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日記Ynas0406

2004年4月から6月の日記です。(新しい日付が上段 古い日付は下段)

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      ※ 読者のみなさんの参考のために

        母さん(田口靖子)は 本日(2004.6.30)現在59歳8ヶ月。
        アルツハイマー 発病後5年10ヶ月
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    2004.6.30(水) 晴れ

        −−◎7時15分起き。

        −−◎8時20分、駅方面へ散歩。(20分)。

            今朝の母さんの関心事は犬、塀に並べてあった花、アルミの破片。

        −−◎ビン・缶収集日。先週忘れていたので、たくさんあった。(なまゴミのようなことはない

            ので大丈夫)沸かして冷やすのが めんどうで ついつい スーパーで安売りの

            ボトルのお茶など買ってしまう。ちゃんと沸かして冷やす時もある。

        −−◎9時朝食、

            6時ころから母さんが先に起きて なにやら動いている時は 早く食べるが、

            7時過ぎに起きた時は9時ころにならないと食べない。

            食べ終わって、私が他(ほか)用をしていて、かたづけずそのままになっていた。

            30分ほど経った後、デザートのスイカの皮が残っているのを食べていた。

            白い部分をひとかじり口に入れ「固いかたい」 と言い食べていた。

            (食品だからまあかまわないが..)「あっ それは...」と出させて、別のを

            切り取って持って行ってあげた。

        −−◎岩戸公園へ散歩に行った。今日の発見=リスが横切るのが見えた。

            「何かいる 何かいる」と言っていた。リスがこの山にいるのだが見かけるのは

             めずらしい。(歩行時間は10分)

        −−◎夕方、私が歯科に行く予定で、母さんの伴(ばん≒番)をしてもらうためケアマネージャー氏

            を通じてヘルパー(C)さんに来てもらうよう頼んだ。

            同乗してもらって行き歯科の駐車場で待っていてもらった。陽射しが心配だったが、

            夕立雲が発生して、陽がかげった。50分ほど、車の中で ぬいぐるみ遊びや、外の

            景色を見てお話ししたり、テープの歌を聞いたりして待っていてもらった。

            途中で雨になり涼しくなった。

            家に 戻ったころには夕立は上がり小雨になっていた。小雨の中を母さんは”散歩”に

            行った。薄日が差してきて、(母さん)「変な天気やねえー」と言っていた。

            歩いていて「こっちへ行くよ」とか「だいたいわかっているで(道は)」とか言って

            道案内をしていた。機嫌良く過ごした。(もちろん本当はヘルパーさんがしっかり

            誘導してくれているのだが本人は満足)

          −−◎ケアマネージャー氏と電話相談。ヘルパー(A)さんが体調をくずされ「訪問」出来なく

            なったため、その分の7月の「ヘルパーさん来訪日」の一部を中止することにした。

            仮にその分に何人かの新しい人が分担して来られたとしても 私の対応が大変だから

            順次状況を見て増やしていくことにした。

            私の対応が大変と言うのは、本人は「すべての介護が必要なのに動いていて かつ 拒否

            の意志や行動を出来る」からである。これは高齢者とは違うところである。

            で新しい人との顔つなぎをしたり、いっしょにいて「和」を構成していかなければならない。

            介護の簡易化のための理由だけで、一般的にのべつくまなく 動きを縛り付けて制限

            したりしないようにしたい。とは言っても 安全の確保のためには 本人が わかっても

            わからなくても 瞬時の判断で制止が必要なことは多々ある。

            拒否の行動については、主として 歯磨き 着替え 風呂など その他 身の回りのこと

            についての処理に関して現れる。出来るだけ拒否の気分を和らげて すすめるしか

            方法がないようだ。 「動き・拒否」も人間の生き様である。

                 

    2004.6.29(火) 晴れ

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分、駅方面へ散歩に行った。登校中の小学生たちとすれ違った。

            小どもたちは 大声でしゃへりながら歩いていて、「..ロールキャベツが...」

            と聞こえた。母さんそれを小どもの わめき声を笑って受け止める と言うような

            雰囲気で聞いていて「おーっ、ロールキャベツが、やて」と言い

            「ロールキャベツ」「ロールキャベツ」と数回繰り返していた。

        −−◎戻って朝食。

        −−◎ガス屋さんが集金に来た。

        −−◎岩戸公園へ行き散歩。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            暑かったが 母さん“散歩”に飛び出した。周辺を廻ってきて、室内で「ホイ ハイ」とか

            「ポコン、ポコン」とか声を掛け合いながら、ボール投げ遊び。このかけ声がおもしろく

            笑いながら楽しく過ごした。

            体調をくずされ(A)さんは交代されることになった。母さん気に入っていたのに

            ありがとうございました。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            またまた いきなり 散歩に出た。最初、口数が少なかったがすぐしゃべるようになった。

            途中 ただ「暑い 暑い」の言葉が多く、腰を下ろして休憩したりした。

            歩道を歩いている時 うしろから自転車が来て 母さんが先に気づき 自転車の人に

            「ごめんなさい」と言っていた。(進路を妨げているから....)

            ヘルパーさんに「おっちゃん おっちゃん」と言うので、「おい おい」と返事をされた由。

            でヘルパーさんが今度は「靖子さん 靖子さん」と言うと 母さんが「おいおい おいおい」と

            返事をしていたとのこと。

            戻って室内でボール投げをやってもらった。

        −−◎午前中にボール投げ遊びを11分やった。

            ※ ここで言う“ボール投げ”は 小学生用小型ドッヂボールで 空気はつかむと凹む程度に

            緩くいれ、2人で投げ受けする単純なもの。

            母さんを病気後、ボーリングに週一回連れて行っていた。訪問介護とか予定が入るように

            なって、月一回くらいになった。そのうちボールを投げることは出来るが、ルールを

            理解できなくなってきた。一投目の後、残っていれば2投目を投げることなど。

            それでも“運動”にはなると思い行っていた。去年の3月(2003.3)を最後に最近は行って

            いない。その代わりヘルパーさんが持って来てくれたバトミントンとか、家にあった

            ドッヂボールとかをやっている。これは老人介護には無い種目である。

            (仮説)幼児教育では「発達段階に即した訓練」と言うが若年アルツハイマー病では

            「後退段階に即した訓練」が 本人の気分に即して行われることが大切である。

            ボール投げは、視力特に動体視力を維持するのに役立つ、視力の第一次受容は

            相当病気が進行しても、存在するが、大脳での第2次受容は無くなることがある。

            第2次受容が無くなると「見えている現象」の意味を解さなくなる。

            第2次受容が生きていれば 「眼に見える物に対する危険回避」はある程度出来る。

            @で 上のように機能維持に役立つほかAこの行動の意味は59歳と言えば世間的

            には人々は何らかの仕事を持ち、エネルギーを燃やしている世代である。その活動には

            とても足りないが 一部を燃やしている、と言うところか。

        −−◎ 今日は結構運動をしたのと 暑かったのとで、池へ散歩は行かなかった。

            

    2004.6.28(月) 晴れ(薄曇り)

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時30分から、駅方面へ散歩。(25分)

        −−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。車を降りようとしなかった。無理に降ろして

            玄関まで行ったがはいろうとしなかった。一旦車に戻り、車で周辺を一周してきて、

            100mほど離れたところに車を置き、歩いていった。今度は玄関をはいっていった。

            中にはいると、今度はいつも座るところが空いていないと行って、ぐずぐずしていた。

            (問題があると言えばある 無いと言えば無い。次週繰り越し)

            その後の時間は、フロアを行ったり来たり、笑顔で職員さんをつついたり、小物を

            移動したり、などいつもの動きをしていた。

            体操の時間には、「茶つみ」の歌を皆といっしょに歌いながら、参加した。

            ご飯は おかずはほとんど食べた。迎えに行った時は笑顔でいたから重大事件は

            発生しなかったようだ。

            母さんがデイに行っているあいだに、私は 外に出てする用事を3件すませた。

        −−◎迎えに行った帰り、岩戸公園へ行き散歩してきた。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            来訪時、ニコニコ笑顔で迎えた。すぐに“散歩”に出ていった。「暑い 暑い」といいながら

            何回も散歩に行った。1回は駅方面へ行った。室内ではボール投げ遊びなどした。

            2時ころになると車が日陰にはいり暑くなくなるので、車の中で、歌を歌いながら

            肩たたきをしてもらったり、お話ししたりして楽しく過ごした。

        −−◎ヘルパーさんが帰られると施錠して、室内にいる。テレビを見ていたり、二階へ

            行ったり降りてきたりしているが、外へ行こうとする気持ちは強い。

            で様子を見て連れて行ってやる。

        −−◎4時から、苧ヶ瀬の池へ散歩、

            鯉 亀 鳥 「白い花」 犬 幼児が今日の注目の対象だった。

            「暑い 暑い」と言い2回ベンチで休憩した。

        −−◎このごろ 時々「おっちゃんは?」と聞く。

            この意味が@「おっちゃんはどうするのか?」と言う意味なのか。

            A「おっちゃんはどこへ行ったのか」と 当の私に聞いているのかよくわからない。

            それぞれの時に@の意味であったりAの意味であったりするのかも知れないが

            わからない。


    2004.6.27(日) 晴れ 室温朝から29℃

        −−◎7時30分起き。

        −−◎8時45分、田圃方面へ散歩。田植えが出来て水の張られた田に 白鷺が来ていた。

            母さん 鳥の名は言わず「おるおる」と言った。ひとまとまりになっていて14羽いた。

            いつもの35分コースの角を通り越していき次の角で曲がったため、45分歩いてきた。

        −−◎パンの朝食にしたが、なかなか食べ始めなかった。

        −−◎午後 ボール投げを10分くらいやった。ニコニコしながら喜んでやっていた。

        −−◎夕食後 機嫌良く いろいろしゃべっていた。こんなに機嫌良くしているのに、

            風呂に入れて、機嫌が悪くなることを予想して 私は憂鬱であった。

            しかし、必要悪である。断固実行。

            9時30分、ひとこと「さあ 風呂にはいろうか」と言って作業にかかり 娘に手伝わせて

            脱衣させた。ものの2分程度。風呂場に誘導すると、中で立ったままだったので、

            以前のよう外で洗ってやろうとシャワーをかけると すぐ湯舟にはいった。

            不機嫌に無口だった。

            「自分でやる」というので、そのままにしておいた。湯舟の中でタオルで洗っているよう

            だった。自分で洗うことが不充分でも はいらないよりいいかと思い、そのままやらせて

            おいた。時々のぞくと 「おっちゃん おっちゃん」と繰り返す。「ちょっとここにおって」と言う。

            聞いているとさっきとは別人にしゃべるように「今恐かった」と言った。

            本来ならば 恐かった理由について言うべきところ、それは言わず「そうだったの」と

            のみ言っておいた。

              25分経ったので「もう出るか?」と聞いたが「まだ出ない」と言う。

            そのままにして作業場の方へ行っていると 娘が呼ぶので行ってみると、

            裸で濡れたまま二階へ行ったと言う。

            バスタオルと着替えを持って二階へ行き、着させてあげた。

            そうなった理由は 娘が台所で棚からラップのケースを落下させ カタンと音をさせた。

            母さんが「どうしたの?」と風呂からのぞいて 出てきてそのまま二階へ行ったのだった。

            その偶然の結果、今日は出させるのに苦労しなくて済んだ。二階は室温調整もして

            あったので、娘と楽しそうにしゃべったり、つつきあったりしていてそのまま寝てしまった。

        −−◎物音にしゃべり掛ける。

            母さんの寝ている横に整理タンスがある。その引き手は円形で固く締めてある。

            少し前の夜の事。その円形引き手に無理に力を加えくるくる回転していた。半回転すると

            「くぅーっ」とか「うーっ」と音かした。その時はそれだけのことだった。

            それより後の何日か前の夜のこと。回転させては音を出し、「うんうん」と答えていた。

            また回転させては「おいおい」と言っていた。

            たまたま 夜目を覚まして遊んでいるだけのようだったので私は寝たふりをして

            そのままにしておいた。


    2004.6.26(土) 雨 のち 晴れ

        −−◎7時40分起き。

        −−◎8時30分、駅方面へ散歩。

        −−◎生協配送日。シャッターを開けると母さんは“生協”よりも“外”に関心がありトコトコと

            歩いていき出したので付いていき一周してきた。品物を取り入れているとまた行って

            しまったので付いていきもう一周してきた。

        −−◎昼前、金華山の駐車場まで、ドライブに行き、そのまま戻ってきた。小雨で公園の

            散歩には行かなかった。

        −−◎午後、娘の友達が2人遊びに来た。母さんはニコニコと顔で歓迎。娘たちは

            ビデオを見たり、お話ししたり、まんがを読んだりして夕方まで遊んでいった。

        −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩、曇り空であったが蒸し暑く、「暑い暑い」といいながら、少し行っては

            ベンチで休み、少し行っては休みして3回休憩して一周した来た。

            時間があったので 涼しい迫間不動の方にも廻ってきた。

        −−◎朝食は 少し残したが、昼・夜は食べた。


    2004.6.25(金) 雨

        −−◎7時20分起き。

            雨で散歩に行けず。気分転換に車で20分ほど、廻ってきた。

        −−◎デイサービスに連れて行ったが、車から降りようとしなかった。周辺を一周してきて、

            横付けで停まり、無理に降ろして、中へはいって行った。

            落ち着かない様子だったが、車を入口をふさぐように置いてあったので、移動ついでに

            私はそのまま帰ってきた。

            −−−ホールの中のあちこち行き来して 時々ほほ笑んで イスに座ったかと思うと

            また ホールを歩きまわり、施設内のあらゆる場所をながめて ホッとしているようすだった。

            顔見知りの人に声を掛けられると「ニコッ」とほほ笑み 楽しく過ごした。−−−

        −−◎○○交番の巡査が尋ねてきた。「行方不明、があったその後の体調はどうですか?」

            と言う意味の事だった。「あのときと比べるてどうと言うことはないが、1年前と較べると

            徐々に病気が進んでいる」と答えた。

        −−◎ケアマネージャー来訪。6月の計画一部変更と7月の計画、確認のため。

            その他 「ご希望」の聞き取りなど。業務外と思われるが母さんの上着の背に布地で

            “名札”を書いてつけて持って来てもらった。(先月名古屋へワープした時に 

             この名札があったことで発見後すぐ連絡が付いて役立った。)

             去年 いまごろ “行方不明”になった時は、家へ来てもらっているヘルパーさん

             に偶然発見されて助かっている。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            雨であまり外に出られず、室内でボール投げバトミントンを15分くらいやった。

            「ハイッ」とか「ホイッ」とかのかけ声と笑い声が聞こえてきた。2回周辺の散歩にも

            行ってきた。いつもと違ってテレビを見ながらお話ししたり、停車中の車の中で

            歌を歌ったり、いろいろ話したり、盛りだくさんだった。

        −−◎火曜ころから 便秘気味のようだ。朝から牛乳を飲ませたたりしていたところ

            夕食後に出た。

            急に顔が明るくなり、残していた夕食を自分から食べていた。

            便秘になると、気分が重くなるらしい。昨日、今日、無口になっていたのはそのせいらしい。

            昨日は食事も残したし、おやつも「いま いらない」と言って食べなかった。今日は

            残りの夕食を食べた後、おやつも食べていた。

            しゃべり声も元気になった。

        −−◎申請していた障害者手帳の交付決定通知が来たので市役所へもらいに行ってきた。

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            浦和大学の ○○ 様 お便り ありがとうございました( 2004/06/25)

    2004.6.24(木) 晴れ

        −−◎母さん6時40分ころ 私7時20分起き。

        −−◎8時、駅方面へ散歩。今日のめずらしいこと。近所を歩いていたら突然、「ワンワンワン!」と

            犬が飛び出してきた。しかしひもでつないであったので、5cmほどの所で止まった。

            いつもは家にそんなに近づいては歩かないのに、反対側からゆっくりと車が来て、

            道路の端に沿って歩いていた。 犬のテリトリーの範囲内だったのだろう。

            犬の大きさは 最近流行の極小ではなく、ちいさめの中型と言うところか。

            母さんは 幼児に”抗議”された時のように、笑いながら「おーっ」と言って後ずさりし

            何事もなかった。ニコニコしながら「犬がおった」「鳴いとった」と7回くらい言った。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

