日記Ynas0409
※ 読者のみなさんの参考のために
母さん(田口靖子)は 本日(2004.9.30)現在59歳11ヶ月。
アルツハイマー 発病後6年1ヶ月
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2004.9.30(木) 晴れ
−−◎7時起き、「夜起き」無し
−−◎駅方面へ散歩、
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
たくさん散歩に連れて行ってもらった。晴れていたが 台風の 残り風があり、
ある時は 向かい風に立ち向かい ある時は背中からの追い風に押され、風を満喫しながら
歩いた。同じ言葉を繰り返し言っていた。笑顔で過ごした。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
風が強く「髪がぐしゃぐしゃになってしまう」と言いながら 短いコースを何回も
散歩に行った。今日は最初から親しくしゃべっていた。
近所で家を新築するため 古家を重機を使って解体しておられるのを見て
「あんなことをしら つぶれてしまうわ」と言っていた。歩きながらヘルパーさんに
「おっちゃん おっちゃん」と言っていたとのこと。
室内ではボール投げをやってもらった。
−−◎4時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩。
2004.9.29(水) 雨 夜 台風接近
−−◎6時40分起き。「夜起き」無し。
−−◎すこやか診療所へ診察に行った。待合室の中をトイレの方へ..処置室の入り口の近くへ..
と歩きまくって困った。予約時間ピッタリに呼ばれたので早く終わった。
−−◎診察が終わってから、喫茶「チボリ」へ行った。厨房の見える位置に座った。
ながやさんが母さんにニコニコして手で合図をした。母さんそれに気が付いて 小声で
「あっ いた」と言い、手を振って応えていた。一ヶ月以上来ていなかったが、昔から
知っている人で母さんは良く覚えているらしい。
−−◎4時 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。小雨が降っていた。
「今日は出るのはやめるか?行くか?」と聞くと「行く」と言ってドアを開けようとしたため
行くことにして傘をさして歩いてきた。ほかにも傘をさして散歩している人がいた。
水たまりがあると 母さんが自分から 車道(今日は交通量は少なかった。)の方へ出て
避けて歩いていた。
帰り道 いつも言う場所で「ひさちゃんの家や」と言った。(本当のひさちゃんの家とは
全く違うところ) 同じ場所でそのことを言えるのは、措定場所 光景について記憶が
あると言うことである。
−−◎母さんが娘とテレビを見ていた。娘は本を読んでいた。テレビの画面でかわいい物の
登場する画面になった。「それもいいけど こっちこっち」と娘に画面を見るように
誘っていた。
2004.9.28(火) 晴れ
−−◎7時起き。昨晩「夜起き」あり。トイレに起き、一度は戻って寝たが10分ほどして再度起き
階下へ行った。30分ほど経って連れに行くと椅子に掛けていた。「夜中やから 二階へ
行こ」と言うと おとなしく付いてきて寝た。そのあとは朝まで寝ていた。
−−◎駅方面へ散歩。
−−◎娘は友達数人と学校周辺でケーキを食べて遊ん出来ると言い出ていった。
−−◎11時岩戸公園へ散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
はじめ30分間に買い物にいっしょについて行ってもらった。
散歩に行ってもらって、室内ではボール投げ、など
爪切りをやってもらった。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎気分は 落ち着いていた。異変無し
2004.9.27(月) 雨 のち 曇り のち 晴れ
−−◎7時起き、「夜起き」あり、1時間ほど。慣れてきたのでそれほど苦労しなかった。
−−◎朝の散歩は無し、
−−◎デイサービスに連れて行った。なかなか車を降りなかったので、車で5分くらい一周してきて
100mくらい離れたところで降りた。左側充分余白があるのに(しかしドアを開けたままでは
前方にいけない)、ドアを閉じるため私が母さんの体を後方に引いたところ、脇の70cm
ほど下にある畑に飛び降りて(何も植えてなかった)斜めにショ−トカットして 歩いていった。
私も仕方ないので畑の中を付いていった。動作が緩慢になり、軽く意に添わぬ事があったり
急かされると、次にどう動くかわからなくなってしまうようだ。そして意表を突いた動きをする
−−◎デイサービスでは、いつものように楽しく過ごした。
ある人のお子さんが遊びに来ていて、その子に「こっちへおいでよ」と言って話しかけたり
手を引いて歩いたりしていた。スタッフの人にも 働き掛けをしていた。
−−◎迎えに行った帰り道 岩戸公園へ散歩に行ってきた。ドングリがいっぱい落ちていて3個
拾ってきた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
前半は散歩に行ってもらった。
室内ではボール投げをして、停車中の車の中で 歌を歌ったりしてもらった。
−−◎池への散歩は行かなかった。
−−◎夕方、ふと言ったこと。「あー疲れた。こんなことばかりしとってはあかんわ...。
ダメになってしまうわ...ダメダメちゃんになってしまうわ もうダメだ」と言っていた。
2004.9.26(日) 曇り のち 雨
−メモ−
−−◎7時起き。昨晩は2時30分ころトイレに起きた。済んでから いつものごとく階下へ
降りていった。30分たったら連れに行けばいい、とそのままにしておいたら5分くらい
して 自分で上がってきて寝た。朝まで起きないで寝ていた。
−−◎8時、駅方面へ散歩。
−−◎11時 岩戸公園へ散歩。
道の(散策路)真ん中で 猫が寝ていた。
「あれはあかんわ あんなことしとっては...つぶされてしまう...つぶされてグシャグシャ
になってしまう」と言っていた。今夏だけでも道路で猫が轢(ひ)かれたのを2回見た
ことがある。そんな状況をイメージしていたのかも知れない。公園内だから今日の場合
その心配はなかったのだが...。
−−◎娘と3人で買い物に行った。雑貨スーパーで 車を降りる時「いっしょに行くか?」と
聞くと 「行かない」と言うので娘と母さんを駐車場で待たせて、私だけ店内へ行き
買い物をしてきた。
車の中では、私が行ってしまったので 母さんも車から降りようとした。娘が「今はダメ」
と言うと「ちょっとくらいいいやろ」となを降りようとしたので娘が「今降りていくと探すのが
大変だからあかんのや」というと 母さん「そうか」と言いその後はドアを開けようとはせず
降りないで 話しをしていたという。
“今降りてはいかん”という結論だけわかったのかも知れないし
私を店内で探すのが大変だと思ったのかも知れない。母さんが自分が行方不明になって、
探される立場になるのだということは わかっているのかいないのか?疑問。
−−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。3分の2ほど行ったところで雨になった。傘を持って
行っていたので私がさしかけてあげて母さんは濡れなかった。
サンダルを履いて行っていて、靴下は濡れた。「ベタベタになってしまった」と何回も言って
いた。家に帰って靴下を替えたが 新しい靴下を 半分だけはかせてあげると 自分で
引き上げて たやすく交換することが出来た。
−−◎このごろの動き。(今までもあったことだが、このところ多いこと)
@買い物に行った時、先へ先へと進みじっとしていない。私が物を選択することが困難に
なった。
A車に乗る時、
外へ行く時はさっさと乗る。
買い物や散歩で現地に着いた時 なかなか降りてこないことがある。
買い物や散歩が終わって、車に乗ろうとする時離れていって乗ろうとしない。
自宅へ帰った時、降りて家の中へはいろうとせず、乗ったままで居ることが多い。
自宅へ帰った時は、危険性もないし車内も涼しくなったので そのままにしておいて、
室内から様子を見ていると自分で降りてくることがある。
※「降りない」という積極的意志行為のようにも見えるし、次に何をするのかわからず
動作が緩慢になったようにも見える。
2004.9.25(土) 晴れ
−メモ−
−−◎母さん7時30分起き。昨晩の「夜起き」あり、娘が物音で気付き2階へ連れてきてくれた。
時間から(3時半頃)推測するに 起きていた時間は30分程度。すぐ寝て朝まで寝ていた。
−−◎8時、駅方面へ散歩。
−−◎10時、岩戸公園へ散歩。
−−◎ボール投げ遊び、15分。
−−◎4時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎表情明るく元気。
2004.9.24(金) 晴れ→ 曇り →雨
−メモ的な日記−
−−◎6時40分起き。昨晩はトイレには起きたがすぐ寝て「夜起き」は無し。
−−◎7時40分、駅方面へ散歩。
−−◎めずらしく 出した朝食(ご飯食)をある程度食べた。
−−◎9時30分デイサービスに連れて行った。はじめ車を降りることを渋っていたが、
2分くらい ほかのことをしゃべっていて「ほん(それ)なら行こうか」というと
なんなく降りて付いてきた。
中にはいると 来るなりあちこち歩き 挨拶代わりにスタッフの人の肩をポンと触れたり
ニコニコしたりしていた。
送迎バスが全部来るまでいて私は戻ってきた。
−私が帰った後も笑顔で過ごした。トイレとホールの間を行き来して、(自分で好んで行き来
しているのだが..)「ああ 疲れた」と言ったり、スタッフの人に「むし暑いですねー」と
と言われて「むし暑いねー」と答えていた。あるスタッフの人がたぶん消化を助ける程度の
意味で無意識にお腹をさすっておられたら、母さんが「どうしたの?」心配そうに聞いた。
と言うことだった。状況に即した受け答えが出来ているようだった。
敬老の日のプレゼントに有田焼の高級「湯飲み」をもらって たいそうニコニコしてよろこん
でいたそうだ。「よろこんでいただいて うれしかったです」とスタッフの人が言っておられた。
−−◎雨で 苧ヶ瀬の池へ散歩は無し。
2004.9.23(木) 晴れ
−−◎7時起き。昨晩は「夜起き」無し
−−◎8時30分、駅方面へ散歩。
−−◎11時岩戸公園へ散歩。金華山を車で北側から上り、下りてきて岩戸公園で散歩。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎風呂に入れた。
9時15分 脱衣
9時20分〜9時50分 浴室
9時50分 出て着衣。10時完了。10時20分就寝。
−−◎異常なし。
2004.9.22(水) 晴れ→曇り→晴れ
−−◎6時50分起き。昨晩「夜起き」無し。
−−◎7時35分から田圃方面へ散歩(40分)。草花、稲穂、よその犬、看板などを
見て話しながら、歩いた。
−−◎岩戸公園へ散歩。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎とくに、変調無し。
2004.9.21(火) 晴れ
−−◎母さん6時30分起き。
−−◎昨晩2時30分「夜起き」あり。3時10分連れに行くとおとなしく付いてきて 再度寝て
朝まで寝ていた。
今時(今度の夏)起こっている「標準的」な「夜起き」のようすは次の通りである。
2時30分ころトイレに起きる。→トイレと寝室の間を数回行き来する。(昼間も
やっているように)トイレの中にはいっては出てくる事を繰り返している。→
トイレでの帯室時間は短い時と長い時がある。→(私が想像するに、トイレに行くが
出ないので戻って来かると 又したくなるのではないかと思う)。→その後暗い中
階下へ降りて行き椅子に掛けている。→30分くらい経過したところで、私が連れに行くと
おとなしく付いてきて寝る。
1年半前の「夜起き」の時の 対応方法を今回私が忘れていて、今時の時にはじめのうちは
階下へ行ったら すぐ連れに行っていた。なかなか私が言うようには戻ってこないので
「紛争」になり 結局長時間(1時間〜2時間 あるいは朝まで)起きている事になって
しまったこともあった。30分ほど経過してから連れに行くと おとなしく戻ってくる。
今時「夜起き」は週2回くらいで毎晩起こっているわけではない。
−−◎駅方面へ散歩。
−−◎外用で母さんを連れて外出したついでに 岩戸公園へ行き散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
前半は散歩。(足痛は無し)吉野神社の中へ行った時、自分で拍手し手を合わせていた。
踏切で遮断機が降りた時、渡ろうとすることなくおとなしく待っていた。
後半は室内で、ボール投げバトミントンをやってもらった。
楽しく過ごした。
−−◎今日は苧ヶ瀬の池へ散歩は無し。
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佐賀大学の白浜先生 お便りありがとうございました。(2004.9.21)
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2004.9.20(月) 晴れ
−−◎母さん6時30分起き、
−−◎娘は友達N子と金華山のロープウェーへ乗りに行き遊んで帰ってきた。
−−◎祭日でデイサービスは休み。ヘルパーさん来訪は休みではないが休んでもらった。
−−◎ケアマネージャー氏来訪。いろいろ相談。
−−◎散歩はいつもの通り。
−−◎母さんは元気で異常なし。(いつもと同じように過ごした)
−−◎まとまって処理しなければならない仕事があって、メモ的な日記になっていますが...
