日記Ynas0306
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
※ 読者のみなさんの参考のために
母さん(田口靖子)は 本日(2003.7.1)現在58歳8ヶ月。
アルツハイマー 発病後4年11ヶ月
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2003.6.30(月) 晴れ 雲多し
−−◎6時50分起床。
−−◎母さん “行方不明” 偶然 出勤途中のヘルパーさんに発見されて無事帰宅。
朝 ゴミ出し、洗濯、朝食準備とかしている間に、
「おっちゃん おっちゃん ちょっとおいでよ」としきりに 言う。
「うん どこかへ 行くのは ご飯食べてからだよ。すく出来るからちょっと待っておって」
といって作業を続けていた。気が付くと母さんがいなくなっていた。出たのは7:00ころ。
いつも15分〜20分すれば戻ってきているので「そのうち戻ってくるだろう」と思って
作業を続けていたが7:30になっても戻ってこなかった。
としこさんとこへ 電話を掛けてから いつもの散歩コース自転車で探しに行った。
ぐるっと一回りして戻ってきたが 見あたらず 家にも帰っていなかった。
西側の別のコースへ行ってきたがいなかった。
そんなに遠くへ行けるはずがない と もう一度細かく見て廻ろうと、少し行ったら、
携帯電話が鳴った。
相手は いつもきてもらっているヘルパーさんのひとり Tさんだった。連絡事項かと思い
聞いていると、「靖子さんが 東栄町通りを歩いて見えるのを 見かけたので
これから のせて連れて行きます」。連絡があったのは 8:20。
私「あっ そうでしたが すみません お願いします」と言い、簡潔に 今朝の状況を言い
電話を切った。
きわめて低い確率の偶然である。人口30数万の都市である。一日は24時間ある。
この時間に この人と この場所で出会う確率はきわめて低い。
ヘルパーさんのことを ちゃんと覚えていて「私わかる?」と聞くと「うん」と言い 車に
乗ったそうだ。「足が痛い」とも言っていたそうだ。
8:40 母さん 連れてきてもらって 何気ない顔でにこにこ笑って はいってきた。
ヘルパーさんの Tさんに丁重に お礼を言った。
いつもの家の周辺の散歩コースは 片道1Km ほどで 往復2Km前後にして
いるのだが、今日母さんが 行っていたところは 片道2Kmの所だった。
娘の 批判は 厳しい。「散歩奨励が 歩く自信強めている。だから ずーと前から
一人では出て行けないように 別の鍵を付けろ と言っていたのに.....、
出たすぐは 気分が良くても 一人では心配になって 不安状況になると信号を
守らないで 動くし 車にひかれて死んでしまうよ」と
−−◎11時15分 市役所へ行き 介護保険の更新申請書を提出してきた。
−−◎帰りに 岩戸公園へ行き散歩してきた。
−−◎一旦家へ戻り、買い物に出かけ、再度戻ってきた時が12時30分。
母さん、車を降りて 家にはいらず、そのまま田圃方面へとっとと歩いていってしまった。
昼食が....と思いつつ 追っかけていき そのままついて行った。母さん「暑い暑い」
と言いながら先に進む。朝の散歩コースの道をどんどん進む。
こういう時に方向を変えて 戻そうとしてもなかなか戻らないのでそのまま進んだ。
戻ったのが1:20。
−−◎ヘルパーさん来訪日。1時30分から 3時29分まで、
昼食を食べていなかったので バトミントンをしたり 散歩に行ってもらっている間に作り
食べるのを 見ていてもらった。
その後も散発的に“散歩”に何回か行った。足洗い 靴下交換をした。
−−◎10時ころ 干すべき洗濯物を3時30分以後に干した。
外出志向強く、4時から 苧ヶ瀬の池に連れて行き一周してきた。
本日の歩行総計 推計7Km
−−◎本日は湿気が強く、気候は快適ではなかったが、母さんの気分は 沈み込むとか
不機嫌になる と言うことはなかった。
−−◎娘は午後から大学の友達N子と大阪へ「吉本」を見に行ってきた。
2003.6.29(日) 晴れ
−−◎8時から 田圃方面へ散歩に行った。陽は差していたが、風があり 涼しく
「暑い暑い」と言わなかった。
−−◎朝食を済ませ片付けなどしていると 母さん 一人で出ていって 5分くらいで戻ってきた。
今もところ 100mから200mの範囲にとどまっているが 外出気分が活発化してきて
これ以上一人で遠くへ行くようになると 帰り道がわからなくなって、迷子になりは
しないかと心配である。
−−◎岩戸公園へ散歩に行った。こころみに 公園外遊歩道へ足を踏み出してみた。
登り坂道で50mほど進むと「疲れた 疲れた」と言うので引き返してきた。
公園の長椅子で かけて休憩していた。日差しはあったが 木陰で涼風があり、
母さん あたりの鳥の動きや、雨上がりの緑に見とれて、長い間 掛けたままだった。
−−◎午後は川島町の公園へ行った。いくつかの芝生広場で構成され、全体の広さは
苧ヶ瀬の池よりも広い。外周が 遊歩道・サイクリングロードとして利用できるように
なっているので一周してみた。風があったので 救いだったが、木陰が無く
夏場の日中の散歩には不向きである。
一角に 児童用遊具があり その一角だけ 親子連れでにぎわっていた。
階層式トランポリン とも言うべき 遊具に人気が集まっていた。
母さんは 幼稚園児から小学生の動きを おもしろそうに観察していた。
私「母さんも行って登ってみる?」
母さん「大人はだめやわ」
−−◎時間があったので 河川敷公園へも足を伸ばした。3回休憩し途中で折り返した。
本日の歩行総計9.3Km 。
どの場所の公園も良く晴れ上がり、風景がはっきり美しく見えた。
涼風があり、休憩していても爽快だった。
−−◎我が家を基地にして 車で10分から遠いところで30分の範囲の所であるが 次々と
「歩き」に行き、母さんの気分は うきうきして楽しそうだった。
5時に自宅に戻ると、小休止して また出ていくような雰囲気だったので、
我が家の周辺300mの範囲の所を一回りしてきてシャッターを下ろしたら
もう出ていかなかった。母さんには テレビを見させておいて夕食準備。
母さんは ゆっくり夕食を食べて テレビを見ていたが 疲れたのか8時ころ
自分から 二階へ行き 床に入り寝ていた。(いつもは なかなか寝ようとしない時は
11時ころまで起きており、早いときでも 遅いときでも 「さあ 寝ようか」と促して
連れて行くのが 普通の対応になっている)
2003.6.28(土) 曇り 雨
−−◎ふたりとも8時起床。私が起き横を見ると母さんも寝ていた。私が起き出すと
母さんも物音で起きた。夜起きした気配はない。
−−◎生協配送日。
−−◎母さん 生協を受け取って整理した後、10時ころより 朝食。
−−◎今日は まだどこにも散歩に連れて行っていない。しきりに 入り口を出たりはいったり
していた。
12:30から 河川敷公園へ連れて行ってやった。雨が降り出しそうな天気だったが
散歩中は降らなかった。途中 休憩して5.6Km 歩いた。
車に戻って 車の中で風景を見物しながら 持って行ったおやつと飲み物を食した。
自宅着3:00。
−−◎雨模様になってきて 母さんは 外に出たくても 出られなくて 外を覗いていた。
私は雑用と夕食準備。本日は買い物無し。
−−◎本日の歩行総計6.5Km
−−◎「お風呂作戦日」、だいそれた事、おお事も 慣れてしまえば普通のこと
脱衣促し開始から−入浴−着衣、までの所要時間1時間15分、いつもの 大騒動
があって入浴させた。おやつの時間は 母さんもゆったりとしていた。
夏場になってくれば 少なくとも 1日置くらいには 入らせなければならないが
抵抗するので思いやられる。
−−◎就寝11時の見込み。
2003.6.27(金) 晴れ
−−◎6時30分起床。母さんは5時ころ起きていたようだが 二階で窓を開けたり、
洗濯物を さわったりしていた。がそのうち私の顔を チョンチョンつついて
起こした。
−−◎7:30田圃方面へ散歩。一昨日あたりから、散歩のとき お出かけセット(財布
ハンカチ 化粧用品 その他 がはいっている)をもって出ている。
ここ半年くらい やっていなかったことだ。8:10帰宅。2.2Km
−−◎朝食。今日はすぐ食べ始めた。NHKの幼児番組やら小学生番組を好んで見る。
それを見ながら食べていた。
−−◎岩戸公園へ散歩。母さんが「わーっ きれい」と言う。水無川には 今日も
水が流れていた。とてもきれいな水が 流れていた。
リスは 前日いた木の周辺に 同じように 5・6匹が 上へ 下へ 左へ 右へと
忙しく動き回っていた。中で一匹だけが 位置を移動しないで尻尾を動かしていた。
聞くと 鳴き声に合わせて尻尾が揺れていたのだ。鳴き声は 似た音でいうと
カラスの鳴き声を低音したような音、犬がほえるのに疲れて低音で声が小さく
なったような 音だった。私は小学生時代は山育ちでリスは見たことがあるが
鳴き声を聞いたのは 今回が初めてだった。長生きすると珍しい物を見る。1Km
−−◎続いて 苧ヶ瀬の池に行き 一周散歩。2.7Km
−−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、
タオルをたたんでもらって、掃除機をかけてもらった。周辺(100m以内)を散歩。
後はテレビで「すくすく子育て」を見て お話ししていた。
画面の 赤ちゃんの動きや 幼児の動きに関心があるようだ。以前にはヘルパーさんを
相手に「あんまり怒ってはいかんのやよ」とか“教育論”を話していたがこのごろは
幼児が何かを探る きょとんとした顔を「おとぼけ」顔だと言って喜んでみている。
時々居眠りの様子だった。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
ヘルパーさん交代で目が覚めたところで、外へ出ようとする動き、出たり入ったり数回。
動いていない車に 暑いのに 乗り込んでみたり。
でころあいを見計らって 3人で 散歩に出た。路地裏を通って 陣屋公園へ行き
椅子にかけて 休憩した。目に付く 子供たちに関心があるようだった。
自宅へ帰ってから 目を閉じたり 開いたり うとうとしていた。
−−◎今日の歩行総計約7Km。
−−◎帰られた後も しばらく うとうと した後 スーパーへ買い物。
−−◎
2003.6.26(木) 曇り
−−◎7時35分〜8時10分まで、田圃方面へ散歩。今日もモスバーガーへはいろうと
引っ張った。以前に一度はいったことがあるが、ホットドックのような物を
注文し出してもらったが、食べなかった。だから今日も はいって行かなかった。2.2Km
−−◎今日はくすりを飲みしぶっていた。
8時30分から、朝食開始。食べ始めたが 先へなかなか進まず9時30分
になってもまだ食べていた。もう少し後の時間から(10時ころ)から
食べ始めると、15分くらいで食べてしまうのに。
−−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、
はしめ少し お話ししていて、一緒にディサービスへ 徒歩で遊びに行った。
10:30から11:30まで 一時間くらいいた。お茶をだしてもらい 母さんが
口癖のように「暑い暑い」と言うものだから 冷房も“強”に強めてもらったりした。
7月のカレンダーの たなばたの ぬり絵を描いた。鼻歌を歌いながら描いていた。
時折ひびく 通所者のゲームの歓声や笑い声に注目していた。
一年半前(2001年12月ころ)とくらべると お絵かきの スピードも集中力も
下がってきているが それでも40分くらいの時間に ようやく 塗った。
名前を書いてもらい 通所者の絵が展示してある ボードに貼ってもらった。
落ち着いた気分で、また徒歩で 3人で 自宅まで帰ってきた。
今日のところは “目標”達したと思う。2.4Km
----------------------------------------
※何のために 今日の 行動をさせたかというと 次のような経過からである。
昨年夏、ある(イ)施設へ行きかけたが、はじめ私がついて行き、四回目に、私は
預けて帰ってきたところ、その日何回も自宅へ向けて 脱出し 施錠をしたところ
男性職員を殴りつけて、脱出を試みたという。
市内の世間一般のレベルでは 「押さえつけてでも 預かってほしい」と言う
ことらしいが 私は 自営で自宅にいるから 「そこまでしてもらわなくてもいい」と
言うことで、 双方合意の上で契約を解除した。
更にその後ある(ロ)施設では 見学日、通所日と二回行ったが三回目は行か
なかった。帰った日の夕刻から10日間ほど「待っていたけど 迎えに来て
くれなかった。」とか「もう行かない」と言い続けていた。私はそこへは行かさない
方がよいと判断した。「ほぼ 同じような人で 今では落ち着いて通って見える人
もいますよ」との意見もあったが、この状況で慣れると言うことを判断した時