            いつものように“散歩”に出かけて、暑くて額から汗が流れてきたら

            「うわぁ 水が出て来とるみたいや」と言っていた。近所の女性のかたから「暑いねぇー」と

            声をかけられ、母さん「暑すぎるわぁー」と返事をしていた。

            室内でボール投げを10分くらいやった。

        −−◎「さあ 昼ご飯食べようか」と言ったら、「わからん」と言った。

             「ひ・る・ご・は・ん」と私が言った。「わからん、何にもわからん」と言った。

             と言っていたが昼ご飯は支障なく食べた。

        −−◎岩戸公園へ行き散歩。昼の休憩に来た人か?日陰の芝生の上で3人思い思いに

             “昼寝”をしていた。母さん「あんなとこで 寝たら 風邪ひくよ」と言っていた。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            はじめ散歩中 言葉少なげだったが10分くらいして、いつもの調子に戻った。

            隣のビルが時期が来て表面のペンキ塗装作業中である。

            母さん「あんなに汚したら、洗濯しても落ちんよ」と作業の人のズボンに付いている

            ペンキを気にして言っていた。(ペンキ屋さんにしたら普通のことだが)

            室内でボール投げをいつもより長く15分くらい続けてやった。

            (私は この間30分休憩した。)

        −−◎ヘルパーさん来訪中に散歩に何回行ってもらったので、苧ヶ瀬の池へ散歩は行かなかった。

        −−◎夜はいつも行っているラーメンやさんへ行った。母さんは いつも行っている特定の店

            しか 落ち着いて座っていない。心もち食べる速度が遅くなったような気がする。

            今日の蒸し暑さで食欲が落ちているのかも知れない。

        −−◎今日は 一日中 おとなしかった。「おっちゃん おっちゃん」の声も小さめで台所の

            イスにジーッと掛けていたりした。


    2004.6.23(水) 晴れ

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分、近辺散歩。発見ししゃべったこと。花、ねこ、集団登校の小学生。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、9:30から11:29まで、

            私の病院での診察のためヘルパーさんに来てもらった。家でいっしょにいてもらっても

            いいのだが母さんが言うので同行してもらった。私の身体はほぼ良好。

            母さんは一旦は病院の中へはいったものの、すぐ出て行き1.5kmほど先の小学校

            まで行きそこの信号から戻ってきて 近くの児童公園の周りを廻って来た。

            家の近くでは見かけないような 大きな犬や 愛嬌のある犬を見て「でっか〜ぃ」とか

            「かわいい」とか言っていた。用水路に台風の後で、いろいろな物が落ちていて、それに

            関心を持っていた。薄曇りの日で、暑かったが、別の場所でいろいろな物を見て歩いて

            楽しんでいたようだった。

        −−◎昼食後、所用でいっしょに外出。

        −−◎2時から苧ヶ瀬の池へ散歩。今日の関心は 遊歩道の池側に張られてある網に台風の

            せいか木の葉が小枝ごとくっついていたその小枝だった。歩きながらひとつひとつ集めて

            いき手にいっぱいになった。不規則な物が 気になるらしい。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、4:30から 6.29まで

            午後は私の歯科治療のため行ってもらった。ここも自宅からは距離があり、街中は

            混み合っていて迷路なので、車の中で遊んでいてもらった。陽射しは弱かった。

            クーラーをかけ、お話ししたり、カセットテープの歌を聞き、歌ったり、その他、

            楽しく過ごした。家へ帰ってから時間ががあったので、“散歩”に行ってもらった。

            車でじっとしていた分、散歩で気分の発散もあり、足の運動にもなり良かった。

        −−◎夕食後は 娘が”30分ドライブ”に連れて行ってくれた。

        −−◎自分は間違えても 人の間違いはわかる。

            テレビを見ていて 字幕を私が 読み違えたら、正しい読み方で繰り返していた。


    2004.6.22(火) 晴れ

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分、駅方面へ散歩、晴れていて気持ちよし。

        −−◎公共料金等支払いにいつもの通り母さんもいっしょに銀行へ行ってきた。一旦預けて

            領収書をもらうまでほんの少し待たなければならない。母さんの気分が変わって

            「帰る 帰る」と言いだして 強引に出ていこうとするといかんので 転ばぬ先の杖で

            細かい キューピーさんなどポケットから出して、気を紛らせていた。

            帰りに農協の即売により 生花を買ってきた。

            続きに岩戸公園へ行き散歩してきた。

            次第に単純な言葉しか通じなくなってきているが その単純な言葉さえ このごろでは

            早口でしゃべると聞き間違えるようになった。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            暑かったが “散歩”に出かけ、戻ってくるとまた出ていく。と言った具合だった。

            散歩中に ヘルパーさんの肩に虫がとまり、母さんが取ってあげた。

            ヘルパーさん「虫、こわくなかった?」。

            母さん「大丈夫やよ、そのくらい 私はお母さんやで」と言っていたとのこと

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            暑い中、何回も“散歩”。

            小さな カマキリを見つけ「かわいいね」と言っていた。

            柿の実が小さいまま茶色になつているのを見て、「梅干しみたい」と言っていた。

            出たりはいったりして、室内にいた時、テレビで和歌山県の梅干しのことをやっていたのを

            見て覚えていたのかもしれない。「暑い 暑い」と言いながらも 元気に歩き、

            顔見知りの人から声をかけられて、笑顔を返していた。とのこと。

        −−◎ヘルパーさんといっしょに 結構歩いたし、まだ暑かったので、苧ヶ瀬の池へ散歩は

            行かなかった。娘が帰ってきた後で、3人で食品の買い物に行った。

        −−◎今日言っていたこと。

            @いつもはあまり気にしていないのに、気にする時があって、汚れたブラウスの

             袖口(着替えていない)を気にして「ぐちゃぐちゃになってしまった。」と言っていた。

            A「ダメなら ダメでいいけど どうでもいいよ」

             主語がないので意味不明。

              「もうこれで おわりや」とも言っていた。

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            林  様 お便り ありがとうございました( 2004/06/21)
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            吉村 様 お便り ありがとうございました( 2004/06/21)

    2004.6.21(月) 雨 台風接近 正午ころから風雨強し

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分、雨間があって 近所を散歩。

        −−◎9時35分、デイサービスに連れて行った。私は5分ほどいて戻ってきた。

            −−ホール内を自由に歩いていて 職員さんに話しかけたり 呼んだり、

            笑顔で過ごした。席には一度も座らなかった。食事もいらないと言って食べようと

            しなかった。そのうち置いてあるベットに座り、話しをしていて「食べよっか」と言い

            食べ始めた。

            ※病気の進行から言えば「新しい条件を取り入れることが出来ない、(新しい条件を

             繰り返せば その条件を既定の条件として受け入れることが出来る=新しい条件

             取得するに関して鈍くなってきている)」と言うレベルに到達しているようである。

             しかし笑顔でいたし、例えば 殴り合いの格闘をするような事態ではないし、

             帰ってから「もう行かない」と言うようなこともなかったので引き続き行って

             みて様子を見ることにする。

        −−◎台風のため ヘルパーさん来訪日予定は中止。

        −−◎公園へ行ってする散歩は今日は全部中止。

            ボール投げを10分ほどやった。

        −−◎4時ころには風雨も収まり、夕食後の“ドライブ”は行った。

            一日を通じてみるとだいたい 穏やかな気分でいた。

              −−◎「おっちゃん、もうこんで おわりやよ 、つぶされてまって ほんで こっちへきたんや」

            と言っていた。これまた何のことを言っているのか不明。

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            M・K 様 お便り ありがとうございました( 2004/06/20)

    2004.6.20(日) 小雨 曇り

        −−◎私7時5分起き。母さん7時55分起き。

            母さんは昨夜は9時30分に就寝した。夜はトイレに起きたが、すぐ寝た。

            10時間半 寝ていたことになる。母さんは 今まで6時前後に起きることが

            多かったが、ここ一週間ほど、7時過ぎまで寝ていることがあった。

            ここ一週間に日中気温が30℃を超す日があった。

        −−◎娘は試験で出ていった。

        −−◎9時、小糠雨、で岩戸公園に行った。車から降りようとして 母さんのブラウスの

            ボタンが上から3個分はずれているのに私が気づいて、

            「あっ ボタンはずれている」とかけてあげようとすると「自分でかけるでいいわ」

            と言った。たいしたことではないので かけてもかけなくても いいから そのまま

            降りようと思って、「さあ 行ってこようか」と促したが降りなかった。

            雨は降っていなかった。数回促したが降りなかったので、「じゃー、帰ろうか」

            と帰ってきた。家に戻ってきて、なかなか 家にはいろうとせず、隣の隣の家まで

            2回 行ったり来たりして、ようやく家にはいった。もちろんボタンは まだかけていない。

            ちょっとしたことが、引っかかりになって、事はスムースに行かない物だと思った。

            母さんは警戒している、私は ムッとしている。母さんと私の 心の状態が 

            影響しあって午前の“やるべきこと”は進行しなかった。

        −−◎その間に 母さんの身の回りに関係しない諸事を済ませ、朝食が遅かったので

            昼食は1時ころだった。

        −−◎2時ころ、雨が降っていなかったので、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。いつもと変わらぬ

            動きだった。(ボタンは結局とめないままだったが、そのまま歩いた。)

            私がボタンのことは何も言わなかったので、母さんも今朝のことは意になく 

            機嫌はよかった。ボタンは家に戻ってから、チャンスを見てとめてあげた。

            ボタンを留めると言うことだけなので、留めた後の機嫌は可でもなく不可でもなく

            普通にしていた。

        −−◎夕食後、本屋に行った。台風がくるといっていたが、雨はなく 蒸し暑く静かだった。

        −−◎戻ってきてから ボール遊びを10分間やった。

        −−◎「男が女になったり、女が男になったり、無茶苦茶やよ」と言っていた。

            そういえば このところ高橋留美子の「らんま 1/2」 のビデオを繰り返しかけていたなー

            その他には ”小学校の先生はこのごろ女性の方が多くなったなー”とか

            ”病院の看護婦さんを男の人もやるようになったそうやね”とか話題にしていたが

            今日話していたわけではない。何を思いだしたのか不明だ。そう言っていたので記しておく。

            

    2004.6.19(土) 晴れ

        −−◎7時起き。8時20分、駅方面へ散歩。

        −−◎9時30分、生協配送日、母さんそれぞれに会釈。特に混線無し。

            外へ 外へと気持ちが働くため、近辺を一周してきた。

        −−◎洗濯その他を処理し30分間私は昼寝。

        −−◎岩戸公園へ散歩に行ったが駐車場が空いておらず、そのまま帰ってきて、昼食。

            機嫌は良いが、しきりに「どっかへ行こ、どっかへ行こ」と言っていた。

            しかし外はけっこう日射しが強そうだったので、“新撰組”など見て、私は雑用をして

            時をすごしていた。

        −−◎3時ころ、薄曇りになってきたので、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。風があり涼しかった。

        −−◎危険意識について。

            危険意識には、視覚、音声、触覚による感性的危険意識と、

            この後はこうなり、その結果危険である、とする論理的危険意識がある。

            現在の母さんの場合、感性的危険意識はまだ充分働いている。

            蜂、蛇の死骸、ガラスの破片、走ってくる自動車、沸騰しているやかんのお湯、などは

            警戒している。論理的危険意識は不充分にしか働かない。「赤信号」で言われると

            止まっていたり、言われても無理に行こうとすることがあったりする。思いのままに

            他都市へワープしてしまったりする。

        −−◎「頭脳の活動低下」に関するとある書類で、@段階からD段階まで有り

            仕事や身の回りのことの出来る能力と 身体の動きを併置して記入するようになっている

            @からDになって行くに連れて、能力の低下と共に 身体の動きも少なくなっていくように

            記され どれかに○を書くようになっていた。

            Dでは「何も出来ないので すべての介護が必要で 寝たきりになっている」

             (この書類が精神障害をともなわない身体障害を扱う書類ではなく 精神障害をともなう障害

            のみを取り扱う書類であった。)

            「何も出来ないので すべての介護が必要で 起きて動いている」と言う項目はなかった。

            書類がそのようであるから、慣れない係りの人も、「起きて動いているのに 何も出来ない

             ので すべての介護が必要」と言うことを理解できないようであった。

            小さいころから病気である場合は、出来ないことと 動かないことが ひとつのことであるケース

            もある。50歳台から発病するアルツハイマー病の場合、頭脳の指令装置が壊れ、意味ある

            行動が出来なくなっている。意味ある行動を拒否する場合もひんぱんにある。

            身体はそれまでの動いていた経過があり、動かないわけではない。

            と言うことについて、書類等は もう1項目追加するか、その他で書き込みが出来るようにし

            係りには理解を深めるよう指導する必要がある。


    2004.6.18(金) 晴れ

        −−◎母さん6時10分起き。私6時40分起き。

        −−◎7時10分〜田圃方面へ散歩(20分)

            自転車の通勤通学の人多し。散歩中の2組の人たちと挨拶をかわす、母さんは微笑む。

            花、モー娘の写真の印刷したブリキのバッチ、空き缶、ゴミ、めずらしくあぜ道に鳩、などを

            母さんが発見。看板、自動車の社名、電柱広告など読む。今日は時間が早く小学生は

            まだいなかった。

        −−◎薬を飲み、朝食。9時にもう一回散歩に行った。(20分)だんだん暑くなっていた。

        −−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。

            私は10分くらいいて帰ってきた。その後も 今日は表情も変わることなく笑顔で

            いることが多かった。

            トイレとフロアの間を往復、小物を移動したりなど、“自分のペース”で過ごしていた。

            表情も穏やかで、職員さんの肩をつついたり、手をひっぱり「こっちへおいでよ」と

            言ったりしていた。玄関に行き、ドアを開けようとして鍵のかかっている状態を指して

            「かちんこちんや」と言い、笑っていた。とのこと。

            デイサービスにもだいぶん慣れてきて、穏やかに過ごしているようだ。

            迎えに行き昼食を食べて帰ってきた。

            ※母さんがデイで過ごしている間に、雑用を済ませた。

        −−◎このあんばいだと、もう、不安状況になって すごい勢いで「帰る 帰る」と言い出す

            ことはなさそうだ。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            家の近くを暑い中何回も“散歩”してきた。

            途中 くわ(鍬)を持ったおじさんとすれ違った後で

            「これからたんぼか畑へ行くって感じやね」と言っていた。部屋に戻ってボール投げを

            10分くらいやった。ニコニコ笑顔で楽しく過ごした。

        −−◎2時45分、苧ヶ瀬の池へ散歩。薄曇りで、風が少しあって、あまり暑くなかった。

        −−◎自分の言葉でしゃべる。

            夕方、テレビアニメの「忍たま乱太郎」で食事をしている場面があった。

            私が「めし 喰っている」と言ったら、母さんは「ごはんたべている」と言った。

            私「うん めし喰ってるね」。母さん「うん ごはんたべている」と言い、別に

            私の言ったことを遮ると言うことではなくて、いつもやっているように

            「ごはんたべている」と3回くらい復唱した。

        −−◎バトミントンを夕食後やってみた。5分くらいやった。まだ充分出来るようだった。

        −−◎洗濯を取り入れていてくれた。

            厚手のズボンなどは二階で一番外側に干す。(雨が降ったら確実に濡れる位置)

            その他の物は、とっさの雨では濡れない位置に干す。

            夜見たら外側のスボンが取り入れて ハンガーをつけたまま 畳の上に放り出した

            ようになっていた。母さんが取り入れてくれていた。

            私は寝る前に気が付いたのだが、取り入れたのは だぶん4時頃のことと

            思う。(というのは暗くなるとあまり二階へひとりで行かないし、夕食やテレビを

            見ていて二階へ行った形跡がなかったから)