処理が付いたら いつものように戻ります。
−−◎
2004.9.19(日) 曇り
−−◎7時20分起き。
−−◎駅方面へ散歩。
−−◎娘の大学の友だちT子が来て1日遊んでいった。
母さんは よろこんで時々 仕切り窓からのぞいて「おいおい」とか言っていた。
友達も目で合図してくれていた。
−−◎3時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎大過なし。
2004.9.18(土) 曇り
−−◎母さん6時30分起き、私7時20分起き。
−−◎8時30分、駅方面へ散歩。
−−◎9時30分、生協配送日。ドアを開けると母さんはさっさと行ってしまったので私は
付いていき、配分作業は 他の人に“お任せ”になってしまった。
−−◎11時岩戸公園へ散歩。公園へは 二つの幼稚園のグループがそれぞれ別々に
ハイキングに来て遊んでいた。いつもは歩いてくるだけだが、今日は立ち止まって
「かわいい」とか「おもしろい」とか良いながら園児を観察して、帰ってきた。
−−◎夕方 大雨注意報が出て、どしゃぶり雨になった。
−−◎単純な作業。(リハビリ的な意味の働き掛けに対する行動とその評価)
状況 B5の連続用紙(大きさはB5コピー用紙500枚2個分がダンボール箱にはいった
程度の大きさのもの)が30個、印刷屋が数日前持って来たまま店(=今は母さんの居室)
に積んであった。
夕食後、娘にも手伝わせて二階物置に運んだ。母さんにも一個ずつ運んでもらった。
一回目は 受け取って 店内の椅子に置き直したりしていたが、それでも再度持って
みんなといっしょに行列して二階へ行った。母さんの持って来てくれた1個分を受け取り
「ありがとう 助かったよー」と大げさに言った。母さん母さんもニコニコしていた。
母さんの運搬は2回目、3回目と運び、4回目で終わった。4個持って来てくれたことになる。
目的に添った行動は何も出来ないと思っていたが、小箱4個も運ぶことが出来て良かったと
思っている。
2004.9.17(金) 晴れ
−−◎7時20分起き。「夜起き」あり。2時30分にトイレに起きその後階下へ。無理に連れてこず
25分放置しておいて、連れに行ったらおとなしくついてきて そのまま朝まで寝ていた。
−−◎8時駅方面へ散歩。
−−◎衣服交換。
−−◎9時30分デイサービスに連れて行った。衣服交換の興奮が長引いて 現地で車を降りよう
としなかった。5分ほど一周廻ってきて、車を離れたところに起き、歩いていった。
中にはいっても表情の硬さがとれなかったが、キューピーさんで“あやして”いたら
機嫌がなおった。その後はいつものように朗らかだったそうだ。
−−椅子に掛けていることが多く、他のお客さんのようすを見ていたり、笑顔で話しかける
ことが多かった。職員さんにも肩をたたいて「よかったね」とか「ありがとね」とか言っていた。
午後から「お茶会」があって、ホールの中を行き来したり 職員さんの後について回ったり
していた。よく笑っていた。動きが不自由なほど高齢の人に世話をするような、
手助けするような事をしていた。今日は食事をほとんど食べていた。(帰ってきて こ昼も
夕食もしっかり食べた。デイでの食べ具合は行った日によってムラがあるようだが、その日
1日を通算すると食べているので気にしてはいない。)
迎えに行った時は、みんなで歌を歌っていて 母さんも歌に合わせて手を振りながら
楽しそうに歌っていた。
※母さんがデイに行っている間に 事務所の整理・掃除をした。
−−◎ケアマネージャー氏から連絡有り。いろいろ相談。
−−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩
2004.9.16(木) 晴れ
−−◎7時起き、「夜起き」無し。
−−◎8時、駅方面へ散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
日射しは強いが、スーッと秋めいた風あり。
近くを何回も散歩。疲れたようすを見せたので、室内でボール投げなどしたあと
また外へ散歩に出かけた(足痛はなし)。トンボや羽根の破れた蝶々を追いかけた。
室内で 幼児のグラビア写真を見て「かわいい」とよろこんで笑っていた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
今日は室内にはあまりおらず 散歩ばかりしていた。最初「足が痛い」と言って足を
引きずっていたが しばらくして聞いたら「痛くない」と言い、いつものように歩いていた。
踏切で電車が来て、一本通り、反対からの電車を待っていたら、
母さんが ヘルパーさんに「ありがとう ありがとう」と何度も言っていた。とのこと。
−−◎数日前から、倉庫の整理をしている。今日もヘルパーさんに来てもらっている間に
作業を進めた。
−−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎母さんは今日は 気分も体調も良し。足の痛い原因はわからず。キノコの影響は無し
−−◎「猫は 痒いんやわ」
北方面の一軒おいた先に駐車場があり、どこかの猫がいて 後足でポリポリ首を
掻いていた。私(猫の方を指さして)「ポリポリポリ」と言うと
母さん「あっ 猫がおる きっと痒いんやわ きっと痒いんやわ ポリポリ」と言っていた。
対象を特定し、対象の「思い」を推察する能力を保持している。
他方では 相手に聞くかたちで 自分の思いをはからずも表現している時もある。
自分はクーラーの下にちょっと長居して寒くなって「おっちゃん 寒いやろ」と聞く、
私「うん 寒い寒い」と言い、直接風の当たらない、椅子の方に誘導する。
暑い時「暑いやろ」と言ったりする。
自分がお腹がすいた時「おっちゃん お腹すいたやろ」と言うので、おやつをあげたり、
早めに食事を用意したりする。
上の猫を見た時は 自分は痒くないのに 猫が痒いことを想像している。
下の「お腹がすいた」自分がお腹がすいているので 人もすいているだろうと想像している。
(こう言えば おやつを出してくれだろう などと 論理的な思考はない)
2004.9.15(水) 晴れ
−−◎私7時起き、母さん7時35分起き。昨晩は一回トイレに起きたがそのまま寝て
今朝はよく寝ていた。
−−◎8時 駅方面へ散歩。
−−◎10時30分 このところ物置の整理をしていた。粗大ゴミをセンターへ持って行ってきた。
−−◎午後 本巣のばっちゃのところへ行った。母さんは家の中を行ったり来たりしていた。
帰りに 梨をもらってきた。
−−◎4時 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎ケアマネージャーから電話有り、10月の予定等について下相談のため。
「キノコ」食についてのことも尋ねられた。
−−◎「キノコ」食については食した日を含め10日経て 気付くような症状は出なかった
ので この件についての中毒の発生可能性は消滅した。
−−◎今日も楽しくすごした。
2004.9.14(火) 曇り 後 雨 後 晴れ
−−◎母さん6時30分起き。
−−◎8時30分、駅方面へ散歩。帰り道半分まで来たところで(全行程の残4分の1)雨が
降り出した。偶然 私が作業用ジャンバーを着ていっていたので、それを母さんの
頭からかぶせ走って帰ってきた。短距離だからと思い傘は持って行っていなかった。
私はYシャツもメリヤスシャツもずぶぬれで すぐ交換したが、母さんは袖口が濡れた
程度だった。母さんもシャツとブラウスと替えるように言ったが、替えさせなかったので
そのままにしておいたら乾いた。
−−◎昨夜 母さんが寝てから 私の髪を娘にカットしてもらった。娘は美容院をやるつもりは
なかったのでとくに練習はしていないが、見よう見まねで「自家用」には使用できるほどに
なった。
私「OKだな」
娘「ハイ。結構な毛髪でございます。2000円ちょうだいします」(←料金表の価格)
私「ばかな 少ないから半分に負けろ」
娘「お客様 そんな御無体な、禿げている方がむつかしいんでございますよ」
私「禿げ ハゲ言うな」
娘「ギャ、ハハハッ」。
※家では個別のことでお小遣いをあげる習慣はない。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
はじめ無口だったか、しだいに笑顔に戻り、散歩に出て、ヘルパーさんの手を引いて
「こっちへ行くよ」とか「あっちへ行ってみよ」とか言って、歩いていた。
室内ではボール投げ バトミントンをやってもらった。笑顔で元気だった。
「足痛」は無かったが「目が痛い」と言っていた。
−−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。「足痛」は無かった。
−−◎母さんは ぬいぐるみが物かげからのぞいているように見せて置いてあるのを見ると
よろこぶ。娘が後ろ向きになってスーパーのビニール袋に ぬいぐるみの顔を
のぞかせるように カサカサ音を立てて入れていた。
母さん「なにをゴソゴソやっとるの?」と椅子を立ってのぞき込んだ。娘が袋から
頭だけ出したぬいぐるみをパッと見せると「かわいい うふふっ」と言ってぬいぐるみを
袋から出して抱っこして椅子に掛けた。
ゆったりした気分で居る時は、まわりの状況に対応した疑問を呈したり言葉を発し
行動を起こすことが出来ると言うことだ。
※イメージ的にわかりやすいのでビニール袋と言ったが 本当はポリエチレン袋である。
エチレンのポリ(=多数)化合体(集合体)樹脂。ゆえにポリ(=多数)袋と言うのは
携帯電話を“携帯”と言うがごとしである。
2004.9.13(月) 晴れ
−−◎「夜起き」はしなかったが5時30分に起きた。もう明るくなっていたのでそのままにしておいた。
−−◎駅方面へ散歩に行った。(22分)
−−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。今日の気分は「晴れの日」で 連れて行って
私が15分くらいいる間も少し掛けては 室内を動き回っていた。晴れの日は頭も
よく働いていて 意志を幼児的に表示することが出来、世話をするものにとっては
“めんどくささ”も増す。
−−いつものように良く動き回り、みなさんに声を掛けたりしていた。体操の時間にも
参加した。食事は 最初「いらない」と首を振って席を離れたが ちょっと間をおいてから
「ご飯にしようか」と声を掛けると座って食べていた。−−
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
はじめ少し 慣れないようすだったが、すぐうちとけていった。
散歩に何回も行き、室内ではボール投げ、停車中の車の中でお話しなど。
よくお話しし にこやかだった。
−−◎3時30分、取引先へ配達にいっしょに行った。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。朝 夕方とも 「足痛」無し。
−−◎食用でない「キノコ」を食べて一週間になるが特に病状らしきことは発生せず。
少量だったので影響が出なかったのかも知れない。
2004.9.12(日) 晴れ
−−◎6時40分起き。昨晩は「夜起き」せず6時40分まで寝ていた。
深夜トイレに起きなかったためか 起きがけの尿失禁あり。トイレの手前の廊下に
1.5mほどに渡って 細いオシッコの筋があって さらに2mくらいは何もなくて
便器の水は黄色くなっていた(普通に流せば一晩たっても白い)。
想像するに 途中で漏らしてしまい、しかし 我慢してトイレに到達し用を足した。らしい
ただわからないのは、ズボンを左右上下点検したが 濡れていなかったことだ。
−−◎田圃方面へ散歩(35分)。他地方産の新米が売られているが このあたりは稲穂が
出そろった程度で 出て直立のまま花粉を飛ばしている稲穂と 少し傾いている稲穂がある
足痛=はじめ痛くなかったが3分の2ほど来たところで「足が痛い」と言っていた。
その後は「痛い」と言わず足取りも痛い足取りではなかった。終わりがけ「暑い 暑い」
と言っていた。
−−◎午前3人で 喫茶「チボリ」へ行った。池の鯉を見て「でかい でかい」とよろこんでいた。
ついでに金華山駐車場までドライブして帰ってきた。
−−◎午後は 私は2時から3時まで娘に母さんの伴をさせて昼寝した。
−−◎その後3人で買い物に行ったが母さんの先へ先へと進もうとする動きはいつもと同じだった。
でも連れて行った方が いろいろな事態や物に接することが出来るし、
気晴らし(ストレス解消)になって良いと思う。娘の報告によると午後1時ころから
「行こう 行こう」と2時間くらい言っていたと言うことだった。
−−◎一旦家に戻り、4時30分から苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。「足が痛い」とは言わなかった。
いつものように 他の散歩者の連れている幼児や犬、植物の季節の変化に関心を
示していた。
−−◎夜風呂に入れた。8時15分開始。脱衣5分、浴室25分、着衣は裸で逃げ回るので10分
8時55分終了。風呂出だから暑いのだが「暑い 暑い」と言うので店(=今は母さんの居室)
で テレビを見たり おやつを食べながら涼み その後寝させた。
娘が「こっちへおいでよ」と誘導して二階へ連れて行くとすぐ寝た。
、
2004.9.11(土) 曇り
−−◎7時起き、昨晩「夜起き」。1時間ほど階下にいた。下りていった時すぐ連れ戻すと
5分くらいしてまた下りていくので 1時間くらいそのままにしておいた。1時間程して
連れてきて寝させると そのまま7時までおとなしく寝ていた。
−−◎8時10分、駅方面へ散歩。さっさと歩き「足が痛い」とは言わなかった。
−−◎生協配送日。作業中 近所2・3軒の距離を行ったり来たり、室内へはいり また出る
事を繰り返していた。
−−◎午前中に 岩戸公園へ散歩。足痛は無かった。
−−◎午後自動車のオイル交換に脇田自動車へ行った。応接で待っていたが、奥さんの
話しかけに 笑顔を見せていたが 内容的には応えることが出来なかった。
−−◎夕方は、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。足痛は無かった。
−−◎取引先のPC会社Y氏が「帰宅途中だが」と立ち寄った。店の方で話していた。
私が必要書類を印刷するため事務所へ来て作業をしていると、Y氏は母さんに
話しかけていた。Y氏は母さんの病気のことは知っているが、”意味ある会話は
ほとんど出来ない”と言うところまでは知らない。
Y氏「朝 散歩しておられるところをよく見かけますよ」
母さん「うふふふっ」
Y氏「何時頃 起きなさるんやな」
母さん「そんなに行かへんよ」
Y氏「何時頃...?」
ややあって 母さん「6時半ごろかな」
Y氏「早う起きなさるんやね」
母さん「それほどでもないけど」
※会話についての分析。
@ややあって 時間の話しであることを理解した。
A朝起きるのは6時〜7時で 6時半の時が多かったので対応していないこともない。
しかし会話中の時間が6時25分、その時の時間のことかも知れない。
時間の話しに 時間の話しで対応したことが 大切なことだと思った。
B 「そんなに行かへんよ」とか「それほどでもないけど」とかの言葉は 生来持っていた
ひかえめな性格をそのまま継続維持している事が伺える。
−−◎「動」の日と、「静」の日、「その中間の日」があるようだ。昨日は「静」の日だった。
今日は「動」のようだった。生協をやっている時の「歩き行動」もひんぱんだった。
---(日記の再録)-------------------------------------------------
2001.11.3(土)
◎うわごと 今朝も 「こわいよーこわいよー いやだもー」と言っていた。
私は返す言葉がない。
それで「大丈夫だよ、お父さんがここにいるや無いか、恐いものが来たら、追っ払って
やるから」と根拠もなく まるで居座りの押し売りを追っ払うような答えをした。
そしたら「うんうん」と返事をした。そしてまた「こわいよーこわいよー」と言った。
「どこかでたたかいみたいなことやっているやろ」と。
私は 何のことかなー と思った。近隣で争いごとはないし・・・・。まさかねーと
思いつつ「アメリカのやっている戦争のことか」ときくと「うん」と答えた。
気が向いた時は、新聞も読んでいるし、テレビも見ている。
私は 母さんが興奮するといかんと思って、変なニュースの話題は避けて 高橋尚子とか
山の紅葉とか どこかのイベントとか 楽しい話だけ話題にしている。
こどもや高校生が被害者の事件は、母さんの方から
「お父さん気を付けてよ」と私が娘に指導するようにせよと言ったりする。
昨日のことは忘れても あれだけ毎日アフガン戦争のことが書かれているのだから
2ヶ月も報道が続いて、記憶が蓄積したのだなーと思った。
私は母さんが わかるかわからないか わからないけれど、言った。
「アメリカは横暴だけど、テロは絶対良くない、無関係の人が死んだ。
アメリカの爆撃も良くない。誤爆だと言って、無関係の人が殺されている。
今のところ日本へは来ないだろう。だから心配ないって、それにお父さんも
『ごまめの歯ぎしり』かも知れないけれど 止めてくれって言うよ」
日本へ来るか来ないかは 根拠のない気休めを言って母さんを安心させた。
母さんは「うん うん」と言って聞いていた。いま大雨にしろ、地震にしろ
一時避難しなければならないような事態になったら 私の 母さん介護は崩壊する。
言葉足らずで 母さんに話したことの中身は次の通りだ。
「アメリカが外国で力による政策を進めたり 国内にもいろいろ問題を抱えていて、
そのことのためか 何千人もの人が亡くなったところの テロ事件が引き起こされた。
テロ殺人は良くない。何も解決しないし要求が実現する方向に進まない。
政策決定に関与していない一般市民を殺してしまった。
アメリカもいきなり戦争を始めてしまった。こちらも テロに関与して
いない一般市民を殺している。
高度の理念=人類の幸福=自由と民主主義=を実現しようとするものは、
その方法においても相手よりも次元の高い水準で行動しなければならない。
民主主義って気の遠くなるような気長のことなのだよ。
そう言う世論が作られない内に、駆け込みテロに駆け込み爆撃がやられた。
国連とか 言論と 法の手続きに沿って解決されるよう希望する」
ということ
----(以上再録)-------------------------------------------
2001.9.11事件とその後についての意見
※ ○貧富の差、犯罪の多いアメリカ国内に事件の要因はなかったのか?