私に 一日8時間預かってもらわなければならない事情がある場合は
預かってもらう必要がある。ここでも男性職員にくってかかったり、「もう行かない」
と繰り返し言うほどの、不快感があったと言うことであろう。そう言う状態になれる
と言うことは あきらめと 物言わぬ人間を作り出すことである。(病気の悪化に期待)
どの程度で「あきらめさせるか」の平均は 日本社会全体の全介護者(有資格者、
無資格者を問わず)の介護意識レベルによって決定する。
で レベルは 男性職員にくってかかったり、「もう行かない」 と繰り返し言うほどの
レベルであったのかと判断し事実上行かなくなった。
今度の施設(ハ)でも 1日目に30分止まらず歩いて帰ってきてしまった。(もちろん
付き添ってきてくれたが)
場所と人に慣れることについては 意見が一致した。
「場所と人に慣れることが重要だ」については 昨年夏・秋の日記に記載されている。
施設(ハ)の方で 方法を考えてもらって、
施設(ハ)のヘルパーさん(毎回特別のことがなければ同じ人)に一部訪問介護を
してもらい、まずひと(ヘルパーさん)に慣れる。
次に その人と一緒に施設(ハ)に行きお茶など飲み、何かやれればすこしやって
適時帰ってくる事とし、状況を見て 遊び時間も伸ばして行き、状況を見て
デイサービス、に切り替えていく、との方針を決めた。
通所出来るようになるには どくらいの回数を重ねなければならないか 予測できないが
施設(ハ)の人も「気長にやってみてください」と言われたし 私としても 今の母さんの
状況では いきなり寝たきりになる気配もないので、「気長に 母さんが自分の意志も
通所OKで 通所出来るようになるようやってやりたい」と思っているので この方法を
気長に続けて 通所出来るようにすることは 願っていることである。
-----------------------------------------------------------
−−◎帰ってから 昼食をささっと食べて午後は河川敷公園へ行った。
「暑い暑い」とは言ったが 「疲れた 帰ろう」とは言わなかった。曇っていて 風が
少しあり、体を害する暑さではなかった。
今日は 田圃方面2.2Km。施設(ハ)へ 2.4Km。河川敷公園5.6Km
歩行 総計10.2Km。
「6月の生活目標」は母さんが 思っているだけ(思う存分)歩く。と言うことだったが
日に3Km から 10Km歩いた。雨のため3日休んだ。その日以外の雨の日は
傘をさして歩いた。それでもまだ 歩こうとする行動を示している。
この3月くらいまでは 外出で どこへ行き 何をするか と言う 目的または願望を
持っていた。それがない時でも いいわけ的に「どこどこへ行く」と言っていたが、
4月以降は それを言わなくなった。それでも行こうとする。
外出または散歩の効用は
会話がはずむ。(架空の話もするが 多くは見聞きする物について話す。
見えるもの聞こえる物については事実に近い)
近所の人に挨拶する(社会性の保持)
ストレス解消(喜んで歩いている)
体力と 運動神経の働きの保持
道順、風景の記憶の保持
歩くのが 楽しい行動の一つのようなので、残された人生を楽しく生きる。との
内容を充実させたものとも言える。
2003.6.25(水) 雨→ 小雨→曇り→薄曇り→晴れ
−−◎6時30分起床。
−−◎8時前後雨のため 近くへの散歩は行かず。
−−◎午前中 雨が上がったので 岩戸公園へ散歩に。境目を流れる水無川は
数日来の雨で 堂々とした谷川(?)として流れていた。いつもとは光景の違う
谷川の畔を立ち止まったり 歩いたりしながら、見ていた。
珍しく リスも見た。少なくとも5匹はいて、木に登り降りてきて、何かを食べて
いる様子だった。母さんとふたりで かなり長い間立って見ていた。
人に見られているのにリスはそこから 逃げていく様子はなかった。
ひとしきり見た後引き上げてきた。
−−◎10時母さんの朝食。
−−◎その後食品の買い物。12時過ぎ晴れてきたので洗濯干し。
−−◎晴れるとともに 母さん しきりに「暑い 暑い」と言った。
−−◎午後久しぶりに 本巣のばっちゃのとこへ行った。
「暑い 暑い」とはいって行き、ばっちゃの 食べかけの(今食べている)
カップのアイスクリームを横取りして食べた。(病気で見境が付かなく
なっているわけではない)取る方は ニヤリと笑い 取られる方も
喜んでいたから。
母さん 卓上にあった 駄菓子の袋を開けて 私の方に向け「食べろ」
と言う。実家へ私を連れて行った時の 感性 扱い手順は 母さんの頭の中で
保全されている。
−−◎昨日 今日と歩いていなかったので 苧ヶ瀬の池へ行き一周してきた。
本日の歩行総計は3.7Km
いつ崩れるか わからないが このところ 母さんの気分は快調な日が続いている。
快調の内容
1,一日を通じて食欲がある。
2,声をかけると 反応する。
3,おもしろいことがあると 良く笑う
4,特別 いやなことでない限り 私の誘導に従う
5,鼻歌など歌う。
6,夜起きしない。
7,理由不明の あるいは 言いがかりを付けて興奮するようなことはない。
(風呂の時 暴れるのは 風呂がいや との理由あってのこと)
8,散歩中 人に会うと 挨拶する。
快調でない時は 散発的に 上の1〜8とは逆のことが現れる。
-----------------------------------------------------------------
東京都の K・M 様 お便りありがとうございました。(2003.6.20)
-----------------------------------------------------------------
2003.6.24(火) 雨
−−◎昨晩 母さんは9時30分に寝た。途中起き出すこともなく
今朝は5時30分ころ 起きて、廊下に干してあった洗濯物をはずしたりかけたり
折りたたんだりしていた。 私は7時に起きた。
−−◎傘の忘れ物。
20日ほど前に 娘が 帰宅途中に 「たぶんバスの中に傘を忘れてきた」という。
数日後 時間外に 駅前バス営業所へ行き届けていた。
二回目行くことになった。「今日は 二講時からだ」というが、二講からの時いつも乗る
バスで行き 途中下車し駅前で用件を済ますと学校に間に合わない。
早いバスで行くと 営業所が開いていない。 で 車で送っていくことになった。
三人で9:09に出かけ、「忘れ物」の用件を済ませ 娘を学校に届け、
二人が家へ戻ったのは10:15だった。
−−◎母さん 10時20分、朝食。母さんの機嫌は 悪くもなく はしゃぎもせず平常トーン。
−−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、
雨で外に出られずテレビを見ながらお話。
車の中で ねこのぬいぐるみで遊ぶ。ときどき 鼻歌など歌っていたようだ。
気分は良し。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
少しおしゃべりしてから 洗髪 顔剃り 顔拭き 手拭きをしてもらった。
バトミントンと テレビを見ながらお話。「育児の本」の赤ちゃんの写真を見ていた。
“散歩”に出ようと 外を覗くが 雨のため 自分から元へ戻ったりしていた。
時々 笑い声も聞こえてきた。
−−◎本日は 苧ヶ瀬の池 ドライブのみ トイレに降りた程度で散歩は無し。
本日の 歩行総計 0Km。
−−◎だいたいは気分は良かったようだ。
2003.6.23(月) 曇り
−−◎母さんは 4時半くらいからおきて ごそごそやっていた。昨晩8時30分に
就寝していたので、そのまま放っておいた。私は7時まで寝た。
−−◎7時40分から 田圃方面へ散歩 8時10分まで。薄曇りで暑くなく快適。
−−◎10時、母さん朝食。
−−◎11時、健康保険料を銀行へ払いに行った。自動振替支払いにすればいいのに
なぜ一回一回支払いに行くかというと、出来るだけ母さんを外へ連れ出す機会を作り
行く先の「風景」に接せさせるためである。
−−◎それに続けて、岩戸公園へ一周散歩に行った。今日は中程まで歩いて
長椅子にかけた。上方にはお城が見える。母さんが「もう帰ろうか」と言う
まで 景色を見たり 鳥や 虫や 野良猫やら見ていた。20分ぐらい座っていた。
フランコを見つけて「ちょうどいいくらいやねー」と言う。
私「そうや ちょうどいいくらいやねー」 と言い ふたりでブランコの方へ行き少し
乗っていた。母さんの会話は 直接見える物については「あそこ すすめが3匹いる、
チョンチョン 食べてる、かわいい」とか ほとんど間違うことはない。
みえないもの 思い出し話しの内で このホームページの「つぶやき」に載っている
話は 定番通りの話をする。思い出し話しの内でそれ以外の物は
過去にあった事実と結びついているが、二つの場所が結びつき 離れている「時」
が結合し 聞き手が 内容をイメージ化することが困難な話が多い。
でも本人は それが おもしろい話であったり、時によって 憤慨した話であったり、
しんみり悲しい話であったりしているようだ。おもしろい話のときは、一緒に笑い
深刻な話の時は「そりゃー 大変だったねー」というと 安心している。
−−◎ヘルパーさん来訪日。1時30分から 3時29分まで、
昼食が遅くなったので 食べるのを 見ていてもらった。
バトミントンをしたりテレビを見たり、残りのおかずをつまんで食べていた。
ヘルパーさんとふたりで 散歩に行った。
−−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行ったが 雨で 車の中から風景を見て帰ってきた。
2003.6.22(日) 曇り
−−◎母さん今朝は 途中トイレに起きたがすぐに寝て 8時まで しっかり寝ていた。
−−◎8:30から 田圃方面へ散歩。9:10まで。
一旦 外へ出るとそれが きっかけとなって 外出志向がしきりに働き、
入り口で出たり はいったりすることしきり。
ひとりで 歩いてくること数回(戻りの時間から推測して30mから200mの範囲)
−−◎雑用を済ませてから 岩戸公園へ連れて行き一周散歩をしてきて戻る。
−−◎2時から4時までテレビをかけて 母さんはマラソン中継、お笑い番組などを
見て楽しんでいる間に 私は椅子にかけて昼寝した。
ちょっと 小雨が ぱらついたため "ひとりでお出かけ"はせず、
時折「おっちゃん おっちゃん」と言うが、昼寝にさしたる支障なし。
−−◎4時から 木曽川河川敷を散歩。途中で折り返し3.8Kmほど。帰宅は6時30分
本日の歩行総計は約7Km。
−−◎「こわい こわい」と言っていた。
−−◎8時30分 就寝。
2003.6.21(土) 晴れ
−−◎昨晩のお風呂作戦は、状況により中止。取りかかる前から中止で別段の
トラブルも無し。次回は今晩の予定
−−◎本日は 母さんは6時から起きていた。私は7時半起床。
−−◎8:49から9:30 まで田圃方面へ散歩。どうせ食べはしないのにモスバーガーへ
はいろうとする行動を取る。
−−◎本日生協配送日。
−−◎12:00から13:30まで 苧ヶ瀬の池へ行き散歩。本日の歩行総計4.9Km。
−−◎その後は娘の運転で市内あちこちを用件があって廻った。
−−◎11時から「お風呂作戦」
「今日は風呂にはいるから」と告げてトイレや風呂前、台所とうろうろしているのを
待って様子を見ていた。「さあ 服を脱いでね」と言ったがいっこうに脱ぐ兆し無し。
「風呂は最低でも週2回くらい、夏になったら毎日はいるもので この間みたいに
あんなに抵抗しないで さっさとはいろうよ。気持ちも良くなるし 血行も良くなって
健康にもいいし」と説得的に、かつ優しくいろいろ言ったが、脱衣の方向に動く気配なし。
やむを得ず娘と二人で抵抗が予測されるので一人が手を取り、一人がブラウスの
ボタンを上からはずしていった。
母さん「何をするの。どうしてこんな事になるの」。
私「別に 普通に風呂に入ろうとしているだけで 特に特別のことではないの、
ここには おっちゃん と あにゃまんといるだけだから 母さんが気持ちよく
すごせるようにと思ってやっているの。せかめる(いじめる)ためにやっている
のではないから 言うこと聞いて服を脱いで。」と言った。
娘をこづいたり、私を押しのけようとしたりした。
母さん 力を込めて暴れ、「何をするのよ!」大声で言った。
すかさず 私も応酬した。私の声は大きくすると大きい。学校の講堂でマイクなしで
最後列でもきちんと聞こえる実績がある。私は興奮すると理屈っぽくなる。
「風呂にはいるのよ だから服を脱がないといかんの」...「だいたい風呂
なんてものは きちんとはいるものよ、あえてはいらないというなら 意志にもとずく
風呂に入らない権利として保障する」...「でも今日は はいらなければいけない」
...「風呂に入るというこで なんでこんなに 自分から脱ごうとせず、脱がせよう
とすると 抵抗するのか わけがわからん」...
