寝ていた。起きてすぐ駅方面へ散歩に行ってきた。
−−◎9時、岐阜県立病院の診察日だった。予約時刻の15分前に着き待っていた。
母さん今日は、おとなしく椅子にかけて待っていた。ピタリ定刻に呼ばれて、すぐ
診察とこちらからの状況報告、注射をしてもらった。5分くらいで終了した。
−−◎9時15分に帰宅し母さんはそれから朝食を食べた。
今日はヘルパーさんの来ない日で昼の岩戸公園への散歩と 夕方の苧ヶ瀬の池への
散歩はコースを長めに取って歩いてきた。
母さんが“ひさちゃんの家”と措定している家の辺りを通過したとき「ひさちゃんの家」や
と言っていた。
−−◎夕食時のこと
母さんがちび茄子の漬物を残していた。娘が「茄子 ちょうだい」と言った。
母さん「うん持っていきゃー」と。娘が自分の皿にとって「食べるよ」と言うと「うん たべやー」
とニコニコしていた。
2004.12.7(火) 晴れ
−−◎昼に岩戸公園へ散歩に行った。その途中のこと。うさぎを描いた赤い布切れを持っていた。
母さん「あにゃまんに やってやるわ」。
私「うん作ってやりやー」。
母さん「よろこぶわ」
母さんの心の中にある娘のイメージは「小さい子」だったり 現に目に見える「おおきい子」
だったりする。この会話の中の娘は「小さい子」だ。
娘が幼いころ手作りで、遊び用のもの作ってあげていた。
今はもう実際には作ることは出来ないが、感性のレベルでは そのようにしたいと
思っていると言うことだろう。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
来訪後すぐに、朝は濡れていなかったので交換していなかったパンツを交換してもらった。
一人では出来ないので助かった。
散歩に行って、ボール投げをしたりしていた。
その間 衣服交換のショックかしばらく口数が少なかったが順次いつもの笑顔に戻ってきた。
「髪がきれいになったね」といわれて、母さん「オホホホッ」と手を口元へ持っていき
冗談っぽく“奥様笑い”して笑わせていた。
2004.12.6(月) 晴れ
−−◎8時、駅方面へ散歩。その後、パンツを交換したが、昨日昼1時から今朝までは
トイレに行っていたらしく、失禁はしていなかった。
−−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。
入り口2mのところまで車を近づけ「おもしろい お姉さんがいるよ」と言うとニコニコして
スーッと降りてきた。(※おもしろい=楽しいとか かわいいとか 興味深いとかに
使っている)車の降りぐあいはその日によって違う。
ここ数回は その場で「あとで迎えに来るから」と言って戻ってきている。
−−−職員さんの肩をポンとやって手を引いて歩いたりしていた。
入浴し洗髪もしてもらった。職員さんが「目が合うと ニコッと笑顔を見せて下さり
とてもうれしく思います」と言っておられた。
お風呂場から 時折 笑い声が聞こえてくることもあった。−−−
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
ヘルパーさんに2人来てもらった。前の道路は交通量が多く、線路は私鉄と少し離れて
JR線があり 散歩と言っても危険がともなうこともあり事故を未然に防ぐためである。
それと2人の目で見て今後の介護の展望を切り開くためである。
−−今日は2人で付き添っていってもらった。笑顔で楽しく動いていたようだった。
突然 車道側に行ったり、踏切が降りているのにくぐり抜けたりしないよう、腕を組んで
行くといいのだが 振り払ってなかなか腕を組ませない。今日はうまく腕を組んで歩いた。
それと今日は駆け足で走り出すことが多かった。室内では いろいろおしゃべりをしたり
ボール投げをした。室内にいるとき、服にネーム付けをしてもらった。
このネーム数ヶ月前他県へワープしたとき、すぐ連絡がついてよかった。
2004.12.5(日) 晴れ
−−◎9時から朝の駅方面への散歩。
−−◎1時パンツ交換。
−−◎公園や、買い物や2時間ほど外出。1時間は家にいたが再度車で外出。6時ころ帰宅。
2004.12.4(土) 曇り のち 雨
−−◎8時、駅方面へ散歩。いつものように光景を見てしゃべって歩いていた。
言葉が途切れて歩いていて風景とは無関係に「くしゃくしゃでわからへん」と言った。
−−◎9時30分、生協配送日。母さん喜んで飛び出し、周辺を一周してきた。生協の
商品の我が家の分の配分は ひとまかせだった。
−−◎午前中、買い物に一緒に行った。
−−◎雨模様だったので、昼と夕方の散歩は中止。夕方は本屋へ連れて行った。
−−◎表面に着る服は 今までとちがう服だと「これはちがう」と言って着ようとしないこと
があるのに紙パンツにはそう言わないので助かっている。
−−◎(仮説)不快なことがあって、忘れたようにすぐに他の行動に移ったとしても そのことの
記憶が消失したとはいえない。常人でも すぐ他の行動に移ることが出来る内容の
不快事項と、いつまでもこだわってしまう不快事項とがあり、忘れてはいなくても、笑顔で
他の行動開始しなければならないことがある。
「さあ服変えようか」と言うと、たいていは私が行動に移るまでは、逃げる行動をとらないが
時に反射的に「いやっ!」と言ったりすることがある。感性的記憶は蓄積されているのだろう
2004.12.3(金) 晴れ
−−◎8時 駅方面へ朝の散歩に行った。
−−◎8時30分、紙パンツを交換したが、濡れていなかった。昨日午後3時から今までは
自分でトイレに行っていたようだ。
11月27日からほぼ毎日失禁があるようになった。
夜9時に変えたときは少し濡れていた。(紙パンツは外へ濡れてこないので スボンや
椅子を汚さない反面 いつ出たかわからないので、交換してやれない不便さがある)
−−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。なかなか車を降りようとせず、3分ほど
いつものようになだめたり興味深そうなことを言ったり、していたが降りなかったので
無理に引き降ろして、はいっていった。そのあとは職員さんの顔を見ていつもの笑顔を
取り戻していた。
椅子で少し うとうと...とすることがあった。
風呂=両手を取ってダンスをしてもらいながら(←傍から見たら)もう一人の人から
脱衣をしてもらい、本人にとっては抵抗感なく脱がせてもらったようだった。
シャワーの時は落ち着いていて、洗髪もやってもらって、さっぱりしていた。
室内では いつものように動いているが なにかほめられると笑って「そう?」と
と言って走っていったりして活発に動き 笑い声も出していた。
午後からは輪投げに参加し、職員さんに手をとってもらって輪を投げ「あーっ」と
言ったり、ほかの人がやったあと拍手をしたりしていた。椅子にかけて応援していた。
「歌」の時には手拍子を取って踊りながら歌っていた。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎ケアマネージャー氏来訪。
2004.12.2(木) 晴れ
−−◎7時40分起き。駅方面へ散歩に行った。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