○新聞報道によると 双方「高い理念」を言っている。しかし
低水準の実力行使によって 高い理想を 相手方に生み出すことは出来ない。
○テロも戦闘も無くなってはいない。
高度の理念=人類の幸福=自由と民主主義 平等の権利=を実現しようとするものは、
その方法においても相手よりも次元の高い水準で行動しなければならない。
○それぞれの「思い」に関わらず 願望の実現しない低水準の実力行使は
次の事件と戦闘を呼び起こし そのニュースは世界を走り、感覚を血生臭に
慣れさせてしまい、短絡的思考パターンが世界的な事件とは独立して動き出し
凶悪な犯罪を誘発している。国民の一部に道徳的荒廃をもたらしている。
○一般市民の被害者は誰もが それぞれの人生を背負い それぞれの目標を
持って生きていたはずだ。それを周りの人に取り上げてもらって(本人は亡くなって
いるので)メディアで広く世界に伝えることの出来る人々と、その悲しみを
伝えられぬまま消え去った人々とがいる。
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Y・C 様 お便りありがとうございました。(2004.9.10)
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2004.9.10(金) 薄曇り
−−◎7時起き。昨晩、「夜起き」2時20分から3時まで。はじめすぐに連れに行った
ところ おとなしく付いてきて寝たが5分ほどでまた下りていった。こんどは
30分ほどそのままにして置いて連れに行き寝させた。7時までよく寝ていた。
−−◎8時、駅方面へ散歩(22分)。「足が痛い」とは言わなかった。駅まで行った時
私「足が痛いか?」と聞いたが「うふふっ」と笑って回答無し、痛くないようだった。
−−◎9時30分、デイサービスへ連れて行った。今日はおとなしくイスにかけていた。
私は15分ほどいて戻ってきた。
−−落ち着いて座っている事が多かった。同じ机の人たちのするオセロゲームを
ながめたりしていた。お風呂の方へ行ったり、座敷の方を見に行ったり、いろいろ
興味を示し、気付いたことがあると“報告”したりしていた。お話しもたくさんした。
ボール転がしゲームにも参加注目してみていた。“キャッチボール”もやり。片手で
受けていた。とのこと。手の爪切りをしてもらった。
迎えに行った時は、みんなで歌を歌っていて、母さんはみんなといっしょに手拍子を
打っていた。
−−◎5時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。曇り空で薄暗くなっていた。
足痛はちょっと「痛い」と言っていたがさっさと歩いていた。一周して来たが
終わった後「痛い」とは言わなかった。(軟骨のすり減りかも知れない。だとすると
無理をしないように歩くしかない)
−−◎今月にはいって2回、尿失禁をした。いずれも散歩中だった。家にいる時はトイレ
に行っている。尿意の感覚が少し弱化し、我慢する機能が少し弱化している
のかも知れない。
2004.9.9(木) 晴れ
−−◎6時30分起き、私7時20分起き。
−−◎朝 ゴミ出しに出た。母さんも付いて出た。ゴミ置き場は道路の向かい側にあるので
「家の前で待つ」ように言い、向かい側に渡った。母さんは付いて来ず待っていた。
車の切れ目ができて戻ろうとするともう一台来て、ゆっくりになって通過せず「渡って
いい」との合図。渡ってから振り返ると車の人はデイサービスのAさんだった。
偶然通りかかったようだった。ニコニコ顔で通過され私も会釈した。母さんも気が
付いて 「あの人」と言い笑顔で見送っていた。
口から音声としての名前は出てこなかったが 人物を感性的に記憶している事は
そぶり から伺えた。
−−◎娘は大学の友達3人と市内で待ち合わせ遊びに行った。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
空は雲におおわれ 時々薄日さす 夏から秋の空に変わった。
何回も散歩に出て、終始笑顔だった。
ちょっと疲れた感じもした。室内で楽しめる事も必要か?
右膝から下のあたりが「痛い」と言っていた。とのこと。
※2ヶ月くらい前から たまに「足が痛い」と言うことがある。爪を切っていない
せいかも知れないし(今朝 左足だけ爪切りをした。)、軟骨がすり減ってきている
のかも知れない。どちらかわからない。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
ヘルパーさんが来られると 待ちかまえていたように母さん“散歩”に飛び出していった。
何回も行った。散歩中は 花やチョウチョを見て立ち止まり、「きれいにはまっている」
と言っていた。室内ではボール投げをしたり、車の中でおしゃべりをしたもらった。
散歩中、尿失禁有り、ヘルパーさんに手伝ってもらって下着を交換した。
嫌がっていたが、交換後すぐ、笑顔をしていて不機嫌にはならなかった。
−−◎右の「足が痛い」と言っていた。2ヶ月くらい前からたまに言っている。
本日
朝の散歩の時 「痛い」と言いわなかった。
午前の散歩の時「痛い」と言っていた。
午後の散歩の時「痛い」と言いわなかった。
苧ヶ瀬の池へ散歩の時 「足が痛い」と言っていた。散歩は100mほどで中止。
夜8時 靴下を脱がせサンダルで5分ほど散歩した時 歩いている時は
「痛い」と言いわなかった。
戻ってから「足 痛いか?」と聞くと「痛いことないよ」と言った。
爪をチョンチョンつついて 確かめたが痛くなかった。上の方へ手で押さえながら
確かめていったところ 踝(くるぶし)までは痛くなかった。くるぶしを越え、膝小僧に
至までの間に押さえると痛いところがあるようだった。
押さえると痛いと言うことは 筋肉または皮膚かも知れない。
−−◎水仙の花。
通行中の民家の道端に水仙の花が咲いていた。(季節に違和感があるかも
知れないがとにかく咲いていた。)母さん いち早くそれを見つけて
「水仙が咲いている」と言っていた。
−−◎母さん時々、娘と年格好と風貌が似ている子を見かけると「あにゃまんか?」と
私に聞く。私「違うよ ここにはいないよ」と答えいてる。
近くの交差点で下校途中の女子中学生が数人信号待ちをしていた。
私、わざと「あにゃまん いるかなー?」と言うと母さん「あれとは違う、もっと
大きくなったもん」 と言った。私「ほんとや あそこにはいない」
母さんの娘についての認識は 幼児になったり 小学生になったりしているが、
今日は おおむね正しい位置にいたようだ。
2004.9.8(水) 晴れ
−−◎母さんは6時30分ごろ起きた。このごろは(2ヶ月くらい)早く起きた時私を起こさな
くなった。一昨日と 昨日 朝 個包装のバアムクーヘンを皿に載せておいて置いた。
−−◎8時駅方面へ散歩に行った。
−−◎9時喫茶「チボリ」へ行った。ながやさんはいた。
−−◎岐阜県立病院診察日。(以下は特に解明の要、意見もないのだが顛末として記す)
前月診察予約は9時で、その時刻より15分前に診察券を提出していた。いつもは
ほぼ予約時間に呼ばれるのだが。前月は9時50分くらいに呼ばれた。
‘いつも定刻に呼ばれているがたまにはこういう事もあるのだろう’止むおえない。
と思った。支払い後に渡された次回(つまり今月の分の)予約時間が10時30分に
なっていた。「こちらが遅れていったのでもないのに、勝手に時間を変更されてしまって...」
といやな予感がした。
その時異議を申し立てをしなかったのだから、今日は10時30分前の10時15分に行った。
いやな予感が当たった。12時になってもまだ呼ばれなかった。母さんが「帰ろう 帰ろう」
と言うし、私も不機嫌になっていた。最近の母さんの動きは10分と同じところに
じっとしていられない状況で1時間45分またせておくことは至難の業である
‘この分だと来月の予約は12時になるのかな’と思いながらまっていると12時7分に
呼ばれた。12時12分に診察が終了して、玄関受付に戻り、計算用紙が発行された
のが12時22分だった(プリントしてある)。次回予約時間を見たら9時になったいた。
‘9時だったらいいか’と思い、何も言わず帰宅した。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎地震が 何回も来るので 防災用具など買いに雑貨スーパーへ行き、
食品スーパーへも寄って帰宅した。
−−◎母さんは平常心で機嫌良く過ごした。
2004.9.7(火) 曇り 雨 晴れ間もあり
−−◎7時起き。
−−◎駅方面へ散歩。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
台風が接近していたため“散歩”は2回だけにして、あとは室内で おしゃべり
ボール投げ、バトミントンをしてもらった。母さんはいつもと変わらず、時々 笑い声を
あげて“遊んで”もらっていた。12個ある お手玉を 3×4で並べて置いたところ、
手でさわって「ひとつ ふたつ 三つ...」と数えていき 正しく12個と数えることが出来た。
−−◎夕方、風か強くならないうちに買い物に行ってきた。その他の散歩は台風のため
取り止めた。
普通に元気で笑顔もあったが「キノコ」ことは10日間くらいは害が出ることもあるので
わからない。少量(ひとかけら程度)ならば影響が出ない場合もあるとのこと。
※「キノコ」は オオシロカラカサタケ らしい。らしいというのは少しかたちが崩れて
いたために断定できないからだった。
径7cm〜30cm。表面は白で上部にうろこ状の褐色模様有り。ヒダがオリーブ色の時有り。
嘔吐 下痢 腹痛 悪寒、発熱がある。
※ここでは 省いているが 昨日、林産試験場で詳しくキノコについて聞きいろいろ勉強
させてもらった。「町人(=まちびと=森林生物に接することの少ない人)は
商品として売られていないキノコは手を触れないことだ」と言うことが重要な事のようだ。
2004.9.6(月) 曇り 時々 雨
−−◎7時起き。
−−◎8時30分、駅方面へ散歩。
−−◎デイサービスに連れて行った。
−−ここにも慣れてきたようすで、いつもと比べて座っている時が多かった。
他の“お客さん”のようすをながめ観察していた。
今日は食事をほとんど食べていた。その日によってムラがあるようだ。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
はじめ あまり話しをせず黙っていたがボール投げをきっかけに、にこやかになり
話しをするようになった。散歩、ボール投げ、停車中の車の中でのお話し
などで過ごした。
尿失禁をしたので、娘とヘルパーさんに手伝ってもらって 下体衣服のみ全部
交換した。
−−◎いろいろなことがあるものだ 雨の後で神社の敷石の間からキノコ(食用ではない)
が生えていた。それを拾ってきてもてあそんでいて、一口食べてしまった。
吐き出しをさせることを考えたが、痴呆の母さんにそれをさせることは困難である。
病院へ行っても同じであろう。
私は、保健所へ 対応措置を聞くつもりで電話をした。しかし後から結果的に見て
緊急事態対応でない方向へ進み私もその行動を取ってしまった。
「毒物を食べた」とでも言った方が良かったのかも知れなかったが 毒とも言えず
「食用でないキノコを食べてしまった。」と言ったところ
県庁農林部作物係を紹介されて説明。
そこから次に 美濃市にある 林産試験場を紹介されて、現物を持って行ってきた。
「疑いがあるから病院へ行って下さい」と言うことだった。
そのものの食後3時間以上を経過していた。
−−◎散歩時、不要物を持ってくることを 機嫌を損ねても制止する必要がある。
有用物はなお持って来てはいけない。
不要物とは 壊れた傘 空き缶 雑巾 タオル ハンカチ 携帯ストラップ 空き袋
汚れた人形、木の枝 板きれ ねじ 木の実 などである。
−−◎論理思考の残存。 昨日のこと。
娘がイスにかけテレビを見ながら もう一つのイスを持って来て 足を投げ出して
座っていた。母さん 両手で娘の足先を包み込み「あったかいやろ」と言った。
第一次反応は「冷たい 冷たい足しとる」である。最近はこの第一次反応で
とどまることが多かった。
今日は展開があった。
いちいち考えているかどうかはわからないが、(足に触る)→(足が冷たい)→
(私の手が足より温かい)→(足の方は温かく感じているはずだ)と第二次反応
まで達した。
2004.9.5(日) 曇り 時々 雨
−−◎昨晩も「夜起き」せず。7時起き。
−−◎8時 散歩。
−−◎娘も家にいて 母さん あちこっちしたり テレビを見ていたりしていた。
−−◎午後いっしょに買い物に出た。
−−◎5時、苧ヶ瀬の池へ散歩、池に着いた時雨が降っていなかったので散歩は出来た。
−−◎7時5分地震発生、緩く30秒くらい揺れていた。台所に掛けていたが、はじめの
わずかの揺れに 母さんが気付き「なんか変」「なんか変」と言った。私は「地震」
の言葉は言わず、手を引いて店(=今は母さんの居室)へ移動した。
台所は、棚の上から落下したり、倒れるかも知れない厨子などがある。店は
そう言う危険なものは何もない。移動した後も少し揺れていた。
−−◎10時 風呂に入れた。脱衣は 娘と2人で「あっ」と言う間に。
はじめ背中だけ洗ってやり、あとは任せておいた。湯舟に30分以上 浸かっていた。
良く洗えたかどうかわからないが、洗ってやろうとすると「自分でやる」と言うため、
はいらないよりは良いだろうと思い好きなようにさせておいた。
出てきたので簡単に拭いて 着衣させた。着衣は脱衣と違い 着る意志はあるのだが
手順が このごろわからなくなっているようだ。パンツをはく時も 私が足先をつかんで
「右足をちょっと上げて」とか言ってはかせて、シャツ(前マジックボタン)も私が逆から
手を通して指先を軽くつかんでシャツを肩の方へ引くようにして着させている。
−−◎11時57分先ほどより強い地震があった。私は母さんを寝させた後階下にいたので
二階へ行き 寝ている母さんの横に座り見ると目を開いたので手を取って持っていてあげた。
20秒くらい激しく揺れていた。静まったので私は「ニコッ」として手をのけた。
またそのまま静かに寝た。
健康時は「地震」と聞くと階下へ駆け下りて行っていた。同じ事をすると階段で滑ったり
すると危険なので 押さえていたのだ。
叫びもせず、走りもしなかった。野生の勘も少し後退してるようだ。
驚くと行けないので 揺れている時は「地震」と言う言葉を言わなかった。
7時5分の地震の後はテレビに 「地震」の文字が出てきて「地震やって こわいねー」
とか言っていたが 自分とは 関係ない「地震」のようだった。
2004.9.4(土) 曇り
−−◎7時起き 昨晩 3時にトイレに起き階下へ行ったが 5分ほどで戻り 「夜起き」無し。
−−◎8時30分、田圃方面へ散歩。2.2km=40分。
−−◎生協配送日。作業中 隣近所へ行ったり来たりしていたが、遠くへは行くこと無し。
−−◎食品スーパーへ行き、ついでに岩戸公園へ散歩。
−−◎午後 娘が靴を買うというので付いていってやった。
母さんは相変わらず 先へ 先へと進む。
−−◎さしたる起伏もなく 母さんは楽しく過ごした。 「先へ 先へ」と進むのも そう言うものだ
と思えば それに合わせて動けば良い。
2004.9.3(金) 晴れ
−−◎7時起き 昨晩、「夜起き」無し。
−−◎駅方面へ散歩。
−−◎9時25分デイサービスへ連れて行った。中へはいる時の“抵抗”は無し。
私がいる間は、いつもより早くイスの座り、あちこち歩く回数が少なかった。
フロアとトイレの間を行き来したりして 終始笑顔ですごした。職員さんの肩を
ポンとして顔を見たりしていた。昼食はほとんど食べた。午後は歌の時間で
手拍子しながらみんなといっしょに歌っていた。
同病の人もおられて、手助けするつもりの素振りをしていた。
※迎えに行った時のようすで
本人が「気楽におれる場所」として慣れてきているように見られた。
@私が行くと玄関から一旦自席へ行き座った。 「飛び出すように帰ろうとする」
ような動きはなかった。帰りがけに玄関の長椅子に座ったりしていた。
A笑顔で気分も良かったようだ。不快な時は目はこちらを見ず、話しかけても
返事をしない時があるが そう言うことはなかった。
−−◎4時から 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎今日も気分良く過ごした。
2004.9.2(木) 小雨
−−◎母さん7時起き。「夜起き」はしなかった。
−−◎雨間をぬって 駅方面へ散歩。
−−◎D施設の係りの方が「計画書」を持ってこられた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
雨は降ったりやんだり涼しくなった。ゆっくりと散歩に行った。何回か散歩に行き
1時間くらいたったあと 家の中で NHKの教育番組「台風」見た。そのあとは
二人で 昔の童謡とか学校で習った歌などをいっしょに歌ってもらった。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
小雨の中で散歩をしてもらった。雨が強くなったので室内で ボール投げとバトミントンを
やった。(バトミントンはこのところ半年くらいやってなくて、一ヶ月くらい前にCさんに
やってもらったがはじめは続けられなかった。今日は母さんが勘を取り戻しらしく
相当長い時間落とさないで打ち返すことが出来た。)
停車中の車の中で(雨で涼しい)ぬいぐるみ遊びをしてもらった。
外で 看板に書いてある電話番号(***−1720)を今日は「千七百二十」と読んでいた。
いつもは二桁しか言えなくて 「十七 と 二十」と分けて読んでいた。
−−◎夜 NHKで犬山市市制50周年記念で お笑い時代劇をやっていた。
竹下景子が話す犬山弁(岐阜弁 名古屋弁と類似)がおもしろいと言って 母さん
「ちょっと 見てみやー」といっしょに見ている私をつつきながら 言い、終始笑って見ていた。
2004.9.1(水) 晴れ
−−◎昨晩は2時にトイレに起きたが、すぐ寝て朝7時まで寝ていた。
薬は 3日間休憩以外は飲ませている。薬は関係ないようだ。元気に動いた結果
よく寝た。元気な活動が大切なようである。前日の「夜起き」は台風の騒がしさの
影響だったかも知れない。
−−◎今日は私の病院診察日、とくに異変はなく「体調は良し」というところか。
今日はヘルパーさんに来てもらって、自宅でいっしょにいてもらった。
いつもは「付いていく」と言うのでいっしょに来てもらっていたが
もし病院へいっしょに行ったとすると、暑い日の中知らない地区で散歩に出て、
体も疲れるし 落ち着きを無くして収拾が付かなくなるとあかんと思って...。
自宅で2時間留守にしたのはここ3年の間無かったことで その方も心配だったが
結果的にどうと言うことはなかったようだった。
いつもヘルパーさんが来てくれた時と同じ 雰囲気で過ごしてくれていた。
−−−はじめ40分ほどは室内でボール投げや おしゃべりなどして 相手をして
もらった。すぐに 母さんの思いのままに“散歩”に出ると 母さんが私を探して
遠くまで足を伸ばして行ってしまうといけないと思いそうした。
外では道路向かいの敷地で工事をしていてコンクリートを砕く音が大きく聞こえた。
「おそろしい事をしている」とか「うるさいね」といっていた。
今日から小学校がはじまり、始業式で早く下校していた。その子たちを見て「かわいいね」
とか「しっかりしている」とか言っていた。散歩中そのほか いろいろおしゃべりをした。
(たぶん 意味のわかる話と 意味のわからない話を織り交ぜてだろう)−−−
−−◎昼食後、炊飯器を取り出し洗いつつ「夕食のご飯をセットしておかなくっちゃ」
というと、母さん「おかあさんは?」と言った。私 母さんを差して「ここにいる」
母さん「おかあさん どっかへ行ってまった。」と言っていた。
この場合の「おかあさんは」と言う時のトーンは普通で数ヶ月前の ほんとの
母親を捜している時にあった悲壮感はなかった。
−−◎3時から 木曽川河川敷の公園へ散歩に行った。川の水が増水していた。
途中で折り返してきて3kmほどか。40分歩いた。
脇にあるシャクヤクの花に「大きい 大きい」と感心していた。
2004.8.31(火) 晴れ
−−◎昨晩も深夜2時に起きた。30分後に寝させたが1時間後(3時30分)に再度起きていった。
そのままにしておいた。4時まで台風で外が ヒュー ヒュー ガタガタ コトコトいっていた。
イスに掛けていて 時々居眠りをしていた。今日見ても風邪を
ひいているようすはなかった。台風のガタガタも加わっての「夜起き」のようだ。
−−◎私は7時に起きた。
−−◎8時 駅方面へ散歩。
−−◎岩戸公園へ散歩。公園課の職員さんが、台風で落ちた落ち葉や小枝の掃除を
してくれていた。
−−◎帰りに農協で生花を買ってきた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
周辺の 散歩に付いていってもらった。母さんが「飛んでいる 飛んでいる」と言うので
見ると 白サギが飛んでいた。花や鳥など関心を持って見ていた。
室内ではボール投げをしてもらった。停めてある車の中で、「さくら さくら」の歌や
「蛍の光」の歌を歌ったりして おしゃべりのお相手をしてもらった。
※元気に動き廻って運動になった。
−−◎午後は今日は関ヶ原までドライブして行って帰ってきた。
−−◎私が夕食を作る時の母さんの言うこと。
夕食を作るのを見ていて、母さんの根底にある発想は「食事の用意は女性が
するものである」と言うものである。(←推測)
その現れる態度は3つほどに分類される。
@「ふふっ おっちゃん 何やっているの?」(男の人がお炊事なんかして....)