            このごろでは 洗濯干しに二階へ行ってもそばにいて 意味のない動きをしている

            だけで 口だけでもと「これにハンガーを通して干して」と言っても干したことはない。

            だのに 今でも たまに取り入れをしておいてくれることがある。

            ある行動が出来なくなる(機能の低下が)「一度出来なくなったら、その後全く出来なくなる」

            のではなくて、出来なかったり、出来たりを繰り返して、次第に出来なくなっていくようだ。


    2004.6.17(木) 晴れ

        −−◎私6時40分起き。母さん7時10分起き(昨夜早く寝て、早起きして動き回るかと

            思っていたが 11時間以上たっぷり寝たようだ)

        −−◎8時周辺散歩。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

            家の近くを何回も“散歩”。

            散歩から戻ってきた時、ヘルパーさんが シャッターが低く留めてあったため 頭を

            ぶつけられた。母さん「頭ぶつけたんかね、痛かったやろ、大丈夫かね」と頭を

            さすってあげていた。はじめ表情が固かったが、その時から柔らいてで来た。

            隣の工事現場で 高いところで作業している人に、「気をつけてね」と手を振っていた。

            相手の人は見えなかったが、母さんの手を振っている時間と表情から相手の人も

            何か適宜な受け応えをしていてくれたらしい。

            室内の掃除をしてもらった。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            私の仕事に、母さんも付いていくというので、ヘルパーさんに付き添ってもらって

            行った。相手先の日陰の駐車場の車の中で、待っていてもらった。

            いろいろお話しや、テープに合わせて歌を歌ったりして過ごした。

            途中、口数が少なくなった時があったが、車から「降りる」とは言わず待っていた。

            無事帰宅した。帰ってから2回近辺へ“散歩”に行った。

        −−◎水道出しっぱなし。

            このごろ水道の出しっぱなし、が多い。母さんが暑いので 手を洗って冷やしたり、

            水を飲みそのままにしておくことが多いためである。「まあ ガスのつけっぱなしと

            比べたら、問題は少ないか」と何も言わないでいる。

            ※3年前、炊事をしなくなってから、ガスのつけっぱなしは無い。

        −−◎このごろかかってくる、コマーシャル電話の多い順5種。

            @商品広告各種、商品相場

            Aサラ金、貸金業者。(「借りてくれ」という案内)

            B電話会社、インターネット、ケーブル通信会社。

            C観光ホテル、リゾート施設。(「社員様のレクリェーションにご利用を」と)

            D不動産業(アパート、マンションの紹介)

            ( ※当方の職種を把握した上での専門的な コマーシャル電話は除く)

         

    2004.6.16(水) 晴れ

        −−◎昨晩、夕食後外出した時、(10分ほどぶらぶら)急に「足が痛い」と言いだした。

            戻って 見てみると 右足靴下の小指あたり 血がにじんでいた。脱がせてみると、

            足の小指が外側から3分の1あたりで縦に裂け血が出た跡があった。

            浸みるといかんので 洗うのはやめて 爪を切ってあげた。何事も人にやらせることを

            嫌がるので ついつい延び伸び(のびのび)になっていた。

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分、近辺を散歩。

        −−◎布団干し、その他のことを処理。

        −−◎午前中、得意先集金が一件有って、一緒に出かけた。

            相手先に着き、「いっしょにはいっていくか?」と聞くと「いっしょに行く」と言うので

            降りて連れていったが、事務所の中へはいろうとしなかった。でもう一度車に戻り、

            母さんを乗せ、クーラーをかけ、チャイルドロックをして、集金にはいって行った。

            すぐ戻ってきたので何事もなかった。(緊急の場合の非常処置で、3分以内

            長くて5分以内に戻らなければならない。)

        −−◎岩戸公園へ散歩。

        −−◎午後、ケアマネージャーの○○さん来訪、7月の計画、などについて話して行かれた。

            母さん ○○さんの鼻をチョンチョンして“あいさつ”した。

        −−◎暑かったので、池の散歩は中止。テレビを見ていたりボール投げ遊びなどして

             いた。娘が帰ってきたので3人で食品スーパーへ買い物。

        −−◎夜8時ころ、二階で私だけ、衣類の整理などしていると、母さんも来て布団に入り

            横になった。「もう寝るの?」と聞くと「なんか眠たい」と言うので「じゃーもう寝なよ」

            と寝させた。日中30℃を越えていて窓を開けているがその時間にも29℃あった。

            クーラーをセットおいた。いつもは10時ころ寝て 暑ければその30分前にセット

            するのでまだやっていなかった。明日の朝 早く起きすぎるかも知れない

                   

    2004.6.15(火) 晴れ

        −−◎昨夜、母さん“ねごと”を言っていた。

            特段どうと言うことではないが、めずらしいことなので記しておく。

            “ねごと”は年に1回〜2回私が気が付く程度だ。

            「○○○○○」「○○○○」「○○○○○」。普通のトーンでしゃべっていた。

            ちょっと間をおき「ふーん」と返事をする時の”ふーん”だった。

            さらに少し間をおいてから童謡系の歌を歌い出した。いつものテープで聴く歌ではない

            歌だった。リズムに覚えがあったが、歌名を私が思い出さなかった。

            そのうち静かになった。

            もし起きているなら、布団の上に座るか、私をつついて起こすとか、トイレの方へ歩いて

            行くとかするはずだが、寝たまま、ぼそとも動かなかったので“ねごと”である。

            (起きている時にも意味のわからぬ話をするが、寝言でぼそぼそ言っているので解明不可。)

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分、家の近辺を散歩。

            我が家の南側の細い方の道路は、指定通学路になっていて、7時30分から

            7時45分の間に集団登校の小学生が通過する。時々朝の散歩で、別の道を通って

            後方まで行き、小学生を脇に見ながら我が家まで戻ってくることがある。

            子どもたちは、たいていは大きな声でしゃべりながら歩いている。今朝も 母さんは

            その動きや声を見聞きして、時々私に状況を告げ 楽しみながら歩いていた。

        −−◎11時30分、岩戸公園へ散歩。大きい樹木が多いので日中でも日影をたどって歩けば

            日射しは強くない。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            来訪されるとすぐに、暑いのに“散歩”に出ていった。

            「暑い 暑い」と言って、「暑すぎて まっ黒になってしまう」とか言っていた。

            ボール投げを 暑かったせいか3分ほどやった。

            散歩中に身振り手ぶりを交えて、「おとといねぇー.....」と言って 一生懸命

            しゃべっていたとのこと。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            何度も“散歩”に行った。一回はかなり遠くまで「暑い 暑い」と言いながらも元気に

            歩いていた。隣のうどん屋さん奥さん(病気のことはよく知っておられる)が話しかけられ

            けっこう うまく受け答えをしていた。

            終わりごろボール投げ遊びをしてもらった。

            散歩中、母さんいろいろな物を拾ってくる。空き缶、スーパーの空き袋、小さな木の枝、

            空きボトル、つぶれたストラップ など。今日などは数10m先の工事中のところのフェンス

            に引っかけてあった。現役使用中のタオルを持って来てしまった。(すぐにヘルパーさん

            に返しに行ってもらった。)(済みませんねー、返しに行ってもらって...)

        −−◎5時から歯医者に行った。母さんは付いていくだけ。

            要領が読めたので、前半は私が、後半は娘が 車の中でおしゃべりやらぬいぐるみ遊びを

            していて 大過なくと言うか むしろ楽しげに過ごしていた。


    2004.6.14(月) 晴れ

        −−◎6時40分起き、母さん7時起き。

        −−◎7時40分、家周辺を散歩。

        −−◎デイサービスに行くとて、車に乗せようとしたところ、なかなか乗ろうとしなかった。

            ほかごとをしやべっていて、ようやく乗り込んだ。直接行かないで、生協の回覧袋を

            次へ渡しにより、はがきをホストに出したり、デイにつくと降りて入り口の方へ歩いていった。

            5分くらいいて私は戻ってきた。

            家に帰り、市役所の年金課へ書類を出して来た。

            −−−中で行ったり来たりした。他の利用者の肩をトンとたたいて笑っていた。

            職員さんと 他の利用者のおもしろい会話を聞いていて大きい声で笑うこともあった。

            体操の後の職員さんの話(季節の話題とか、午後の予定、昼の献立)をジーッと見つめ

            落ち着いて聞いていた。−−−

        −−◎昼食は済ませているので帰りに岩戸公園へ散歩に廻った。木陰は涼風があった。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            からっとした天気の中、「暑い 暑い」と言いながら、何回も“散歩”に行ってもらった。

            母さんから「冗談を言ってみえて...」とヘルパーさんが言っておられた。

            後30分くらいのところで、停車中の車の中で「肩たたきの歌」を歌って遊んだり、

            下校中の小学生を「かわいいな」と言ったりしながら見ていたりした。

        −−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。この池の亀は大きく20cm、30cmくらいのが

            泳いでいるが、6〜7cmの亀が泳いでいた。母さんしきりに「かわいい かわいい」と

            言いながら立ち止まってみていた。

          −−◎母さんの気分は大きく分けて「晴れ」の気分と「沈んだ気分」がある。

            定期的(規則的?)ではないが4日〜5日の周期で変化する時と、その時の気候に

            影響される場合がある。一般に言う“不快指数”が高い時は、気分が沈み、晴れで

            乾燥しさわやかな時は、気分も晴れている。その他に生活から来る要素もある。

            これは様々快にも 不快にも働く。

            一週間に一回しか風呂に入れないが、風呂の翌日は頭がよく働く、これにも様々な

            結果条件が働く。

        −−◎???炊飯器のフタがひらかない???

           「ふふふ〜ん、夕食の ご飯はあったかなー」(私の独り言)

           ”パカッ”とフタが開くはずだったのにひらかない。

           長年の“修行”の賜物、不思議現象に驚きはするんが、たじろぎうろたえることはない。

           今度は どんな“工夫”がなされているか?興味深い。

           ただそこに電気釜があるだけでようすは少しも変わっていない。

           (独り言→)「バネが壊れてしまったかな。きっとそうだ」

           と注意深くゆがみの力を加えて、取りはすそうとしてよく見ると セロテープがフタと本体に

           かけて貼ってあるではないか。ゆっくりとテープを爪ではがしたらたやすくフタがあいた。

           それにしても“いたずら”だとしたら、私が近眼であることを知った巧妙なやり口である。

           そしてそんな巧妙ないたずらが出来たら “はなまる“をあげよう。

           ここにテープを貼るには次の作業が必要である。

           店にあるテープカッターから4cm切って持って来て、炊飯器のフタと本体の支点よりも

           一番離れたところに貼らなければならない。

           全作業工程を理解した上でなければ出来ないことだ。仮にテープを切り離して持ちもて遊んで

           いて貼ったとすると、出来すぎている。偶然貼るならどこでも貼るところはあったはずだ。

           不思議だ。先日の40kmほど離れた名古屋市内へワープした事と言い不思議だ。

           

    2004.6.13(日) 晴れ

        −−◎7時起き。

        −−◎車で12分、那加まで行き、モール街を散歩しつつ、市民公園まで行き 園内を横切って

            車に戻り帰宅。(歩きの時間は25分)

        −−◎午後 1時30分、ボール投げ遊びを10分ほどやった。ニコニコおもしろそうだった。

        −−◎私が仕事をしている間、眠気眼のような顔をしてイスにかけたままだった。

            テレビを見ておらず、「おいおい おっちゃん」と呼ぶ回数は少なかった。

        −−◎4時、岩戸公園へ散歩。

        −−◎6時20分から、苧ヶ瀬の池へ散歩7時前後、まだ明るかった。母さん「ちょっと見てみぃー」と

            言った。沈みかけの夕陽のある景色がいつもとは違っていた。

            紫陽花が ところどころにあり、「いい色や」と言い立ち止まってみていた。

            午後7時35分、西空はまだ明るかった。

        −−◎風呂に入れた。予告なしに工作をすすめた。

            10時開始

            店で裸にしても不都合なので 風呂とつづきになっている台所へ連れて行こうとしたが

            雰囲気を察知したのか なかなか台所へ行かなかった。電気を消して、台所のみ

            明るくしておいたら台所へ来た。娘と打ち合わせておいて、「今日は風呂にはいるよ」と

            一言言って衣服を脱がせた。ブラウスのボタンははずしておいたので、ものの一分程度で

            脱衣終了。すぐに浴室にはいり浴槽にもはいり、タオルとか出してやると自分で洗っていた。

            背中にシャワーなど掛けてやったり、タオルに石鹸を溶かしてやったりして、私は外に

            出ていた。

            病気のこの進行程度の対応として経験上到達したのであるが、結果的に善なる働きかけで

            あるので 説得に応じない場合は“実力行使”しかない。説得しなければ私の“いらだち”も

            ないし、威嚇する必要もない。手際よく速やかにやれば、母さんの怒りの準備や蓄積も

            少ない。

            20分ほど経ったので「そろそろ出ようか」と言ったが前回と同じく なかなか出ようと

            しなかった。30分経過時点と40分経過時点で「出ようか」と促したが出なかった。

            前回は40分ほどで出たのに今回は出なかった。1時間15分経過したのでお湯を抜き

            やんわりとではあるが“実力行使”で押し出した。浴槽に1時間20分ほどいた事になる。

            衣服はパンツ ズボン下、シャツは足、手を通してやり、スボン、ブラウスは自分で着た。

            (夜でもズボン、ブラウスを着用)

            服を着ると急に朗らかになりなにやらいろいろしゃべり出し、おやつも食べて、お茶で

            ブクブクをして飲み込んでいた。

            二階へ連れて行くと機嫌良く横になり、ぬいぐるみなどでキャッキャッと笑っていたが

            すぐ寝付いた。

            ※「身のまわりのこともできず、常に他人の介助が必要だが 起きて動きまわって

            いる」し必要な介助に対して拒否的意志が働き拒否的行動がともなうので一層困難さ

            が増してくるように感じられる。

            

    2004.6.12(土) 晴れ

        −−◎母さん6時30分起き、私7時20分起き。

        −−◎8時20分、駅方面へ散歩(1.4km=23分)

        −−◎8時50分、朝食。

        −−◎生協配送日。ドアを開けると、皆に一応会釈したが、出たり入ったりしていた。

            荷下ろしの最中に、トコトコ歩き出したので診察券右辺を一周してきた。

            大過無く、配分作業は終わった。

        −−◎娘をとある集合場所まで送っていき、帰宅は正午ごろだった。

            昼過ぎ、雑事を済ませた後、母さんは落ち着いてテレビを見ていたので、

            私は時計を掛けて30分間昼寝した。

            −−◎2時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩。小さい子がいると近寄り声を掛け触ったりするので

            その近くを手を引いて歩いた。

            近所ではあまり気を遣わずいられることが、離れた場所では気を遣う。

        −−◎客先のパソコン調整が必要となり、作業時間がかかる見込みで 母さん同伴では

            無理と判断し、夕方行き機械ごと預かってきた。30分とか1時間待つことは無理だが

            機械を預かる 5分〜10分程度は一緒に動いていて退屈しなかったのか大丈夫だった。

        −−◎夕食後、ボール投げ遊びを7分ほどやった。笑い声をあげながら喜んでやっていた。

        −−◎意に添わぬ事をしない限り、今日も 落ち着いていて、楽しく “幸せ”だった。

            しかし、意に添わぬ事でも 最低限必要なことはあるし.......