...「母さんが風呂に入ろうとしない 意志を示し 実際にも風呂に入らない
行動をすることによって 私が “基本的人権の問題”などと揶揄される。
恥をかかせるな。風呂にはいるために 服を脱ぐことに 無意味に時間を
かけないでさっさとやってくれ」...(意味をほとんど理解していないだろう)
「脱がなければ 切断する」と 先の丸くなったはさみを取ってきた。
過去に一回はパンストを、もう一回はお風呂の時下着を切断したことがある。
はさみは手の届かぬ所に置き、母さんの手を取っている間に 娘がズボンを脱がせた。
ズボン下 パンツと続けて娘が脱がせた。そのあと ブラウスと上体下着は
脱がしにかかると 自分でも脱ぐ方向に腕を動かしてすぐ脱げた。
今日は 心の準備10分 強制執行5分で脱がせた。合計15分。
いつもはこの時間が 40分から 最大1時間20分かかっていた。
はさみは持ってきたが 切断しなくて済んだ。
脱いだ後も 浴室へ入ろうとしなかったので、無理に押し込んだ。洗っている時も
今日は 手で阻んだり、「出る 出る」と言って抵抗した。入り口の方に私が立ち
出させなかった。洗うのは娘が洗ってあげた。
と通り洗った後 湯船には「さあはいろうか」と促すと 自分からすぐにはいり
タオルで体をこすっていた。
出た後は下着のみを着て(このときの時間が11時35分)、二階へ行ったり下へ来たり
うろうろしていて ようやく取ってあげた衣服を身につけのが11時55分だった。
「おやつを食べようか」と誘ったが、「食べたくない」と言って食べなかった。
12時二階へ連れて行き寝させた。
いつもは 1時間10分から1時間30分かかっている内容を35分で終了した。
いつもはゆっくりやっていることを今日は 怒って 実力行使とはいえ 前回は
ある程度説得していたものを 今回は 手抜きで有無を言わさず 早く進めた。
子供の教育の話にに出てくる事に似ている。姑が子供の教育について
きわめて部分的に嫁と違っている時、嫁が 自信を持てぬまま、姑の手前
子供をしかりつけてるのに似ていた。
これから数年間 週1回または週2回 これが続くだろうかと思う。
実力行使をすると 母さんが風呂に入る気になっていなければ
実力をもって抵抗するのは理の当然である。
今まで 母さんのほとんどのことを 気のままにさせてきた。多くは外側のことであり
代わりにやってあげれば済むことばかりだったからである。風呂、歯磨き、着替えなどは
直接体に関係することであり、代わりにやってあげることの出来ない事柄である。
扱いやすさからだけ言えば、病気が進行し手足が動かなくなれば 抵抗を少なく
なるだろう。しかしそれでは よりよく生きてもらうために風呂に入ると言う
「よりよく生きる」ことと矛盾することになり 風呂のみが 自己目的化してしまう
ことになる。病気なりに自分の意志で風呂に入る状況になってもらわなくてはならない。
さらにまた 大声で 恐ろしい感じをあたえ 人に何かの行動をさせることは
母さんとの間では一度もなかったし、得意とするところではない。
2003.6.20(金) 曇り 日本海を台風が通過中
−−◎私のみ5時に起きて、昨晩途中で起きて処理すべき雑用をこなす。
昨日のこの日記も簡単に記録した。母さんはまだ寝ている。
歩行療法が作用してか よく寝ている.。起きている時の 会話の
反応も早い。
−−◎母さん6:00に起きて うろうろ。
−−◎7:28から田圃方面へ散歩。今日は田園地帯を通り越し先へ進み写真屋の「ピカッ1」
から「ハシマミシン」へ廻り、帰宅は8時25分。キロ数は約4.6Km。
各種の鳥、散歩してもらい中の犬、看板、空飛ぶ飛行機、庭先の花、路傍の草花、
に関心を示し、その都度の話題になるのはいつものごとし。
喫茶店、ファミリーレストラン、モスバーガーなど数件もあって、はいろうすするのを
引っ張って、歩は進む。
−−◎もどって 椅子にかけて20分ほど休憩して母さん朝食。
−−◎我が家の前に 幼稚園送迎バスが止まる。
待っていた 親子と 楽しそうに10分あまりしゃがんで 話し込んでいた。
なにをはなしているのやら....。
−−◎下葉栗農協の即売へ生花、野菜などを買いに行った。
午前中に行ったが 珍しく混んでいて 3台のレジに おのおの15人ほど待ち人が
並んでいた。母さん 並んで待っていたが、私の前に残す人 1人になったとき
私から離れていった。迷子にさせてはならず、レジを済まさないと 動くこともではず
ふと 前の人に「お宅が終わったら こちらレジ台の上へ のせておいてください」
と頼み「ああいいですよ」の返事をもらって、母さんを追いかけていき引き戻した。
今度は母さんは店内の方へはいっていった。出口は レジのここしかないから、
見失うことはない。私がお金を払った直後に 母さんは横を通り抜けて通過した。
買った物は かごに入れたままで 袋に入れ替えてない、でも外へ行ってしまうと
交通事情などで危険である。(不機嫌な時ほど信号や車などに注意しないで
道路を走ることがある)かごに収まる野菜の他に 大きくはみ出している 葱や
束にした生花もあったが、かまわずかごを持ったまま 追っかけた。追いついて
手を軽くとらえ 「さあ もう帰るから 車の方へ戻ろう」と言ったが母さんは
振り切って反対方向へ 歩き始めた。変則的ではあるが 買い物をかご(かごは即売へ
返さなければならない物)のまま道路脇に置き、(万一無くなっても仕方ないや)
同一の方向へ歩いていった。興奮状態出歩いている時、言ってもわかりはしない
事を知りつつ「そんな方へ行っても車はないから帰れないよ 暑いばかりだよ」
とか「さっき買った物を放って置いて帰るのか?」などと言って手を取り、
「さっ こちらへ行こう」と言うと付いてきた。かごを取って、ほぼ駐車したあたりの
公道から私が中へはいろうとすると、母さんは そこを通過し内の方向へ向かおうとしていた。
方向はいいが、片手にかごを持ち、片手で母さんを引いて歩いて帰れるものではない。
(距離はほぼ散歩コースに匹敵するが、朝の田圃コースや遊歩道とは道路事情が違うし
帽子や飲み物などそれなりに用意している)
私は怒って「せっかく買い物に来て 日に当たりながらもって帰っては しおれたり
しなびてしまうよ。歩道がしっかり付いていないところもあるから、ふらふら歩いていたら
つぶされてしまうよ。それに自動車をまた持ちにこなければならないが 同じだけ歩いて
ここに来るか?。それとも その時に内で一人で留守番しているか」と言った。
馬の耳に念仏だった。後5分ほど歩き、「○○○○と書いてある」とか「大分の車が通った」
とか 飛行機の話をしていると、それに受け答えをし、母さんの気分がいつもの平静な
気分に戻ってきた。「さあ 帰ろうか」と言い足の向きを元の方向へ返すとそのまま付いてきた。
あとは無事車まで戻ることが出来た。
−−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、
ヘルパーさんがのぞかれるなり、母さん いきなり相手の顔をちょんちょんつついて
挨拶。10分ほどテレビを見ていたが、外へ出た。20分くらい“散歩”してきて
椅子にかけてお話ししていた。時折 母さんの笑い声が聞こえてきた。
−−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで
来訪時、機嫌良く歓迎の挨拶、
足洗、足の爪切りしてもらった。“散歩”に何回か母さんが出ていくので、ついて
行ってもらった。AとC合わせてキロ数は約2Km。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩 一周してきた(2.7Km)。本日の歩行総計9.3Km
−−◎帰ってきたところで、近所のばあさんの畑帰りに出逢い、グラジオラスを一束もらった。
もらうことになってしまったという感じか強く、はあさんに「こんなことして頂いてわるいねー」
と言う気がした。
と言うのも、最初 外で母さんが話していたので、家の中からそれを 私が
見ていてそのばあさんを、花を売っている人と間違えて、売りに来た人なら当然
お金を払わなければならない と しゃしゃり出ていったのが間違いの元だった。
「母さん! どれもらう?」と言ったが 母さんはなかへはいってしまってどうも
様子がおかしい。で 「奥さん 花売っていらっしゃるのじゃないのですか?」
ばあさん、「いやー、わしは今 はたけからのかえりや」と言いながら、取ってきた
グラジオラスを半分ほど私の手に渡した。よく見ると時々見かけるばあさんだった。
近所にはばあさんは数十人居られる。(同様にじいさんも)(私もじいさんの部類)
それに少し離れたところから 花売りに来るばあさんも居られる。で間違えた。
私の認識間違いに元ずく行動の 是正をすることが出来なくなってしまった。
「是正」の目的が取り巻く現状で 社会生活を円滑に進めるためだとすると、
もらった物を返してしまっては、逆の事態になってしまう。とっさに一切の釈明
を避けて ありがたく頂いておこう と判断して、「わーっ こんなにいっぱい
ありがとうございます。実は花売っていらっしゃる人と間違えてしまって...」
「いいよ いいよ 飾ってあげてください」。「ありがとうございます。」
グラジオラスが26本、菊が19本あった。
そして ふと 私が5歳のころの「お魚の件」(=後日記載)を思い出した。
−−◎今夜は これから お風呂作戦
2003.6.19(木) 午前中 晴れ
−−◎6時30分起床。
−−◎7時25分 田圃方面へ散歩。8時30分帰宅
−−◎母さんはそれから朝食。
−−◎ヘルパーさん来訪日。10:00から11:59まで
「お部屋=店」の掃除 をしてもらった。
母さんがかってに散歩に行くのでついて行ってもらった。となりの「なかむら」
うどんやさんの奥さんから「そばの花」の種をもらってきた。
母さんと一緒に外の草取りをしてもらった。あとは椅子にかけてお話するなど
していた。母さんの雰囲気は良かった。
−−◎1時から木曽川河川敷へ行き散歩。正味歩行時間は1時間半。ちょっと疲れた
様子だった。本日の歩行総計8Km
−−◎台風6号が 来ているので 戸締まりをして いつもよりかなり早めに8時頃寝た。
2003.6.18(水) 雨
−−◎7時起床。
−−◎7時50分、田圃方面へ散歩、田圃は数日前に 田植えは終わっている。
−−◎本日は 私が国立岐阜病院へ診察に行った。母さんの機嫌は良く待ってる時も
特段のことはなかった。私の「気管支炎」は治っていた。
前回 血液検査を受けていたので 「糖尿病の気配はありませんか」と質問した。
「この血液検査は 糖尿病の気配を見る目的での検査ではありませんので
気配があるとも 無いとも 言えませんが、血糖値は正常の範囲内です。ただこれも
食事の前 後で数値が違ってきますから、10人に1人は糖尿病予備軍と言われて
いますから もしご心配ならば検査をしますか?」と言うことだった。
今日は予約はしなかったが、そのうちやってもらおうと思う。
−−◎病院の後は 喫茶チボリへ行った。
母さんが「おっちゃん ちょっと見てみー」と言うので 見ると池の庭木の陰に
カラスより大きい中型の鳥がじっと立っていた。確かこの鳥 ここで以前にも見た
ことがある。この池 店の人が掃除をする時 以外は中に人が入れないように
なっているので“安全な場所”として テリトリーにしているのかも知れない。
−−◎チボリの後は岩戸公園へ行き 一周散歩。
外での諸雑用のため数件廻り、済ませてから帰宅。
−−◎午後は またまた 苧ヶ瀬の池へ、粉雨の中 傘をさして 一周散歩。
本日の歩行療法 総計6.5Km
−−◎脇田自動車へ寄った。(この自動車屋とは30年来のつきあいのある零細業者)
ちょっとした点検をしてもらおうと立ち寄り、応接の椅子で待っていた時のこと。
母さん「あっ 飴がいっぱいある」 と一個をつまみ上げた。
私−−脇田だから 飴一個で気を遣う必要はない−−と思いつつも 外交辞令として
「おーっ いっぱいあるね。だけど なにもおっしゃらないのに いただいてしまっては...」
と 聞こえるように言うと 気を利かした事務の女の子が「あーっ つまんでください
今 お茶を持って行きますから」と。母さん その言葉と関わりなくにこにこ笑って
すでに個包装を取り 口の中へ パクッと入れた。天真爛漫とはこのことを言うか。
−−◎4:30分、外は雨、もう散歩は行ってきたのに、戸を開けては外をのぞき、恨めしそうに
空を見上げては戸を閉じる事を繰り返していた。
−−◎ケアマネージャーから電話あり、進行状況と7月の計画の関連事項等について。
−−◎昨日の記事で 母さんが 今出来ること(行動可能なこと)を書いた。
諸行動の内で それをやるとき積極的に やることや
それをやるとき 楽しそうにやることがある。
それらは次のようなことで 生活の楽しみ 生き甲斐につながっている。
(1)散歩 ドライブなど外に出ること。
(2)好きなものを食べること、それを選ぶ買い物行動。
(3)外で 鳥 小鳥 犬 猫 その他の小動物を観察すること、
(4)体を動かすこと、ボーリング(最近は行かなくなってスポンジホールでのバトミントン。
ぬいぐるみをボールの代わりにしてボール受け遊び)
(5)花を観賞すること。最近はあまりやらなくなったが植木鉢の手入れ、水やりなど
(6)気分が楽しい時は 無意識に 鼻歌など出たりする。
これらが 母さん 現在の 楽しみ または生き甲斐の 主なものである。
それに 楽しみなことではないが 必要なことが 行動としては付け加えられる。
それらのことが出来るだけ長期にわたって継続できれば継続した分だけ
母さんの幸福の追求につながるだろう。
2003.6.17(火) 雨
−−◎母さんは 昨晩 私より早く9時頃寝たのに(私は一度寝かせてから
雑用処理で起き出したから)今朝は8時まで寝ていた。母さんが夜 起き出して
“仕事”をしていた様子もない。
−−◎遅く起きたのと 雨のため 母さんが 出ようと言う気配を示さず 朝の散歩は無し。
−−◎9時10分、出発 喫茶 チボリへ行った。すこやか診療所(=みどり病院付属の
ようなもの)へ診察に行った。最近の様子を報告した。
診察前問診の時 笑顔でなにやら笑いながら話していた。看護婦さんが「今日は
楽しい雰囲気で 元気ですね」と言われた。
看護婦「きれいなマニキュアをされて」
私「昨日 塗ってもらったんです」
母さん「私が 自分で描いたんやよ」
私−−あっ そうだったの 失礼−−
−−◎帰るとすぐに、田圃方面へ散歩に行った。
−−◎ヘルパーさん来訪日。
(A) 12:30から1:29までと
診療所へ行き、その後 散歩もこなしたので、12時30分から昼食となり
ヘルパーさんと 話しながら 昼食。テレビを見てお話もしていた。
3人で15分コースの散歩に出かけた。良く笑って元気だった。
(C) 1:30から3:29まで
バトミントンを少しして、ヘルパーさんと2人で散歩。
今日は「車がくると危ないから」と言って とどまって 信号待ちも出来たそうだ。
戻ってから 足洗い 靴下替え 顔拭き 手拭き をしてもらった。
終わりがけちょっと疲れたようだったが、だいたいは機嫌が良かった。
−−◎ 4:00 苧ヶ瀬の池散歩。このころには疲れの気分もなくなっていた。
本日の歩行療法は 総計6.2Km
−−◎母さんが 今出来ること(行動可能なこと)。
散歩
履き物の区別は出来る
平行棒歩き?