A「おかあさんは おかあさんはどこ行ったの?」(お炊事をやるはずの 3人の上に立つ
共通のおかあさんがいるはずなのに どこへ行ったの?)
B「おっちゃん ごめんね ありがとう」(私がやるはずなのに おっちゃんにやらせ
しまって)
夕食を作っていると このことが想起されるようで3つのどれかの表現が現れる。
−−◎「ぽんぽこ亭」
駅近くに2年ほど前に「ぽんぽこ亭」という やきそば・お好み焼きの店が出来た。
夕食後 状況とは無関係に「ぽんぽこ亭 ぽんぽこ亭」と言いだした。
私「そうだね ぽんぽこ亭という お店があるね」
「ぽんぽこ亭」は発病4年から6年の2年間の間に獲得した単語である。
類似の単語を過去から持っていたかも知れないが、時々その店の前を通り「ぽんぽこ亭」
と繰り返し言い、獲得 固定化した比重も大きい。
@記憶機能の残存があればそれを活用し
A頭脳領域の代替使用により、
B新規生成した部分を活用し、
獲得されたものである。
仮説=幼児期から成人期までになされた気の遠くなるような訓練を繰り返すことが
出来るならば、機能回復も可能である。(現状ではそれは出来ないので期待は不可)
2004.8.30(月) 曇り のち 雨と曇り 交互に
−−◎昨晩も「夜起き」あり、深夜2時ころ トイレに起きてその足で階下へ行った。
連れに行ったらおとなしく戻って寝たが、5分くらいでまた起きていった。
そのまま放置しておいて3時ころ連れに行き 寝させたところ今度は7時まで
しっかり寝ていた。(3時ころクーラーを再度付けておいた。)
−−◎朝の散歩。(雨が降り出しそうで10分ほど)
−−◎朝食(おかずのみ食べた。)
−−◎デイサービスに連れて行った。
私「さあ おもしろい人が いっぱいいるよ」というと「うん うん」と言いさっさと車を
おりて 私について中にはいっていった。一旦席に座り、ぬり絵を私が塗ってあげた。
お客さん到着のバスが来ると 母さん入り口の方へ行ったが数mのところで私が
止めていたので外へは行かなかった。
一段落してまたイスに掛けていて、スタッフのEさんに「おいでよ ここにおいでよ」と
手招きしていた。Eさん「これがすんだら行くからね」と言っていた。
1〜2ヶ月前、血圧を測るのを嫌がって、母さん2〜3回、この人を避けるような
場面があった。単にそれを忘れた(マイナスが0=ゼロに戻った)のではなく、Eさんの
資質ある働き掛けにより、母さんが「ここへおいでよ」と言うほどに 母さんのこの人
に対する気持ちが 0からプラス方向にふくらんできたことを示している。
−−−いつものように 施設内を行ったり来たりイスにかけたりしていた。職員さんの
方をたたいて気持ちを通じようとしたり、他のお客さんの肩をたたいたりして、話しかけ
ようとしたり、施設に慣れてきたようすだ。Fさん「職員にも 他の利用者のかたにも
慣れていただいて とてもうれしいです」と言っておられた。−−−
12時30分に迎えに行き戻ってきた。
−−◎雨間をぬって近所を10分くらい散歩に行ってきた。
−−◎なんと娘は台風の中、友達3人と市中へ遊びに出かけた。吹っ飛ぶことなく帰宅した。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
ニコニコ顔で迎えた。台風の影響で天候が不安定だったが 様子を見ながら散歩に行った。
室内では ボール投げ テレビを見てお話し、などした。停車中の車の中で
「肩たたき」の歌を2人で歌いながらリズムを取り、首を右に左にと動かしたり、リズムに
合わせて手を叩いたりしました。
※母さんに「楽しく 役に立つこと」でどういうことが出来るか?と言うことについて
研究していただいている ふしが伺えた。
−−◎6時から 薄暗かったが苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。あとで天気予報を見たら、
3時35分から暴風警報がでていた。危なかった。(^〜^;
2004.8.29(日) 晴れ 薄日
−−◎昨晩は10時寝させた。2時ころトイレに起き、トイレから出てきて私をつついて起こした。
トイレをのぞくだけで 用便をしない時も多いので、わざと「じゃートイレに行こうか?」
と言うと「行ってきた」と言ったので、「じゃー また寝ようか」と言うとおとなしく寝た。
私は7時に起きたが、母さんは7時50分ころ起きてきて「にこーっ」と笑って立っていた。
27日から28日に掛けての夜の「夜起き」現象がどうして出たかわからぬが昨晩はなかった。
今夏ではこれ以外に2回「夜起き」があったが30分くらい経って 「寝ようか」と二階へ
連れてくると おとなしく寝ていた。そのほか4時以後に起きて階下へ行っていたのが
2回あった。(その時はそのままにしておいた。)暑さと 運動不足と 思われるが
よくわからない。
−−◎8時35分、駅方面へ散歩。
−−◎10時〜テレビでオリンピック、台風など見ながら母さん朝食。
−−◎ガス屋さんが集金に来た。(20歳台か 30歳台初めくらいの女性で何年も前から来ている)
事務所の入り口から来られ お金を渡していると 母さんものぞきに来て、集金の女性に
愛想を振りまき、ピースのVサインなどしていた。集金の女性も軽く手を振りそれに
応じていた。私「知っている人には合図をするんですよ」と解説した。
ガス屋さん「このごろ 笑顔で見て下さるので 私もうれしいんですよ」と言われた。
−−◎岩戸公園へ散歩
−−◎炊事をしていたら今日は「おっちゃん ありがとう」と言っていた。
−−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
2004.8.28(土) 晴れ のち 曇り
−−◎母さん昨晩は10時に寝て1時ころ起き、階下へ降りていき、イスにかけて寝たりして
そのまま階下にいた。数回工作したが、上がってこなかった。
3時には私が寝て7時まで寝ていた。階下へ行くとそのままイスにかけていた。
これからでもいい と私が思い 「二階へ行って寝よか?」と言ったがそのままいた。
1時以後は一度も床へへはいらず、起きていたか または 台所のイスで 座り寝
していた。
昨日は散歩に10分くらいしか行っていなかった。最近の動向(夜起き出して階下へ
行くことが数回あった。今まではすぐか または5分いないほどで二階へ戻っていた。)
に散歩不足が相乗したのかも知れない。
−−◎生協配送日。
−−◎岩戸公園へ散歩。「なんか だんだん小さくなって行くみたい」と言っていた。
「小さい子みたい、 って言っとった。」とも言っていた。
−−◎私は12時30分から2時まで 昼寝した。
−−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
−−◎出先へ行って 車に戻り乗り込む時 ちょっとスムースに乗ろうとしないことがあった。
−−◎25日 26日 27日とアリセプトを休んでいた。観察は後日。
2004.8.27金) 晴れ
−−◎母さん、起きたのは8時。昨晩風呂で寝たのが12時近くだった。
途中トイレに起きたが、すぐ寝た。
−−◎8時30分、朝の散歩は10分程度にしようと思ったが、10分で家に戻ると 家に
はいらないで反対方向に歩き出し、もう一回行ってきて 計20分になった。
−−◎9時20分、デイサービス(=昼間通所介護)に行った。今日は元気で室内を
走り?廻っていた。送迎車が着いた時一度は外へ出てしまい、外を一周してから
もう一度はいっていった。イスにかけて お茶を飲んだりしていたら次第に落ち着いてきた。
私は帰ってきた。
−−−はじめは 落ち着きがなかったが そのうち 落ち着いて 席に座り 他のお客さんの
ようすを観察していた。もう一人「家へ帰る..家へ帰る」の人がいて その人に
「こっちへ 来やー」と言う意味のことを言って 席の方へ誘っていたとのこと。(^o^)−−−
いろいろな”お客さん”が来られるようになって これからがこの施設の“ヤマ場”と言う
感じがした。
迎えに行った時の 母さんの気分は 笑顔を見せ普通だった。
−−◎私は自宅へ戻った後、雑用をすませ、外用もすませてきて休憩した。
−−◎娘は 大学の友人を3人呼んで 遊んでいた。一度外へ行ったりもしていた。
母さんが帰宅した時に居合わせたがニコニコ顔で3人を見ていた。
−−◎磨き用のスポンジを食べかけたが未然に防ぐ。
(適宜な大きさに切って使用するもので、未使用の新品で 食べても消化せず害はない)
食器洗いのために切って卓上へ出して置いたもの。
2004.8.26(木) 曇り 薄日
−−◎7時起き。
−−◎8時20分、駅方面へ散歩。
−−◎防災訓練の出欠確認があったが「出られません」とお断りした。
本来 地震など発生して、家屋に損害が出る程度の大きさだと 対策が必要なのだが
一般的訓練では 痴呆患者までは想定していないので、「○○を取りに受付まで来て下さい」
とか その他 母さんのみ待機を余儀なくされた時どこかへ「行方不明」になるおそれがあり、
主催者側に予定外の迷惑を掛けても申し訳ない。訓練現場の騒々しさに母さんが刺激され
興奮すると、一日落ち着かないことになる。
訓練行事としては
「今回の経験を基に その辺の対策を強める必要がある」とか言うまとめになるかも
知れないが..。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
薄日がさす程度で ひと頃とくらべて暑くなく ほとんど外でお散歩。
途中 男の子と女の子を連れた母親が道路を横断しようと待っていた。母さん 近づいて
「かわいいね」と声をかけた。その母親が男の子をちょっとだけ抱っこさせてくれて、
母さん とてもうれしそうに抱っこしていた。とのこと。
5分ほどボール投げをやってもらった。
−−◎昼休みは 岩戸公園へ散歩に行ってきた。
−−◎ケアマネージャー氏来訪。今月の変更点の届け出と、来月の計画について30分ほど
相談して行かれた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
昼からも せっせと散歩に行った。
今日はよそのお家で 庭先を通って玄関までのぞきに行くことが多く、
家の人が気付かれて「遊んでいって下さいよ」と声を掛けられた家が2軒あった。
うどん屋さんの奥さんが いつものように手を振って声を掛けてくれた。
2時間の 中ほど あたりで 母さんの休憩のため一度シャッターを閉めて、
室内で、ボール投げ バトミントンを少しやってもらった。
散歩中に ヘルパーさんに対してか 独り言のようにか 「おっちゃん おっちゃん ...」
と言っていた。ヘルパーさんが気を利かして「おい おい」..「おい おい」と
返事をしておいてくれた。とのこと。以前にヘルパー(A)さんの時にもそんなことがあった。
※母さんの健康時からの町内居住の実績か?「痴呆」の偏見も持たれず、毛嫌いもされず
近隣にとけ込んでいる。と言う感じがした。ヘルパーさん同行だから安心して気安く
接してくれたものと思う。
−−◎5時から 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。「ひさちゃんの家」のことは今日も言った。
−−◎風呂に入れた。脱衣は説得せず短時間に。10時10分浴室へ。10時35分出てきた。
着衣に手間取ったが 大変と言うほどでもなかった。(幼児を風呂に入れた時 夏場、
なかなか 着ないでよろこんで走り回っているようなもの)
風呂にはいっている時は 気分のトーンが低かったが、おやつを食べるころには
機嫌は元に戻っていた。
2004.8.25(水) 晴れ
−−◎7時起き。
母さんは 朝は静か。台所で掛けていたり、店でテレビの子ども番組を見ていたり。
−−◎8時40分〜9時20分まで 田圃方面へ散歩。暑さも少し静まってきた。
いつものように、母さん 花や飛行機、電柱広告 鳥 トンボ ごみ? などに注目し
歩いてきた。
−−◎よそ様のを見て ビン缶の処理日と気が付き 戻ってから急いで出してきた。
場所は大通りの向こう側にある それでも普通だったら何でもないことであるが
母さんが付いてこようとするので、「そこに置いてくるだけだから..すぐ戻るから
ちょっと待っとって」 と言って ドアを閉め 出られないようにして、置いてきた。
車の来ない切れ目(南50mに信号があり、北100mに踏切があるので必ず
車が来ない時がある) に置いてくるのだが30秒か40秒 長くて1分あれば
事が済む。
−−◎水曜日は予定のない日。娘が家でいろいろ自分のことをやっていて、母さんは
家の中で あっちこちしていた。私か娘の姿が見えれば、安心してあっちこち出来て
不安状態になることもなく うろうろしていた。
で私は10時半から1時間昼寝した。
−−◎昼からは、娘も一緒に行って、外用を済ませてきた。