    2004.6.11(金) 小雨

        −−◎6時30分起き。

        −−◎朝の散歩は 雨間をぬって10分くらい家の周辺を廻ってきた。

        −−◎起きてから、黙ってはいたが、しゃべりかければ、応えて、おもしろいことを言うと

            笑ったりして機嫌が悪いというわけではない。

        −−◎9時30分、デイサービスに連れて行ったが、車から降りて、反対の方に歩き出し

            はいろうとしなかったので、まわりを一周してきた。玄関ではいることを躊躇していたが

            それに気づかぬふりをして軽く手を取り中へはいっていった。スタッフや他の人の

            姿を見てイスにかけていた。ぬり絵を一緒にやってやりながら、15分くらいしてから

            私は席を外してきた。

            ホールを行ったり来たり、疲れるとイスにかけて 他の人や職員の顔をジーッとながめて

            ニコッとほほえみ掛けていた。笑顔でいたようで 私もあんきに 職員のかたに 見ておって

            もらうことが出来た。(あんき=安心、=ゆったり、=まったり、=ほっこり)

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            雨で外に出られず、駐車場と室内を行ったり来たりしていた。「雨がふっとるわ」と

            と言い残念そうだった。

            室内でボール投げを10分くらいやった。高く投げたりまっすぐ投げたり変化をつけて

            楽しんだ。

            車の中で、お話ししたり、下校途中の小学生を見ながら

            「かわいいね、あれは ボクちゃんやったね」と話したりしていた。

            楽しく過ごした。

        −−◎その後は、○○医院の診察と書類作りに行ってきた。帰宅3時15分。

        −−◎雨だったので苧ヶ瀬の池への散歩は行かなかった。空は時々土砂降り雨。

        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        −−◎熱い物、5分くらい記憶。(昨日のこと)

            じゃがいもの揚げ菓子にポテトという物がある。6ミリ角で長さ4センチから8センチの食品。

            コンビニでこれを買うと温めてくれる。熱さの持続時間は結構長い。

            “ドライブ”(=30分から1時間母さんの気分転換に車に乗せてあげている。)に行っている時

            おやつにポテトを買い、母さんにあげた。「熱いよ」と言いながらあげると、私の手では

            つかめないほどではなかったが少し熱かったらしく、「熱い 熱い これは熱いよ」と言い

            座っている脇に置いた。別のお菓子を一個食べて、ポテトを脇に置いてから

            4分以上、5分以内の時間経過のあと、私がポテトを差して「これも食べなよ」と言った。

            「これは熱いよ」と触ろうとしなかった。「もう熱くないよ」と私がそのポテトをつかんであげる

            と手に取り食べた。“熱い”ということを4分くらいは覚えていたと言うことだ。


    2004.6.10(木) 晴れ

        −−◎昨晩は10時に二階へ行ったが「まだ寝ない」と言うので階下へ降りてきた。(歯磨きは

            提起していなかった。)遅かったが「ボール投げやろか」というと「うん」と言うので

            やり始めた。10分くらいやって「休憩しようか」と言うと「うん」と言った。母さんお茶を

            飲んでトイレに行って戻ってイスにかけた。「じゃ 寝よか」と言うと付いてきてすぐ寝た。

        −−◎今朝は 母さん6時起き、私7時30分起き。

        −−◎8時30分、駅方面へ散歩(20分)

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

            家の近くを“散歩”した。散歩中に拾った梅の実を”ボール”にしてボール投げ遊び、

            コンビニの袋を丸めて、ボールの代わりにして遊んだ。15分くらい続いた。

            よく 話し よく笑った。終わりがけはちょっと疲れたのか、イスにかけ口数が少なくなっていた。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            「こっちへ来(こ)や〜、いっしょに行こ」とヘルパーさんを引っ張って何回も“散歩”に。

            一回遮断機が降りたのを 通り越えようとしたのでヘルパーさんが体で止めたところ、

            そのあと少し、機嫌が悪くなり、何もしゃべらなくなった。すくになおって また おしゃべり

            しながら散歩した。

            室内ではボール投げ遊びをし、テレビを見て 話したりしていた。

        −−◎5時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行ってきた。(25分)何か言いながらいつものごとく。

        −−◎今日は何故か「おいおい おっちゃん」「こっちへおいでよ」「こっちへ来やぁ」と

            呼び続ける回数が多かった。そのほかには

            −−おいおい −−おっちゃん−−

            −−もうこれ以上できないよ−−もう誰もやってくれる人は来ない−−

            とも言っていた。

        −−◎(仮説)私の観察では この病気は、遺伝因子、環境因子、自身の過去生活因子に

            よって発生する。数値計算など働きをする 人類にとって比較的新しい脳組織のうち、

            その人にとって一番弱い環から壊れていく。

            あとの強い環は(母さんの事例では 「ボール投げ遊び」や「文字読み」)実行動による

            訓練によって 脳内では代替などによってその働きが比較的長く保持される。

        −−◎介護の内容を決定する要因の骨格はは、@その病気についての人間の認識度合い。

            A“なんとかしなければ...”との動機または情熱の度合い。

            Bそれに当てることの出来る支出の度合い。である。

             地方的、国家的レベルでも 研究活動 世論の力 予算額によって決定される。

        -----------------------------------------------------------------
            四国・○○県の田中様 お便り ありがとうございました( 2004/06/9)

    2004.6.9(水) 晴れ

        −−◎昨晩、歯磨きをしなかった。ブラシをとってあげ「さぁ みがいて ゴシゴシと」とか言って

            すすめたが、ブラシを手で洗っているばかりで開始しなかった。

            4〜5回やりとりがあって、なお開始しなかったため「磨かなきゃいかんて」と私が

            怒った。ふぃとそこを離れあっちへ行ったりこっちへ来たり。中止して寝させようと、

            2階へ連れて行ったが寝ようとせず階下へ降りて行った。10時就寝の予定が

            自分で上がっていくまで待って、11時30分ころの就寝となった。床に付いたらすぐ寝た。

        −−◎母さん6時ころ起きた。私6時40分に起きた。

        −−◎7時40分、近くを散歩(10分間)。

        −−◎昨日、歯科医に一緒に行き自分は関係ないのに、待ち合わせが出来ず、私が怒った件。

            歯磨きの件などで、今朝は無口で反応が鈍かった。反応が鈍いというのも、原因不明

            と言うのではなく、@歯磨きなどすでに出来なくなっていることを強要された時、

            A外へ行こうとして、連れて行ってもらえなかった時、など意に反する不快事態があると

            その後 起こるようである。常人でも「しゃべってやるものか」とか「言っても無駄だ」とか

            「だましてなにかやらせようとしている」と思わぬでもない。

        −−◎今日は県立岐阜病院の診察の日、注射は効いていると思われるのでやってもらって

            来なければならぬと 心を落ち着けて 出かけた。母さんには予告無く病院へ着き

            一緒にはいっていき二階へ行ったが、普通について来た。少しもたもたしたが待合いの

            イスにも座った。

            「帰る」と言わないよう、持って行った。細かいキューピーさんや、いぬ ねこのぬいぐるみを

            駆使して気を紛らせていると、10分くらいで予約時間よりも早く呼ばれた。

            「気分は落ち着いて 体は元気です」と状況を言った。注射は 母さんにとって気分の良い

            看護婦さんで、中待ちのイスでそのままやってくれた。終わるとすぐ気分は元に戻った。

            「気分を壊さないように」の配慮も勘案に入れた私の「心構え」が大切だと思った。

            (廊下に出て 皆が出入りする階段ではない方へ行こうとしたが「こっちこっち」というと

            すぐ向きを変えた。いつも間違えないのに、記憶が弱くなったのかも知れない)

            終わった後、続きに岩戸公園へ散歩に連れて行った。「チボリ」の駐車場にはいって、

            「チボリへよって食べていこうか?」と言ったが「いらない」と言うのでそのまま出て帰宅した。

            我が家で“喫茶店仕様”のパン サラダの朝食にした。

        −−◎母さんは「朝食」のあと イスで10分くらい居眠りをした。ふと目覚めて

            「チビさんどこ行った?」と聞いた。「学校へ行っているよ」というと

            「そうか そんならいいけど」と言った。

            その後 無口 無反応は無くなった。

        −−◎銀行、郵便局等へ諸支払いにいっしょに行ってきた。

        −−◎午後は久しぶりに木曽川河川敷の公園へ行き散歩してきた。木々は葉の色も濃くなり、

            夏用に変化していた。母さん1cmほどの段差につまづくことがあったが足取りは軽く

            歩いていた。


    2004.6.8(火) 曇り のち 雨

        −−◎母さん6時起き、私6時40分起き。

        −−◎7時40分、近辺を散歩(傘をさして同じところをぐるぐる)(20分間)

        −−◎8時20分、母さん朝食。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            はじめ15分くらい雨の中を“散歩”。

            ジェット機がすごい音で通過。母さん両耳を手で押さえ「ものすごい音や恐いよー」と

            泣き出しそうな声で言った。ヘルパーさんが「大丈夫やよ、もう遠くへ行ってしまったよ」

            となぐさめると、母さん「バァー、泣いとると思ったやろ」とニコニコと笑い 顔を上げた。

            後は停車中の車の中で ねこのぬいぐるみ遊び とか歌を歌ったりして過ごした。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            はじめ避けていたが 傘をさして“散歩”に出たらいつもの笑顔に戻り、いっぱい

            お話しをしていた。歩いていて後ろから、バイクが来たら、ヘルパーさんの服を引っ張って

            端の方へ引き寄せていた。

            私が誘い水で、母さんとボール投げを始めたら、数回私と投げ合って、何も言わなかった

            のに自分からヘルパーさんの方へボールを投げて、ヘルパーさんと5分くらいやっていた。

            雨の中でも“散歩”に行き元気に楽しく過ごした。

            先日施設(A)に行った時、新通所者がおられて、母さんがヘルパーさんに

            「新しい人は いろいろわからんことがあるで 助けて手伝ってやらなあかんのやよ」

            と言うような意味のことを言っていたとのこと。

        −−◎夕方、私が歯医者に行った。娘も歯の点検で連れて行った。

            到着すれば 予約時間よりも早く、診察券等を出さなければならない。母さん歯科の

            駐車場から玄関まで行ったが、「母さんには関係ない」と言ってあるのに なかなか中へ

            はいろうとしなかった。もたもたしているわけにも行かず 必要上 無理に手を引き中に

            はいり診察券等を出した。母さんはすぐ外へ出ようとするので、車の中へ戻り

            チャイルドロックをして私も乗っていた。(雨で車の中は暑くも寒くもなかった。)

            娘が診察した後、切れ目の無いように私がそこにいなければならないので、様子を見に行き

            1分〜2分車を離れることが3回あった。

            母さんには意味はわからないだろうが、私が自分に言うために一応合理的な説明をした。

            「中にはいって座っていれは良いのに、自分が歯をやってもらうわけでもないのに、

            座ろうとせず出てきた。行方不明や交通事故を防ぐためにはここで待っていることは、

            母さんが行動過程で行動によって選択して事でありやむを得ないことだ」と言った。

            娘の歯の点検が終わり(虫歯無し)、交代して母さんの相手をさせ、(本など読みながら

            そばにいるだけで良い。)私の歯の治療をしてきた。

            ※ここでの教訓は、たぶんちょっとだけゆとりの気持ちを持てば、混線は避けられた

            かも知れない。また早くしようとしている姿を(別の言えば周囲に余分な迷惑をかけないよう

            勤めている姿を)周囲に見せようとしなければ避けられたかも知れない。と思った。

        −−◎夕食後、母さんとボール投げ遊びをした。5分間やって「もうやめようか」と言うと「まだやる」

            と言うのでもう少し続けてやり、13分か14分やって休憩した。

        −−◎なんでも持ってくる癖。

            ここ1ヶ月の動向。気分的には春嵐が収まって以来安定して過ごしている。

            家の中の物をあちこちへと移動するが、店(=今は母さんの居室)の物について言うと

            ○母さんの足洗い用の 洗面器を台所の食器のボールの上に重ねて置いた。

            ○洗濯済みのタオルが30枚くらいあるが、その時使用しないのに出してきてあちこちへ

              置いた。

            ○遊び道具のボールとかラケットを台所に持って行った。

            ○その割に食べた後の食器をを台所へ持って行ったことはない。

            ○お茶のはいったペットボトルを洗面台の脇に移動した。

            ○「こども110番」の標識を移動して所在不明に、炊飯器の横にあった。

            ○以前に 母さんの着替えを置いておいたところ、二階へ持って行っていた。

            ○その他 あらゆる物が移動する。

            ※ なんでも 用意して おいてはあるが 定位置に常置することは困難である。

              若年アルツハイマーの場合のこの進行度合いの時期 本人も活溌に動く、

              物も活溌に動く。


    2004.6.7(月) 曇り のち はれ また 曇り

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分駅方面へ散歩。

            8時10分、朝食、その後は諸事済ます。

        −−◎9時25分、デイサービスに出発。今日はヘルパーさん(C)が施設(A)での母さんの

            ことなどについて「勉強したい」とのことで見学に見えた。

            私は20分くらいいて戻ってきた。

            笑顔でトイレやフロアを行き来し、職員さんの肩を突いたりしていた。

            体操も少しだけやった。

            「室内を歩かれるのは 少しもかまいませんので....」とのことだった。

            見学のヘルパー(C)さんとも手をつないでポールの中を歩いたりして、

            落ち着いて過ごした。

            ※デイサービスの効用。

            @外界の刺激を受け、能力維持に役立つ。

            A許容の範囲で“勝手気まま”に過ごさせてもらって、幸福度は高い(笑顔でいるから)。

              (もちろん 少しくらいの不機嫌は、病気の性質上あることだ。一日の内で、

              不機嫌時間の比率が少ない方がのぞましい。)

            B私が母さんの昼食の用意、片付けをしなくて済む。(その分の時間で岩戸公園の

             散歩など行くことが出来る)

        −−◎昼食後、迎えに行き、帰り道に、岩戸公園へまわり散歩してきた。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C:午前中とは別のCさん)、13:30から15.29まで

            家を出たり入ったりの“散歩”を楽しみ、「暑い 暑い」と言いながらも たくさん

            歩いた。停車中の車の中で(エアコンをつけて)遊んでもらった。

            「母さんお肩をたたき〜〜」とうしろから肩をたたいてもらって、母さんも首を左右に

            動かしていっしょに歌い、替え歌を歌ったりして、楽しんだ。

            今日は雨が降ったりやんだりで、100mほど行ったら急に降り出して戻ってきた

            事もあった。

        −−◎FAXの器機を電気屋へ見に行ってきた(見てきただけ)。

        −−◎手洗いについて

            身の回りのこと何でもいやがるのに、手洗いはね自分でも良くやっている。

            洗面台の近くで「手洗おうか」と言うと、逆らわず洗う。

        −−◎体重は健康時45kgだった。1998年病気発見前後1年くらいは42kgに

            なっていた。気分を楽にして過ごすようにし1999年夏には45kgを回復、

            その後徐々に増加し現在53kgほどある。増え過ぎが心配になってきた。

            血圧は120−70ほどで若いころから低い方であるが「低血圧症」ではない。

        −−◎このごろ(ここ1ヶ月くらい)時々 娘に「お母さんどこへ行ったの?」と聞く。

            娘は微笑んで 母さんを指さして「ここにいる」という。母さんは納得しないそぶりで

            「ふふふっ」と笑う。二年くらい前から言っていることである。自分が母親だと

            思っている時が多いが、別に母親がいると思っている時もある。


    2004.6.6(日) 小雨

        −−◎母さん6時ころ起きた。私7時40分起き。

            このところ 薬は(6.3<木>の記事参照)いやがらず指示に従って飲んでいる。

        −−◎8時15分、岩戸公園へ行き傘を差して散歩。前半しゃべらず、外側公道に進み

            戻そうとしても戻らず、そのまま進み西端入り口から公園に入り園内を引き返してきた。

            後半 歩いているねこを見て、「ねこちゃんがいる」と言ってから、しゃべるようになった。

        −−◎9時、朝食。

        −−◎3年ほど前は、よく喫茶店に行っていた。このごろはたまにしか行かない。日曜日

            めずらしく娘も家にいた。娘に「チボリへ行こうか」と言うと母さんが 聞いていてすかさず

            「サンチボリ、サンチボリ」と言った。サンチボリは「チボリ」の正式名称で伝票などには

            そのように書いてある。娘「おーっ、サンチボリと言った。」と喜んでいた。

        −−◎午後3時、苧ヶ瀬の池へ散歩。雨は上がっていた。

        −−◎夕食、準備時に、調理途中に使用したボール、さらなどを流しにおいたところ、母さん

            洗う仕草をして、水をかけていた。(実は洗えていなかったが...)私「ありがと、ありがと」 

            と言って受け取り別枠に重ねて置いた。

        −−◎本日の母さんの気分は 昂揚も沈下もせず落ち着いていた。

         