鼻歌を歌う
外で 鳥 小鳥 犬 猫 その他の小動物を観察すること、幼児の観察。
よその庭先の花を観賞する。
眼前の事実や 暑い寒い痛いかゆいなどの感じについては正しく表現し伝達できる。
例1「へび!!」「あーっ びっくりした」。例2「カラスがいる」「白い鳥がいる」など。
理解できる事については 風呂は 拒否、外出は「行く行く」と同意し表現できる。
理解できないことは「わからん」と言う。
自分の部屋に花が飾ってあると鑑賞する。
食べること、3度の食事とおやつ
食品スーパーで自分の食べたいものを選択する。
テレビ 小さい子供の出ている番組。覚えているタレントさんの出ているバライティー番組
新聞 雑誌 テレビの字幕を声を上げて読む(おおむね正しい)
ボーリング、3月以来やっていないが...
スポンジホールでのバトミントン。
トイレは自分で行ける。
風呂は拒否するが 浴室にはいると おとなしく洗わせる。
カーデガンを着たり脱いだりする。
靴下交換 言えば出来る。
意味不明の 動作 作業をする。
トイレのロールペーパーをはずして持ってきてしまう
洋式トイレの便座カバーを毎朝はずして 枕元へ持ってくる。
土足用スリッパを 土足でない区画に置く
ティッシュペーパーを出して折りたたみ 袋や棚にため込んでおく。
眼前の近未来は考えることが出来るが、長期の未来はおぼろげにしか
考えることが出来ない。健常ならばしたであろう生活設計やら、長期の休みを取り、
旅行に行く、とか 何かを楽しみに生きる、と言うような事は出来ない。
未来予測の点では幼児なみである。
−−◎数日前 母さん「みんなで京都へ行こう」と言っていた。
母さんは問屋の研修で(研修半分、観光半分)何度か京都へは行ったことがある。
家族でも ふらっと 何回か行ったことがある。
−−行けるなら 行ってもいいが..−−と思いつつ、「そうだ行ってみようか」と
返事はした。
2003.6.16(月) 雨
−−◎9時09分から 田圃方面へ散歩。3分2ほど 行ったところで 雨が降り
出した。私の作業上着を母さんの頭にかぶせ、手を取って走って帰ってきた。
大過なし。帰宅9時40分。
−−◎午前中は 雨の降りそうな空模様で外出せず。私が 母さんの
「おい おい」をかわして 雑用とパソコンに集中。
−−◎12時から食品買い物。帰りに岩戸公園へ散歩。ふだん水の流れていない
水無川 今日は少し水が流れていた。
−−◎1時15分帰宅。
−−◎ヘルパーさん来訪日。 1時30分から3時29分まで
タオルたたみをしてもらった。20枚くらいある内母さんは3枚たたんだ。
たとえ1枚でもタオルたたみの機能が保持されていることを良しとすべしか?
、テレビ「徹子の部屋」で 浜田光夫(若い人は知らないかも..)が出て
いる のを見てお話していた。
シャンプーをしてもらった。シャンプーが 椅子にかけるとこまでは
進むのだが、他事を言い出して「今日はやらない」と言うので中止する
ことが しばしばだが 今日はうまく行った。シャワーのお湯を掛け始めると
あとはうまく進む。
終わってドライヤーをやる時 気持ちよさそうにうとうとしていたそうだ。
マニュキア遊びをし指にマニュキヤを塗ってもらった。
傘さして周辺散歩。傘は私の方ではなくヘルパーさんの方に入れてもらって出かけた。
散歩中のことについてのヘルパーさんの通信メモ
「..(略)..。以前 きれいに咲いていた花が少し変色したのも良く
気付かれ、『前はきれいに咲いていたのに...』と言って見えました。」
数日前 私と散歩していて まだその花が 生き生きしていた時 その花の前で、
「おー、きれい いい色が出ている」と 毎回言って通り過ぎていた。
−−◎雨で外へ行けないので うずうずしていた。
−−◎苧ヶ瀬の池一周散歩。本日の歩行 総計5.7Kmほどか。
−−◎靴下が雨で濡れた。昨日は娘と二人して 無理矢理替えてあげたが、
今日は、「靴下替えようよ」と5回くらい、間を置いて同じクールなトーンで
繰り返し言っていたら、自分で靴下を脱ぎはじめた。手伝って脱がせてあげ、
新しい(洗濯したと言う意味)靴下を口を広げて渡すと自分ではいた。
2003.6.15(日) 曇り
−−◎8時から田圃方面へ散歩。自動車と自転車は少なく、散歩の人が多かった。
道行く人、庭先の人、今日は7人(組)の人と挨拶を交わした。
今日は母さん どのケースでも笑顔で挨拶していた。
−−◎ストロー落下“事件”
日曜日で3人で喫茶店へ行った。私は 温かい飲み物。母さんと娘は アイスミルクティー。
冷たい飲み物には ストローが付いてくる。運んで来た時ウェイターが 一本の
ストローを床に落とした。すべてを卓上に並べ残ったストローを母さんの方に
渡した後、「失礼しました。ちょっと」と言い 落ちたストローを取り替えに行った。
その間に 娘は 母さんの方にミルクとガムシロップを入れ、かき混ぜてあげようと
ストローを持ち上げたところへ ウェイターが替えのストローを持ってきて、それを
母さんの方に渡した。別にどうと言うことのない一光景にすぎない。
しかしここで客としての親娘が次に取りうる行動のパターンとしてはいくつかありうる。
(1) 持ってくるまで2人とも待っていた
(2) 先にもらっている母が 娘に先に使えるように渡した
(3) 待ちきれない娘が 先に取ってしまった
(4) 母のためにミルクとガムシロップを入れストローもそれに使用するため持ち上げた。
そこでウェイター氏が(瞬時の光景ですぐ消え去る事であるにしても)どこまで推測できるか
私たちが推測した。(1)は すでに持ち上げているのだから範囲から除かれる。
(2)か(3)と言うところだろう。と言うことになった。
(2)の場合は (1)よりもマナーが崩れるがまあ許容の範囲。(3)で ムッとして
娘が先に使用した。となっても とがめるほどのマナーはずれでもない。
娘と私で一致したことは どんなにウェイター氏が慧眼でも(4)であったことを
推測はできないだろう。と言うことだった。
−−◎喫茶店の後は 岩戸公園へ行き散歩。金華山ドライブウェイで展望台まで行き
自宅へ戻った。本日の歩行総計3.5Km
−−◎午後 山県市 方面へドライブ、林道へ入り込んでしまって、それはそれで、
風景も良く意義あり として 廻って帰ってきたら午後6時だった。
娘が盛んに「父の日 父の日」と叫んでいたが、「気持ちだけで充分」としていたら
スーパーにより「夕食作りの手間を省くよう」と ウナギすしなど買ってきてくれた。
−−◎娘は運転中に 家族しか乗っていないから とりとめのないことを良くしゃべる。
歌も歌う。 話題がつきても気詰まりと言うことはない。その点では我が家は純日本的だ。
西洋では「真空嫌悪の思想」と言う物があり 話題がつきた時に「魔が走る」と言う
絵画でも隅から隅まで塗り込めてある。日本画では空白がいっぱいあり。
「空白の美」であり、「間が大切」とも言う。
そんなとき 娘が「ひょっこりひょうたん島」の歌を歌った。本人は最近テレビで
復活している歌で、耳にしていて歌っているにすぎないが、歌詞から後押しを
受けている感じがした。
−−◎このごろの母さん。
「こわい こわい」は 夕方は集中的に言う、その他の時間には散発的に言う。
いつのころからか、朝起きがけには言わなくなっている。
大部分の時間は明るく笑顔を持っていて、状況に対する反応も良い。
昨日散歩中に眼前に蛇を見て アッ と言って退いた反応は私と同じ
素早い反応だった。
本日 ドライブ中 救急車が通過した。数分経ってから
私「さっき救急車が通ったね」
母さん「うん 今見た救急車が行った」と行った。これは本当に覚えていた反応だった。
2003.6.14(土) 曇り
−−◎7時起床。
−−◎8時47分 から 9時25分まで 田圃方面へ散歩。
−−◎生協配送日。
−−◎岩戸公園一周散歩。
−−◎小雨の中、傘をさして扶桑緑地散歩。「帰ろうか」と聞いたら
母さん「うん ちょっとだけ 行ったら帰ろうか」とその場は前方へ
歩き続けたので そのまま 目標点まで行って戻ってきた。
歩いている途中 晴れている日よりは遊歩道が暗かった。
「こわい こわい」と言った。私「そうねー こわいねー」。
母さん「いつも 夕方になると こわくなるの」と言った。
本日の歩行総計 8Km
−−◎夕食時のこと。「お母さんはどうしたの?」と言う
以前にも何度かあったことだが普通に会話をしていて、
娘に「あにゃまん お母さんはどうしたの?」と聞いた。娘はニコッとほほえみ
母さんの方を指さして、数秒そのままでいた。母さん「ふふっ」笑って次へ展開していった。
後で娘が私に言った「いまは 驚きはしない、事実をより的確に伝える
表現を したのよ」と
母さんは今のところ おおむね自分の娘としての認識はある。しかし現在の成長点
を認識してはいないようだが。時として「お母さんはどうしたの」と言うことがある
昼間 散歩に行って戻ってくると 私に 「あにゃまんはどうした?」と聞く
「学校へ行っているからいないよ」と答える。
娘が曜日によっては暗くなってから帰宅することがあるがねそんなとき、
「どこへ行ってしまった。このごろは危ないから」とわかったように言う。
娘が帰宅すると(遅い時も 早い時も 静かにはいってくる時も ドタドタ バタン!と
騒々しくはいってくる時もある 機嫌のいい時も 悪い時も)母さんは必ず
にこにこ笑って「お帰り」と言う。それが最低基準で、「おーっ 良かった良かった」と
大喜びをする時もある。これには娘も この喜びようはなんだ ととまどうこともある
別の時には たまに 小学生にするような「注意」をすることもある。
−−◎4月ころから、進めたこと。
(1)1月、2月は入浴月1回。3月は月2回。4月から週一回。実行した。
(本人が拒否しているので強制執行だが...)