穏かな日で1時間と少し散歩して来て、室内で手遊び、教育テレビの宇宙の番組を
座ってみていた。落ち着いたゆっくりとした時間をすごした。
−−◎(D)施設の担当者の人がこられ、状況等について聞いていかれた。
−−◎昼に岩戸公園で散歩をしてきた。楓が赤くなっていて「真っ赤や真っ赤や」と言っていた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
一時間ほど散歩。となりの店の人が自転車で通って行かれたら母さん 片手を振り
笑顔で声をかけていた。停車中の車の中で おしゃべり。
ヘルパーさんに手伝ってもらって紙パンツを交換した。9月ころはまれに漏らすという
感じだったがこのごろは週3回くらい漏らすようだ。自分でトイレに行くときもある。
その後は長い時間ボール投げ遊びしてもらった。
−−◎夕方は苧ヶ瀬の池へ散歩に行ってきた。
2004.12.1(水) 晴れ
−−◎朝、昼、夕方の散歩に行った。
−−◎「かっぱ寿司」という回転すしのすし屋がある。はいったことはないが、その前を通過する
ことはよくある。そのたびに看板を読み「かっぱ寿司、かっぱ寿司」と言っていた。
今日はその前を一度も通過していない。人形のかっぱの話をしていたら、
「かっぱ寿司、かっぱ寿司」と言っていた。
2004.11.30(火) (予定=ヘルパーさん来訪日)
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
スボンの濡れを気にせず1時間ほど散歩してきてもらった。
室内ではボール投げとバトミントンをやってもらい、爪を切ってもらった。
ヘルパーさんに手伝ってもらって紙パンツの交換をした。少しは抵抗するが
着衣のときは足を通してやると自分で上に上げていた。
2004.11.29(月) 晴れ
−−◎7時40分駅方面へ散歩。
−−◎9時30分デイサービスに連れて行った。
今日はお風呂は中止してもらった。生活のようすはいつもと変わりなく、落ち着いて
椅子に座っていることが多かった。食事時間も落ち着いて食べていて 今日は主食は
全部、副食も7割食べていた。
−−◎デイサービスから帰ってすぐに2回か3回トイレを覗いていた。当然用をたしたと思って
いてそばを離れて戻ると店の床にオシッコが点々と連なっていた。
自宅でトイレを覗いていた直後にもらしてしまったのはなかったことだ。(今朝起きた後
は「大」の方はきちんとトイレでやっていた。)店の床はリノリウム板類似のものだから
掃除はたいしたことはない。スボンは15cmほど濡れていた。交換は一人では
出来ないのでそのままにしておいた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
スボンは乾いていたので一回だけ散歩に行ってもらい、そのあとヘルパーに手伝って
もらって下体衣服を交換した。その日に2回目の失禁をすることはなさそうだが今後
それを利用するときのために紙パンツをはかせてみた。すんなりとはいた。
とくに機嫌が悪くなることもなく「作業」が終わると再度散歩に出て行った。途中「さくら〜
さくら〜」の歌を何度も歌い、お話したり時々をつないでもらったりして、楽しく散歩に
連れて行ったもらった。
集団下校中の小学生の中に知っている子がいてその子から「おばさんこんにちわ」と言われ
母さんは喜んで「おかえり」とか言い、二言三言言葉のやり取りをしていた。
室内でボール投げをしてもらった。
−−◎ケアマネージャー氏来訪。
−−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎家で「お母さんどこ行った?お母さんどこ行った?」と聞いていた。
2004.11.28(日) 晴れ
−−◎8時朝の散歩。
−−◎喫茶「チボリ」へ3人で行った。
トイレが近く、2時間以上の外出は無理なのでいつもはついでに行っている岩戸公園への
散歩は行かないで戻ってきた。
−−◎3時ころから母さんの衣服を買いに行ってきた。
健康時は体重が45Kgほどたったが、1998年から2000年8月までの2年間に
54Kgになりその後安定しているが衣服が太った体と比べると小さくなって着にくくなってきている。
少し無理はあったが、服の模様や着る順序の持っているパターンを固持するので今までのを
着させていた。
2年ほど前 セーター類似のかぶりのものは入浴時の脱着の困難から2回ほど背部で切って
脱衣させたことがあり、見るのも私のストレスとなり5枚ほど捨てた。
着衣のパターンは残された最後の「個性」だと思えば守ってやりたい気もあるし、衛生その他や
現段階での 介護に割く資源の社会的妥当基準にも関係することでもある。それを超えて
いれば自分でやるしかない。私が「病気がここまでくればやってもらうしかない」と思ったら
やってもらうことにする。
頭以外の病気では治療のために自律的に自己を制することができる。痴呆症では「我がまま」
はその人の最後の自己であり、生きざまである。
−−◎夕方 ふと 「お母さん どこへ行った。?」と聞いた。
2004.11.27(土) 晴れ
−−◎生協配送日。ドア開くと “待ってました”とばかりに外へ出て行った。最近ではいつものこと
なので 一緒についていき100m以内を一回りしてきた。
−−◎ふと思い出したこと。
母さんが病気になってから2年少したったころ(2000年秋)のことだ。
週休3日ぐらいとって店は営業していた。2週間くらい続けて朝起きてくるとき、
店の服ではなく市内や周辺へのお出かけ用の服を着て楽しげな顔で降りてきた。
服のパターンは@作業用A休日家の中用B近隣お出かけ用とあった。
健康時は仕事第一にと自分を仕向けて押し通してきていたが、(「60歳までは仕事をし
それから後は仕事を少なくしてすごす」と言っていた)それが崩れてきたなと感じた。
楽しげな顔を前に変化の悲しみを禁じえなかった。
私も楽しげな顔をして、周辺や他都市の公園、どこにでもあるちょっとした名所など
2時間〜3時間で帰れるところへ連れて行ってやった。
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S・Y 様 お便りありがとうございました。(2004.11.26)
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2004.11.26(金) 曇り
−−◎母さんは8時起き。このごろ寒くなったせいか、起きてくるのが遅くなった。
私を6時ころから起こそうとしないからつごうはいいが..。(私の起きる時間は6時40分)
−−◎8時40分、駅方面へ散歩。その後母さん朝食。
−−◎9時30分 デイサービスへ連れて行った。
にこやかな表情が続いていて缶ころがしゲームにも参加し手をたたいて応援していた。
落ち着いていた。入浴し顔のうぶ毛も剃ってもらった。
−−◎体温測定と血圧測定。
デイサービスに行くと体温と血圧を測ることになっているが、一年前の行き始めた
ころ機嫌を損ねて、計らせなかった。一度は脱出しそうになった。以来無理に
測ることはやってもらっていなかった。
先週のこと、研修の男子学生の人が、そんなことは知らず、「熱を測ろうか」
「血圧も測ろうか」と勧めたところ、母さんは普通の顔をして それに応じて、