    2004.6.5(土) 晴れ

        −−◎7時起き。

        −−◎7時40分、田圃方面へ散歩。土曜日で早朝より、田植え準備作業をする人多し。

            田植機で田植えの人もあり。田に水張りがされると、カラス、鳩が近づけず、

            代わって白鷺が来ている。カラス 鳩のように動き回らず、じっと立っていることもある。

            その姿がひょうきんに。見える母さん白鷺の名前ば言えないが、「いるいる おとぼけで」

            と言っていた。

            散歩する人、犬と共に散歩する人あり。母さん時々挨拶をしていた。

        −−◎生協配送日。2年前の(2002年)5月〜6月ころは 母さんが集まってくる人と接する

            場であり、配分商品を私といっしょに取り込んでいた。

            まちがって 人のを取り組むので時々混線があった。

            去年は 品物には あまり関心を示さないようになっていた。

            最近は、ドアを開けると、担当者に挨拶はするが、もっぱら 外へ行ってちょっと歩いてこよう

            と言う志向が強く、人や品物についての関心は弱くなった。

        −−◎「シャンプーしてもらおうか?」と勧めたが「いい(=やらない)」と言ってやらなかった。

        −−◎午前中は、あちこちのそと出の用事に付いていったが、事件はなかった。

        −−◎昼食後、岩戸公園散歩。

        −−◎夕方の散歩は、いつもは4時ころだが、日射しが結構強かったので6時20分ころ

            出かけた。池の周りをあるいているころはまだ夕陽があり、7時40分に帰宅した時に

            まだ少し明るかった。


    2004.6.4(金) 晴れ

        −−◎母さん6時起き、家の中で行ったり来たり。私6時40分起き。

        −−◎7時25分〜7時50分、駅方面へ散歩。小学生、ねこ、いぬ、いろいろな花

            などに興味あり。

        −−◎朝食。

        −−◎9時30分デイサービスに行った。15分ほど一緒にいて私は戻ってきた。

            職員さんが裏庭で朝顔のプランターに水やりをしておられると、母さん興味を示し

            水を汲んで持って行った。何度もしゃべりかけていたとのこと。

            今月誕生の人の誕生日のお祝いで、「Happy Birthday」の歌を手拍子しながら

            みんなといっしょに歌った。体操、手指訓練にも(数を数えながら)参加した。

            ※今日も楽しく過ごしたようだった。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            家の周りを“散歩”。2回目に出た時に、「もう家に帰るわ」 と言ったので、

            ヘルパーさんが「ここ 靖子さんのうちやよ」と言われると、「ちがうよ」と言った。

            室内で ボール投げを10分くらいした。笑顔で声を掛け合いながら楽しく過ごした。

            ※これまでも「家に帰る」とたまに言うことがあった。

        −−◎書類作りに○○医院へ行ってきた。母さんは今日は3回目で落ち着いていて

            先日は相談室から 出よう出ようとしていたが 今回はそれはなく室内の物を見ていた。

        −−◎その後雑貨品スーパーへ買い物に行ったが カートを押して 先へ先へと行こう

             とする傾向は強かった。

             帰りに、岩戸公園で散歩してきた。

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            埼玉県のA・B様 お便り ありがとうございました( 2004/06/3)

    2004.6.3(木) 晴れ

        −−◎7時起き。たいていは母さんが私より 30分ほど早く起き出し階下へ行ったり、

            上がってきたりしている。朝起きた時の気分は良く今朝も顔を見た時ニコッと笑った。

            この前はこんな時間に 鍵を開け“脱出”してしまったのだ。

        −−◎7時40分、駅方面へ散歩。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

            家の近くを何度も“散歩”。暑い日で「少し休憩しましょう」と言われて、

            母さん「いいよいいよ」と言って室内で10分くらい休憩。

            その後駅方面へ“”散歩。途中でひろってきたキンカンでボール投げのようにして

            遊んだ。ポロリと落として、ヘルパーさんが探していた時、

            母さん「ほら そこそこ 靴のところ 見えとるがね」と言った。とのこと。

            楽しく過ごした。

            ※ 目先に見えることは実際に即したことを言っているようだ。

        −−◎昼食後、岩戸公園へ散歩に行ってきた。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            来訪されるとすぐに“散歩”。何回も行った。途中、母さんが「こっちへ行くよ」とか

            「どっちへ行きたい?」 とか道の角、角で言っていた。

            ボールを持って行き神社の境内でボール投げをやってもらい、家に戻ってからも

            5分くらいボール投げ遊びをやってもらった。

            いつもより笑顔がおおく ”お話し”もいっぱいしていた。

            ※私は 時計をかけて30分間 昼寝していた。

        −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

        −−◎現在、飲んでいる薬。

            1998年8月、病気の徴候に気づいた。

            2000年7月以来、ツムラ23(=当帰勺薬散)、女性ホルモン剤月一回=病院で注射。

            2000年8月以来、アリセプト。メバロチン(=コレステロール値を下げる薬)。

                  上記を現在も継続使用中。

                  その他、下痢気味の時は 御嶽山の百草丸、便秘の時は牛乳を

                   いつもより多く飲ませる。風邪のためにPL剤を備えているが風邪薬を飲む

                   ほどの風邪を引いたことがない。

                   夜はよく寝るので 催眠剤、睡眠剤は使用したことはない。夜昼反転した時も

                   使用しなかった。

                   気分を沈めるための薬、沈んだ気分を高揚させるための薬の類は

                   全く使用したことがない。


    2004.6.2(水) 晴れ

        −−◎6時40分起き。

            朝から岩戸公園へ行き散歩。いつもと違う小道を行き来して、合計2.5周ほどの距離。

            (8時に出て〜8時50分に帰宅)

            公園でいま盛んに咲いている バラやツツジその他の草花に母さんはいつものように

            注目し、残った「たいさんぼくの花」、園内のため誰も収穫しない梅の実、毛虫に

            注目している。合間合間にジェット機が飛び、見上げたついでに「城が光っている」

            と報告してくれる。

        −−◎2時、娘が学校から帰宅したので、3時から 3人で M社へ点検作業に行った。

            2人には相手先の木陰に車を停めクーラーをかけて車の中でいろいろ遊んで

            1時間くらい待っていてもらった。M社の事務所は2階にあり、私は外付き階段から

            登っていった。外付き階段は駐車場所からよく見えるところにある。

            童謡テープを聞いたり、ぬいぐるみを動かしたり、しゃべったり、静かに外の景色を

            ながめたり、おとなしく待っていてくれた。

            途中母さんが娘に「おっちゃん、どっかへ行ってまった。」と言った。

            娘、階段を指して「あそこの事務所におるわ」

            母さん「ちょっと見てくるわ」と外へ出ようとしたがドアをカタカタ動かしただけで外へは

            出なかった。

            別のことをしていて、10分くらい経った後、母さんは階段を指して

            「おっちゃん あそこにおるんやけど なかなか降りて来(こ)ーへん」と言った。

            10分間くらいはその話しはしていなかったのに覚えていたようだ。

            5時に帰宅した。

            夕食時母さんが 私に「おっちゃん どっかへ行ってまった。さがしたけどおらへん」

            と言った。またまた本人を目の前において、「おらへん(居ない)」と言っていると思い、

            私「ふーん どっかへ行ってるのやわ」と言った。

            娘が「さっき M社へ行った時のことやわ」と言った。そのように考えると納得できる。

            ※@非常に記憶が弱くなっている状況のもとでは、人から「今どこへ行ってきた?」とか

            「バラの花があったね?」と言われても「わからん」と答えることが多いが、自由な想念の

            流れの中で ふと 出てくる言葉の中にはおぼろげな記憶にもとづいていることがある。

            ※A初期の「日記」では、忘れたことが記事だったが、このごろでは覚えていることが

            記事である。

        −−◎今日は8時ごろ、自分から二階へ行き就寝した。(歯磨きは当然していない。朝4時ごろ

             起き出さねば良いが...)

        −−◎食品スーパーでの買い物。

            98年は、ひとりで買い物が出来た。

            99年は一緒に行って(母さんが支払いをし)買い物が出来た。

            00年と

            01年は品物は一緒に選び、レジ前に私が母さんにお金を渡しそれをレジで渡して

              支払っていた。

            02年と

            03年は品物選びで自分の好きな物を選ぶだけで、後は私におまかせで付いてきた。

            04年このごろカートを押して先へ先へと行ってしまい、私が品物選びをする隙もないほどだ。

               それでも引き戻し、品物選びをしてレジに向かうが、レジの順番待ちが、出来ないし

               計算しているのにそれを待つのも煩わしそうにして先に行こうとするなど、一緒に

               買い物に行くのが困難になってきている。

                    

    2004.6.1(火) 晴れ

        −−◎7時20分起き。

        −−◎7時50分、田圃方面へ散歩。

        −−◎午前中、農協の即売へ生花を買いに行った。母さん 大きな百合を指して

            「これがいい」と言うので その百合とあと数点買ってきた。

        −−◎11時、岩戸公園へ散歩に。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            家の周りを何回も”散歩”。いろいろお話ししながら、

            その中で「おっちゃ〜ん おっちゃ〜ん」と言い、少しして「一番大事な人や」と

            言っていた。とのこと

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            短い散歩コースへ何回も行ってもらった。戻って室内で休憩してる時に、

            「ボール投げやりましょうよ」と言われて、10分くらいボール投げ遊びをした。

            散歩中に 何人かの人が挨拶をしてくれた。母さんは笑顔で軽く頭を下げていた。

            歩いていて時々ヘルパーさんに「おいおい おっちゃん」と言ったり、「すいませんねー」

            と言っていた。

            時間終わり際は 小さい木の実でボール投げをやっていて楽しげな様子だった。

            「右足が痛い」「目が痛い」とか言っていた。

        −−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩。

            目につく物についてはいろいろしゃべった。

            その他には「もうこれ以上できない」「もうおわりや」とか言っていた。

        −−◎コンビニで買い物をしていた時、小さい子がちょろちょろ動いていた。母さん「かわいいね」

            と言い、背中にちょんとさわった。私「さわっていかんて!」と母さんの手を引っ張った。

            その子のお母さんがそばにいたので 私「すみませんねー」と言った。

            「あーいいえ 虫かなんかいたかと思って..」と言っていたが、「すみませんねー」の

            意味を解さない様子だった。私「かわいい子がいると触るくせがあるんです」と言うと

            経過時間といきさつと 雰囲気から状況をわかった様子で、笑顔で「どうもないですよ」

            と言われ、不快感も警戒もなかった模様で、ほっとした。

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            井上先生 お便り ありがとうございました( 2004/05/31)
            

    2004.5.31(月) 曇り (朝から暑し) のち 雨 のち 曇り

            昨晩は たぶん暑かったためだと思うが、深夜に起き出して階下へ行った。1時間くらい、

            そのままにしておき、連れ戻した。おとなしく上がってきてすぐ寝た。

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分岐南町方面へ散歩。

        −−◎9時20分、デイサービスに連れて行こうと車に乗るように言ったが、母さんトコトコ歩き

            出してしまい、そのまま徒歩で行った。(1.2km)

            笑顔ではいっていき、職員の人や近くに座っている人に会釈した。

            今日は私が「一回家に戻って、昼に迎えに来るから」と母さんに言った。前の時みたいに

            「いやや」とは言わず、「うん」と言っていた。それでも行きかけると付いてきた。

            でもう一度席に戻り、職員さんとお話してもらっているあいだに出てきた。

            いつものように ホールを行ったり来たりしていた。スタッフの人に「これ預かってね」と

            人形を渡したり スタッフの人の背中に触ったり、にこやかにすごした。

            表情が固くなることはなかった。時折席に座り、周りをながめている時もあった。

        −−◎12時30分、迎えに行き、帰り道、岩戸公園へ散歩に行った。

            車の中でしゃべる時、外の景色や看板など眼に見える物についてしゃべる。

            もう一つは 過去の出来事について、しゃべろうとしている。この話は経験を共有する

            私でないと聞いてもわからない話である。その私にわかる話もわずかで、多くは

            わからない。ただ本人は「“真空嫌悪の思想”で ただ音を立てている」のではなく、

            何か意味あることを伝えようとしているのだが、伝わらないだけだ。10分間同じ

            まとまりの話しをしていて、出で来る単語の種類や同じ語の頻度によって、“あの事”

            についてしゃべろうとしているのだなと想像が付くことがある。

            3年ほど前「ひとつずつ 覚えていかなあかん」と言っていたが、このごろ 歩く道のルート

            について 母さんが「こちらへ」と言うので、「そうだね よくわかったね」と言うと

            「だんだん わかるようになってきた。」と言っている。

            雨上がりの森はさわやかだった。去年は木いっぱいに咲いていた「たいさんぼく」の花が

            今年は花の数を数えられる程度にしか咲いていなかった。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            笑顔で迎えた。はじめは雨が降っていなかったため、一回だけ遠くまで“散歩”に

            行ってもらった。雨が降り出したので“散歩”には行けなくなり、停車中の車の中で

            お話ししたり、「母さんお肩を叩きましょう〜」とヘルパーさんに後部座席から肩たたき

            をしてもらって楽しんでいた。ぐー、ちょき。ぱーをやったりして楽しく過ごした。

        −−◎4時から ○○医院へ診察に行った。10分ほどの待ち時間は おとなしく待っていた。

             診察室でも歩き回ることはなかった。血圧測定は拒否した。

        −−◎このごろの様子で日記にあまり書かれていないこと。

            @朝起きた時は、一緒に階下へ降りてきて、テレビをかけてやり、その日の気温により

            室温調整をしてやり、私は朝の家事に取りかかる。母さんはテレビを見ていたり、

            台所へ来たり、トイレをのぞいたり(のぞくだけで用足しにはいるのではない)している。

            私のそばに来た時は、私がピース ピースしてVサインを示したり、何回でも「おはよう」と

            言ってあげている。母さんはニコッとほほえんでいる。私がしゃべれば返事をするが、

            自分からはあまりしゃべらない。

            午後から夕方にかけては様子が違う。ヘルパーさんの来ない日は、私が事務所で仕事を

            していると、「おっちゃん おっちゃん」と何十回でも繰り返す。ヘルパーさんの来る日でも

            帰られると 私を呼びに来る。「どっかへ行こ」という訴えである。表情は笑顔である。

            夕方は たいてい 苧ヶ瀬の池へ散歩に行くが、帰ってくるとまた「おっちゃん おっちゃん」

            を繰り返す。

            A食欲は朝より、夕方の方がある。

            Bほとんど常時 ねこのぬいぐるみを持っている。抱っこしたり、手で持っていたり、

             していてしゃべりかけると笑顔を示し、理由無く興奮することはない。

            しかし 何かを言われて(生活必要事項で自分はやることがいやなこと、しかし本人が

            その気にならなければ出来ないことなので私が言う)不機嫌になった時は、ねこの

            ぬいぐるみを抱っこして、家の中をあっちこっちへと歩いている。不機嫌の持続時間は

            5分〜10分程度である。

              