(2)毎朝 薬をきちんと飲ませるようにした。
(3)6月になってから 散歩を 本人の願望に沿って
5Kmから10Km毎日やっている。
(4)ヘルパーさん来訪回数を増やしてもらい、看てもらっている。
その結果かどうかは、不明だが、気分的には快調な日々を過ごしている。
かつ 病気の進行とは相対的に独自の問題である。
2003.6.13(金) 雨
−−◎私6時50分起床。
母さん 8時10分起床。雨のせいかよく寝ていた。
いつもは 時刻を頓着せず私の顔をつっついて起こすのだが....。
−−◎薬を飲ませてから、8時50分 粉雨の中を田圃方面へ散歩に出た。
散歩に出ると、雨にもかかわらずと言うか、雨にかかわりなくと言うべきか
いい機嫌で、鼻歌など歌っていた。よく出る歌は「青い山脈」と「みかんの花咲く丘」と
なぜか 「蛍の光」である。今日は「蛍の光」だった。一緒に歌ってやると、
歩きながら歌っていた。
−−◎ヘルパーさん来訪日。
(1)12時30分から1時29分まで
母さん「あっ 誰か見えた」と見に行き、顔を知っている人(ヘルパーさん)とわかると
「あーっ」と声を上げた。
あじさいのぬりえをほんの少しやった。(根気が続かない)(『細かいところまで
ていねいに塗られました』と言う評価だった。)赤ちゃんの出てくるテレビを見て
よろこび 子育てについて話していた。
新しい人(母さんにとっては)だけど 母さんがその人にだいぶん慣れてきた模様だ
(2) 1時30分から3時29分まで
『すくすく赤ちゃん』の本を読み おしゃべりをしていた。
あじさいのぬりえをまたほんの少しやった。洗髪をしてもらおうと思って 椅子に
かけさせるまではいったが 母さんの気分が変わってしまって今回はダメだった。
粉雨の降る中 40分くらい散歩に行った。良くしゃべり笑って終始機嫌は良かった。
−−◎今日「お風呂作戦日」どうなることか(朝10時のひとりごと)。
−−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩。本日6.5Km
8:45 脱衣説得開始、(前回より1時間早め)
9:20 脱衣終了。浴室へ。
9:45 浴室終了。着衣。
9:50 着衣終了。おやつの時間
10:30 おやつの時間 おわり 就寝。
※ 脱衣は前回同様 困難で説得時間を要し、終盤実力行使もおこなった。
浴室へいるについていつもより抵抗があった。
中にはいってからも3分くらい固まっていたが、そのうち自分でも洗う仕草を示し
「おっちゃんありがとう」とか「あにゃまんありがとう」とか言った。
「顔洗い」では娘が「お湯を手に受けて顔を洗って」と3回くらい言うと
それに従って洗っていた。やはり娘が母さんの手に石鹸をつけてあげて
「今度はこの手で顔を洗って」と言うと(3回くらい)言うとそれに従って洗った。
会話の一例
私「シャツ洗ってあげるから」。母さん「自分で洗うからいいよ」(最近自分で洗ったことはない)
私「風呂には はいらなくちゃー」母さん「自分ではいるからいいよ」(と言っていて
も入浴を促した時自分からはいったことはない)
2003.6.12(木) 曇り
−−◎6時30分起床。7時24分から田圃方面へ散歩。戻りは8時5分。
−−◎スムースに薬を飲んだ。母さんは8時30分ころから朝食。
1月以来、朝食を食べ始めるのが遅く、適宜 誘って11時ころから食べ始めること
もあったが、今日はすぐ食べ始め9時ちょっとすぎに終わった。
−−◎ヘルパーさん来訪日。10時から11時29分まで。
以前のアルバムを一緒に見て リハビリで描いた絵を お話ししながら見てすごした。
近くを散歩に一緒に行ってもらいました。
−−◎2時から 苧ヶ瀬の池へ連れて行き 一周。4時帰宅。本日の歩行4Km
本日の機嫌は 曇り空で 湿度が高かったせいか 悪いと言うほどではないが
5段階評価で 3と言うところか。
2003.6.11(水) 曇り 晴れ
−−◎6時20分起床。薬を飲ませた。今日は簡単に飲んだ。
−−◎朝から「外出願望」が強かった。
7時26分から8時5分まで 田圃方面へ散歩。
−−◎私が諸事を済ませてから、8時30分、「デイサービス」に向けて徒歩(デイサービス
までの距離は1.1Km)で出発。
このいきさつ=前回、「デイサービス」に行ったが、すぐ自分で帰ってきてしまったために、
「デイサービス」の発案により、「状況に合わせて、その場所と人に慣れることが大切」
である との認識により、
散歩のつもりで出かけて 立ち寄り 一定の時間在室し 戻ってくる、ことを繰り返して、
場慣れをさせることにした。
今日の経過。8時45分から9時20分まで35分在室してきた。
母さん 椅子に掛けて 展示されている 通所者の作品見ていき、表題や作者の名前
などを読み上げていた。
お茶をだしていただき、 ぬりえ=あじさいの絵と色鉛筆貸していただいた。
母さん あじさいを葉から塗り始めた。葉と花の一部を塗ったところで、色鉛筆を置いた。
根気が続かなかったらしい。
少しして 私が「帰ろうか」と言い戻ってきた。
−−◎老洞処理場へ 粗大ゴミを持って行ってきた。
−−◎扶桑公園へ行き歩いてきた。1時間45分途中休憩もしたが歩いた。
本人は歩くことに積極的だった。「暑い暑い」と言い続けていたが、
「車はどこにあるの」とかは言わなかった。
朝の散歩や 歩いてデイサービスに行ったことと併せて 本日の歩行合計は10Km
だった。
徘徊のエネルギーについて。若年性アルツハイマーの場合、健康であれば(母さんは
内蔵は異常なしと言われており、筋肉的体力も強くある)各種の仕事や活動をする
予定の保持エネルギーが存する。初期の内は病気との自覚的対決(物探し、
人倫の摩擦の処理、不安感情とのたたかい、健康と看なしての日常生活の継続)
にそのエネルギーが使用された。病気が進んでくると 物忘れが気にならなくなり、
仕事は出来ないのでやらなくなり、周囲も仕事は辞めさせるようにしているし、余って
きたエネルギーは徘徊に振り向けられる。
以上はエネルギーのことであって、徘徊の行動は量的には少ないが初期からある。
なぜ徘徊の行動があるかはわからないが....。
−−◎反応の少ない表情(=「痴呆特有の表情」と俗に言われている状態と類似)について。
自己のポジションか確保できない時に現れる。
場所を移動した時、見かけぬ人が間近にいる時、怒られてその意味を理解できない時
などに 反応の少ない表情が現れる。
−−◎夕方「気持ち悪い」と言った。このところ「気持ち悪い」と言ったことはなかったのに。
2003.6.10(火) 曇り
−−◎母さん6時起床。私7時30分起床。
7時50分から8時25分まで田圃方面へ散歩。
−−◎11時 岩戸公園へ散歩。
◇岩戸公園にここ数日、「タイサンボク」と言う木の花が咲いている。
この花 つぼみの状態では、直径4センチ縦10センチ以上、
咲いた状態で直径20センチから、大きいのは25センチ、花弁は
長さ10センチから 12センチ 花弁の厚さ5ミリ〜7ミリ、松笠状の
花芯があり、真っ白で芳香あり、順次咲いている。
ところで、母さん 公園へ足を進み入れると まだその花は 見えていない
のに「大きい白いのがある」と私に言った。タイサンボクのそばまで、
行った。
◇この公園には南側と北側に駐車場がある。日によってすいている方に
車を置いている。散歩に来て2周する時は「もう一回行ってこようか」
と言い先に進む時と 「こつちだよ」と言いながら 2周目を廻る時がある。
母さんは車を南側に置いたか 北側に置いたか 覚えていないので、
半周したところで、もう車の方へ行こうとしたりのすることがある。(半周の時は
駐車場に車はない) 。ここ2回ほど、「たしかここに車を置いたはず」と
一周してきたところで言った。見えない物も意識にのぼらせることが出来ているようだ。
−−◎ヘルパーさん来訪日。
12時30分から1時29分まで。
テレビを見てお話しし、散歩に連れて行ってもらった。だいぶん なじんできたようだ。
1時30分から 3時29分まで
バトミントンをしたり、お話をしたりしていた。散歩に2人だけで行ってもらった。
部屋の掃除もしてもらった。足洗い、爪切りをしてもらった。
−−◎4時から苧ヶ瀬の池一周廻りに行ってきた。夕食後の1時間コースのドライブも行ってきた。
9時ころ寝た。
−−◎本日の歩行数。合計で6Km。
2003.6.9(月) 晴れ のち 曇り
−−◎7時起床。
−−◎7時30分より 8時10分、田圃方面へ散歩。いつものように 高校生の自転車を
よけながら、散歩や通勤に急ぐ歩行者と出会い、風景をあれこれ見ながら歩いた。
母さん「今日はいないねー、いつも5匹くらいいるのに、あの白いの」と言った。
鷺のことだと思った。鷺は田植えがされた田にはいないようで視野の範囲には
見えなかった。鷺はここでは この時期にのみ見られる。例年2羽 3羽
見られる程度で 50羽も一度にいたのは今年がはじめてだ。母さんの「5匹」
と言うことは ここ10日間のうちの記憶に違いない。
現レベルの記憶状況は 整理すると次のようになる。
部分的な 記憶はある。それを自分の思いで連想し、表出しようとすると出来る。
他から 質問されたときは、出来ない。質問の言葉のイメージと、記憶している
イメージと合致しないので 記憶のイメージをどれか特定できない。
または 検索 特定 表出 いずれかの神経ラインに支障がある。
−−◎その後朝食、30分くらいで食べた。薬も今日はすぐ飲んだ。
−−◎10時30分から、郵便局、岩戸公園、下葉栗農協即売場、と行き、12時に戻ってきた。
今日も 車の中でいつもより多くしゃべっていた。
−−◎ヘルパーさん来訪日。今日は1時30分から3時30分まで。
今日は 不機嫌にならなかった。詩人の出演しているテレビを見て 相づちを
打ったりしていた。バトミントンをやってもらって、私は家にいてヘルパーさん
に散歩に連れて行ってもらった。
帰ってから、洗髪、と 顔拭きをやってもらった。気分良さそうにやってもらっていた。
この間に 小学生がトイレを借りに寄った。
−−◎苧ヶ瀬の池へ散歩
本日の合計歩行量6.5Km
−−◎甘夏(=甘夏みかん)を食べるというので 皮を取り、中袋も取り除いて
器に入れてやると 食べ始めた。「酸っぱい すっぱい」「おーっ すっぱい」と言い
ながら食べ続けていた。
私「おー すっぱいね こういうすっぱいものを食べるときは 一個につき3回
『すっぱい』と言い10個あれば合計30回『すっぱい』言うのがマナーなんだよ。
30回になったら それ以上あっても もう言わなくてもいいんだよ。」と
でたらめの話をした。
母さん「おい おい おい」と言う。この「おいおいおい」は「何ばかげたこと言っているの」
と言う意味で 嘘で冗談であることを見抜いた時の言葉だ。
自分では 現実的意味のないことを言うことはあっても、人が現実的裏付けのない
ことを言うと わかるというだ。
−−◎夜は 諏訪山 長良川左岸方面へドライブ。
−−◎みかんの話
小さな 温室みかんが6個あった。
(このみかんが珍しく二人とも好みの物であることが話の前提)