−−◎ボール投げを13分くらいやった。
−−◎5時から苧ヶ瀬の池へ散歩へ散歩に行った。
2004.8.24(火) 曇り のち 薄日
−−◎7時起き。
−−◎午前中はH医院へ行き 作成してあった診断書(数ヶ月来の診察結果)をもらい、
市役所へ行き 障害者手当の申請書を出してきた。添付書類合わせて5枚の書類を
その場で書いてきた。母さんも行ったが、H医院では
数分の間にも廊下を歩き、市役所ではホールを縦横におもしろそうに 歩き回り、
本人は喜んでいたが、付き人の娘は息を切らせて付いて歩いていた。
12時5分前に帰宅した。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
室内にほとんどおらず、何回も散歩に行った。遮断機が下りる事も何度かあった。
ヘルパーさんが 進路を変えるよう誘導し変更したが きげんが悪くなることはなかった。
室内でのボール投げは少しした。
※終わり際7分くらい前にドアを閉め一息ついた時に、私「今日はおもしろかったね」
と言ったら、母さん「うん おもしろかった。」と言っていた。
それと 母さんがこのヘルパーさんについて 名前は言えないが 人は記憶している。
なれなれしい 動きと 口ぶりでよくわかる。
−−◎夕方から ばっちゃのところへ行った。特に変化のない雰囲気だった。
奥の部屋へ行き 父親の写真を見て「お父さん お父さん....」と10回くらい
繰り返していた。花壇に植えてある数株の茄子に茄子がなっているのを見て
「あんな小さい茄子が いっぱいなっておる」と言っていた。
ばっちゃと 意味の通じる話や 意味の通じない話を少ししていた。
帰りに車に乗り込むと ばっちゃも玄関で見ていた。
母さんは「おかあさんは?..おかあさんは」と言うので 玄関を指して「見送っているよ
あそこで」と言ったが なにかぴんと来ないようすだった。それはそれで ばっちゃに会釈
しながら「おかあさんは おかあさんは」と言っていた。
いも ナス などもらって帰ってきた。
−−◎夕食後のおやつのスイカの皮をまた食べられてしまった。みんなで食べている時は皮は
残していたのに...。(^^;)
2004.8.23(月) 曇り のち 雨 のち 曇り
−−◎昨日のこと。
私が、母さんの「おっちゃん おっちゃん」の呼びかけに 応じていない時があった。
すると 母さん ぬいぐるみのネコを持って来て ぴこぴこ動かして私に示していた。
−−これを持っていれば おもしろいことをやってくれるに違いない−−。との
人を引きつける技である。一点に絞られた知恵ではあるが、判断は衰えていない。
強靱な生命力を保持している。
−−◎7時起き。
−−◎駅方面へ散歩、家へあと100mほどの所で雨になったが、始めはポツポツ程度で
あまり濡れなかった。
−−◎9時25分デイサービスへ連れて行った。車はすんなり降りて中へはいっていった。
なかなか席に着かず あっちこっち走り回っていた。
幼児が広い場所へ来て走り回っているようなものだ。気分的には 明るい感じだった。
−−−私が帰った後も 結構走り回っていた。職員さんに声を掛けたり、方をトントンしたり
他のお客さんとも話していた。“体操の時間”には 自分から参加して「どんくりコロコロ...」
の歌を歌いながら、手の体操をしていた。−−−
娘がクマさんを持って迎えに行った。
※ 気ままに過ごさせてもらって帰り際も機嫌が良かったのでまあまあだと思った。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
始め40分くらい、医院へ診察券を出しに行くためにいっしょに行ってもらった。
戻ってからは 雨で外へは行けず 室内でボール投げ遊びを 結構長い時間やってもらった。
母さんが(いやになればすぐ自分からやめるから、長い時間やっているように見えても
差し支えはない) ホイホイかけ声を掛けながら、笑ったりしてやっていた。
−−◎そのあと医院へ行って、診察してもらってきた。
「アリセプトは あまり落ち着かないようなら中断していても良いですよ」と言われたが
私「先のことはわかりませんが 今 気分的には 手に負えないほど 興奮状態になる
事もないので 飲ませます。」と言っておいた。
−−◎午後 近所の娘の友達2人が来て遊んでいった。母さんが ふたりとも小さいころから
知っているはずの子で 時々 部屋をのぞいては「おいおい」と言っていた。ふたりも
母さんの病気のことを知っていて、A施設の職員さんみたいに ニコッとしてくれて
母さんも機嫌が良かった。
−−◎時々 強い雨が降り 散歩は朝行っただけで、他は行かなかった。
2004.8.22(日) 晴れ
−−◎7時起き、母さん7時にトイレに起き、終了後そのまま階下へ降りていった。
私も着替えて降りていくと台所で掛けていた。
−−◎娘、サークル活動の行事でメンバー達みんなと京都へ行った。
−−◎11時20分、駅方面へ散歩。
−−◎雑貨品を買いに行ってきた。母さん店舗を 出よう出ようとしていたのに
車に乗る段になると 乗ろうとしないので困った。押し込むようにして乗せて
自宅に戻ると 今度は降りようとしなかった。暑いのに車の中で 頑張っていたが
私がいつもとは逆に荷物を家へ置いてきてから「さあ はいろうか」と言うとおりてきた。
(いつもは母さんを先に家に入れてから荷物を運ぶ)
−−◎5時から、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。空が黒く曇っていたが雨は降らなかった。
−−◎今日の気分は普通だった。(”普通だった”とは ”このごろの普通”のことで
怒ったり 泣いたりすることはなく、声を掛ければ 笑顔で反応があり、食事 おやつを
飲み物を適度に摂っていること)
−−◎ツバメが集まって飛び交わしていた。“南へ飛び立つ計画についての相談”を
していたらしい。
2004.8.21(土) 晴れ
−−◎7時30分起き。
−−◎田圃方面へ散歩(35分=2.2km)。
−−◎生協配送日。ドアを開けると 母さん 近所(2・3軒の見える範囲)へ
行ったり来たり、特に問題は発生せず。
−−◎娘の同学の友達E子が遊びに来て、1日遊んでいった。来訪時ドアを開けたら
母さん「おいでよ おいでよ こっちへ はいっておいでよ」と手招きして歓迎。
母さんが時々部屋をのぞくと その子も笑顔でVサインなどしていた。
−−◎午後久しぶりに木曽川河川敷公園へ散歩に行った。(1時間10分=4.4km)
2:05出発
2:37歩き始め
3:47歩き終わり
3:51帰路
4:21帰宅
@木曽川で 釣り人のほとんどの人は河岸でやっていた。一人だけ川の中ほどで釣りを
していた。 母さん「あんなとこに誰か居る」。私「ほんとだ 川の真ん中でやってるね」
私「もし急に放水があったりして水かさが増すと流されてしまうね」と言うと
母さん「同じ事を言って。」と言った。じつは母さんは「流される」事に関しては何も言って
いなかった。同じ事を考えていたことは確かなようで、言うつもりであったか または
言ったつもりだったのかも知れない。
A途中 ペットボトルのお茶を飲んだ。その時ものも言わず疲れた表情になっていた。
ビン口に吸い付くように飲んでいたので離した時空気が入り ポンと音がした。
音がおもしろいと言って「アハハハッ」と笑った。疲れた表情がどこかへ消えたようになった。
また続きを歩いた。
−−◎昼を過ぎると食欲有り。4時30分に 小昼 7時30分に夕食を食べた。
2004.8.20(金) 晴れ
−−◎昨晩は11時30分に寝た。一回トイレに起きたが、すぐ寝て7時30分まで寝ていた。
−−◎駅方面へ散歩。晴れていたが風があり涼しかった。歩いていると中学生の女の子が
2人近づいて来て「すみません 向陽台高校ってどちらへ行ったらいいでしょうか」と
尋ねられた。母さんはにこにこ笑って2人を見ているだけ。
聞くとこの校区の子ではなく電車で“学校見学”に来たと言うことだった。
電車を降りて北へ500m行くのだが、東へ500m来てしまってようだ。
私が説明した。母さんは このくらいの女の子にはとても愛想が良い。
−−◎食事をして、デイサービスに連れて行った。スムースに中へはいっていった。
「ひまわり」ぬり絵の新しいのがもらえて 私が描き始めだけ塗ってあげた。
今ではほとんど塗ることが出来なくなっているが、ほんの10秒くらい鉛筆を持って
塗ることがあるし見ているだけでも訓練になる。
おしゃべりしながら塗っていると「うちにもある もうちょっと 小さいけど」と言った。
今はないが、1ヶ月ほど前に飾ってあったのを思い出したようだった。
その間にも立ってフロアーをあっちこっちしていたが 気分は“快”のようだった。
スタッフの方たちの通りがかりのスキンシップに笑顔で応え、次々来所されるお客さん
にも顔が合った人には笑顔を示していた。
−−−いつものようにホールを行ったり来たり、職員の方やお客さんとも 意志と感情の
一部の疎通が出来た。午後は映画会で映画スタッフの人が 出入りされ母さんの目が
そちらに向いて落ち着かなくなっていたようだった。−−−
職員Aさん「私たちも田口(靖子)様の 笑顔にいやされます!」と言われた。
−−◎終わってからH医院へ書類作成のため、診察に行った。10mほどの廊下を行ったり来たり
していた。無理に座らせておくと、振り切って外へ行ってしまうおそれがあるため 歩くがままに
しておいた。その状態では機嫌は悪くなく 向こうの端まで行き 戻ってきては私に「ふふっ」と
笑いかけまた向こうの端へ行ったりしていた。
そのうち呼ばれたのであとは問題は起こらなかった。
−−◎今日は 岩戸公園の散歩は行っておらず 医院へ行った時間は 苧ヶ瀬の池へ散歩に
行っている時間で その分 医院の廊下を歩いてるように感じられた。
で診察が終わってから、少し遅い時間だったが 苧ヶ瀬の池へ散歩に連れて行った。
2004.8.19(木) 晴れ 時々 曇り
−−◎7時30分起き。
−−◎駅方面へ散歩。
−−◎娘は高校時代の友達と4人で映画を見に行った。
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
はじめはニコニコ顔で迎えたが、台所へ行ったり来たりしていた。
母さんを座っているようにと ビデオを20分ほどいっしょに見てもらった。
母さんが何回も外に出て「暑い 暑い」と言いながら 歩いてきた。
母さんが散歩中に奥まったよその敷地(オープンになっているので)なかへちょっとはいり
ヘルパーさんの手を引いてはいっていき 「ここにおるんやよ」と言った。
道路側からは、見えなかったが おとなしい犬がつながれていて寝ていた。とのこと。
(とっておきの“たからもの”をヘルパーさんに紹介したらしい)
終わりがけ、3人で駅方面へ散歩に行ってきた。
だいぶ親しそうにしていたから、継続して大丈夫と思う。
ヘルパーさん「なれてきたらボール投げもやりますよ」と言っておられた。
−−◎いつ雨になるかわからない空模様だったので岩戸公園は行かなかった。。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
はじめ 日傘だったが 雨になり雨傘にかえて 何回も“散歩”に行ってもらった。
室内にいた時、外はまだ晴れていた。外で「ポトン」と音がした。ヘルパーさんが
傘(日傘)が倒れた音だと説明されると、母さん「雨が降ると思って持って来たのかね」
と言っていたとのこと。
また ヘルパーさんの髪を見て「こうした方が納まるよ」と言い、髪を耳のうしろへ
かけてやっていた。
※眼に見えている事に関しては とんでも無い発想ではなく、多少ずれてはいるが対応した
言葉を発してるようである。
−−◎5時、曇っていたが、降っていなかったので 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。(歩行は25分)
風がいつもより強く吹き湖面が大きく波打っていた。母さん「海みたい」と言った。
岸に当たる波の音が「ザッ ザー」と海の波打ち際のような音を立てていた。
「暑い」とは言わなかった。
−−◎10時10分、風呂に入れた。
「さあ今日はお風呂に入ろうか」と言い、娘と2人で脱衣させ(3分くらい)浴室に誘導。
すぐはいった。脱衣に少し抵抗したが、以前ほどではなくなった。
少し洗ってあげて あとは 自分で浴槽の中で洗っていた。30分出てきた。
時間があったので、3人で テレビの前で牛乳を飲んだり、おやつを食べたりしてから
二階へ連れて行った。
−−◎1時間ぐらいして 目を覚まし 夢か うつつか 「おっちゃん おっちゃん」と10回くらい
くらい言った。「うん」..「うん」と返事をしていると、
「お母さん おらんようになった。どっかへ行ってまった。ごめんね ごめんね ごめんね..