    2004.5.30(日) 晴れ

        −−◎母さんは6時起き、私は7時起き。

        −−◎8時、田圃方面へ散歩。「チョウチョがとんどる」と教えてくれた。

            朝から27℃あり中ほどから「暑い 暑い」と言いながら帰ってきた。

        −−◎11時30分から、岩戸公園へ散歩に行った。

        −−◎2時ころ、食品スーパーへ買い物。暑いので外へはあまり行かなかった。

        −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。いろいろしゃべっていたが。

            「おっちゃんはどうしたの?」と聞いた。私に意味がわからなかった。

            「おっちゃんは ○○について どうしたの?」と言う意味か、

            「おっちゃん(その人自身)はどこへ行ったの?」と言う意味か、

            わからなかった。注=「おっちゃん」とは私のこと。

            何時もないことでは 今日は途中のベンチで「ちょっと休む」と言って腰を下ろしたことだ。

            池の亀数匹が頭だけを出して泳いでいた。

        −−◎今日も落ち着いた気分でいた。

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           岡山大学・医学部の ○○先生 お便り ありがとうございました( 2004/05/30)
        -----------------------------------------------------------------
           K・S 様 お便りありがとうございました。(2004.5.27)
        -----------------------------------------------------------------

    2004.5.29(土) 薄曇り

        −−◎7時起き。

        −−◎8時50分、近くを散歩。

        −−◎生協配送日。

            としこさんがシャンプーをすすめてくれたが「やらない」というのでやらなかった。

        −−◎10時、30分ほど田圃方面へ散歩。田植え準備作業が、すすめられていた。

        −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩のあと、迫間不動へ周り帰宅。

        −−◎夕食前、ボール投げ遊び、5分ほどやった。

            夕食後としこさんのとこへパソコンのインターネットの接続調整に行った。

            母さんも一緒に行ったが、あちこち動いたり、そばに座っていたり。


    2004.5.28(金) 晴れ

        −−◎7時起き。

            田圃方面へ散歩。

        −−◎9時30分デイサービスに連れて行った。私は15分ほどいて戻ってきた。

            施設では、10時頃送迎バスが到着した際、ドアから抜け出して、スタッフの人に

            付き添ってもらい、200mほど“散歩”してきた。戻った後はおだやかだった。

            フロアでの行き来はあったが、スタッフに声をかけたり、つついたりはいつもの通り、

            体操の時間にも、声を出して“指折り”のところなどやっていた。とのこと。

            迎えに行き昼食を一緒に食べ戻ってきた。

            (※不測の外出の際、良く心得ておられると思った。数mで中へ戻そうと無理をすると

            よけいな混乱が起こるだろうが、ちょっとだけ歩かせてもらったことで穏やかに

             収まった。)

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            家の周りを何回も“散歩”に付き合ってもらった。元気だった。

            「きのう○○ちゃんの誕生日やったんやねー」といわれて

            「あにゃまんネーウキウキやったよ」とうれしそうに話していた。

            いろいろお話しして、「さくら〜さくら〜」の歌も出ていた。

            ※歌の出る時は気分がゆったりしている時。

        −−◎2時、書類作りのためいっしょに○○医院へ行った。だいたい おとなしく待っていてくれた。

        −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

            鯉、かめ、飛行機、ツツジの花、水鳥など眼に見える物について私に“報告”するほか

            「ぐちゃぐちゃにつぶされてしまった。こわかった。」と言っていた。

            「もうおわりやよ」とも言っていた。

            

    2004.5.27(木) 晴れ

        −−◎朝6時30分ころ、私の寝ている間に、外へ出て 行方不明になった。

            警察に届けなどして現在探し中。(昼12時55分)

            名古屋市中村警察署に“万引きか?”と某店から突き出され、連絡がありわかった。

            迎えに行き無事帰宅した。(午後5時20分)

            帰宅後の気分は落ち着いていた。

            歩いては行けない距離(電車で30分、車で1時間、約30Km)。電車賃も持たないのに、

            どんな方法で行ったのか?疑問!

            ※そこに行った経過はよくわかりませんが、スーパー形式の某カメラ店のポップに飾って

            あったかわいい ウサギさん(販売商品ではない)に話しかけ抱っこして店外へ出ようと

            したらしい。

            3人の警備員に取り囲まれ、たぶん「なにをするの!」叫び、かわいいポップを持っている

            ゆえに3人の警備員に取り押さえられ、瞬時の自己防衛の感が働き、相手をぼかぼか

            殴って脱出しようとした。女の力そんなに強くはない。母さんの背中に「名札」の付いて

            いる意味をちょっと観察すればわかりそうなものを....。

            店長は「今後こういう事の無いように」ということで了解した。

            警備のほう(警備会社は店舗とは別の会社)は「治療費をくれ」と言うので、

            発見のきっかけになったことに感謝の意味で寸志を払ってきた。

            ※@どこか遠くへ行ってしまった場合。

            本人が地理不明になっていることと、お金を持っていないことで、自力で帰宅できる

            可能性は薄い。ちょっと動きが変とはいえ、普通の格好をして昼中 街中を歩いている

            限り誰に咎められることもなく、警察に連絡されることもない。(捜索願を出している

            とはいえ、行動想定の範囲を超えてその外に行ってしまっていた。)

            迎えに行った時お茶と食べ物を持って行ったが“お腹すいた”ようすも“のど乾いた”様子も

            あまり見せていなかった。しかし夜になれば食べ物や寝る場所に困ることになるだろうし

            様々な危険性に巻き込まれるおそれがある。

            結果的に見て 生命のの危機にさらされている状況で(野宿、軒下宿、空腹、事件の被害者

            となったり) 発見、または通報されるより、生命健康にとっては、安全な状況で

            見つかったことは、良かったが、複雑な気持ちである。

            ※A痴呆症などは国の方針として、施設中心ではなく、家庭介護を主流としてすすめる事に

            なっている。介護保険制度にもそれが現れている。で家庭介護であれば、しっかり見ていても

            外へひとりで外出してしまう事は皆無とは言えない。私のところでも、数回行方不明になった

            事がある。その場合発見保護には様々な人の協力が必要である。

            関係の深い機関として警察、会社としては店そのもの、警備会社がそれにあたる。

            警備会社等には、その取り扱いに十分注意するよう、行政指導が望まれる。

        ------------------------------------------------------------------
            みなさまから お心遣いのメールをいただきありがとうございました。

    2004.5.26(水) 晴れ

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分、田圃方面へ散歩。

            8時20分、母さん朝食。私、雑用処理

        −−◎本日は 私の病院診察日、9時30分にヘルパーさんに来てもらって、母さんも病院へ

            付いていった。9時50分病院着。母さんは一旦院内へはいったがすぐ外へ出て“散歩”

            開始。この病院は山際にあり周囲の空気も景色もきれい。

            前回私の診察の時にも“散歩”に行った少し離れたところにある小学校を通り越して

            先に進んだ。ころあいを見て折り返し病院の方へ戻ってきて近くの公園で休憩をした。

            公園には小学生が野外学習に来ていて、母さんは子どもに声をかけたり、様子を

            ながめたりしながら過ごした。はじめは口数が少なかったがしだいにいろいろお話しする

            ようになった。散歩中はいつもと違う景色を楽しみながら歩いた。

        −−◎自宅へ戻るとすぐに 母さんの診察に“すこやか診療所”へ行った。私の診察と重なった

            ため予定外の時間になってしまった。“すこやか診療所”は今回は前回と違って、

            配慮行き届き、時間的にすぐ数分待たずして診察に呼ばれた。必要な状況は先生に

            お話しし、診察は終わった。

            ただ 私の母さんへの対応が 無理していたため 母さんが興奮して、外へ行ってしまい

            私の指示を聞かない様子になってしまった。

            ○まず行ってすぐ 待合いのイスにかけるように行ったが、一旦座ったがすぐ立ち外へ

            行こうとした。1分か2分ほど外に出て戻り 椅子にかけさせた。10秒ほどでまた外へ

            行こうとした。

            ○待っていなければ後回しにされるので、腕を押さえて止まらせた。

            「手が痛い」と言っていたが、そのまま押さえていた。すぐ診察室から呼ばれた。

            ○手を押さえられていたことで、気持ちが高ぶっており、機嫌が悪くなっていて、

            診察室へ入ろうとしなかったので、実力行使で引っ張っていった。

            診察室でも腕をガシッとつかんで室外へ出ないようにして、状況を私が話した。

            診察は終わった。

            ○終了後の事務での予約の件、支払いの件、(数分もかからないのに)

            が終わらないうに、先ほどの興奮の続きで外へ出よう出ようとしていた。

            午前最後で、他の患者さんは3人〜4人だったので、外に出て玄関まで行き

            「お金を払わないといかんので」と引き戻し予約の話しをし、

            ○もう一度今度は駐車場まで行き、再度無理矢理引っ張って、支払いを済ませて

             出てきた。

            次は院外薬局へ処方箋をおいてこなければならない。(隣接ですぐ近くなので意識が正常

            ならば何の問題も発生しないところだが)薬局の方へ歩をむけようとしない。

            じゃー車に乗って10分くらい廻ってきてから出そうと思い 車のそばまで行ったが 今度は

            車に乗ろうとせずトコトコと国道の方(約200m先)へ向かって歩き出した。

            ○100mほど来て抵抗するのを押さえて歩を返させて薬局まで引っ張ってきて 処方箋を

            出して「あとから来るから」と言い、車まで戻った。処方箋は母さんがもみくちゃにしてしまった

            ものを引き延ばして出した。車で助手席へ母さんを押し込むようにして乗せたが、私が

            運転席側へ廻っている間にドアを開け片足を出していた。

            ○「降りてはいかん」と怒鳴り

            運転席側から体を過かめて母さんの左足を救い込み、ドアを閉めて動き出した。

            動いている車からは降りようとはしない。自宅まで30分かかるが5分くらいしたら

            少し落ち着いてきた。家へ戻り、昼食を食べ冷房のはいっている中で1時間ほどいたら、

            いつもの状態に戻った。

            ※今日の教訓

            人間は社会的動物である。母さんは 社会的行動の重要なものも 軽微なものも

            失ってしまった。 しかし人として 存在するには社会的行動をとらなければならない。

            社会的行動といってもその義務感些細なことである。些細ではあるがそれが出来ない。

            で私がそれを代行して事を進める。

            その場合、1分待ちか2分待ち程度のことなら、座るイスの対他人間隔が狭い

            とか感触が悪いと言う程度のことなら 母さんを強制的にでも従わせることを選ぶ。(それが

            現存する社会のレベルなのだから)。社会的存在でありながら社会的行動が取れなく

            なったことに原因がある。もちろん ゆとりを持って母さんを誘導するなら、混線を

            防ぐこと母出来る。現状はかかる「ゆとり」は容認されていない。(=呼んだ時その場に

            いなければ後廻し)。30分くらいで落ち着きを取り戻したから大事に至ったわけではない

        −−◎午後、薬局へ薬をもらいに行き、苧ヶ瀬の池へ散歩にも行ってきた。気分は落ち着いていた。

        −−◎娘が「なんか おなかすいたなー」と独り言を言ったら、そばにいた母さんが、冷蔵庫を開け

            指さし「ここにあるがね」と言った。言葉が通じていること。食品が冷蔵庫にあることを

            知っていること。

            普段、母さんはお菓子箱のおやつは”何時食べても良いよ”と言うことになっていて時々

            食べている。冷蔵庫の食品をつまみ食いをしたことはないのに、わかっていたと言うこと

            がわかった。

            

    2004.5.25(火) 晴れ

        −−◎7時30分起き。昨晩歯磨きはしなかった。

             家の周辺を散歩してから朝食。

             9時、昭和コンピュータKKの社長来訪。母さん覚えていて笑顔で挨拶。

             シフォンケーキをもらってニコニコ。

        −−◎田圃方面へ散歩。

        −−◎10時30分、ケアマネージャー氏来訪。母さん笑顔で対応。壁に貼った

            手書きのマンガ絵に「誰が描いたの?」と聞かれて「あにゃまんが描いたの」

             と力説していた。 6月の計画等について40分くらい話して行かれた。

           −−◎11時岩戸公園へ散歩。昨日と同じ涼風で心地よし。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            さわやかないい天気で家の周辺を何度も“散歩”にいろいろお話ししながら

            行った。水を張った田に 「見て、波が出とるみたい」と言っていた。

            「暑い 暑い」と言っていたが気分は 良いようす。

            時々「目が痛い」と言っていた。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            来訪時笑顔で目線が合った。何回も“散歩”に、

            踏切で遮断機の音がしだしたら 母さん自分からコースを変更した。(数ヶ月前は

            なかったことで、「行動の学習」をした と言うことでアルツハイマー病でも状況

            によってはその機能が保持されることを意味している)。

            時間中程でボール投げ遊びを楽しみながらいつもより長い時間やっていた。

            また“散歩”に行き「暑かった 疲れた」と言い帰ってきて ヘルパーさんに

            「まあ 座りゃー」と椅子をすすめていた。機嫌良く過ごした。

        −−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩。ふと「どうでもいいけど」と言っていた。

        −−◎今年になってからの動向。(=結果的にこうなっていたということ)

            ○積極的に“散歩”をさせる。「積極的に徘徊させる」では不可。管理された徘徊では

              形容矛盾である。“散歩”にはヘルパーさんの協力も大きい。

            ○外の人たちと、交流するようにする。@来訪したヘルパーさんとの交流。

              Aデイサービスで、職員さん ご利用の方々との交流。B散歩途中で近所の人との挨拶

              C親戚の人ももちろん。

            ○食品スーパーなどで 欲しい物を手に取ったら(異質の物でない限り、かつ妥当な

              値段の物なら)買う。ボール遊び 平均台遊び ぬいくるみ遊び ドライブなど

              を「あれしよう」と言ったら 私の都合に合わせてではあるが、やってあげる。

              自分の言った要求が実現するならば、次の発言への意欲となる。

              遊び等は、心への刺激となり機能の保持に役立つ。

            ○だいたいは本人の興味と意向に添ってすすめ、勝手気ままに過ごすが 自分で出来る

              ことは興味と関心に即してやらせる。時としてはいやなこともやらせる。(着替え、

              風呂など)。いやな人にも会わせる。反意が極限に達しない程度ならば、

              刺激として微量に必要である。

            ○ 本人が しゃべっていることは良く聞いてやる。「意味不明の話し」はそのまま聞いて

              いる。意味のわかる話で、間違っている時は適宜訂正や補足をしてあげる。

              うまく言ってやれば 自分も言い直したり、「あっ そうか」と言ったりする。


    2004.5.24(月) 晴れ

        −−◎昨晩歯磨きはした。薬はこのところ順調に飲んでいる。

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分田圃方面へ散歩。

        −−◎ケアマネージャー氏からTelあり。

        l −−◎9時30分、デイサービスへ連れて行き、15分ほどしてて、私は帰ってきた。

            「こっちに来やー」とか「ここに座りゃー」とか職員さんに声をかけていた。

            他の利用者の方にも 肩をたたいて呼びかけ 話しをしていた。機嫌良く歩いて過ごした。

            ただ食事中にも 職員さんに声をかけたり、呼びに行ったりして 今日は食事に集中

            出来ないもようだった。とのこと。

            迎えに行った時のようすでは 今日も「居心地」が良かったようだ。

        −−◎迎えのあと もう昼食は済ませているので つづきに岩戸公園へ散歩に連れて行き、

            一周してきた。今日は街中は暑かったが、公園内は森の中で 木陰と涼風があり

            快適だった。。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            来訪時、ニコニコ迎えた。(今日は大丈夫だと思った。)