1)母さんが天真爛漫で作為のない時
一個食べ、2個目も食べた。3個目も食べ始めた。
私が 娘にもとって置かなくてはと思い 残った3個を冷蔵庫にしまった。
2)母さんが自身を家族のひとりとしての気持ちを持っている時
私は 自分のパソコンの前にいる娘に2個与え、テレビを見ている母さんに
1個与えた。 娘は1個を食べ残りは自分用に確保して紙に包み冷蔵庫に
保管した。
母さんはとことこと歩を進め「あにゃまん 半分あげるわ」と小さなミカンを出す。
ここで 健康時ならば 娘は「もうもらったよ」と言うところなのだが、
「うん」と言って受け取り、皮を剥いて半分を母さんに戻した。
母さん「あまくて おいしいよ」 と言って半分を食べながら うれしそうにしていた。
2003.6.8(日) 晴れ
−−◎6時50分起床。
−−◎薬を飲ませてから散歩に行く予定で、「薬を飲んで散歩に行こう」とすすめたが
薬を飲まなかったので朝の散歩は中止した。そしたら自分で外へ出て行った。
なかなか戻ってこなかった。
最低限必要なことをやろうとしないことは いらいら 腹立たしくさせる。
そのあとドアからのぞきまた出ていき3回繰り返した。
薬は飲みにくい方は 漢方薬だ。頭の薬ではないが初老期の余病を防ぐのに
有効である。
戻ってきたので 家の中へ招き入れ わかれはいいし わからなくて元々と 言った。
私「この薬は 体の元気さを維持するために大事な薬で良く効いている。おっちゃんが
いつも母さんのために いろいろやってあげている 他のことと同じように 母さんの
元気 元気がいつまでも保てるように 薬を『飲め 飲め』と言っているんだよ。
この薬は まずいし 飲みにくい だけど効いているから飲まなくてはダメだよ。
母さんを 困らせたり いじめたり 嫌がらせをするために 言っているのでは
ないのだから」と言ってオブラートに包んだ薬を口元まで持って行った。
母さん「そんなこと言ってぇえへんし おもっとらへん」と 口に入れ さまし湯とともに
こくんと飲んだ。
−−◎予定より 1時間遅れで田圃方面への散歩に出た。
田圃では それぞれに機械を使用しての田植えが おこなわれていた。
−−◎午後は 娘の運転で 丸山ダムの見物に行った。
ダムもさることながら 道々の新緑の風景が目を楽しませてくれた。
母さん 昨晩よく寝たせいか 車中で居眠りすることが無かった。
それになぜか きょうは 次から次へと良くしゃべっていた。発音そのものは
明瞭なのだが 助詞も違っていないが 言葉の連続を他者がイメージ化すると
途方もないものになるか イメージ化不可能な言葉の連続だったりする。
たまに 実際に目に見えるものに目を向けたときは まともな 話になる。
とにかくいつも車に乗ったときより良くしゃべっていた。
木漏れ日に
かざされる 若葉に感激し、道ばたの草花に「いい色が出ている」と
喜んでいた。
帰り道 日中よりも数倍大きくなり 真っ赤になった 夕陽を見ることが出来た。
当然私も見ているのに「おっちゃん ちょっと見てみー 夕陽が大きいよ」と
知らせてくれた。
日が物陰に隠れ そのうちに日没となって見えなくなってから、
私「夕陽が おおきかったねー」。
母さん「うん 見た見た 真っ赤やったよ 大きくなって」と言った。
昨年8月花火を見に行ったときは 「きれいきれい」と言っていながら終わった直後に
「いま 花火がきれいだったねー」と言ったが 忘れてしまっていて 花火については
何の反応もなかったことがあった。
すでに夕陽が見えなくなってしまって 3分ほど経た後だったが しっかり覚えていたので
良かったと思った。(でも帰ってから夕食時に話題にしたときは覚えていなかった。)
本日は おおむね 機嫌良し。
−−◎扱いやすいこと と病の進行とは直接的に連動するものではない。扱いにくい
と言うことは いびつな形にしろ 自己主張を持っていると言うことである。
これをどこまで容認できるかは 私の気持ちのゆとりにかかっている。
どんな形にしろ 本人を「そのつもり」にさせるよう 持って行くことが必要か。
−−◎介護者の苦労は どんなに 良い環境を作ったとしても、
発現する問題の種類、
発現までの時間の長短はあるが、その状況での苦労が発生し避けることは出来ない。
2003.6.7(土) 曇り 夜は雨
−−◎昨晩は「お風呂作戦日」娘と二人がかりで進めた。
9時30分 開始。「さあ 今日はお風呂に入ろうか」と言う。脱衣開始
10時15分 脱衣終了 浴室へ
10時40分 浴室終了 出て 着衣開始
10時45分 着衣終了
10時45分〜11時30分 おやつの時間、
ここで 歯磨きとか させるといいのだが やろうとしないのに
無理矢理やらせると そのことが元で1時間も2時間も 寝に行こうとしない
ことがあったりして 歯磨きはさせず そのまま就寝させた。
※4月以来、せめて「週一回は風呂に入れる」方針で取り組んできた。3ヶ月も
風呂に入らなかったこともある経過からすれば大きい前進だ。
母さんの 風呂についての 重層的な意志は 不明だが その場では 服を
脱ごうとしないし 風呂に入ろうとしない。その意志を充分持っていて、筋肉の力も
体力も 充分普通にあるので、無理矢理 執行するには大変な体力を要する。
昨晩は...。
ふろのことを言い出すと はじめは 母さんは 台所へ行ったり
店(=今は母さんの昼間の居室)へ行ったり、トイレをのぞいたり うろうろしていた。
風呂にはいることを 説得しつつ 何回かトイレをのぞいたので トイレの鍵を
外から施錠して 入れないようにし 少しずつ行動可能範囲を狭めていった。
通路のドアもマットを重ね敷きをして開かないようにした。ここまでで15分ほど経過。
娘と私で母さんを両方からはさみ、カーディガンとブラウスを脱がせるようにした。
娘が「服を脱ごう」「ボタンをはずそう」と無機質なトーンで何十回も繰り返した。
娘が母さんの手を押さえ、私がボタンをはずしていった。
母さんは手に力を入れていた。私の手を払いのけようとしていたが
私が「お風呂に入るんだから 脱がないと入れないよ」というと
「おっちゃん」「あにゃまん」と哀れな声で繰り返していた。娘が「さあ 袖を抜こう」と
繰り返して行っていると 自分で袖をはずし脱いだ。脱いだカーディガンはしっかり
つかんでいた。それも手放させて、ブラウスも同じ要領で脱がさせた。ここまでで30分経過。
上体下着はマジュックの前ボタンにしたので以前よりは簡単だった。タオルを代わり
にかぶせ上体下着を脱がさせた。ここまでで35分経過。
あとは うろうろしていると風邪をひいてはいかんので、浴室入り口まで連れてきて
娘が体を支え ズボンを下体下着とも脱がさせた。
それでも店の方へ行こうとうろうろしていた。
「そっちには お風呂はないの!。ここ!、ここ!」と示して手を引いて招いたら
ようやく浴室に入った。ここまでで45分経過。
足からシャワーをかけてあげて、洗い始めると
「ありがとう ありがとう」と急に今までとは違った態度になって 自分で手を洗ったり
し始めた。娘に交代して、娘が母さんの体を洗ってあげた。「あにゃまん ありがとう」
と繰り返し言っていた。
洗うのは 抵抗はないので楽だが 作業量としては多く労力を要する。
終わった後はおやつの時間、好きにしゃべっている母さんに 相づちを打ち、
娘と私は情報交換、娘は学校のことを言い、私は母さんのことを言い、その日の
新聞ニュースや“人生訓”を言う。母さんも時々 わかったように 相づちを打つ。
共通意志らしきものが醸成されたところで 終わった。
本日(5.7)の記事はここから....。
−−◎私7時起床。母さんはゆっくり8時まで寝ていた。
8時25分から40分間 田圃方面へ散歩に行った。
今日、明日あたりが「田植え」の大詰めだ。昨日は1割程度だったが 今朝通ったときは
半分以上進められていた。昔は腰をかがめて、歌など歌いながら植えていたものだが
今は機械で植えていく。
−−◎9時30分 生協が配送に来た。
−−◎朝 無理に薬を飲ませたのがきっかけで 3時ころまで、自分の考えで動き、
指図とは違う行動を取っていた。外出の時も、車に乗らないで とっとと歩いて行って
しまうし降りる場所でないところで降りてしまうこともあった。
−−◎午後瀬戸市の定光寺へ行った。そのときも 現地のコンビニへはいった際、
違う方向へ 歩き始めたので こんな遠いところではぐれたらあかんと思い
引き留めた。寺の展望台へ行ったときには 気分良く景色を見ていた。
その後は普通の気分に戻っていた。
−−◎家へ帰ってから休憩していて ぶつぶつ言っていたので「どうしたの?」と聞くと
「邪魔やから おらんでもいい と言われた。」と言った。私「誰もそんなこと言わないよ」
と言ったが なにか いま覚えている程度に気にかかる状況に置かれたのかも知れない。
2003.6.6(金) 晴れ
−−◎6時30分起床。
−−◎7時30分から8時15分まで田圃方面へ散歩。鷺は田に水が張られるのが
広がるとともに、あちらに2羽 こちらに5羽と分散していた。
−−◎10時50分から 苧ヶ瀬の池へ行き 一周散歩してきた。
−−◎12時30分から、A施設のヘルパーさん来訪1時29分まで。
昼食を食べるのを見ていてもらったあと、20分くらい外へ散歩に
連れて行ってもらった。
−−◎1時30分からはCのヘルパーさん。3時30分まで。
はじめ30分くらいテレビを見たりアルバムを 見たりしてすごしていた。
小学生の子がトイレを借りに寄った。母さん「うん いいよ そこだよ」と
小学生には気づかれぬ感じで 普通に返事をしていた。
それをきっかけに母さん外への関心が高まり、
そのあとは 何回も外へ出て行き「暑い暑い」と言っては戻ってきた。
それで 3人で田圃方面へ散歩に行った。「暑い暑い」とは言いつつも、
鷺や、カラスや犬、ねこ、飛行機に関心を示していた。
−−◎夕方は一時間ほど、市内南西部方面へドライブ。
−−◎本日の 歩行は約6.5Km。
−−◎本日は 夜に風呂に入れる予定。「大騒動」が待っている。
詳細は明日。
−−◎昨日こと 昼に冷やむぎを食べていた。母さんが食べ始めの時、私が目を離して
いた隙に そこにあった ちょうど使い終わって空になったティッシュペーパーの
箱に 麺を一箸取り するすると食べていた。つゆの器は麺と同時に出してあり、
すぐ脇にあったのに....。
私はにっこり笑って、麺をつゆの器に入れてやり、よそ見をしている隙に
ティッシュペーパーの箱は処分した。麺がひとすじくっついていた。
母さんはごく当たり前の顔をして続きをつゆの器から 食べていた。
2003.6.5(木) 晴れ
−−◎6時30分起床、このごろ“夜起き”無し。
−−◎7時24分から8時15分まで田圃方面へ散歩。田に水が張られて、カラス、鳩
に代わって 鷺など水鳥が登場した。
母さん 朝の散歩のときは それらの鳥の他 散歩中の犬 親子連れの幼児
寝そべっている猫 転がっている空き缶 ペットボトル 落ちているゴミ、飛行機、
集団登校の子供 などに関心を示し私に声をかける。
−−◎ヘルパーさん来訪日。10時から11時30分まで
本日で2回目の、○○さんだったが、母さん 結構しゃべっていた。