測り、そのあともいろいろしゃべっていたとのことだった。
私「そうでしたか それは良かった。私は測れないものと思っていたが、じゃー
決めてかからずに、状況に応じて 勧めてみて下さい」と言っておいた。
介護進行上の 諸事は出来ないものと決めてかかってはいかんなーと自分
に思った。
反面 事務的行政的に「これはやらなあかん」と 本人のその時の気分を
無視して進めると、以来それがいやになる時もあるので、時間や 日をずらして
進めることも大切だが...。
2004.11.25(木)晴れ
−−◎8時30分駅方面へ朝の散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
秋も深まり、穏やかな日。風少し冷たい。
前半1時間散歩に出て、その後30分は室内でボール投げや手遊びをしたが
途中15分くらいは台所の方へ行き、イスに掛けていた。トイレはのぞきに行ったが
用を足したようすは無し。
その後もう一度散歩に行ってきた。
−−◎昼食前に15分ほど外へ出で歩いてきた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
休憩無く1時間ほど散歩してきた。途中 家庭菜園で作っておられる野菜を見て
「ほうれん草がいっぱいや」と言っていた。後半シャッターを下ろしてからちょっと
口数も少なくなり、ボール投げやバトミントンも長続きしなかった。
※特に機嫌が悪いほどでもなく台所へ行ったり来たりしていたが帰り際は
ニコニコして見送っていた。
※ごごはオシッコのこともあるし、少しくらいは気分を損ねても室内で様子を
見ていてもらっていいと思います。今週は20日から今日25日まで
尿失禁はしていない。
−−◎夕方は「池」には行かず近くを25分ほど散歩してきた。
−−◎鍵のことについて。
先日 母さんが外へ行きたそうにして、入り口近くへ来て私に言う。「ここんとこの
下の方を おっちゃんが なにかゴチョゴチョやっとった。電卓のそばにある」
と言っていた。”だからその動作をしてここを開けろ”という意味である。
5月の「名古屋へのワープ事件」以後、出入り口に簡単な鍵を付けた。
それは戸の下部にあり、鍵は定位置にある電卓の横に置いてある。
5月以後のことだが病状のこの段階になっても 毎日見ていることは記憶に
残るようだ。
2004.11.24(水) 晴れ
−−◎診察に行った。
−−◎朝、昼、夕方の3回いつものように散歩に行った。
−−◎にこにこ元気で大過なし。食欲もあり、このところ夜起きも無し。
−−◎よくしゃべり、気分がいいと歌を歌う(このごろ少し音程がはずってきた。)
2004.11.23(火) 晴れ
−−◎自動車の NISSAN Red STAGE と言う大きい看板が建物にあった。
「ニッサン ステージ」「ニッサン ステージ」と読んでいた。
レッドは読めなかったらしい。ニッサンのカナ文字は別のところに小さく書いてあったが
ステージのの文字はどこにもなかったので英字表記を読んだらしい。
2004.11.22(月) 晴れ
−−◎デイサービスで風呂に入れてもらった。風呂はありがたいことだ。
−−◎ディサービスは私が車で連れて行っている。私もいっしょに中へ
はいって行き20分くらい 母さんの気分が落ち着くまでいていて、様子を見て
「後で迎えに来るから」と言い、私は帰ってきていた。
ここ2回ほど施設の玄関で「あとで迎えに来るから」と言い帰ってきている。
聞いたところ大きい支障はないとのことだった。
ちょっと前家にいる時「おっちゃん どっかへ飛んでいってまった。おらへん」と言っていた。
目の前にいるので「ここにいるがね」と言っても同じ事を繰り返していた。
また私が 多重人格にになっているのかな、と思ったが その時には 私が不機嫌とか
何かの注意をした事もなかったし、(もっともそう言う時は 母さんも黙りこくって口をきかない)
普通にしゃべっていたから、デイサービスで私が帰ってきたことを言っているのかも知れない
と思った。母さんが「報告」程度にしゃべったことで別に支障が出ているわけではないから
かまわないだろうと思った。
2004.11.21(日) 晴れ
−−◎朝、昼、夕方の散歩に行った。買い物にも付いていった。
薬も飲んだ。服の交換もした。
−−◎犬の大きさは 大 中 小(猫よりは少し大きめ)、極小(猫より小さい)とある。
散歩中に小、極小の犬に会うと「かわいい」という。中の犬がつながれて鳴いていると
「おーっ」と言い、次に笑い出す。「何か言っている」という。大の犬もこの周辺では
おっとりした顔の犬ばかりだ「でかいね」とか「白いなー」とか言い「おとぼけの顔をして...」
と言い通過する。
−−◎
---(7月17日日記の再録)-------------------------------------------------
−−◎マスコミ報道の中に「経済評論家」の発言として「介護現場に労賃の安い諸外国の
人員を求め配置したらどうか」との発言があった。「安い賃金」という意味では
むつかしいだろう。工業製品の製造分野に人員を配置するのと違って、介護分野と
言うことになると、介護一般の諸知識と共に、日本の文化と配置される地域の文化や
生活習慣等について介護に活用出来る水準の深部まで体得していなければならない。
と言うとその養成に必要な経費がかかり「安い労賃」ではなくなる。
文化まで理解し得た外国人介護者が養成されたら それはそれで国際交流としては
意味はあるだろう。
---(以上7月17日日記の再録↑)-------------------------------------------------
−−◎数日前の新聞によると外国というのはフィリピンだと言うことだ。文化の違う国の人の
介護でうまく行くかどうか疑問である。
2004.11.20(土) 晴れ
2004.11.19(金) 晴れ
−−◎デイサービスに行った。 気分楽しく過ごしたようだった。
いつもと同じように「にこやかに歩行して」いたとのことだった。
アレンジフラワー作りに参加し 花を見て「きれいだね」と言っていた。
食事は今日は全部食べていた。
トイレを何度か誘ってもらったが、トイレに行っても実際には用足しをせず
オシッコを漏らして下部だけ服を替えてもらった。
服を脱いだついでに風呂も入れてもらった。
帰りがけ上機嫌だったので、服を脱ぐ時抵抗したらしいが気分は良かったのだろう。
風呂は 私が左指をケガして(もうほとんど治っているが)1ヶ月ほど入れていなかった。
よそで風呂に入れてもらって 肩の荷が下りた気分で「ありがとうございました」と
礼を行って帰ってきた。
−−◎風呂については 3年前からの課題であった。
私は何事も本人の意思を通して行動するよう取りはからってきた。
多くのことはそれでうまく行っていた。病状のの進行とともに、自身に関することが
出来なくなり、私の補助も拒否するようになった。風呂、着替え、歯磨き、薬を飲むこと
などが出来なくなってきた。風呂も説得によって入らせようと試み、ある時は
6時間ねばって説得したこともあった。別の時には説得とともに威嚇して大声を
出したこともあった。(それを外で聞いていた人が、「かわいそうだから もっと優しく
あげてよ」と、全過程を見ない的はずれな忠告をする人もいたが..)