            母さん すぐに 周辺へ“散歩”に出ていった。近所の人に声をかけられた話し、

            トンボがいたこと、名鉄タクシーの 乗り場まで行ったことるなどヘルパーさんが

            話してくれた。戻ってから15分くらいボール投げ遊びをやってもらった。

            それからまたあとは、“散歩”に行った。何回も出たりはいったり、一回は30分ほど

            の所まで行った。

            今日は母さんの気分は良かった。

        −−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

        −−◎歯磨きについて

            1年くらいやっていなかった歯磨きを12月に復活させた。その週によっても違うが

            週に1回か2回は拒否してやらない。3回やらない時もある。でもやらないより少しでも

            やった方が良い。1年前一週間ぐらいやらなかったので放置しそのままになっていた。

            再開しても3回くらいやらなかった。再開4日目にちょっとだけ磨いた。順次周何回も

            磨くようになった。素地が残っていたのだろう。でも働きかけをしなければ やらないまま

            過ぎ去ったことと思う。

            能力の低下は直線的に低下していくのではなく、山あり 谷あり の経過をたどるようだ


    2004.5.23(日) 曇り 小雨 曇り

        −−◎7時起き。

        −−◎7時30分、田圃方面へ散歩。

        −−◎娘は「レポート」と「感想文」に取り組んでいた。途中 本屋へ行くというので母さんも

            一緒に乗せていってもらった。

        −−◎3時、苧ヶ瀬の池へ散歩。

        −−◎娘が自分でシャンプーをし鏡の前で乾かしていた。今日は母さんがそばに来て

            ハンドドライヤーを持ち、娘の髪を整えながら乾かしていた。仕上がりに乱れはなかった。

            ここ2年くらい前から、母さんは娘の洗髪を出来なくなっていた。

            娘は「記念すべき最後のドライヤーかも知れないね」と“快挙”に喜んでいた。

        −−◎母さん ふと「だんだん 無くなっていってしまう」と言っていた。

            別の時には「おっちゃん ありがとう」と言っていた。

        −−◎一日を通じてみれば 時折 続けて「おいおい おっちゃん」とか

            「おっちゃん こっちへおいで」と 呼んでいることはあるが

            気分的には落ち着いていた。

                 

    2004.5.22(土) 曇り

        −−◎7時起き、

        −−◎昨晩は 母さんのおなかの調子が悪いようだったが、百草丸を飲ませておき、

            今朝はなおっていたようだった。

        −−◎駅方面へ朝の散歩。

        −−◎生協の配送日。

            生協で母さんの“おもちゃ”に 犬お手玉(12個セット)を買った。開くと「かわいい」

            と言い、気に入ったようだった。

            大きさの理解

            母さんが その犬お手玉を両手で全部持った。娘が両手を広げて受け取ろうとした。

            そのまま渡そうとしたが 一瞬とどまり、イスの上に置いた。娘の手には納まりきらない

            と判断したようだった。病気進行のこのレベルで受け面の大小の判断が出来るようだ。

        −−◎午後、岩戸公園へ散歩。

        −−◎娘は友達と映画を見に行った。

        −−◎娘が帰ってきて、 “池への散歩”に行く前に、母さん軟便で ちょっと臭かったので

            娘と図って、下体部だけ 瞬時に脱がせ履かせてあげた。「どうするの?」とか叫んでいたが

            既に無くなっていた。新しい(洗濯したの意)パンツ、スボン下、スボンに足を通してあげて

            「ハハハハッ」などと笑いながら、履いていた。(このごろ足を通してやるところまで私が

            やってあげないと履けなくなった。)今日は 全く機嫌を悪くしなかったと言う意味で

            「うまく行った。」

        B −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩。

        −−◎夕食後はゆったりとテレビを見て、椅子に掛けていた。画面に母さんにとっておもしろい

            場面があると「ハハッ」と笑ったり、「かわいい」と言ったりしていた。


    2004.5.21(金) 晴れ

        −−◎7時10分起き。

        −−◎浜松医療センターへ診察に行った。

            不測の事態に備えて娘も学校を休み付いていった。

            医事係のK氏、担当のS先生など親切であった。

            受付の人から「待ち時間は どれくらいになるかわかりませんよ」と言われていたが

            15分くらい待っていたら呼ばれて私の容認の範囲だった。

            先生の次の質問に母さんは答えられなかった。

            「住んでいるところはどこですか、どこから来ましたか?」

            「御家族は何人ですか」    「.....」

            「お子さんは何人ですか」   「わからへん」

            「あなたのきょうだいは何人いますか」「としこさん...」

            「生年月日はいつですか」   「.....」

            「今何歳ですか」         「......」

            状況について私が補足説明をした。現状は

            からだとして不自由なところは何もないが 行動の意志が働かず あるいは拒否の意志

            が働き、日常生活に必要なことは何も出来ない。生き甲斐として散歩、ドライブ、

            テレビ、ぬいぐるみ遊び、ボール遊び、かわいい物を見ること 与えられたものを

            刹那的に楽しみ 自ら 意欲はあるかも知れないが 「ああしよう こうしよう」などの

            計画(=目標、段取り)としては適正に表現されていない。

            と説明した。

            診察の最中に 落ち着きが無く、対話中にも席を立って窓際へ行ったり来たり、

            ねこのぬいぐるみをかかえて先生とのお話中にも、私に返答の手助けを求め、

            場ちがいに笑い出す姿は 同感を持って見れば容認できるが 50歳半ばまで普通に

            生きてきた母さんの姿としては 冷静に見れば 明らかに病気である。

            、     4時に帰宅した。

        −−◎4時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩。

        −−◎今日の母さんの気分は、穏やかだった。駅で興味津々であちこち動き回っていたが

            不機嫌であちこち動くのとは表情が違っていた。キオスクで“亀まんじゅう”を買ってきた。

        −−◎夕方7時、おなかが軟便であったので 早め8時に寝させた。

            アルツハイマー病では、その日のことを確かめられないので こんな時困る。

            列車に乗り他の町へ行ったことでの緊張、急に暑くなったので水分の飲み過ぎ、

            腐りかけを食べた、など推測されるが特定できない。

            それと早めに寝させると 深夜に起きて行動するかも知れない。


    2004.5.20(木) 曇り 小雨

        −−◎7時40分起き。

        −−◎田圃方面へ散歩。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から12:59まで、

            朝食のつづきを見ていてもらった。停車中の車の中で いろいろおしゃべり 

            ぬいぐるみ遊びなど。室内では ボール遊びをしてもらった。時間終わりがけ 無口

            になり 店(=今は母さんの居室)と台所を行ったり来たりしていた。

            雨の中散歩にも2回行った。通行中の酒屋の車に お酒の品名“鬼ころし”と書いて

            あった。 母さんが「ころし」に気づいて「あんな車はあかんよ、つぶされてまう」と言い

            少し不安げな 顔をしていた。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            はじめ40分くらい 雨の中を傘をさしてもらって散歩に何回も行った。

            散歩中 母さんがヘルパーさんに「傘を貸して」と言い、ヘルパーさんが「濡ちゃうよ」

            と言われると「もっとこっちへ来やぁー」と言いヘルパーさんに傘をさしてあげたとのこと

            そのあと 用があって私が市役所へ、母さんも付いていきヘルパーさんに付き添って

            もらった。つづきに岩戸公園へ行き一周散歩してきた。車の中では 顔をつつき合ったり

            楽しくお話ししていた。

             −−◎母さんは 安定していた。二人のヘルパーさんと過ごした時間もだいたい機嫌は良かった。

         

    2004.5.19(水) 曇り のち 小雨 降ったり やんだり
            (16日深夜から17日午前に掛けて、この日記でメンテナンス作業のため 
             最新4月22日現在までしか表示されないことがありました。ご迷惑をおかけしました。)

        −−◎昨晩 風呂に入れた。

            説得して服を脱がせようとしてもなかなか脱がない。

            説得は有効性がないと判断し、説得せず「さあ はいろうか」と言い娘と2人で脱衣

            させた。ものの5分とかからず。

            説得しようと思わなければ、威嚇をしなくても良い。服のボタンはずしだけは私が両腕を

            動かないようにつかんでいて娘がはずしてやった。抵抗はあったが

            動作は出来るだけ穏やかに 淡々と脱衣させ、浴室へ誘導した。

            短時間に脱衣させれば、抵抗の気分も高まっていない。(頭脳の怒りの内分泌物質

            が継続分泌されないうちに処理すること)

            浴室では すぐに浴槽にはいり、自分で洗っていた。たっぷりお湯に浸かって

            20分いればはいらないより良いだろう。今日も20分どころか45分間ずーっと

            浴槽にはいっていた。20分経過後「さあ 出ようか」と言ったが首を横に振って「まだ」

            と言うので、そのままにしておき、時折のぞいて、40分経過したので、「こっちへおいでよ」

            とかいろいろ促して、5分後にやっと出た。

            気分は出るころになってようやくなおったが、機嫌が悪かった。娘がのぞいて

            おもしろい動作などしたが 首を横に振り「だめだめ」と言っていた。

            去年同時期、無理矢理入れても はいるとすぐ機嫌がなおっていたが、前回と今回

            浴槽にはいっても不機嫌がなおらず長続きしているようだ。

            出てきて、しばらくして 就寝のころになると笑顔を取り戻していた。

            (本日の分の日記↓)
        −−◎6時40分起き。

        −−◎8時30分田圃方面へ散歩。田をおこし水が張ってあるところへ、白鷺が来ていた。

        −−◎農協の即売で花を買ってきて部屋に飾った。

            岩戸公園へ散歩にも行った。水無川に今日は流れがあった。「きれいな水が流れとる」

            と言っていた。

        −−◎今日は、「介護関係の計画(予定)」のない日で のんびりしていた。私が家事関連作業

            をしてる時、母さんは あちらへ こちらへと付いてきたが、別にジャマになることはなかった。

            午後、母さんはNHKのこども番組(自分で録画したもの)を見ていて、私は1時間くらい

            昼寝した。ボール遊びを15分くらいやった。

        −−◎夕方、食品スーパーに買い物に行った時、私 出来るだけ母さんにもわかる品名を

            引き合いに出し「バナナ買ってこようか?」というと、母さん「わからん なんにもわからへん」

            と言った。別の時間には「壊れてしまった。」とも言っていた。

        −−◎「おいおい おっちゃん」にも いろいろトーンがある。

            何かお相手をしてくれ と言っている時は 遠慮しがちでか細い声で言う。

            靴下を履かせたり、靴を履かせてあげている時や、私が洗濯を干している時は

            「おいおい おっちゃん」の声が 大きく笑い声である。

            だふん−−そんなことを おっちゃんにやってもらってすまないねー私がやることなのに−−。

            と言うことである。あるいは−−おっちゃん 冗談でそれをやっているんでしょ−−

            と言う意味かも知れない。

           

    2004.5.18(火) 曇り

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時40分10分程度周辺を散歩。

        −−◎今日は私が気分が乗らず、のんびりしていた。

            朝食後、岩戸公園へ散歩に連れて行った。その後病院へ電話連絡等をした。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            家の周辺を何回も“散歩”に出て付いていってもらった。散歩中にサンダルが壊れ

            片方の靴をヘルパーさんに貸してもらって履いたが「こんなもんチンバやがね」と言い

            笑っていた。(※そのとき ヘルパーさんは片足どうしていたのかな?「すみません」)

            電柱に「フランセ」の看板がある。休業後も 母さんの記憶保持のためにと思い、そのまま

            契約を継続している。契約しているので時々交換してくれる。母さんがその前を歩いていて

            ヘルパーさんに「これ新品やよ」と言った。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            来訪時、笑顔で顔が合った。何回も“散歩”に行った。途中 ちいさい子がいて「お母さん」

            と何度の呼んでいるのを見て 母さん「大丈夫やよ」と声をかけていた。

            私の仕事の納品に行ってもらった。車の中ではヘルパーさんお話ししたり、看板や車の会社名

            などを読んだりしていた。

            帰宅したら また“散歩”に行った。

        −−◎夕方の散歩は行かなかった。母さんのサンダルが壊れたので買いに行ってきた。

        −−◎母さんの今日の気分=笑顔があったし落ち着いていた。


    2004.5.17(月) 雨 のち 晴れ のち 雨

        −−◎6時40分起き。雨で散歩は行かず。昨晩は歯磨きした。

            母さん 家の中であちこち行ったり来たり、「おいおい おっちゃん」と言ったりして

            うろうろウロウロ。

        −−◎ゴミ出しの日。

        −−◎9時30分、デイサービスに行った。私は20分ほどいて母さんに「あとで来るから」と言って

            一旦戻ってきた。

            −−−ホールの中を行ったり来たりしていた。

            軽いけがで包帯をしておられる職員さんに「大丈夫?」と聞いたり、髪の乱れを

            直してあげて(いるつもり)「いい?」「ごめんね」と小声で話していた。

            イスを持って移動し職員さんの隣に座りなにかごそごそ。(なにか手伝っているつもり?)

            よく話し笑顔ですごした。−−−

            昼食後迎えに行った。機嫌良かった。

        −−◎帰りはそのまま岩戸公園まで行き雨が上がっていたため散歩してきた。

            いろいろしゃべるが 直接見える物 聞こえる音、鳴き声については現実に存在する事物に

            対応している。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            来訪時、笑顔で顔が合った。

            今日は母さんの障害者続きに関連して診断その他で医院に行くのに同行してもらった。

            今日は母さんに直接聞かれることはなかったが 母さんも同席し30分くらい おとなしく

            待っていた。ヘルパーさんと室内の花や絵について話し、模型庭園の砂をほじくり返したり

            していた。そのうち退屈したらしく、外へ行った。私は更に30分くらい説明やら、相談やら

            していて 今日の分は終わり、外へ出ると 母さんたちが歩いて来るのが見えた。

            医院の周辺の通りを二回廻ってきてもらったと言うことだった。

            帰宅してまだ時間があったのでボール投げ遊びを10分くらいやってもらった。

            喜んでやっていたので ボール投げ遊びは機能低下はなく 今後も続けられそうだ

            と思った。

        −−◎4時から市役所へ書類をもらいに行き、続きに苧ヶ瀬の池へ散歩に行き帰宅した。

            

    2004.5.16(日) 雨

        −−◎7時40分起き。

        −−◎9時、岩戸公園へ行き 小糠雨の中傘をさして散歩。水無川に流れ有り。

            朝食。

        −−◎雑貨スーパーへ買い物。自転車の「ムシ」を取り替え空気漏れを修理。

            数時間して漏れていないのでOKか。

        −−◎母さんの気分特段の動揺なし。

        −−◎夕方 本巣のばっちゃ家に行った。おやつを食べて、飲み物飲んで、野菜などもらって

            帰ってきたのは、いつもの通りだった。ばっちゃが 岐阜の方へ(街中へ出て行く)行こう

            と思ったけど 雨が降るし行かなんだ」...「ひとりやと誰もしゃべる人がおらんし

            退屈でしょうがないがや..」とみんなに話していた。母さん「それはしかたないよ」と言った。

            結構状況に適合した対応だった。


    2004.5.15(土) 晴れ

        −−◎7時40分起き、昨晩歯磨きしなかった。

        −−◎8時30分、母さんと娘も一緒に岩戸公園へ散歩に行き、バトミントンを15分くらいやって

            きた。上手に打ち返すことは出来るが、室内ばかりでやっていたせいか、自分が動こうと

            しないので 立っている位置より離れたところにボールか来ると落とすことが多かった。

            娘が だいたい母さんの位置にボールがいくよう調整していたので、結構長い時間落とさ

            ないで連続することがあった。 

        −−◎9時30分、生協配送日。

        −−◎娘は テスト勉強だ とか言って何かやっていた。

        −−◎金華山へ行った。

        −−◎3時30分、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

        −−◎夕食後は 娘が本を見ている際(きわ)に行き、つついたりして 母さんに”配給分”

            のフルーツの一部を娘にあげ、娘ががんばって、うれしそうな表情をすると、母さんも

            たいそう喜んでいた。

            娘は「あー 今日も“世界平和”に貢献したぞ」とほほえみて私に言う。

            娘が幼いころにもこんな場面が何度もあった。母さんの今の“お話し”の中に何回もこの場面が

            出てくる。フルーツではなく何かしてあげたことだったり、教えてあげたことだったりする。

            母さんが 落ち着いた気分の時に たまに「母さんが うまい具合にやってあげるで」

            と言ったりする。

        −−◎最近の母さんの暇な時、一日の何時(いつ)と言うことはないが、母さんにやることが無くなると

            「おいおい」「おっちゃん」と私を呼び続ける、くまなく相手をしているわけにはいかないので、

            生返事をしながら放っておくこともある。でも30分に一回、状況によっては10分経過くらい

            には少し相手をしてやる。それで少しは間持ちする。

            それと、炊事 洗濯 掃除など、営業用の仕事ではない仕事をしている時は、母さんは

            私の周りで動いていて、退屈はしていないようだ。いろいろしゃべってくる。もちろん

            お相手してしゃべっていても その種の仕事は支障なく出来る。

            

    2004.5.14(金) 晴れ

        −−◎7時30分起き。昨晩歯磨きせず。10時就寝

        −−◎7時45分、朝の散歩(〜8時20分)

        −−◎たいしたことではないが...