部屋の掃除をしてもらい バトミントンをして遊び最高110回間で続いた回もあった
後はテレビを見ながら話していた。
−−◎午後、扶桑公園に行き散歩「暑い暑い」と言いながら歩いた。
だいたい機嫌良く過ごした。
2003.6.4(水) 曇り
−−◎6月4日は 手塚治虫氏が提唱した「虫の日」だそうです。
−−◎6時20分起床。7時20分から田圃方面へ散歩 8時20分まで。
−−◎母さん県立病院診察日。注射のことを察知したのか、歩きが気が重そうだった。
先生に「1月 2月は沈んでいたが 4月5月は気分が明るくなりました」と
報告した。
中廊下まできて 注射をやってくれたのですぐ着手できた。いつもと較べて
どうであったのかはわからないが「痛い 痛い」と言っていた。
私「注射だから 少しは痛いよ」と言った。終わってからも少し沈んでいたが
約束の喫茶店へ行ったころには すっかり気分も治っていて 喫茶店へ
はいるとき 犬の散歩の人に会い、犬がチョコ チョコ チョコと歩いているのを見て
「かわいい」とか言って笑っていた。
−−◎喫茶店でスティック砂糖をするすると灰皿に入れた。
−−◎午後 苧ヶ瀬の池へ散歩。一周する。
散歩はそのあと一時間ほど母さんは休憩し私は雑用をしてから もう一度
田圃方面の別コースへ一時間ほど出た。
−−◎犬が田にはいり水を飲んでいた。(全く無関係のことだが 犬が田の中へ足まで
水につかって入り 取り入れ口で ぺちゃぺちゃ水をなめていた。珍しいものを見たので記す)
−−◎数年前まで 近所に努めておられて、母さんの美容院へお客さんとして来ておられた
通称○○ちゃんから電話があった。この方は今休業中と言うことを知っておられない
様子だったので まず私がその旨伝えた。「美容の予約でなければ 話してやってください。
喜ぶと思います。」母さんに電話を替わると、「うん元気にしているよ、ちょっと体調が
悪いので 休んでいるけど」と言っていた。それから相手先の話も聞き「どうしたの?」
とかしゃべっていた。かなり 3分くらい話していて電話は終わった。
母さん「◇◇◇にいた○○ちゃんだったよ」と普通に話していた。人によって
かなり記憶のある人と、覚えていない人がいる。
「うん元気にしているよ、ちょっと体調が 悪いので 休んでいるけど」というのも
言い得て妙なり の状況把握を自分でしていることになる。
−−◎本日の歩行は 合計 約6Kmだった。本人はまだ不満そうだった。
−−◎ 病気の症状の表れは2種類ある。
1)頭脳そのものの機能低下によって、記憶が薄れ、行動力が少なくなること。
2)付随的に発生してくるが 頭脳そのものの機能低下とは切り離された行動力の低下
とがある。
頭脳そのものが復活しないとすると 復活したものは「付随」の方と言うことになる
1月以来途絶えていたものが 5月になって再開したもの
看板や他の車のナンバーなどを読むこと、外へ出るとき手提げ袋を持って出ること、
カーディガンを着たり 脱いだりすること、夕方 ベランダに干してあった洗濯物を
私の知らない間に、中廊下に入れてあったこと、自分のカーディガンだけ干し台から
はずして 丁寧にたたんで枕元に置いていたこと、トイレにはいって水を流した(ここ
半年 水を流したことはなかった。)その他。
原因は不明なれど、事象として記しておく。解明は後にされるだろう。
2003.6.3(火) 晴れ
−−◎6時20分起床。
−−◎7時10分より 田圃方面へ散歩。
母さん「いるいる いっぱい居る 見てみー」
見ると昨日もいた 鷺が 今朝もやってきていた。掘り起こした後の田には 虫が
多く這いだしてきていため 何百枚とある田の中で3枚の田に鷺が集中している。
虫を取っているときは鷺の動きがゆっくりのため 黙視による計算が出来 それに
よると、昨日より多く52羽いた。7時50分に戻った。
−−◎午前中 岩戸公園へ散歩
−−◎「頼り過ぎ」
発病以来、私の対応のなせることなのだが
何でも気ままにし、やれないことは何でもやってやる。それが私への頼り過ぎの
心情を強めている。「頼り過ぎ」で良い状況と不都合な状況を作り出している
1)家の中で けんかを売るとか 言い争いになることは希にしかない。
だいたいは明るい気分で居る。
2)自宅から外へ出ても 200m ほどしか行けないので 自宅から行方不明
になったことはない。(出先での行方不明はあった。)
3)普通のことならば 何でも言うことを聞いて指示に従う。(例外もあるし、
能力を超えたことは出来ないが)
不都合なこと
1)デイサービスなどに行っても、私の姿が見えないと 不安になり帰ろうとする。
2)時により 5分を開けず「おっちやん おっちやん」と私を呼び続ける。
−−◎デイサービスに行ったが、私から離れていると、すぐ帰りたくなって30分
持ちこたえなかった。
それで「人と場所に慣れる」ようにするため、A施設からも訪問介護に来てもらい、
母さんが 人慣れをして、ついでにA施設へ“散歩”に行ったりして、場所慣れもして
気長に 母さんが通所サービスを受けられるように、接触を通じて支援してもらう
ことになった。
−−◎それで今日は12時30分から1時30分までA施設のヘルパーさん
1時30分から3時30分まではC施設のヘルパーさんに来てもらった。
はじめてのA施設のヘルパーさんだったが テレビを見て話したり、笑い声も聞こ
えてきた。暑かったけれど10分くらい散歩にも連れて行ってもらった。
1時30分からC施設のヘルパーさんで 楽しそうにバトミントンとかで遊び
“散歩“に3回連れて行ってもらった。足を洗って 顔と手を拭いてもらった。
−−◎ケアマネージャーが来られた。上記の2施設を活用する手配はケアマネージャーの
手配によるもので、細部の相談をし、日々日程表などももらった。
うまく行く方向で努力してみたい。
−−◎4時から苧ヶ瀬の池にも行き一周してきた。
本日の「歩行訓練」は 合計5Kmなり。夕方夕食準備だというのに まだ
私の方へ「行こう 行こう」と合図を送っていたが、「少し休憩しておいでよ」と
何回か言ったら椅子に掛けて休憩していた。
2003.6.2(月) 晴れ
−−◎昨夜は 母さん12時に寝て、7時起床。夜起き無し。
−−◎7時20分から8時まで田圃方面へ散歩。
庭園業のY氏が 今日は早朝より 田植え準備の農作業中。作業道具を置いた小屋
から もう一人が 耕運機で「田かき」中の田の方へ行くところに出会わした。
私「おはようございます」
Y氏「やぁーーーっ」
私「今日は なにか白い鳥が居ますね」
Y氏「鷺や、鷺。田かくと 虫が出るから」
23羽いた。
実はこの鷺たちは 以前は 木曽川の中にある川島町の林野に営巣していたが
近年住宅地として開発されて テリトリーを失い、私の住む近くの
琴塚古墳(一見小山で森になっている)に巣を作るようになって 近所の農地に
現れるようになった。
−−◎9時20分、岩戸公園へ散歩。
−−◎それから母さんは朝食。外へ出たがったが、家事をする間
「テレビを見て まっていてね」と言い 待たせている間に 居眠りをしていた。
昨晩はよく寝ていたはずだが...。
−−◎ヘルパーさん来訪日。今日は1時30分から3時30分まで。
前半室内で遊び、後半は“散歩”に出た。
「何回も出て 疲れた。それで 改めた」などとヘルパーさんに言っていた。
何回も散歩に出たことを 自覚していたのか と思った。
戻ってから少し休憩していた。ヘルパーさんとも話をして だいたいは
いい気分のようだった。(話というのは 記憶と架空のことをつなぎ合わせ、
私でなければ何のことかわからぬ話だったが)
−−◎4時から、苧ヶ瀬の池へ散歩。一周廻った。帰りは食品スーパーで買い物。
今日の「歩行訓練」はおよそ6Kmだった。
−−◎現状での記憶について
仮に
忘れてしまうこと 90%
記憶していること 10%としておく
次のようなことがある。昨日 犬山の散策コースへ行った。しかし夜には
すっかり忘れてしまっていた。しかし今日になって それとは無関係に
「川の流れが強くて危ないから....」と昨日見てきた増水した川を
連想させるようなことを言っていた。
このところ一週間ばかり、気の向くままに散歩に行くようにして何Kmも
歩いている。「散歩に行く回数が多い」とかは指摘しことはない。
にもかかわらず「何回も出て 疲れた。それで 改めた」などと言っている。
ある出来事を その日の夕方、や翌日、言葉で返答できるようには
思い出せないが 情景として記憶していることがある。
10%の記憶の中にそれがある。
2003.6.1(日) 雨 のち 晴れ
−−◎このごろ “夜起き”をしなくなった。日曜日で私が7時まで寝ていた。
母さんは5時半ころから、何回もトイレに行っていたが、そのたびに床に戻っていた。
私が7時に起きると同時に 階下へ来た。
−−◎8時20分から田圃方面へ散歩に行った。はじめ雨間だったが 途中から
こぬか雨になった。急いで戻ってきた。
−−◎薬はたやすく飲んだ。ただ朝食も食べないうちに、こぬか雨も降ってるのに
2回目3回目の散歩に行こうとしていた。私が応じないので 一人で出ていった。
50mほど先に行き、戻ってドアを開け中をのぞき また出ていくことを
数回繰り返していた。
−−◎11時岩戸公園へ。2周散歩。10時ころから晴れてきた。
−−◎介護をしておられる K様からお便りをいただき、散歩コースを紹介された。
今日はそのコースへ行ってみた。
------------------------------------------------
K 様
本日 犬山グラウンド から 扶桑緑地公園 往復しました。駐車場から
起点まで +600mとして 約2.8Km 往復5.6Km1時間少しでした。
途中 5分くらい休憩しましたが 戻った後も本人は 疲れを見せませんでした。
2人連れの散歩の人に20組以上出会いました。遊具のある周辺では
お子さん連れもたくさん居られました。妻の「歩き願望」を満足させるには
手頃のコースのようです。散歩コースのひとつに付け加えました。
ではまた...
------------------------------------------------
駐車場から起点まで 風が強く気になったが 散策コースは 河川敷内の
帯状の森の中を通っており、日差しも手ごろで風も涼しく川を囲む風景も良く
快適なコースといえる。
雨で川は増水していた。母さんは植物の説明書きの名札を読んでいた。
「あっ 何か居る」と母さん。見ると野生の鵜が一羽潜ったり浮かんだり
していた。小さい子を見ると「かわいい」と言い、犬を見ると「おもしろい」
と言っていた。終いまで歩き通した。
−−◎本日は田圃方面へ2Km 岩戸公園で1Km、緑地公園で5.6Km。
合計8.6Km歩いたことになる。
歩き願望の 歩いた結果から見た 内在的要求の推定。
身体的要求、知的要求。ストレス解消要求。
5.16(金)に繰り返し行動について次のように記した。
-------------------------------------------------
繰り返し行動は切迫観念に駆られてかも?