でも はいらなかったので108日間はいっていない事があった。
以来説得はせず 笑顔で実力行使をして脱衣させ、風呂に入れてきた。
経過の中で “水が恐い”ためかと思ったこともあったがそれはないらしい。
と言うのは浴室にはいると、すぐ浴槽にはいり、長々と楽しんでいるようだからだ。
今回の外での入浴は“いま しかるべくして そうなった”との 特別の感慨を持った。
3年前は本人の意思、記憶がまたしっかり働いていたのでやはり説得でなければ
ならなかった。説得を外の施設に期待することは無理だった。(例=2年半前 別の施設で
本人にとって不快な事があったらしく。10日間「もう行かないあんなとこ」と言い続け
風呂どころではなかった。)
いまは説得をせず 楽しい顔をして 出来るだけ速やかに脱衣させ風呂場に誘導して
入れている。自分でやっている程度のことは施設で無理にやってもらっても気楽である。
施設の人には“脱衣”のご苦労を掛けることになるが...。
で“快挙”だとケアマネージャー氏にも報告した。
2004.11.18(木) 曇り のち 雨 (予定=ヘルパーさん来訪日)
−−◎6時40分起き。
−−◎7時40分から駅方面へ散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
ちょっと肌寒い天気。小雨の中、1時間ほど傘をさして散歩をして
出たり入ったりしていた。30分間は戸を閉めて室内でボール投げ、バトミントン
冷たい手のこすりっこなどをしていた。
その後はもう一度散歩に行った。消防署へ見学に行くという 幼稚園児の集団に
出会ってよろこんでいた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
ヘルパーさんが来られる直前に尿失禁をしていたようで、イスに座って「冷たい 冷たい」
と言うので見ると濡れていた。
ヘルパーさんに手伝ってもらって下部衣服だけ交換した。その時の後 手洗いは
自分でやっていた。
雨が続いていたので室内で看ていてもらった。ボール投げ バトミントンをして、
普通の機嫌で過ごした。爪切りをしてもらった。
−−◎このごろ「小」の方を時々漏らすようになった。9月と比べると頻度が高くなってきた。
「大」の方はトイレでやっている。
2004.11.17(水) (予定=)
2004.11.16(火) (予定=ヘルパーさん来訪日)
2004.11.15(月) (予定=デイサービスに行く日・ヘルパーさん来訪日)
2004.11.14(日) (予定=)
2004.11.13(土) (予定=お風呂の日)
2004.11.12(金) 晴れ
−−◎デイサービスに行く日
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N・K様 お便りありがとうございました。(本人様の諒解で以下に掲載します)
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靖子さんと私は同い年です。私は母が73歳の時に痴呆症と診断され、とてもショッ
クをうけました。
はじめの頃はやはり、靖子さんと、とてもよく似た症状から始まりました。
痴呆とは分からず兄がよく母を叱っていました。
少し変だと感じ始めた頃はホームページに書いておられる様子とそっくりです。
本当に不思議な病気だと思い、また今までの母と人格が変わったようで、寂しくてつ
らくて、私はよく泣きました。
一人暮らしでしたので、しばらくは近くの病院に入院しましたが、すぐに出されてし
まいました。
母自身は全く痴呆ということを意識してない訳ですから、入院させられたと、ひどく
おこりました。
兄弟3人いながらそれぞれの事情で面倒みられず、
都の特別養護老人ホームに申し込みましたが、4年は待たなくてはいけないと言わ
れ、仕方なく地方のホームで4年いました。
泊りがけで月に一度は会いに行きましたが、帰りはいつも一緒に帰りたいと言われ、
母がかわいそうでなりませんでした。
「ごめんね。お母さん」と心でいつも謝っていました。
泣いたのは数え切れません。
食欲も旺盛で、歩くのもちゃんと歩いていましたから、知らない人が見たら、普通の
おばあちゃんでした。
その後は少しずつ進行していき、8年目くらいからはほとんど喋らなくなり、大腿骨
を骨折して歩けなくなっておむつするようになってからは、私の顔もよくわからない
ようでした。
結局、発病後12年で昨年、85歳で肺炎で亡くなりました。
長くなりましたが、ご自宅での介護は本当に大変なことと思います。でも靖子さんは
お幸せですね。
自宅にいられて・・・つい母への申し訳なさで今も後悔することが、多いです。
最後にもう意識がなくなると言う時に私の顔を見てそれはそれは嬉しそうに笑った母
の顔が焼きついて離れません。
私のことわかってくれたんですね。
どうかお体に気をつけて介護されてください。
とても素敵な靖子さんの笑顔・・・・絵も可愛いきれいな色で描かれていて、靖子さ
んの人柄が察せられます。
ほんとうに良いホームページありがとうございました。
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2004.11.11(木) (予定=ヘルパーさん来訪日)
2004.11.10(水) (予定=)
2004.11.9(火) 晴れ
−−◎母さんは元気に過ごしています。
1日3回の散歩。食欲有り。事実に即した話しと ある心拠から発せられている
のだろうけれども私にはわからない話などして。柿の皮むきや「そこの○○取って」
と言うととってくれたり。ほとんど笑顔をたやさずにいます。
日記の空白は そのうちに補充します。
2004.11.8(月) (予定=デイサービスに行く日・ヘルパーさん来訪日)
2004.11.7(日) (予定=)