            またブラウスのボタンがはずれていたので、「ボタンがはずれてる、かけようか」と言うと

            「うふふ」と笑っていた。「かけてあげようか」と手をかけると「自分でやるでええわ」と言う。

            「じゃー かけやー」と3回促したがかけなかった。これ以上言うと機嫌を悪くするので

            そのままにしておいた。数秒もかからない、何の苦痛もない、ことを、自分でやりもせず

            人にもやらせない。

        −−◎9時30分、デイサービスへ連れて行った。今日は本人に「家へ帰って もう一度来るから」

            と言うと「うんうん」と返事をしていた。私が席を離れても付いてこなかった。

            そのあとは、あちこち出歩くことなく、レクリェーションを見ていた。

            貝で作るキーホルダーを「いっしょに作りましょう」と声をかけてもらい一緒に作ってもらった。

            その時、紐の部分につけるビーズに興味を示し「きれいネー」と言っていた。母さんが順に

            選んでいったビーズをつけながらキーホルダーを一個作ってもらった。今日は外を見に行く

            ことがほとんど無かった。

            迎えに行き食事のあと「さあ もう帰ろうか」と言ったら 首を横に振り「まだ帰らない」と言った。

            でもすく帰ってきたが この返事はねこの雰囲気になれてきていることを示している。

            ※本人の意識のある間は その日その日を楽しく生きる(どうしても必要なことで生じる

             不機嫌はやむを得ない)事を当面の目当てにしているが、だいたいその方向に

             かなっているようだ。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            室内でいろいろお話した。家の周りを2回散歩に出ていろいろお話しした。途中踏切で

            止まった時も話しで気を紛らせて 突破しようとすることはなかった。

            気分良く 安定した気持ちですごした。

        −−◎ボール投げ遊びを10分くらいやった。

        −−◎午後、今日は久ぶりに木曽川河川敷の公園へ散歩に行った。だいぶん日射しも強く

            なってきているが、木陰もあり、涼しい川風も吹いていて、快適だった。

            川の流れや、木々の変化する風景、散歩する人の移り変わりで、母さんの話題に

            事欠かなかった。公園とは別区画のところに犬がつながれていた。(公園内は犬は散歩禁止)

            母さん「あんなところに犬が居る」と言っていた(歩行=4.4Km)

        −−◎本日の歩行=約6.6Km。

        −−◎不思議現象。

            @拭いた形跡がある。

            昨日朝 娘が「拭いた形跡がある」とあとを見て言っていた。

            今日は昼1時ころ、母さんがトイレにはいり

            流していないのですぐわかるが、紙が流れ口の方にあった。

            もう一年近く拭いていなかったのに、ここ数日どうも拭いているらしい。

            A1時間前のことを覚えている。

             あまり通ったことのない通りに「才勝通り」と言うところがあり道路脇に表示がしてある

            「往き」に母さん「カツ通りがある」と読んでいた。私も調子を合わせて(才勝通りと

            わかっていたが)「カツ通りやなー」と言った。

            「帰り」に(才勝通りの表示は100mほど離れてもう一カ所有り、そのもう一つの表示前を)

            降りかかった時、母さん「カツ通りや さっき見たことある」と言った。

            B夜暗くなってから、娘が車を運転し 母さんはその横に 私は後部座席にいた。物を

            見るために私が「ちょっとつけても良いか?」と言うと母さんそれに反応し「ランプか?」

            と言った。


    2004.5.13(木) 雨

        −−◎7時30分起き、雨で朝の散歩は無し。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

            雨で外に出られず、停車中の車の中で、お話ししたり、ぬいぐるみ遊びなど。

            「蛍の光」や「さくら さくら」の歌も出た。ボール投げ遊びを10分くらい。

            よく笑い、たくさん話し、気分良くすごした。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            雨で外へ出られず、台所へ行ったり来たり、ボール投げをしてもらった。

            あと40分のところで、岩戸公園と金華山へ行った。ヘルパーさんとも

            結構しゃべっていた。

            ※今日は雨で外に行けないような状況はあったので母さんの気分が“乗ってこない”

            ところがあったが、来訪時の母さんの笑顔の対応とか、ボール遊び、車の中でのようす

            など始めから終わりまで見て 私の直感的感想を言えば、

            “展望は 大丈夫いけます”と言うところだ。

        −−◎4時 散歩はやめて車で用足しに出かけた。

            今日の母さんの気分のテンションは普通だった。

        −−◎隣へA氏が引っ越してくることになって、昨日から補修工事中である。


    2004.5.12(水) 晴れ

            昨晩 簡単に歯磨きをやった。歯磨きは 1回、2回提起してやる時はやる、拒否した時は

            やめにするようにした。

        −−◎6時40分起き。

        −−◎7時33分、駅方面へ散歩。途中、墓碑の家名とか、学習塾の看板、その他の看板、

            たまに通過する車に書いてある社名とかを読んでいた。

        −−◎県立病院へは8時35分に着いた。待合いの廊下が広いせいか、今日は落ち着いて

            待っていた。時々キューピーさんを出しやり、気を紛らせていた。

            承知の上で 9時まで待っていたが母さんは一度も席を立たなかった。

            診察では 4月中頃まで春嵐で気分が動揺したが、その後は安定している事を伝えた。

            注射は もともといた看護婦さんがいて、中待ちの椅子でやってくれたので混乱はなかった。
                --------------------------------------------
            4月には看護婦の移動があり 4月の注射をしてくれた人は この科としては新入り

            (古株の人だったが)のようで 「処置室まで来て下さい」と言われた。

            連れて行くのからして混乱した。

            それで私の今日の心構えとしてその人だったら、中待ちの椅子で「ここでやって下さい」と言う。

            もし断られ「処置室まで来て下さい」と言われれば、注射に至る混乱と母さんの興奮を

            避けるため、注射を断って帰るつもりであった。でもそうではなかったので良かった。

            勤務移動は一度に全員交代というのではなく一人か、二人が交代するらしい。
               ----------------------------------------------
        −−◎そのあと、気分転換で喫茶チボリへ連れて行ってやった。帰るまで席を立たず

            周囲を観察したり、おしゃべりしたりしていた。気分が良かったのか 小声で「さくら〜さくら〜」

            を歌い始めた。まわりが騒がしいので 目立ちはしなかった。

            家にいる時、「さくら〜」を何十回と無く歌うので、娘がたまに「うるさい」と言うことがある。

            今日喫茶店で三回目くらい歌った時、「あにゃまんが またゴチャゴチャいうわ」と笑って

            言っていた。聞いていないふりをして、「うるさい」と言われたのを覚えていたらしい。

        −−◎そのあとは、岩戸公園へ行き二周散歩して来て、ついでに金華山をドライブしてきた。

            私「みどりのトンネルやなー」というと 母さん「この きみどりがきれいなんやて」と言っていた。

            右に左に曲がる道路の角度によって時々散乱するように見える木漏れ日が鮮やかだった。

            無関係だが私が中学の時英語の「フレィキシブル」の単語をこのような情景描写と共に覚えた

            記憶がある。

            11時に帰宅した。

        −−◎昼食を間に前後、諸用を処理し、郵便局等へ外出、母さんもっしょに行ったが

            特に問題は無かった。(勝手に外へ行ってしまうとか、「帰ろ 帰ろ」と言うとか)

        −−◎3時から、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。通りで 娘と同じくらいの年齢の子や、

            同じような様態の子を見かけると、「あっ あにゃまんが歩いとる」と言う。

            私「ここでは 歩いていないから よその子だよ」と言う。


    2004.5.11(火) 晴れ

        −−◎6時40分起き、

        −−◎7時33分、岐南町方面へ散歩。

        −−◎10時、私の得意先 R社へ点検作業に母さんも連れて行った。相手先での作業時間は

           40分ほどだった。 母さんは今日はおとなしく待っていてくれるかなー と心配だったが

           もし「帰る 帰る」と言いだしたら、続きはもう一度来れば良いと思いいっしょに行った。

           相手先の人にも笑顔で会釈し 私の脇に立ち窓の外の景色などを見ながら待っていてくれた。

            なにも実害のあることではないが、立っていた真下の床に何かの原因でガムテープか

           または ポスター用紙の切れ端のような物が貼りついていた。(床保全用に貼った物でもない)

           母さん「何か付いている」と言って 一生懸命めくりはじめた。

           私が相手先の人に「すみませんねー」と言うと、R社の人は「いいえいいえどうもないですよ」

           と言っていた。ここの会社の「おやじさん」には以前に母さんの病気のことを話し、

           「なにかと 不都合をかけるかも知れませんが...」と事情を了解の上 保守契約を継続して

           もらっている。

            無事作業を終了し、11時40分に帰宅した。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

            家の周りを何度も“散歩”。「**−99」の車のナンバーを見て「あと1や」と言った。

            あと ひとつで100になると言ったようだった。

            下校する小学生を見て「チビちゃん かわいい」と言い、「おはよう」と声をかけたり

            「お母さんといっしょに帰ろうか」と声をかけていた。とのこと。

            気分良くすごした。

        −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            何回も出はいりし、2時間ほとんど“散歩”に出ていた。「暑い 暑い」とか「足が痛い」

            と言っていたが、足取りは軽かった。今日は出るたびに吉野神社へ廻っていた。

            ジェット機 ヘリコプター カラスなど空を飛ぶ物について いろいろしゃべっていた。

            一回だけ遮断機が降りて 留められたが 機嫌を悪くすることはなかった。とのこと。

            ※今日は私が、期限のある仕事をしていて 母さんが事務所をのぞいても 返事をするだけ

            のような状況だったが、ひどく機嫌が悪くなることもなかった。台所へ行ったりしていたが

            すぐに店(=今は母さんの居室)に戻っていたようだった。ヘルパーさんといろいろ

            おしゃべりし、笑顔で事務所をのぞいたりして、だいたいは機嫌が良かった。

        −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。

        −−◎10時に寝させるつもりで、それより前に“歯磨き”を促した。ブラシを渡すとゆすいで

            物の上に置き磨かなかった。「さっ 歯磨こうか」と言ったがなかなか磨かなかった。

            そのまま店(=今は母さんの居室)へ去ったため、私も事務所へ戻った。ややすると

            「おいおい」と言うので、もう一度ブラシを渡して磨くように言った。でもブラシをゆすいでいて

            磨かなかった。4回繰り返したが磨かなかったため10時30分ころに、もう寝させようとして

            1回へ連れて行った。布団のそばまで行ったが、無言で階下へ降りていった。

            私が「歯磨きくらいせにゃいかん」と言い出しそうになるのを押さえているのが私の顔に

            現れていたようだ。5分くらいして、もう一度二階へ連れて行ったが また降りていってしまった。

            ここでも「もう はよ 寝な あかん」と怒鳴る気持ちいっぱいだった。そんな気持ちで

            「さあ もう寝ようか」と“やさしい”言葉で言っても 見え見え だったのだろう。返事も

            しなかった。11時何も言葉をかけず ゆっくり二階へ連れて行き、動作で寝ることを

            促して、床に付かさせた。床に付くとすぐ寝た。

            何でも「いいよいいよ」で済ませて良いものか?と言う気持ちもあるし

            結果的に何もしなかったのに1時間寝るのが遅くなってしまったがこれでいいのか?と言う

            気持ちもある。

            提起したことが完了しないと 私にストレスが残るということ。

            その緊張が母さんに影響するということ。

            などがある。


    2004.5.10(月) 雨

        −−◎6時40分起き。

        −−◎雨のため、朝の散歩は無し。

        −−◎9時30分からデイサービスに行った。

            今日は20分ほどいて 私は帰った。その後は...

            トイレとフロアの間をいつものように行ったり来たり、職員の肩や鼻をつついたり

            手を取って「こっち来て」と言ったり、他の通所者の人の肩をポンとしたり...

            玄関へ行く回数も2〜3回で少なくなり笑顔ですごした。

            職員さんの服に、ボンドが付いてしまった時、「大丈夫?」と ティッシュできれいに拭いていた

            とのこと。

            ※勝手気ままに動いていて、ご機嫌だったようだ。「勝手気まま」もまだ許容の範囲のようで

            良かったが そのうち動きが「活溌」になりすぎるかも知れない。そう言う時になってから、

            考えるより仕方ないだろう。

        −−◎母さんがデイサービスに行っている間に“外出”の用事をすませてきた。

          −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

            来訪時、車で出かけていて戻ってきたところだった。自転車の脇に立っておられる

            ヘルパーさんを見て、車の中から、にこっと笑って「知ってる 知ってる」と言っていた。

            この動きはヘルパーさんの側からは見えなかったかも知れない。私は「今日は大丈夫だ」

            と思った。

            はじめのうち雨で“散歩”に行けず、車のまわりをぐるりと廻って来たり、中に乗り込んで

            すぐ降りてきたりしていた。一度、傘をさしてもらって ちょっとだけ外を廻って来た。

            台所へ行ったり、事務所をのぞいたりしていた。

            私が行って、ボール投げ遊びを5分ほどやり、先日求めてきたスポンジボールで

            バトミントン遊びをやり始めた。ヘルパーさんにラケットを渡し続きをやってもらった。

            バトミントン遊びは5ヶ月くらいやっていなかったので出来るかな と思ったが少しやって

            もらっているうちにだんだん調子が出てきた。気分も和んできて、雨も小降りになり2人で

            “散歩”に行ってもらった。残り30分のところで、車のドアを開けたり閉めたりしてどこかへ

            行きたいそぶり、いっぱいだった。岩戸公園へ行き霧けむる森の中を散歩してきた。

            ※2時間あれば その間に浮き沈みの表情はあるが 今日の来訪時の表情、バトミントン遊び

            の時、散歩時などの表情からして、基本的には 馴染んできていると評価できる。

        −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩のつもりで行ったが、雨が強くなり、池や対岸の景色を少しの間

            見ていて帰ってきた。

        −−◎今日の気分も落ち着いていた。歯磨きをして、9:45に寝た。


    2004.5.9(日) 曇り 時々 小雨

        −−◎7時起き。

             母さんは6時ころから起きていた。

        −−◎8時、岩戸公園へ散歩。朝は近所の田圃方面へいつもは行っているのだが

            小雨で水たまりがあったり、他の人とのすれ違いに気を遣うので、岩戸公園へ行った。

            園内の遊歩道は、水たまりはないし、自転車も来ない。ゆっくり廻ってきた。

        −−◎久しぶりに喫茶「チボリ」へ3人で行った。

            母さんは ゆで卵は食べたが、パンは3分の1ほどしか食べなかった。サラダとかは食べた。

            こんな事も別に不思議ではないので気に留めずいた。

            帰宅してわかったことは 今朝、早く起きてウロウロしている時に、お菓子箱の

            栗せんべい10枚くらいと、ドーナツ1個、全部食べてしまっていた。(昨晩はあったから)

            おなかの調子が悪いわけではなかった。

            おやつは自分でも食べられるように おやつ箱に いつもおいてある。

        −−◎4時本巣郡の「ばっちゃ」の家へ。

            母さん 父親の写真の前へ行き「お父さん お父さん」と10回くらい呼びかけていた。

            そして「お父さん ありがとう」と3回言い、台所の部屋へ戻ってきた。

            卓上にある菓子 マフイーやら駄菓子を 私にも食べろと言い