ごめんね..おっちゃん ごめんね..おっちゃん おっちゃん....」と言っていた。
(意味不明なれど記して置く)
2004.8.18(水)曇り 時々 晴れ
−−◎6時30分起き。
−−◎7時40分駅方面へ散歩。(15分)
−−◎すこやか診療所へ診察に行った。ここ1ヶ月の状況について書いたメモを渡した。
今日は 外へ行ってしまうことはなく、室内で3回フロアーを歩いたが あとは掛けていた。
大まかに言って 身体的には元気、気分は落ち着いて、笑顔でいる。というところか
「暑さ」が 春先に出るような気分の昂揚を出させたが春先ほどひどくはなく、
適宜な 散歩や遊びで落ち着きを取り戻している。
−−◎帰りに喫茶「チボリ」へ行ってきた。 ながやさんに行き帰り手を振って合図をしていた。
池の鯉を見てしゃべったことはいつもの通りだった。大きめのこんにゃくゼリーのカップ
が添えてあったが、ひとつ食べた。そのあと 水に入った 氷を食べようとして口に入れたが
「冷たい 冷たい...カチンカチンや」と言いすぐはき出してしまった。
こんにゃくゼリーのようなものだと思って食べたのかも知れないと もう一個こんにゃくゼリーを
あげるとそれも食べてしまった。
−−◎その後は岩戸公園へ散歩に行き、金華山を廻って帰宅した。
−−◎商品配達にいっしょに行ったが トラブルはなかった。
−−◎ボール投げを11分やった。
−−◎損害保険会社の 清水さんが通りがかりの挨拶に立ち寄られた。清水さんは母さんの
病気のことは知っている。
母さんに「清水さんが来たよ」と言うと ニコニコして迎えた。清水さんが「私、憶えてますか」と
言われると「知っているよ」と言っていた。タオルをもらって「ありがとう」と言っていた。
季節の挨拶などした後、
「じゃー また寄りますから」と握手の手をたされたら ちょっと躊躇していたが
私が手を引いて握手をさせるとニコニコして「うん いいよ」と言っていた。
車で帰られるのを手を振って見ていた。
ビジネスマンの営業用スマイルと言ってしまえばそれまでのこと、そうではないビジネスマンも
多い中で、病気の背景まで理解しているように見える対応はなかなかのものである。
−−◎夕方は、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。曇っていたが蒸し暑かった。
途中2回ベンチに掛けて休憩した。帰り途中 例の家の近くで「ひさちゃんの家や」と
言っていた。ケーキ屋さんでケーキを買い夕食後に食べた。
−−◎障害者年金の決定通知書が送付された。
2004.8.17(火) 曇り
−−◎昨晩はいつものように10時に寝させたが、5回夜中に起きて階下へ行った。
始め2回は すぐ連れ戻して おとなしく付いてきて寝た。後の3回は15分から
30分程度時間をおいてから連れに行った。「夜中だから寝ようか?」と言うと
「うん うん」と言いおとなしく来て寝た。4時から7時30分までは起きないで寝ていた。
−−◎7時30分起き。
−−◎8時40分 駅方面へ散歩。何人かの近所の人に出会い会釈した。(23分)
−−◎12時、岩戸公園へ散歩に行った。(公園までの往復時間は30分だが内歩行は8分)
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
曇ってはいたが 結構蒸し暑いなか “散歩”に何回か行き、付いていってもらった。
歩いていて「おっちゃん」とか「ぐちゃぐちゃになった」とか「こわれてしまった」と何回も
言っていた。いつもの笑顔は少なかった。
室内では、ボール投げを2回やった。テレビでアテネオリンピックの体操を見ていて
「すごい!」と言っていた。
※「ぐちゃぐちゃになった」とか「こわれてしまった」と言う言葉は私にずーっと以前から
時々言っている。「なにが゛ぐちゃぐちゃになったの?」と聞き返しても 後は言わないので
わからない。この話しを聞いてくれる相手と思って話し出したと思う。
そう言う「話し」をしていて 興奮状態になることはないので こういう時は笑顔をしていなくても
聞いておいて頂ければいいと思います。
−−◎3時30分ころから どしゃぶり大雨になり、池へ散歩は行かなかった。
−−◎車に乗ることが好きなので、夕食後1時間ほど藍川橋方面へドライブしてきた。
−−◎このごろ 私に「おっちゃんは?」と聞くことがある。
通常 当の本人にこう言った場合は
次に何をするか?
どこへ行くか?
(自分だけ おやつをもらった時)おっちゃんの分はあるか?
と言うような意味になり そういう意味の場合もあるのだが 本人を前に置いて
次のような言葉が出てくると意味不明になる。
「おっちゃん おらへん」「どっかへ行ってまった。」と。
さては なにか母さんに 気に喰わぬ事を私がやって その悪いおっちゃんがいて
良い方のおっちゃんはどこかへ行ってしまったと思っているのかと思い
「おっちゃんは おれだよ」と自分を指さし「これこれ これだよ」と言うと
母さん「うん うん おっちゃんやがね」と言う。でも「おらへん」と言うのとかみ合って
いないようだ。
デイサービスに行った時、15分か20分いて私が帰ってきている時の事を言っている
らしいことがわかった。
「(おっちゃん さっき)おらへなんだねー」「どこへ行ってまっとったのー」
(「おっちゃん さっき居なかったね」「どこへ行っていたの?」)
と言うことを言っているらしいことがわかった。時制の表現が混線しあいまいになっている
怒ったり嘆いたりして言っているのではないので、このまま推移しても問題は
起こらないだろう。
2004.8.16(月) 晴れ
−−◎6時30分起き。
−−◎8時、駅方面へ散歩。
−−◎娘は友達と「タカラヅカ」を見に行った。
−−◎9時30分着、デイサービスに行った。抵抗なく中へはいっていった。
わかったことは 早めに行って席を確保し座らせて、順次通所者の 箱型自動車が
到着するので、その間に母さんがあっちこっち動く時は私が外へ行かないよう
見ていて、全員が到着し終わってから、戻ってくるようにすればいい。
−−−他のお客さんや 職員さんの 髪の毛に触り、「ゆがんでいるよ」と
直してあげたりしていた。あっちこっち歩いたり席に座ったりしていた。
食事の時は今日は落ち着いて座っていたが、食事の進み具合は悪かった。
話しかけると「おいしい」と言っていた。−−−−
※朝ご飯を食べていくと 食事の進みが悪いようだ。一日を通算すると食べているので
まあこんなものだと思う。
−−◎ボール投げ12分やった。
−−◎二階炊事場の換気扇が壊れてしまい動かなくなっていた。雑貨スーパーへ買いに行った。
母さんを連れて買い物に行くことが 徐々にむつかしくなってきている。
今日のことだが 雑貨スーパーの駐車場でなかなか車から降りようとしなかった。
店内では 先へ先へと進もうとして、目標の品物の陳列位置を探すことに支障をきたす。
陳列位置がわかった後は、大きさの規格、メーカー、値段、を見て選択するのだが、
どこかへ行こうとするので 選択に支障をきたす。
レジでは よけいに気を遣う。売り場の方では、少し歩きかけても追いかけていけばいいが
レジでは常識的にその場を離れない方がいいので、片手で母さんの手をしっかりつかみ
他方の手で お金を出し、片手でおつりとレシートを受け取る事をしなければならない。
で 最近では財布を持たず、千円札をポケットに直に入れ、片手で出しておつりをもらう
ようにしている。(10円 5円 1円を数えて出すと良いのだが、片手ではやりにくい。
で10円 5円 1円玉がたまってしまう。インスタントコーヒーの空き瓶などにいっぱい
になったところで、銀行へ行き 自動預金機に ザラザラと流し込む。必要があれば
1000円札で払い出してくる。)さて 今日の場合は、荷物を持って駐車場まで来たが
なかなか車に乗り込もうとしない。ようやく 押し込むように乗せて自宅へ戻ると
降りて 中にはいることをしなかった。いつも こうばかりではないがきょうは動きが鈍かった。
換気扇の取り替え作業の方が 暑いしホコリいっぱいにも関わらず 手順通りにやれば
進むので簡単だった。母さんは作業をしながら 返事をしておればいいから...。
入り口は閉めてあるので どこかへ行ってしまう心配はないし...。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。
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K・T 様 お便りありがとうございました。(2004.8.16)
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2004.8.15(日) 雨 のち 曇り
−−◎終戦記念日。戦争で多くの人々が命を失い、平和への決意をあらたにした。
近年それに逆行する動きもあり。
−−◎きのうのこと、テレビを見ていて 鼻歌など歌いながら、私が出たりはいったりしている
すきにスイカの皮を食べてしまった。
母さん用には何個かに小さく分けて切ってあげているので大きいものではないが
赤い部分の無くなったスイカの皮を1個分だけ食べてしまっていた。固く実ったキュウリ
のような感触で害はないので何も言わず残りはすぐかたずけた。
−−◎7時起き。朝は涼しかった。
−−◎8時、田圃方面へ散歩(40分)
−−◎9時、朝食。今朝は何故かすぐ食べ始め、20分間ぐらいで食べてしまった。
おやつ用の枝豆も出してやるともぐもぐと食べていた。朝にしてはめずらしい。
−−◎11時岩戸公園へ散歩。
−−◎5時苧ヶ瀬の池へ散歩。
−−◎深夜から早朝にかけての雨で 本日は涼しかった。
2004.8.14(土) 晴れ
−−◎7時30分起き。
−−◎駅方面へ散歩
−−◎9時30分、生協配送車着。母さんうろうろするも大過なし。
−−◎農協即売で 生花を買い ばっちゃの家に行き、母さんの実家の お墓参りに行った。
室内で 飾ってある父親の写真の前では「お父ちゃん お父ちゃん」と言っていた。
私「病気で ちいさいころ亡くなったんやねー」。母さん「うん うん」。
お墓に着いたが、母さんにお墓の意識は全くなく、端から端まで歩いたり、敷地外へ
歩いていったりしていた。 帰りは 梨 なす タマネギ 芋などをもらってきた。
※余談。お墓から 戻っている時「ひさちゃんの家や」と言っていた。ちょっと大きめの家で
本当の“ひさちゃんの家”だった。なるほどあらためて見て、苧ヶ瀬の池へ散歩の時に
見る家は雰囲気が似ていると思った。
−−◎夕方は我が家の墓参りに行った。墓は車で30分ほどの郊外にある。ここでも
母さんは車に乗っていることを楽しんでいるだけで、お墓の意識はなかった。
1昨年(おととし)までは、花を差したり、線香に火を付けたりしていた。今回は
広い場所に連れて行ってもらった幼児のように ここでも端から端へ歩いていた。
軽く掃除をし花 線香の用意をしてから 手に数珠をかけさせお参りをする そぶりを
させた。赤い房のついた白の数珠を気に入ったのか、お参りの済んだ後も 墓の駐車場に
戻るまでしっかり手にもっていた。
−−◎夕食後 オリンピックのテレビなど見ていると、ゆったりした気分になったのか、
しきりに 鼻歌を歌っていた。
2004.8.13(金) 晴れ
−−◎7時20分起き。
−−◎7時40分、駅方面へ散歩(25分)。
−−◎8時20分朝食。
−−◎9時20分、デイサービスに連れた行った。今まで昼食後帰宅していたが、金曜日は
午後3時過ぎまでいることにした。今回は2回目。
「おもしろい お姉さんがいるからいこう」と言うと、すーっと車を降りてきていっしょに
中へはいっていった。(おもしろい=自分にとって良いことはなんでも“おもしろい”である)
早めに行って、他の通所者の到着時に 私が母さんの気を紛らせて“脱出”を防いで
いれば、到着時のドアの開閉は2回か 3回で、10分くらいで終わるので、うまく行く
ことがわかった。
−−−今日は席に着いている時間も多く、まわりのようすを見ていた。
食事の時間も いつもよりは座っている時間が多かった。
午後からは皆さんといっしょに“風船バレー”に参加した。
時々「おっちゃん おっちゃん」と言っていたとのこと−−−−
※午後からもいるようになって 2日目(2回目)だが気分は良いようだ。
帰宅してから4時ころ 小昼をたべた。
−−◎5時から 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
「もうわからんようになって、できなくなった。」...と言ってから
以前には普通にしゃべっていた丁寧語で「でもこれは きちんとやっておきますけど」
と言っていた。なにのことかわからなかったが「うん まあまあね」と曖昧な返事をしておいた。
2004.8.12(木) 晴れ
−−◎7時起き、
−−◎周辺散歩、
−−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、
来訪時、母さんは笑顔で迎えた。2人来られた。
1ッ回目は私が散歩道を案内し、2回目は 私がうろっとしている間に 母さんが
勝手に”案内”して行った。その後も 母さんは戻っては出ていき 何回も行った。
途中で 30分ほどドアを閉めて室内に居た。室内ではボール投げを2人にお相手して
もらってやっていた。母さんが 冗談に 敬礼(手先を伸ばして耳の横あたりに
持って行く挨拶)をしていたりしていた。
再度、ドアを開けて散歩に行ったもらった。どこかの玄関に「Welcome」と書いて
あったのを見て「ウエルカム ウエルカム」と言っていたとのこと。
忌避行動はなかったようなので まあまあだと思う。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
前半、後半 何回も“散歩”に行った。中間は室内で、ボール投げ、バトミントンを
やってもらった。バトミントンは 長い時間出来た。ヘルパーさんが母さんの汗を
拭いてやろうとしたら、逆にヘルパーさんの汗を拭いてあげようとする、場面があった。
−−◎5時、苧ヶ瀬の池へ散歩へ散歩に行った。
−−◎風呂に入れた。脱衣は説得せず「今日は風呂にはいるか」と一言言って、娘と2人
がかりで脱がせ、浴室へ誘導した。
意外と簡単に運び、浴室へ入った後も気分を損ねていなかった。しゃべりながら
背中など洗ってあげた。後は任せて一人にしておいた。
そこまでは良かったが、出よう出よう と言ってもなかなか出てこなかったので困った。
無理強いしないで待っていたら 結局1時間ぐらいはいっていたが ぬるく保っていたし
夏場だから風邪を引くこともあるまいと気長に待っていたら出てきた。
2004.8.11(水) 晴れ
−−◎7時起き。
−−◎トウモロコシ、枝豆、菜っ葉の漬け物、などが功を奏したか1日1回の“快便”が
続いている。病院で聞いたら 夏は汗をかくので、オシッコが遠くなったり、
便秘傾向になる、とのことだった。胃腸が丈夫ならば、“消化の悪い物”も食べさせ
水分は 適量(少なすぎず多すぎず)に必要であるとのことだった。
−−◎県立病院の診察日。
8時30分に家を出て8時40分着。ねこ、キューピーなどを使ってお話ししながら
待っていたら予約時間9時ピタリに呼ばれた。状況メモを渡し、注射をしてもらって