2004.11.6(土) (予定=お風呂の日)
2004.11.5(金) (予定=デイサービスに行く日)
2004.11.4(木) (予定=ヘルパーさん来訪日)
2004.11.3(水) 文化の日
2004.11.2(火) 晴れ
−−◎6時40分起き。朝の散歩。昼の散歩。夕方の苧ヶ瀬の池へ散歩。全部行った。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
天気も良く、母さんの気分も良く 散歩中、いっぱいお話しをしていた。
状況に即してのことだが前回「出来れば手をつないでもらって...」と話していたところ
今日、母さんは それを避けようとすることもなかったので手を取って歩いてもらった。
歩いていて 前から自転車が来た時 母さんが「危ないよ もっとこっちへ..」と言い
ヘルパーさんの体を引き寄せたとのことだった。
今日は機嫌が良かった。
2004.11.1(月) 晴れ
−−◎6時40分起き。朝の散歩。
−−◎デイサービスに行った。スムースに車を降りた。
いつも食事中に立ち歩きをすることがあったが 座って食べている時間が多かった。
食事がまだだった別の「お客さん」に「大丈夫?」と肩をポンとさわり、また席について
食べていた。「お昼はどこ?」とかも言っていた。
「お魚(赤魚)好きなようで良かったです」と言っておられた。
今日はご飯は少し残していたが おかず数種類は野菜を含め全部食べていた。
体操にも参加した。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
はじめは 私の外用事でいっしょに同乗して付いていってもらい 行き先の駐車場の
車の中で待っていてもらった。子どもが通ると「かわいい」とか言って反応していた。
帰宅してからは散歩に何回も行き、室内ではボール投げをした。
今日はとてもほがらかで よくお話しもし楽しく過ごした。
−−◎私の話。
数日前、雨戸を開けていて、1枚目を戸袋に収め2枚目を右手で勢いよく
開いたところ左手が戸袋のところにあって、人差し指と 中指がぱっくり開いてしまった。
応急処置を自分でして、3時間後母さんをデイに連れて行ってから医者に行った。
中指を5針縫った。「当てたり 圧迫したり 水に浸けてはいけない」と言うことで
右手だけで 作業をしていて家事が滞っている。
年を経ると注意力が鈍ってきて、家の中で歩いていて戸に肩が当たったり、階段の
数を一段間違えたり それと同様なことが起こってくる。元来そそっかしいのが
主たる原因であるが....。
1年半前は車のドアに指を挟み爪をけがしたが、爪とは違って 皮膚がふさがれば
作業は出来るので爪よりは早く治りそうだが....。
2004.10.31(日) 曇り 雨
−−◎7時起き。娘を学校まで送っていき(往復1時間)散歩の代わりとした。
−−◎昼の散歩は岩戸公園へ。夕方の散歩は苧ヶ瀬の池へ行った。
−−◎他にボール投げ、買い物に付いていく、テレビを見ることなどをしていた。
気分はにこやかで 落ち着いていて、粗相等も無し。
2004.10.30(土) 曇り のち 雨
−−◎7時起き、朝の散歩に行った。
−−◎生協配送日。
−−◎
2004.10.29(金) 晴れ
−−◎7時起き。朝の散歩に行った。
−−◎デイサービスに行った。
穏やかに笑顔をたやさず過ごしていた。職員さんの肩を「ポン」とつついたり、
歌を口ずさんでホール内を行ったり来たりしていた。イスに掛けてゆっくりして
いることもあった。
25日も29日も 昼食は結構食べていた。あまり食べていない時は戻ってから
「小昼」を出している。一日を通算すると たくさん食べているので食欲不振
と言うことはないようだ。
−−◎夕方 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎@マックスバリューという食品スーパーがある。
別のところに全く別の「MAX」(マックス)というパチンコ・スロット屋がある。
母さん そのパチンコ屋の ローマ字だけの「MAX」の看板を見て
「マックスバリュー マックスバリュー」と言っていた。全然別の物ではあるが、
MAXの文字が読めて たまにしか行ったことのないマックスバリューを
思い出したので、その違いは指摘せず「おーっ マックスバリューだね」
と言ってやった。
A夜 寝ていて寝言を言っていた。いつも起きている時に言っている
「連続 繰り返し語」とは響きが違っていた。何を言っているか聞き取ろうと
したが不明瞭で結局わからなかった。
B娘が母さんの近くにあった新聞を取ってもらおうと「ちょっとそこの新聞取って」
と言ったら、はじめにこにこ笑っていた。娘も笑顔をくずさず3回ほど言ったら
「これか」と言って新聞を取ってくれた。
2004.10.28(木) 晴れ
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
秋晴れの中、家の周辺を中心に散歩をした。休憩なく歩き
「少し疲れられたのではないかな」と言っておられた。室内では
「夏もちかずく八十八夜.....」とか「ゲンコツ山のタヌキさん....」などを
歌って手遊びをしてもらった。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
室内でボール投げをしてもらった。
あとは“散歩”を繰り返すのに 付き添ってもらった。
途中 ハンカチを拾おうとしたので、ヘルパーさんが手を引き止めたところ
機嫌を悪くしいつもの道順とは反対方向に歩いていった。少ししたらいつもの
笑顔にもどってヘルパーさんの言う道を歩いた。
※物を拾おうとした時は 多少機嫌が悪くなってもこのように制止して下さって
かまいません。以前のキノコのこともありますし、落ちているハンカチなどは
常人は拾いませんから...
−−◎失禁 有り、ヘルパーさんに手伝ってもらってズボン等を交換した。
昼食の時に フルーツ牛乳を私が飲ませすぎたのが原因と思う。
今月4回尿失禁があった。
2004.10.27(水) 晴れ
2004.10.26(火) 曇り 雨(予定=ヘルパーさん来訪日)
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
雨で“散歩”に行けず、家の中で台所の方などへ行ったり来たりしていた。
途中傘をさしてもらって散歩に行ったがうどん屋さんの向こうが工事中で通行止め
のため何度も行ったり来たりしていた。帰りがけには笑顔でしゃべっていた。
−−◎朝 昼 夕方の散歩有り。
2004.10.25(月) 晴れ
−−◎デイサービスに行った。
透明感のあるコップを見て「わーっ きれい!」と スタッフの人に言っていた。
いつものように 笑顔でホール内を歩いたり 走ったり!していたが 必ずもとの
イスにもどってきて また動く と言うふうだった。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
近くを何回も何回も散歩に行った。途中「蛍の光...」の歌を一回だけ口ずさんでいた。
ボール投げを20分くらい、かけ声を掛けたり笑ったりしながらやった。
−−◎朝 夕方の 散歩はあり。
2004.10.24(日) 曇り 晴れ
−−◎8時起き。田圃方面へ散歩。稲刈りの真っ最中。
−−◎娘のともだちT子が来て1日遊んでいった。母さんよろこんで時々「おいおい」
と声を掛けていた。
−−◎ボール投げをした。
−−◎娘が両手に物を持って、障子を開けようとしたが開かず、
母さんに「ちょっと 開けてよ」と言ったら 普通に開けてくれた とのこと
−−◎夕方、駅方面へ散歩に行った。
−−◎「リラックマ」(特大)を店の椅子に掛けて置いたら、母さん「でかい でかい」と
よろこんでいた。
2004.10.23(土) 晴れ
−−◎7時起き。
−−◎久しぶりに 田圃方面へ散歩。3分の1程度 稲刈り終了。
このところ田圃方面へ行っていなかったが、10ヶ所ほどの看板を読むことが出来た。
−−◎今日 くったりぬいぐるみ「リラックマ」(特大)が来た。全長110cm、頭囲(頭部を
巻き尺で一周計ると)110cm(鼻の盛り上がりを含む)、目玉の直径6.5cmの
ドデカぬいぐるみだ。 ※「ドデカ」=「どでかい」、非常に大きいの略語。
「おおきい すごいおおきい」 「ぅわーはははっ!」と3分置きに言っていた。
今日は誕生日だったので買ってもらったのだ。
2004.10.22(金) 晴れ
−−◎6時40分起き。
−−◎7時40分、駅方面へ散歩。
−−◎9時30分、デイサービスに行った。今日は 車はすぐ降りて中にはいって行った。
ホールを行ったり来たりして、ずーっと笑顔があり笑いがあった。職員さんの肩を
ポンとたたいて、気を引いたりしていた。
時おり イスに掛けて 他のお客さんのようすをながめていることもあった。
お誕生日の プレゼントがあった。糸細工のような小さな人形で「かわいいかわいい」
と言ってよろこんでいた。
※迎えに行った時のようすで 今日も気分良く過ごしてようだった。
その理由は
「不快」を表す言葉は「こわかった。」「びっくり仰天やった。」「ぐちゃぐちゃ言っとった」
「気持ち悪い」などを言うことがある。黙りこくった状態で物を言っても反応しない
こともある。迎えに行った時にそう言う言葉はなく、ニコニコ笑顔でいたから...。
−−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
2004.10.21(木) 晴れ
−−◎6時40分起き。
−−◎7時40分、駅方面へ散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
台風一過、少々風は強かったが 晴れた日。
“散歩”はいつものコースではなく 母さんが南方向の岐南町方面へ行った。
ヘルパーさんがそろそろ引き返そうと促したが 自宅とは離れる方向へどんどん
ゆっくりとではあるが進んでいってしまった。ヘルパーさんから電話があり
車で迎えに行った。私が探している内に 二人で帰る方向に進んでいたので
ヘルパーさんからもう一度電話があり 見つかったがそのまま帰宅してもらった。
室内ではボール投げをやった。機嫌は良かった。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
風が 少し強かったが暑くもなく寒くもなく 気持ちよく散歩に行った。
踏切で何回も遮断機が降りて 「待つように」と言われると、方向転換をして
別の道へ行った。その場で「待つ」事は出来なかったが、別に機嫌を悪くする
こともなかった。
室内ではボール投げ、その他をしてもらった。機嫌良く過ごした。
−−◎夕方 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。水は ぎりぎりまで たっぷりたまっていた。
2004.10.20(水) 夜 台風
−−◎朝の散歩は行ったが 午後から雨と風で夕方の散歩は行かなかった。
−−◎午後ケアマネジャー氏来訪。11月の計画について相談、決定し、提出、処理を
依頼した。ほぼ現状どうり推移することにした。母さんの気分もこのところ安定
しているし、私の日常のリズムもそれに合わせて動けているため。
2004.10.19(火) 雨
−−◎7時起き。雨のため朝の散歩は無し。
−−◎午前中に、金華山ドライブコースに行き景色を見てきた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
雨の中 傘をさして 家の周辺を散歩させてもらった。停車中の車の中から
隣の店のお客さんの出はいりを見ていたりした。
その後散歩に行った時、尿失禁有り、手伝ってもらって交換した。ちょっと
表情が堅くなっていたがすぐになおった。
あとは室内でボール投げ、バトミントンなどをした。
トイレをのぞく回数がいつもより多かった。
−−◎午後は散歩が雨で無理だったので 大洞コースへ1時間ほどドライブに行ってきた。
今日も落ち着いた気分でいた。
2004.10.18(月) 晴れ
−−◎デイサービスに行った。まあまあ元気で 気分は上。
フロアやトイレの間を行ったり来たり、使用中でない浴室をのぞいたりしていた。
「靖子さんもお風呂どうですか?」と聞かれて、ニコッとするときと「いやっ」と言う時
があった。とのこと。
「笑顔で過ごして下さるので嬉しく思います。」と言っておられた。
重荷になっていないようなので さいわいと思った。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
気候も良く、家の近くを繰り返し 気持ちよく散歩した。「こっちへ行くよ」と
ヘルパーさんに 声を掛けたりした。
停車中の車の中で「母さんお肩をたたきましょう....」の歌を歌って、
手拍子を取ったり、首を左右に動かしてリズム遊びをしていた。
室内ではボール投げをして遊んでもらった。
−−◎朝の散歩、夕方の池への散歩も行った。
−−◎
−−◎失禁等の異変無し。
2004.10.17(日) 晴れ
2004.10.16(土) 晴れ
−−◎7時起き。
−−◎7時40分、駅方面へ散歩。
−−◎9時30分、生協配送日。ドアを開けると、近所へ歩き廻って、作業は「ひとまかせ」で
ついてまわった。
−−◎今日は買い物等で、3人であちこち出歩いた。
出る前にトイレに行かせ、外出中はあまり飲ませないようにしたので 失禁はなかった。
真夏と違って、高齢でもないので 飲みたければ自分で飲むので、やーやー言って
飲ませる必要はない。
このごろ 外のトイレに行きたがらないようなので、1時間、長くて2時間以内には
一旦自宅へ 戻ることにしている。
−−◎午後3時過ぎ、美濃加茂市方面へドライブしてきた。
2004.10.15(金) 晴れ
−−◎7時起き。昨晩「夜起き」無し。7時35分駅方面へ散歩。黄色のカーディガンを1枚着増し
−−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。車を降りることを渋っていた。
トイレとフロアーの間を行き来したりしていた。イスに掛け、他の「お客さんの」たちが
話しておられるのを聞いていておもしろい話しには 笑っていた。
メイクアップ・セラピーでまわりの 方がたを笑顔でながめていた。
帰り際 今日は全体に 緊張していて忙しそうだった。(別に支障があるわけではないが)
行事の後始末等のせいかも知れない。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎夕食後、今日はデイサービスでじっとしていたので ボール投げを10分ほどやった。
ボール投げの勘は衰えていないようだ。
2004.10.14(木) 晴れ
−−◎6時40分起き。7時35分駅方面へ散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
秋晴れの風の気持ちのいい天気。近所を散歩。自衛隊の飛行機が10機くらい並んで
飛行練習をしていたのを見ていた。
小さい子(親と一緒の)がいると「かわいいね」と声を掛けていた。
室内ではキャッチボール(いつもボール投げと言っている遊びで小型ドッヂボールを
互いに受けは返す遊び)を連続100回落とさずやった。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
今日は動きが活溌で 動きが速かったし小走りをする時もあった。
外で 紙袋を持った女性が、あちらへ行ったりこちらへ行ったりしておられるのを見て、
「(道が)わからんでしようがないんやよ」と言っていた。
室内ではバトミントン遊びを相当長い時間続けてやることが出来た。
散歩途中で失禁有り、ヘルパーさんに手伝ってもらって、すぐ交換した。
交換している最中は嫌がっていたが、交換が終了し遊びの方へ気持ちを誘導すると
そちらへ心が行き、何事もなかったように遊んでいた。
−−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
2004.10.13(水) 晴れ
−−◎朝起き 食事 くすり 散歩 など いつもあることは あるようにあって、異常なし。
−−◎私の病院診察で、ヘルパーさんに来てもらって、病身の駐車場に置いた車の中で
1時間ほど待っていたもらった。母さんはとくに「降りる」と言うことも 行動もなく
待っていてくれた。カセットテープを聞いたり歌ったり、ぬいぐるみ遊びをしたり、
おやつを食べたり、おしゃべりをしたりして楽しく過ごした。(私の体調は異常がなかった。)
帰る途中、病院の話しから ヘルパーさんのお子さんの盲腸の話しになったら
母さんも「私も 盲腸をやった... 痛かった... 痛かったけどガマンしていた...