帰宅した。ここでは注射をしてもらうので、母さんが無関係のことで混線し拒否したり
しないよういつも気を遣っている。無事終了するとホッとする。
−−◎娘が銀行、郵便局などに用があるというので、母さんも車に乗せてもらってドライブ
ガソリンスタンドへまわって、戻ってきた。
−−◎午後、岩戸公園へ散歩。金華山を抜け 市街地を通って帰宅。
−−◎日中は暑いので、外出せず。
−−◎5時、苧ヶ瀬の池へ散歩。車に乗ると気分が良くなってか、歌など歌っていた。
−−◎県内某市の 某高齢者施設 介護保険事業所に対し、県が受給に関連して指定の
取り消しをした。と報じられた。また「取り消し」とは関係ないが、「虐待があったのではないか」
とする関係者の意見と「虐待などあり得ない」とする施設の意見が報じられていた。
これら施設の運営は、第3者の見聞を保障し透明性がないと
「無いことがあったことになったり」 「あることが無かったことになったり」するおそれがある。
2004.8.10(火) 晴れ
−−◎7時起き。
−−◎8時30分、駅方面へ散歩。
−−◎洗濯を干していたら 付いて上がってきて「おかあさんは?」ときいた。
家族3人の上に“おかあさん”がいる と言う想定のようだった。
母さんの肩にトントンして「あんたさんが あにゃまんの お母さんだから 他には居ないよ」
というと、なに冗談言っているのと言うような顔をして「ふふふっ」と笑っていた。
−−◎11時30分岩戸公園へ散歩。「暑い 暑い」と言いながら一周してきた。
ついでに金華山を車で通り抜けてきた。緑の中を通過していくので見ているだけでも
涼しい。
−−◎くつを履かせてあげた件。
歩く予定で外に出る時は 履き物を点検している。と言うのは、靴を履き他方にスリッパ
左右 別々のスリッパ、白と黒の靴を履いたりすることがあり、それを防ぐためである。
同種の靴を履かせてあげていると、「あははっ あははっ」と笑いながら
「おっちゃん おっちゃん」と言っていた。「おっちゃん .○○○○○ ○○○○○○○」
と言っていたが何を言っているのかわからなかった。「えっ?」と聞き返しても答えたことは
ほとんどない。それでもまだ笑っていた。靴を履かせてもらう事への 気恥ずかしさ の
表現のようであった。
足の甲ヘラを中へ履き込んでしまったり、かかとをつぶしたり、してはいるもののまだ
靴を自分で履くことが出来るので、できるだけ自分でやることを継続したいとは思っている。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
暑い中、何回も散歩に行った。そのうち一回はかなり遠くまで行って、「暑い 暑い」と言い
表情がなくなり苦しそうだった。日かげを選んで歩き、帰ってからお茶を飲ませてもらった。
顔と手を拭いてもらった。
床の掃除をしてもらった。
シャンプーも声をかけてもらったが母さんがOKしなかったのでやれなかった。
ボール投げとバトミントンは楽しそうにやっていた。
(今日は都合でベテランTさんが代わりに来られた。家へは打ち合わせには来られるが
“訪問介護”としては我が家へは初めてだった。母さんは最初からうち解けて楽しく過ごした。)
−−◎5時20分、苧ヶ瀬の池へ散歩。
中ほどから、「おっちゃん おっちゃん」としきりに言っていた。
「おい おい」と返事をしていて 特段のことはなかった。
今日も帰り道で「ひさちゃんの家や」と いつもそのように言う家の前でそう言った。
夕立になりそうだったが降らなかった。(自宅では、周囲に雨の水たまりがあり、出かけて
いる間に降り すぐ降りやんだ後だった。)
−−◎日曜日に娘が“リラックマ”(=くまのぬいぐるみ。全長は立たせて56cm。あたまは縦18cm
横26cm)を買ってきて、母さんにあげた。母さんは 「でかい」..「かわいい」とか言って
気に入って 今日は散歩の時に持って歩いていた。
2004.8.9(月) 晴れ
−−◎7時起き。
−−◎8時、駅方面へ散歩。
−−◎9時30分デイサービスに連れて行った。普通に玄関へはいっていった。
20分くらい居て私は帰ってきた。そのあと私は市役所へ行き、母さんの用件を
済ませてきた。
−−−自分の席と玄関、トイレ、フロアを行ったり来たりしてマイペースで過ごしていた。
職員さんに ニコッと微笑み、いつも笑顔で過ごしていた。
以前には特定の人だけ、笑顔を見せていたが、このごろでは、幅広くどの人にも
愛想を振りまくようになった。
席に座っている時は、他の人のようすをながめたり、静かに聞いていたりしていた。
食事は今日は主食を9割食べた。前回は何かの原因で食欲不振だったようだが
お腹の調子は悪くはないようだ。 −−−
※施設の人にとっては 母さんはまとまりの付かない行動で もしこんな通所者が
20人も居たら大変なことになるだろうが、ほとんどの通所者が 体は弱化しているが
頭は 確かな人 ばかりだから持っていると思う。施設(A)へ通い始めてほぼ1年に
なるが、だいたいは気分良く過ごし、“しあわせ”に生きているように見られる。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
散歩に何回か行き、室内ではボール投げをした。
散歩の時、道路の反対側で小学生高学年の女の子が数人で遊んでいるのを見て、
母さん突然そちらの方へ道路を横切って走り出した。(たまたま車が来ていなかったので
良かったが)、ヘルパーさんは大変びっくりされた。安全を確かめて元に戻ってから、
母さん「そんなむなしい顔して どうしているの?」と言った。とのこと。
手をつないで歩いてもらった。
※「むなしい」の語は母さんは昔から辞典の“むなしい”とは違った時に使っていて、
私が ぼーっと考えている時などに言っていた。ヘルパーさんの驚きと 何かを
どうやって言うべきかを瞬時に模索しておられるようすが、伺えた。
大通りを行く時は、出来るだけ手をつないで端側(車道とは反対側)を歩かせるように
してみて下さい。
−−◎4時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。日が雲に隠れていて 何とか一周できた。
−−◎娘は中学時代の友人と3人でどこか(近隣)へ遊びに行った。
2004.8.8(日) 晴れ
−−◎母さん8時起き。私8時30分起き。
昨夕の雨で朝涼しかったのと日曜日の朝でゆっくり寝過ごした。
−−◎9時駅方面へ散歩。途中植木屋さんの、こども2人(小1女の子、園児男の子)と
そのお母さんとばあさんが公民館の方へ向かって歩いていた。この女の子は
学校の帰りに挨拶などして 我が家の母さんのことをよく知っている。
私たちの方が足早で 追い越し際「おはようございます」と挨拶した。
女の子が「あっ おばさん」と言い手を振った。母さんも笑顔で手を振って
「こっちへおいでよ」と言っていた。
女の子は群れから離れて、こちらに近づき、手に持っていた“ねこじゃらし”で
母さんの肩からジャラジャラやっていた。母さんはニコニコ顔で 女の子の鼻を
ちょんちょんとつついて、二人で「うふふっ うふふっ」と大笑いをしていた。
次の角で別の道へ行った。
−−◎午前娘の衣服を買いに、衣料品スーパーへ行った。母さんと私は 付かず離れず
で付いて行っていた。「これどうかな?」と娘が言うが「服のセンスはおれに聞くな。
自分でいいと思う物を買いな」と答えはいわず。
母さんが普通なら、きっといろいろ選んでやっていただろうなと思っていた。
−−◎3時、ボール投げ10分くらい。
−−◎「もし これで 私が倒れたらどうなるんやろね」と普通のトーンで言った。
何を心に描いて言ったのかは不明だが、推測するに
@健康状態であると認識し 病または事故で倒れた場合。
A今の病が進行し、臥して居なければならなくなった場合。
どちらに考えていても良いように、
私「大丈夫 おれがいるから ちゃんとやってあげるから」と言った。
それに対しての返事はなかった。
−−◎5時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
「つぶされてしまった。」...「こんなことなんべんやっていると出てくるで」...
...「おとうさんは?」...「おかあさんは?」と言っていた。
日は雲に隠れていて風もあったが「暑い 暑い」と言い、ベンチにかけて2ヵ所で
休んだが2ヶ所とも1分以上は座っておらず「じゃ 行こか」と言うので歩き出した。
−−◎車での帰り道いつもと別のルートを取って帰ってきた。途中まで来た時
「今日は別のとこ通ってるね」 と言った。昨日との風景の違いがわかるようだ。
昨日までの風景の記憶があると言うことだ。
−−◎娘は安城市に住む友達に呼ばれて 七夕祭りを見に行った。友達は出し物の屋台に
出演していた。
2004.8.7(土) 曇り 晴れ 曇り 夕方雷雨
−−◎7時30分起き。
−−◎8時30分、駅方面へ散歩。
−−◎9時30分、生協配送日。外に出てあちこちしていたが遠くに行くこと無し。
うどんやさんの かみさんが外の掃き掃除をしておられて、向こうの端まで行かれてから
かけっこのマネをして走られたら、母さんもそれにつられて、走って戻ってきた。
−−◎雨の降り出しそうな空模様で、外出できず、買い物に行ったのみ。
−−◎夕方 苧ヶ瀬の池へ散歩をするつもりで行ったが、空には黒雲が覆い稲妻が走り、
今にも夕立が来そうだったので散歩は中止し帰宅した。帰宅して間もなく6:00ころ
から雨になり、1時間半カミナリとともに降り続けた。当地方では久しぶりの“大雨”
だった。雨の降っている最中にドアを開けて立ち 母さんと共に「カミナリやなー」
「(道路の上を)川みたいに流れとる」とか言いながら久しぶりの雷雨を観察した。
−−◎あまり関係ないことだが我が家のBSテレビとかCSテレビは大雨になると映らない
ことがわかった。何年か先に全部BSにする事になっているそうだが、そうなると
我が家ではテレビか映らないことになる。
−−◎娘は 花火を見に行ったが雷雨で中止、引き返してきた。
2004.8.6(金) 曇り のち 晴れ
−−◎59年前8月6日、広島に原爆が落とされた日。戦争の愚行を繰り返してはならない。
−−◎母さん5時50分に起きトイレへ。そのまま階下へ行き起きていた。
私6時30分起き。
−−◎6時55分、曇っていたので久しぶりに田圃方面へ散歩に行った。白鷺が
大きくなっていた。(40分)
−−◎7時40分に朝食にしたが 時間がいつもより早かったせいか 食べ始めなかった。
そのうち食べるだろうと、あまり 食べよう食べようと言わず置いたら、8時30分ころ
食べ始めて トマトとパンを残して好みのおかずだけ食べてしまった。
パンは おやつの様なつもりで 一口食べては 遊び 一口食べては 遊びして
2時間後には無くなっている時がある。今日は後の予定があるので少ししか
食べなかった。
−−◎9時20分、デイサービスに連れて行った。(着9時25分)
普通に車を降りていっしょに中へはいっていった。
スタッフの人から「おはようございます」とか ニコニコ「ふふっ」とか 挨拶されて
母さんも笑顔で返していた。始めからフロアーを行ったり来たりしていたが、
機嫌が悪いわけではなく、「そういう物だ」と思えば気になるほどのことではない。
席にはついたが 私が居る内だけでも6回ほど 席を外して歩いていた。
私の話しを聞いているのもあったので、“今日はそう言う気分の日なのだ”と思った。
9時50分に、私は帰ってきた。今月から金曜日は3時まで居ることにした。
今日はその初日だがうまく行くかどうか?
−−−終始笑顔で職員さんの肩を ポンとたたいたり 手を引いて「こっちへ来て」
と言ったりして マイペースで動いていた。イスにかけて 他の人の話を聞きつつ笑って
いたりした。
昼食の食べ具合は 少し少なめだった。
午後には「落語会」でイスにかけ 笑ってみていた。合間に「落語家」の人から声をかけ
れられ楽しそうにおしゃべりしていた。たぶん返事だけして楽しそうな雰囲気に笑って
いたのだろう −−
※食事の食べが少なかった様だったので、帰ってから 小昼に急に用意できず、
コンビニの「助六」寿司を出したところ3個食べた。野菜のおかずも食べた。朝食べ過ぎて
お腹がすいていなかったのだろう。とくに気にすることはないようだ。
3時まで(つまり1日分)デイで過ごしてきたが、気分の不安定は無かったようなので
来週も行くことにする。
−−◎5時 苧ヶ瀬の池へ散歩。娘が帰ってきていたので車は娘の運転で..
今日も途中まで来ると「もうおわりやわ」...「もうこれ以上出来−せんようになった。」
と言った。
推察するに、当初からある「午後4時の憂鬱」と同じらしい。そしてこれは朝方
ぼーっとしていて 午後4時に 一番頭が総合的に働くようになり、立場の自覚まで到達し
その目で 冷静に見て 見えるものは ”恐るべき事態”である。
その表現が「恐い 恐い」となるようである。
−−◎買い物、食品
買い物は発病後毎日いっしょに行っていた。
始めは 普通に買っていた。
次には あらかじめ家でお金を渡しておいて、レジで払っていた。
そのうちにレジの所まで行ってから母さんにお金を渡し、精算して おつりをもらっていた。
それも出来なくなって、レジでの支払いは私がやるようになった。
回数は次第に1日置きになり、平均すると2日置いて3日目に行くことが多くなった。
(平均であって 思い付いて 続けていく時や1日置きの時もある)
このごろ店内では、カートを押して移動していると、おやつ類は自分で取って入れる。
覚えのある物を見つけ 自分で判断に迷う時は 私に「ここにある」と言い商品を
指さすので 私が取って入れている。“物量的”にかごがいっぱいになるとその日の
買い物は終了である。
で 例えば(何でもいいのだが)調味料など たまにしか買わない物について、
場所を探したり、数種ある物を比較検討していると、カートを押して先へ先へと行こうとして、
必要なのに買わないで終了してくることがある。
2004.8.5(木) 雨 のち 曇り
−−◎7時30分起き。
−−◎雨のため朝の散歩は無し。
−−◎11時から岩戸公園へ散歩。この時間には雨は止んでいた。ついでに金華山の
雨上がりの風景を見てきた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
同じ時間に新規に頼むD事業所のヘルパーさんら2人とケアマネージャーも来訪され
「いっぱい人が来られた」と言う感じで、母さん少し落ち着きがなかった。小雨の中
何回も散歩に行った。
室内ではボール投げ(母さんおもしろそうに騒いでいた。)やら、おしゃべりやら、
して過ごした。爪切りをしてもらった。
−−◎今日見学に来られたD事業所のヘルパーさんは来週から来てもらうよう契約した。
−−◎4時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩。中ほど来て 私「ピンクの花がきれいだねー」
いつもだったら「わーっ きれいに はまっとる(きれいに咲いている)」と言う
ところだが、何か別ことに関心を持っていたようで、その木ではなく山の方を見て
「わからん わからん」...「何にもわからへんようになってまった。」...