ずーっと前に...」と言った。私が聞いている話を付け加えて私が話した。
帰宅して時間があったので、“散歩”をしてもらった。
※@会話に加わろうとする意欲を持っていること
A自身のことについて記憶を保持していることが伺えた。
2004.10.12(火) 晴れ
−−◎7時30分起き。
−−◎8時駅方面へ散歩。
−−◎11時岩戸公園へ散歩。
−−◎午後の−ヘルパーさん来訪日(C)は有り、13:30から15.29まで
家の周りを何回も散歩。そのうち車に5分くらいいて、車から室内へまた車へと
繰り返していた。学校帰りの(今日は遠足だったとのこと)小学生の女の子が
「おばさん おばさん」と寄ってきて遠足のことを お話ししてくれていた。
牛や馬がいたことや鳥のことなど。みんなでお弁当を食べたことも。
母さんは「そう 良かったねー」とうれしそうに受け答えをしていた。
−−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩。
看板に「AICHI...」と書いてあるのを見て「あいち...や」と言っていた。
その場所に「愛知」または「あいち」と日本文字で書いてある物はなかったので
ローマ字のAICHIを読んでいたようだ。
−−◎夕方テレビを見ていて画面の人物が K のマークをつけた帽子をかぶっていた。
その Kの文字を見て、「あっ サークルKや」と言っていた。
※サークルKとは コンビニエンスストアーの名前 この場合全く関係ないが
Kの文字を見て連想したらしい。
2004.10.11(月) 体育の日 晴れ
−−◎7時起き。
−−◎駅方面へ散歩。
−−◎祭日でデイサービスは休み。
−−◎午後の−ヘルパーさん来訪日(C)は有り、13:30から15.29まで
はじめは家の周辺を散歩。
そのうちに 橋を渡って岐南町方面へ足を伸ばした。母さんもあまり行ったことのない
方向で「家へ帰ろう」と言うと 母さんが「こっちこっち」と言って動くがだんだん遠ざかって
行くようなので、心配になり電話がかかってきて迎えに行った。
後半は室内で ボール投げや、テレビを見てのお話しなどしていた。
−−◎4時30分苧ヶ瀬の池へ散歩。
2004.10.10(日) 曇り
−−◎7時起き。「夜起き」は無し。
−−◎駅方面へ朝の散歩。
−−◎「校区の「市民運動会」がある」と宣伝カーの呼び込みが廻っていた。
とても運動会は見物してやられないだろうと思って連れて行かなかった。
去年、一昨年、も見に行かなかったが 一作昨年(3年前)は見に行った。
その時は“だいぶん病状が進んだなー”と思っていたが 今にして思うと、家の中での
動きはかなり混線していたが、運動会を見ている程度のことなら、知人に会釈したり
競技に拍手をおくったり、まだまだ知らなければ気付かれない程度の動きをしていた。
−−◎岩戸公園への散歩。
−−◎4時30分 苧ヶ瀬の池へ散歩。帰りの車の中から虹を発見した。私は気付いていなかった。
「あっ 虹か出ておる..おっちゃん 見てみぃー きれいな虹が...」と教えてくれた。
車の交通の少ないところだったので 1分くらい車を停めて、見ていた。
私「虹を見つけたねー、きれいな虹を 大きいねー、母さん先に見つけたねー」と言うと
ニコニコしていた。
−−◎夜風呂に入れた。いつものように抵抗したが、説得しなかったので ものの5分で脱衣させ
浴室へ誘導すると自分ではいった。今日は1時間近くはいっていたが、思いのままに
させておいたら出てきた。年寄りと違って風呂の中で のびてしまうようなこともないだろう
から気楽にさせておいた。今回は「30分したら出させる」と私が思って動かさせようと
しなかったので、私も気楽にほか事をしていた。
2004.10.9(土) 雨
−−◎6時70分起き。雨で散歩に行けず。
−−◎9時30分、生協配送日。係りの人や、集まった人にニコニコ愛想を振りまいていた。
−−◎午前中雨だったが、昼から曇りとなり、4時30分ころ日射し有り。
−−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎最近は 涼しくなったので薄手の布ジャンバーを着せているが、午後になると
暑くなることもある。「もう 脱ごうか」と言っても 一度着ると脱がない事が多い。
今日は、自分から脱いで別の椅子の上にたたんで置いてあった。
−−◎とくに異変は無し。
2004.10.8(金) 雨
−−◎6時40分起き。
−−◎傘をさして朝の散歩。
−−◎9時30分デイサービスに行った。
椅子に掛け 他のお客さんのようすを眺めて過ごしていることが多かった。
職員さんの髪や服装を整える振りをして こころ配りしていた。
※まあまあ気分良し。
−−◎台風接近、大雨で池へ散歩は無し。
気分は落ち着いていた。
2004.10.7(木) 晴れ
−−◎6時40分起き。
−−◎7時40分散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
少し曇りの穏やかな秋の日。ほとんど外へお散歩。隣の店がオープン間近で
看板など取り付けておられ、外へ出るたびにながめていた。
細かい物の良く気が付き落ちている携帯ストラップなど拾おうとした。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
室内にいなくて散歩ばかりしていた。少し口数か少なくてだまって歩いていたが
終わりころに笑顔が出て会話が出来た。隣の工事で大きな車が止まっていて 急に
動き出した時 ヘルパーさんの袖口をつかんだ。
−−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎柿を出して「これ 剥いて」と言うと、今日も剥いてくれた。4つ切り 6つ切りに切ることは
出来なかった。
2004.10.6(水) 晴れ
−メモ−
−−◎7時10分起き。(私 6時40分起き)。母さん、涼しかった(室温=22℃)せいか
しっかり寝ていた。
−−◎7時40分、散歩。
−−◎県立病院診察日。今日は母さんの動きも、病院の診察もスムースに行った。
予約時間の25分前に診察券を出した。15分くらい廊下の待ち椅子で待っていたが
母さんは一度も立ち歩きをしなかった。時間少し前に呼ばれて診察と注射をしてもらった。