と言っていた。
−−◎寝る前、抵抗を排除し、衣服を全部交換。足の爪切りをした。(爪切りはおとなしく
やらせた)
2004.8.4(水) 晴れ
−−◎7時30分起き。
−−◎8時20分駅方面へ散歩(22分)
−−◎8時50分母さん朝食、
−−◎水曜日は「病院へ行く日」としているので介護施設の行事は無し。
病院も毎週ではないので、予定はなし。
私9時から11時まで 諸雑事済ます。
−−◎11時 岩戸公園へ散歩 陽射しは強かったが、木陰と微風あり、一周す。
ついでに金華山へドライブしてきた。
−−◎日中は外に出さなかった。ボール投げ遊びをした。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩、ちょうど日が雲に隠れ散歩には都合が良かった。
−−◎夕食後、本屋さんへ。
母さん 今日は空気が乾燥しているせいか“快”の日だ。
2004.8.3(火) 晴れ
−−◎7時30分起き。
−−◎喫茶「チボリ」へ行った。でかい鯉などの話題はいつもの通りだった。
帰り際 厨房にいた「ながやさん」に気付かず、素通りしていったが
ドアを出たあたりで 「ながやさんがいたよ」というと、振り返って戻りの姿勢を取った。
もし 記憶がおぼろげか 関心がない時は「ふんふん」と言いそのまま歩き続けるが
戻りかけたと言うことは記憶があるからだ。でもう一度 厨房脇まで連れ戻し ながやさんに
声をかけた。ながやさんが気付いて手を振ったので、母さんも笑顔で会釈し外へ出た。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
曇り空になっていたので“散歩”に何回か行った。踏切で遮断機が降りることが、3回
あったがね機嫌を悪くすることなく待っていた。1回は方向を変更して行った。
室内では久しぶりにバトミントンをやり、かけ声を掛けて相当長い時間やっていた。
そのほか “お話し”では「髪の毛切ってさっぱりしたね」と言われて、
「自分で切ったよ」と言っていた。本当は違うが かつては自分で切っていたし、実害は
何もないので そう言うことにしておいた。
ウサギのミッシーちゃんのぬいぐるみがある。それについて「ちびさんがあんまり 欲しい
と言うので買ってあげたの」と言っていた。これもちょっと違うが、子どもが小さかったころは
ぬいぐるみを買ってあげた経験が母さんにあるし、「それ」についても実害は
何もないので そう言うことにしておいた。
※バトミントン遊びをまともにやったのは2ヶ月ぶりくらいだった。運動神経の運動能力の
保全に役立つと思う。
−−◎ほか用があって池の散歩には行かなかった。
出先の駐車場で外を見ていたら 「barber MURAI 」と言う理容店の看板があった。
「バーバー ムライ」と読んでいた。自分は美容院をやっており 床屋さんを バーバーと
いうことは頭に染みついていたのだろう。その染みつきに助けられ、barberを読み
MURAIは ローマ字読みで読めたのだろう。
−−◎中央市場には夕方 食品を積んだ大型トラックが出入りする。トラックの左側には
「熊本野菜」(熊本県の野菜を積んできたトラックだった。)と書いてあり、右側には
車の進行方向に従って「菜野本熊」と書いてあった。「ヤサイホンクマ、ヤサイホンクマ」
と言っていた。菜野はイメージ的に「ヤサイ」と読み、本熊は字の並びに従ってホンクマ
と読んだようだ。ちなみに 我が家に出入りしている「ホンクメ」と言う店があり
母さんが今も他の人と識別できる程度には知っている店の人がいる。
そのイメージともだぶってそのように読んだのかも知れない。
2004.8.2(月) 晴れ
−−◎8月になった。母さんの病気発見後6年間経過し7年目にはいる。
年齢は59歳9ヶ月である。その日その日を見ていると あまり変わらないように見えて
いたが、年々ごとに病気は進行している。生活に必要なことは何も出来なくなってきている
思い付いたように リンゴの皮をむいたりすること以外は何も出来ない。
今のところ出来ることは、歩けること、ボールの受け投げが出来ること、
眼に見える物についての会話が成り立つこと、
人を感性的に記憶していること、かわいい物きれいな物おもしろい物に笑顔で応じること
不整序なもの(=ごみ、空き缶、割れたガラス)を識別できること、トイレに行けること
かろうじて文字が読めること、などである。
−−◎7時起き。
−−◎8時駅方面へ散歩。(23分)
朝食
−−◎ケアマネージャー氏から連絡あり。
D事業所へ ヘルパーさん派遣について打診してもらっていたところ だいたいOK
なので木曜日に D事業所の人がようすを見に来て 問題なければ来てもらうこと
にした。体調をくずされたヘルパー(A)さんの分である。
−−◎9時30分、デイサービスへ連れて行った。
機嫌は良かったがイスになかなかかけようとしなかった。とくに支障がなさそうだったので
20分くらいいて席を外してきた。
−−−にこやかに 職員さんに話しかけ、肩をたたいたり、手を引いたりして
穏やかに過ごした。あちこち歩いていたが 体操の時間には自分から席に着き
体操を見ていたり、ほんの一部手足を動かしたりしていた。クイズの数字の問題で
「2と3 やね」と 白板を読んで加わっていた。昼食は主食をほとんど食べた。−−−
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
来訪時 顔が合うなり「あーっ」と言い迎えた。「居た いた」と言う意味だろう。
散歩で何回も出て行き 一回は結構遠くまで行った。途中で車が来ると、母さんが
ヘルパーさんの手を引いて「危ないよ」と声をかけていた。室内ではボール投げなど
かけ声を掛けて、楽しくやった。車の中でもお話しなどして過ごした。
※暑い日で遠くまで散歩に行ったが、夜になっても 体調に異常はなかったようだ。
−−◎5時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。
「こんなふうになってしまって」...「もうこれ以上は出来ない」...「つぶされてしまった。」
と言っていた。
−−◎昨日のこと。
@娘がイスにかけていたら いつものように 後ろから寄ってきて髪を触っていた。
今日はゴムひも(束髪用)を出して ひとつに束ねていた。
娘は最近束ねていないしその時はたいして必要でもなかったのだが
「うん ありがとう」と言い、私に 「おーっ “箸”でなでるのと比べたら 格段の進歩だ」
と言っていた。
A看板など読むのだがローマ字もまだ読めている。
「SLOT」(=スロットゲームの看板)の字を見て「スロットと書いてある」と言っていた。
運送トラックに 「○○EXPRESS」の文字があった。カタカナ文字は無かった。
「○○エクスプレスと書いてある」と言っていた。
私「おーっ 英語も読めるんやね」というと「エクスプレスとかいてあっもん」と言い
「エクスプレス エクスプレス..」と何回か繰り返していた。
2004.8.1(日) 晴れ 曇り
−−◎8時起き。(私は7時30分起き)
昨夜(午前3時ころ)トイレに起きて そのまま 行ったり来たりしていた。
「まだ暗いから寝ようか?」と軽く3回ほど合間を置いて促したが寝なかった。
階下へ行き 薄暗い(常夜灯のみ付けてある)台所でイスにかけていた。
4時に見に行くとイスにかけて居眠りをしていた。「二階へ行こか」と言うと
すんなり付いてきて寝た。そのまま8時まで寝ていた。
実質睡眠時間は8時間で つうろく している。
−−◎9時10分 薬を飲んでから駅方面へ散歩(25分)。傘を持って出かけたが
降り出さなかった。
−−◎娘が今日から夏休みになり日曜日で家にいた。母さんは誰かいれば、安心して
うろうろしているので 伴をさせ私は10時から12時30分まで昼寝した。
−−◎午後ばっちゃの家に行った。一旦家にはいったが外へ出て一周してきた。
2回目外へ出て、戻ってきてからイスにかけた。
窓際に行き ばっちゃに「ちょっと こっちへ来やぁー」と言っていた。
ばっちゃが「なんや なんや」と言い近寄っていったが、母さんは なにも話すことは
無かった。でもばっちゃは「うんうん」と言ってうれしそうだった。
おやつを食べて30分くらいすると「帰る」と言うので帰ってきた。
帰り道「まつのともちゃんの家や」と 昔の風情そのままに建っている家を正しく
差した。(健康時に幼友達の話を聞き 家の建物は私も知っている)
−−◎4時から 苧ヶ瀬の池へ散歩。夕方は曇っていて暑くはなかった。
本屋へ寄ってきた。
−−◎夕食後はボール投げやった。(5分)
枝豆をゆでておやつに食べた。便秘の“くすり”にもなるし、食品としても可である。
2004.7.31(土) 曇りがち 晴れもあり 雨もあり
−−◎7時30分起き。
−−◎駅方面へ散歩。(22分)
−−◎生協配送日。母さんは出たりはいったり、隣の家の角まで行き戻ってきたりしていた。
それより先まで行ったら付いていけばいい と思い 思いのままにさせておいたところ、
今日はそれより先へは行かなかった。私がこの時の「動き」に慣れてきた感じだ。
としこさんに髪をカットしてもらった。
−−◎時たま5分くらい雨があり、何時降り出すかわからず、散歩には行かなかった。
午前中、外へ行きたい 素振りだったので 柳戸方面へドライブに行ってきた。
今日も別の「○○幼稚園」の看板を発見。「○○幼稚園やと」...「かわいい子が
いっぱい いるんやて」と言っていた。
−−◎ボール投げを5分間やった。
−−◎9時50分、お風呂に入れた。抵抗していたが、脱衣すると 浴室にはいり、
浴槽へすぐはいり、自分で洗っていた。
脱衣は最近の要領で「さあ風呂にはいろうか」と声を掛けて、手をつかんでいて
娘が脱がせていった。(所要時間2分)脱いだらすぐはいっていって、表情は固かったが
とくに問題は起きなかった。
寝る時は機嫌良く寝た。(10時50分)
※風呂は 後処理に結構時間がかかる。一週間ぶりの風呂で、いきなり浴槽にはいるので
母さんが風呂にはいる日は浴槽を”専用”にしている。寝させた後、風呂の内外を
掃除をしてよく流してきれいに普通状態にしなければならない。衣類は上体と下体とを
別にし、下体衣類は別の洗濯機で2回か3回洗いしている。分離洗濯は衣服交換だけを
した時も同じである。
−−◎娘が座っていたら 母さんが後ろから 娘の髪をとく仕草をした。
娘が「..手元に櫛がなかったはずだが...」と振り返ると箸を横にして滑らせていた。
2004.7.30(金) 晴れ 朝の内薄曇り 午後日照強し
−−◎7時起き。
−−◎7時40分、駅方面へ散歩(22分)
−−◎朝食時 朝食はたくさん食べないので少量ずつ おかずも出してある。
今日はどういうわけか母さんは自分の分を半分食べて、ごそごそやっていて、
席に着くのが遅れた娘の皿のおかずを食べてしまった。娘は「あっ 喰われてまった」
と言い、自分で冷蔵庫から 加熱しなくてもいい物を出してきて食べていた。(^_^;)。
−−◎9時30分デイサービスに連れて行った。中へはいるとさっさと奥へ歩いて行き
お昼寝用の部屋を一瞥、戻ってきてトイレを“点検”さらに事務机、職員さんの作業台
の方へ行き、窓際に添っておくまで行き戻ってきてようやくイスに掛けた。
「いなかった」と言っていた。
すぐに立ってあちこち...。なかなかイスに座らなかったが不機嫌と言う
ことはなかった。20分くらいいて私は席を外してきた。
−−−職員さんの肩をつついて 手を引いて「こっちへ来て」と笑顔で言ったりしていた。
ほかの人(高齢の方で体は年齢に即して弱まってはいるが頭はしっかりしている人が多い)の
話を聞いていて笑ったりしていた。(幼児に もらい泣き とかもらい笑いと言うのがあるが
そのような感じか?)。トイレへ行ったり、ホールを行き来したりしていた、
今日は 禁断の二階(事務所 管理施設)へ上がりかけたが すぐ降りてきた。−−−−
昼食をいっしょに食べて帰宅した。
−−◎午後からは陽射しが強かったので、家の中にいた。
−−◎夕方から 台風の影響で大雨の天気予報であったが、降り出してはおらず、
本屋さんへ行ってきた。
2004.7.29(木) 晴れ
−−◎母さん6時ころ起き。私7時30分起き。
昨晩は このごろよく寝る と思い9時30分に寝かせたが、なかなか寝付かず
下へ降りていったり、横になったりを繰り返して 1時くらいまで起きていた。
「もう寝ようか」とは言ったが、強い調子では言わなかったので、気分は変わら
なかった。
※7月20日ころから 朝遅くまで寝ていることが多かったが夜の寝付きは
悪くはなかった。しかし 昨晩は寝付きが悪かった。
リズムの変調の初期状態かも知れない。早めに手を打てば深入りしないはずだ。
@朝寝過ぎないようにする。A極力体を動かす。など。
−−◎8時、近所散歩(10分)。
−−◎朝食。
−−◎午前中は室内にいた。
−−◎11時40分 ドライブ 帰宅12時40分。
−−◎昼食。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
空が薄曇りになったので、短いコースを何回も散歩に行った。戻った時は室内で
ボール投げをしたり、車の中で おしゃべりをしたりしていた。
ヘルパーさんの髪にさわり「今日は 出来んけど 今度ちゃんとやってあげるで
心配せんでもええよ」と言っていたとのこと。職業意識を“発揮”していた。
暑かったが“元気”に楽しく過ごした。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。
いつも 行きの道と 帰りの道は別の道を通っている。行きの道の途中にペット屋さん
があり、店先道路側に大きい檻に入れて 小犬が15匹から20匹“展示”してある。
いつもそこでスピードを緩めて「かわいい」とか「おもしろい」とか言って観察して
通過している。暑い日は 別の涼しいところにいるらしい。今日はいなかった。
私「いないねー」。母さん「そうなんやて おるときと おらん時があるんやよ ここは」
と言っていた。
池に着いて「暑い 暑い」と言いながら一周してきた。「トイレ」と言ったが トイレが
遠いところにあって 小水失禁。(家に帰って、すぐ衣服を全部交換した。
交換は割合スムースに出来た。)
例の家の近くまで来て今日も「ひさちゃんの家や」と言った。
「もう終わりやだめや」と言っていた。
−−◎ケアマネジャー氏連絡あり。S事業所にヘルパーさんを派遣してもらう件。
「おおむねOKだが 契約は詳しく話し合った上 のちほど」と言うことになった。
2004.7.28(水) 晴れ
−−◎私6時40分起き。今朝、母さんは8時15分まで寝ていた。いつもは5時半から6時半の
間に起きているのにこのところ朝よく寝ている。
昨晩は9時40分に就寝している。
−−◎暑くなっていたので 朝の散歩は無し。
−−◎農協へ生花を買いに行ってきた。岩戸公園の散歩には行き一周してきた。
−−◎母さん高校野球など見ながら 時々「おっちゃん おっちゃん」と言ってのぞく。
いつもより頻度少なし。
−−◎4時までは外出せず。
−−◎4時 苧ヶ瀬の池へ散歩。
帰り道「ひさちゃんの家はわからんようになった。」と言っていた。例の家は通過した後だった。
−−◎夕食後 バケツに付けておいた生花を切ってふたつの花瓶に分けて飾った。
ひまわりの花に「これは大きい」と言い、鶏頭の花には「てっぺんについとる」と言った。
−−◎夕食後、排便あり。2日お休みだったので午前中に便秘薬を飲ませていた。
−−◎今日1日の気分は普通(ハイテンションでもローテンションでもない)で過ごした。
2004.7.27(火) 晴れ
−−◎7時起き。
−−◎7時40分近所へ散歩(10分)
−−◎私は家事、母さんNHKの幼児番組をみて楽しんでいた。「わんぱーく」など見て
笑いながら「おっちゃん ちょっと来てみー おもしろいに」と呼びに来た。
せっかく呼びに来たので手を休めて、店(=今は母さんの居室)に行くと
「ここに 座りゃー」とイスを差す。5分くらいいっしょに笑って台所へ戻った。
−−◎9時朝食。
−−◎10時30分、岩戸公園へ行き散歩。木陰があって涼しい。(歩く時間は10分)
帰り道、買い物とかガソリンスタンドに寄ってきた。
−−◎12時昼食。私は12時30分から1時まで時計を掛けて昼寝。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
始め3分の1は散歩。「暑い 暑い」と言いながら 何回も行った。
中3分の1は室内でボール投げ、いっしょにテレビを見てお話した。
車の中でぬいぐるみ遊びをしたり、お話ししたり、また室内に戻って過ごしたりした。
−−◎ケアマネージャー氏来訪(1時間近く)。8月の計画について相談し計画書を出して
もらうことにした。
−−◎5時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。途中「暑い 暑い」と言って2回ベンチに掛けて
休憩して一周してきた。
−−◎今日は 「笑顔」という意味では機嫌が良かったが、池から戻ってから夕食まで
「おっちゃん おっちゃん」としきりに言い心的動揺を持っているようだった。
母さんは健康時から「夏ばて」はしない方だった。「躍動の夏」とか言って休日には
子どもを海に連れて行ったり、日帰り小旅行に行ったりしていて、夏だからと言って
「ぐにゃー」としていたのを見たことはない。むしろ活溌になる傾向があった。
「腹8分目と睡眠時間の確保」は守っていた。
春先とか、暑い夏とか「躍動」に合わせて「躍動」出きないために出てくるてくる症状だ。
記憶が古い方へさかのぼるとすると「躍動」の動きが「症状」と見えるのかも知れない。
−−◎夏のスタイル“Vネック”?
暑さのせいか、知らぬ間に(私が)ブラウスのボタンを上から4個目までをはずしている。
ボタンは合計6個あって一番上は飾りで3個はずしていることになる残りは2個。
下着もマジックボタンがあるのだがこれもはずしてしまっている。
ボタンを掛けてあげようとしても「自分で掛けるから」と言っているが掛けようとはしない。
「真夏のスタイル Vネックやなー 流行の先端行ってるね」と言うと「あハハハハッ」と
笑い出す。私も笑い出して、ついにボタンは掛けずじまいになった。
2004.7.26(月) 晴れ
−−◎私6時40分起き。母さん6時45分起き。時計のベルの元を切りにして置かなかったため
5分後に2回目が鳴り出して私は階下へ来ていたので鳴りっぱなしで母さんも起きた。
ここ一週間ばかり、母さんは夜は普通に寝ているのに朝もよく寝ている。
私より30分か1時間あとに起きてくる。これまでは私より30分か1時間前に起きて
あちこっちしていたのに....
−−◎7時35分近辺へ散歩(10分)
−−◎8時30分朝食。
−−◎9時25分、デイサービス着、今日は降りることを少し渋っていたが、
ふざ