本日の“一大行事”が済んでホッとした。いつもなら喫茶店へ連れて行ってやるのだが
このごろ喫茶店で 食べないことが多いので今日はやめた。
−−◎岩戸公園へ散歩。空気が澄んでいて爽快。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎散歩以外は 私は 家事や 業務をこなした。母さんはテレビを見ていたり、二階へ行ったり
事務所をのぞいたり、していたが にこやかな気分でいた。
2004.10.5(火) 雨
−メモ−
−−◎6時30分起き。「夜起き」無し
−−◎雨で 朝の散歩は無し。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
雨の中“散歩”に出て行ったので付いていってもらった。
散歩中に失禁有り、手伝ってもらって着替えをした。
その後は少しのあいだ室内で バトミントン ボール投げをしてもらった。
雨が上がっていて もう一度散歩に行った。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ行き小雨だったが傘をさして散歩してきた。
2004.10.4(月) 晴れ
−メモ−
−−◎6時40分起き。昨晩「夜起き」無し。トイレに2回起きたが、自分から寝た。
−−◎7時40分、駅方面へ散歩。はじめは小学生の集団登校と すれ違いながら歩いた。
休耕田の水たまりに背は黒で腹の白い小鳥がいた。
私「小鳥がいるよ」
母さん「さっき 飛んでいたよ、ここへ下りたのやわ」(創作ばなし)と言っていた。
−−◎デイサービスに行った。車を100mくらい離れたところに置いたら すぐ下りてきたので
歩いていった。
今日は一枚薄手の上着を着せてやったところ 昼近くになって「暑い」と言いながらも
脱がなかったとのこと。“体操”にいっしょに参加してやっていた。昼食はご飯ばかり食べて
おかずを少ししか食べていなかった。帰ってから 食べていたから 心配はない。
デイサービスでの気分は良いようだ。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
外が工事で危険だったので2時間ズーッと中でお付き合いしてもらった。中ばかりにいれば
どうしても 私の作業所の方をのぞいて「おっちゃん おっちゃん」と呼ぶ回数が多かったが
支障はなく、母さんの機嫌もとくに悪くなることはなかった。
時々ヘルパーさんに「まだだよ」(まだ工事はおわっていない)とようすを知らせていたとのこと。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎台所に「柿」が置いてあったら、自分で剥いて 丸のまま 「おっちゃん 食べやー」と
言って持って来た。
本当は、自分で食べるつもりだが、4切れまたは6切れに 切って欲しいことと
ひとりで食べるのも「変だ」と思っているためだった。
柿を剥く ことが出来たので 喜ばしかった。
2004.10.3(日) 曇り
−−◎7時20分起き、昨晩は トイレに2回起きたがトイレ終了の後 「まだ暗いから寝ようか」
と言うと おとなしく寝た。
−−◎8時30分、駅方面へ散歩。台風で稲穂が全面に渡って倒れている田があった。
まったく何事もない田もあった。「ぐしゃぐしゃになってしまっとる」と言っていた。
−−◎郵便局へ「留守未配」の郵便物をいっしょに取りに行った。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
はじめ「寒い 寒い」と言っていた。−−「寒い」と言っても24℃ほどで 普通に言えば
「寒い」ほどでもないが..−−と思いつつ歩いていた。3分の2ほど来ると「暑いねー」
と言いだした。私「そうだねー暑いねー」と返事をした。
その時 感じるままのことを すぐに言っているのだ と言うことがわかった。
車から降りた時は、確かに「寒かった」のだろう。(その程度はその時刻よりも前と
比較しての話しである。寒いと言えば晩秋か、初冬を想起させるが その「寒さ」では
ないようだ)20分くらい歩くと体は温かくなってくる。それを「暑いねー」と言ったのだ。
2004.10.2(土) 曇り 雨 曇り
−−◎7時20分起き、「夜起き」無し。
−−◎8時、駅方面へ散歩。
−−◎9時30分、生協配送日。母さんはドアを開けると外へ出て あちこち歩き回った。
−−◎岩戸公園へ行き雨のため 景色を見て帰ってきた。
−−◎午後から買い物等でいっしょに外出。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。一周してきた。
−−◎「歯が痛い」と言っていた。30分くらいして聞いたら、「歯なんか痛くない」と言っていた。
最近また歯磨きをしていないので、虫歯になりかけたのかも知れない。
拒否して 診察をやらせない 事が予測され、困ったことだと思った。
嫌がるのを治療してくれる歯医者さんがいるだろうか?とも思う。
2004.10.1(金) はれ
−−◎6時40分起き。「夜起き」無し。
7時40分、駅方面へ散歩。
−−◎9時30分デイサービスに行った。車を降り渋ったいたが、1分くらいあまり言わず
待っていたら降りてきた。
中へはいっていくと 皆に声を掛けられて 笑顔に戻った。
−−職員さんの肩をポンとしたり手を引いて歩こうとしたりした。笑顔で過ごした。
他の「お客さん」の手を取り「こっち こっち」と言ったり、「おっちゃん」と言って
肩をたたいたり、することがあった。
「歌の時間」では、振り付けをして 手拍子をして楽しく歌っていたようだった。
「(そこだけ見ていると)普通と変わらない感じです」と言われた。
−−◎送り迎えを私がしたが、それでも6時間ゆとりがあった。家事をして、昼食後1時間
昼寝した。
−−◎夕方の散歩は無し。
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2004.*.*(*)
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※
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