看板を読むこと=外に出るとひっきりなしに看板などを読んでいた。
トイレに行くこと=一日に数百回トイレに行くことがあった。
歩き続けること=散歩に行って帰ってきても その足でまた出かけようとすることがある
メモを書くこと=何でもかでもメモを書きまくることがある。今はしていない。
字が読めなくならないよう。トイレで粗相をしないよう。寝たきりにならないよう。
メモは忘れ物をしないよう。あるいは字が書けなくならないよう。
切迫観念に駆られて、こういう行動を取るのかも知れない。
----------------------------------------------------
繰り返し行動の一つである「歩き続けること」も 頭脳がこわれていくことに
対抗する 深部の(古い)神経から「この現状からは このことが生命維持に必要」
と生命維持要求としてこれらの行動に駆り立てる指令が出されているのかも
知れない。古い神経から出されるので出された要因を意識化することは出来ない。
願望または直接行動として表出される。そこに生命存続維持(標準年齢までの)の
ヒントが隠されているかも知れない。
2003.5.31(土) 雨 曇り
−−◎昨晩は「お風呂作戦日」
10時30分 開始。
「お風呂にはいるから 服を脱いで」と 私と娘と2人で両方からはさみ
二階や店の方へ行かないようにして 何回も何十回も言った。
「体がかゆくなるから風呂に入らなければ」とか「臭くなるから..」とか
「さっぱりして 気持ちよくなるよ」とかその他いろいろ言った。
脱衣は今日は 説得をしつつ 服を脱がせていった。それでも抵抗したが、
「暴れ度」は少なかった。それに抵抗しつつも自分で袖を脱ぐ方向に引っ張ったり
して矛盾した行動を示していた。カーディガンとブラウスを脱がせるのに40分
かかった。そのままうろうろしていては風邪をひくと行けないので、抵抗を排除して
実力行使で脱がせた。「暴れ度」は少なかった。
そのあと裸になって台所をうろうろしたりして、浴室へ5分 くらいはいらなかった。
11時20分ようやく浴室へはいった。今日は浴室へはいってからも 浴室の外へ
出よう 出ようとする動きが10分くらい続いた。その後は「いいから(自分で)洗う
から」と言う言葉が続いた。「おっちゃん わるいねー」とか「あにゃまん ありがとう」
ということも何回か言った。
11時40分浴室を出て着衣。着衣はちょっと手助けして自分で着た。
そのあと12時15分まで おやつの時間 就寝は12時45分だった。
−−◎その他のこと
母さんの衣服はここ2年くらいは 下着、ブラウス、ズボンが基本である。
3セット(1セットは着用しているから2セット)を緊急用にタオルやバスタオルも
も含め 小型平型ダンボール箱に入れて私が管理している。
母さんも 日常衣服の小タンスにそれらを持っている。
去年の秋ころ 自分から 服を替えたことは一回あった。後は私が言ったときに
替えるだけだった。寝るときも同じ服のままである。4日前に朝私が起きる前に
違うズボンをはいていた。2日間それをはいていて、次の日には別のズボンを
はいていた。私が「おっ ズボン替えたね」と言うと「うん もこもこやろ」と言った。
“もこもこ”とは いままでの冬用では分厚すぎて不都合という意味である。
1月ころから、夜昼反転や 沈み込んだり いらいらしたり して このまま病状が
悪化していくのかなー と心配していたが いまはそれが無くなって
いくつかの側面で復活してきているよう なので 喜んでいる。
セットの中のズボンも夏用に入れ替えて置いた。
−−◎生協配送日、
来たついでに としこさんにシャンプーをしてもらった。
−−◎雨間だったので岩戸公園へ行ったが 雨が降ってきた。傘を差して一周散歩してきた。
−−◎午後 娘も一緒に、買い物に行き 苧ヶ瀬の池へ行き、晴れ間があり一周してきた。
本日の機嫌度は5段階評価で4と言うころか。
2003.5.30(金) 曇り
−−◎朝の田圃方面へ散歩で、○○デイサービスの前を通った。通るとき数件先で
母さんの知っている◇◇さんの前を通るときは 私か「◇◇さんの家だよ」と
言いながら通った。○○デイサービスの前は 黙って通りかかった。
母さんが「ここ 昨日話しておったとこや」と覚えていてそう言った。
私「昨日ここで ごはんを食べていったがね。また今度こようか」というと
「うん」と言い否定しなかった。
−−◎ヘルパーさん来訪日。今日も1時30分から3時30分まで。
今日は“散歩”に4回出て ほとんどの時間を 散歩でヘルパーさんを
引っ張り回した。
−−◎6月から 2施設 活用することになるので その 役割と時間の調整
の打ち合わせのため Mさんより電話があり、話した。
−−◎こども110番 今日は3人トイレを借りにこどもがきた。
−−◎3時35分 母さん「だいぶんあるって」 私「そうや 歩いては行けーへん」
母さん「とても 歩いては」
久しぶりにこの会話をしたような気がした。この言葉は 以前
本巣のばっちゃの家へ行こうとして 良く交わした言葉だ。
−−◎4時から6時 苧ヶ瀬の池に行き、二廻りした 一回廻ってきて「まだ行くか?」と
聞くと「行く」というのでもう一度行ってきた。本日の「歩行訓練」総計9Km程度か
−−◎本日は風呂の予定日。どうなることか。
−−◎徘徊の効用と弊害
徘徊は外側から見ると徘徊だが 本人の目から見ると 外出歩行願望の
実行とみられる。
初期のころは 外出の目標(目的)が明示的 黙示的に表現された。
現状では目標は表現されなかったり、「散歩に行ってきた」と言うときなどがあり
「ちょっと行こう」と言う 願望のみが表現される。
効用は
1、気持ちの発散がある。(昨日帰った後の夕方 気分良く 会話に対する
反応も良かった。)
2,運動能力の保持に、も役立つ。
弊害は
ひとりで徘徊するときに 社会的弊害として発生する。
交通安全。買い物での代金支払い。迷って帰れない。などなど...。
弊害は一人歩きの時に発生する。
状況が許せば、存分に歩き通させるのも 自己実現の一つかと思う。
−−◎一年くらい前から時々言っていること。
「少しずつ覚えていかなあかん。」とか
「だんだんいろいろわかるようになってきた」と言うことがある。
「この道を行くと○○へ行く」とか 例えば あの看板は「高野山(寺)と書いてある」
と言った後にそう言う。幼子がなにか いろいろ覚えていくような口調で言う。
どういう心的背景があってそう言うのか興味深いところだ。
2003.5.29(木) 曇り のち 晴れ
−−◎本日6時起床。私が起きたとき、まだ寝ていたが 私が着替えをしていると
母さんも起きた。
−−◎洗濯のセット、その他を済ませ、薬を飲ませると 本日は きわめてスムースに
飲んだ。所要時間 1分以内。気分(=私の)快調。
−−◎7時22分から 田圃方面へ散歩に行った。8時10分まで。
−−◎母さん テレビを見ながら 朝食。その間に洗濯干し。ひげ剃りなど。
−−◎9時一緒に外出。12時45分帰宅。
通所デイサービスについては ケアマネージャーと施設で 新しい試みを
してもらう方向を検討してもらっている。
−−◎午後 苧ヶ瀬の池に行き今日は2周してきた。
−−◎今日の総歩行キロ数は約10Km。ここ数日 元気に動き回るようになるとともに
「歩き志向」が強くなり、「外に行こう」と誘うので 気のおもむくままに歩いたら
どれだけ歩けるかやってみた。大きく分けて 午前と 午後と 夕方になったが
家に帰ったとき 疲れた様子は 気分的にも 体力的にも見られなかった。
昼食は少なかったが 夕食は普通に食べた。夕方の気分は快適のようだった。
10時に寝た。
2003.5.28(水) 晴れ
−−◎母さんは5時30分に起きた。私は6時30分に起きた。
−−◎今朝は 午前中元気がなかった。きのう 喰いすぎて「気持ちが悪い」とか
言っていたのでそのせいかもしれない。薬を飲ませるときも 上の空
だったし、散歩しているときも、反応が鈍かった。戻ってくると「もう一回行く」
と言わなかった。 理由は不明だったが11時ころには回復した。、
−−◎8時から田圃方面へ散歩。戻りは8時45分。母さん朝食。
−−◎11時から 岩戸公園へ散歩。岩戸公園では 二廻りしてきた。
−−◎昼食後も出歩き志向強く としこさんとこへ行ってきた。
−−◎4時から 苧ヶ瀬の池 へ行き一周歩いてきた。家へ戻ると まだ
出ていくそぶりだったので 私も雑用があるため シャッターを閉めテレビを
かけておいたら おとなしく見ていた。時折 ううた寝 などもしていた。
−−◎午後8時50分 “夜のドライブ”に行き9時50分帰宅。
いつもは いつまでも起きていて「さあ寝ようか」と言うまで 二階へ
行かないのだが 今日は 私が「あれいないな どこへいったかな」と
探しに行ったら二階で寝ていた。ここ二年来無かったことだ。
今日は歩き疲れたのだろう。それと偶然の行動だろう。
−−◎暖かくなって 母さんの 「歩きのテリトリー」も広がった。たいていは 私が
ついて行くが それでも 昼間は私が洗濯干しなどしている隙に、どこかへ
行ってしまうことがある。戻ってくると「ちょっと散歩してきたよ」と言っている。
今までの所 自宅から出て行方不明になったことはない。(行方不明は2回
あったが 私と得意先へ行き車の中で待っていて 心細くなり 私を探しに車から
降りて 私がいるのは当然その目の前の入り口から はいった中であるのに
それが わからず 別の方向へ歩いていき行方不明になった。以来 車の中では
待たせないことにしている)
そんな中で1000mほどの所にある モスバーガーあたりをふらふら歩いて
いたことが近頃あったらしい。
−−◎娘は 学校帰りに 幼友達と 駅で待ち合わせたりして、喫茶店とか寄ったりして
遊んでくることがある。娘も 母親の病気のことは オープンにしている。
親しい友達で 母親のことを知っている子は10人以上という。
あまり親しくない人にも、説明がめんどうだから言っていないだけで、秘密にしている
わけではない。
近所の友達 S子とあっているとき 「この間モスバーガーのあたりを一人で
歩いて見えたけど なんともなかった?」と言われた と言う。
娘は「(父さんが)何も言っていなかったから 何事もなかったんじゃない。
このごろ 放し飼いにしてるから」と。
「放し飼い」と言ったのは バカにしているのではない。心的に独立し 自分も
母さんの世話をしているとの 自覚と親愛の気持ちの表れのようだ。
「『○○歳になったら○○○をしてあげる』とかいろいろ言っていたのに
ついに もちこたえなかったな」と娘が私にポツンと言った。
-----------------------------------------------------------------
T・Y 様 お便りありがとうございました。(2003.5.27)
-----------------------------------------------------------------
2003.5.27(火) 曇り
−−◎母さん 5時起き。このごろは5時で十分明るい。夜起き無し。私は6時30分に
起きた。私が起きていないとき母さんが一人で外へ行くことはないので、
そのままにしておいた。
−−◎早めに薬を飲ませて、散歩に行こうかと思っていたが、薬を飲み渋ったので
朝の散歩は行かなかった。朝食も食べ始めなかった。
−−◎9時34分から、田圃方面へ散歩に。戻り10時10分。母さんはそれから朝食。
全部食べた。
−−◎真砂町の「さかえや」(老舗の中級菓子屋)へ「赤飯まんじゅう」というものを
買いに行った。
−−◎昼食後 「歩き志向」強くまたまた田圃方面へ散歩。
戻ったころヘルパーさん来訪。今日も1時30分から3時30分まで。
室内でバトミントン ボール投げ お話などしていて、二回、散歩に出た。
戻ってから 足洗い つめきりなどしてもらった。母さん「ありがとうすみませんねー」
とか言っていた。
朝から だいぶん歩いているのに、歩いた疲れは見せず、にこにこしていた。
−−◎昨夜、仙台市青葉区に住む 友人OM氏電話をしたところ「留守電」なっていて
連絡が取れなかった。今夕 電話が来て「家屋、身内には被害はなかった。
1978年の宮城沖地震のことがあって気を配っていた」とのことだった。
O・M氏は40年前高校の同級生で仙台に行き職も仙台で得ている。
近況をしゃべりあい、知人の活躍をしゃべりあって、母さんのことも少ししゃべり、
話を閉じた。
2003.5.26(月) 小雨
−−◎母さんは5時に起きた。昨夜10時寝寝たから、夜起きと言うほどでもないので
そのままにしておき、私は6時30分に起きた。薬はスムースに飲んだので、
7時から 近くへの散歩に出かけたが、小雨で傘を差していき、15分ほどで
切り上げた。
−−◎今朝は “特例”として 娘を学校まで送っていった。娘の交通便は良く、
我が家の数十m先のバス停から 学校構内まではいる、定期バスが何本もある。
ただ 市内をぐるぐる回っていくので一時間かかる。車で行くと道路状態が
通常ならば30分程度で行ける。
−−◎車好きの母さんのドライブを兼ねて手出かけた。帰り道では 公共料金の支払い等
のため銀行と郵便局その他へ寄ってきた。戻ったのは、12時だった。
−−◎昼食を食べ またまたこぬか雨の中を散歩に出た。
−−◎ヘルパーさん来訪日、だいたい 時間を見計らって散歩から戻ってくると、
ヘルパーさんは来ておられた。母さんの「歩き志向」は旺盛で、その足で
また 散歩に出た。20分くらいして、戻ると まだ 「行きたい」そぶりだったので
二人で行ってもらった。戻ってきてシャンプーをしてもらった。
「思う存分 歩くことが出来た」らしく今日は ご機嫌だった。
今日は1時30分から3時30分まで。
−−◎母さん 夕方テレビを見ていて、「地震やよ」と知らせてくれた。(東北地方の地震の件)
-----------------------------------------------------------------
K・S 様 お便りありがとうございました。(2003.5.26)
-----------------------------------------------------------------
2003.5.25(日) 曇り
−−◎7時起床。薬を1時間かけて飲んだ。ちびり ちびりと 粒子一個一個を飲んで
いるのではない。飲むつもりになれば数秒で飲める。事実数秒で飲んだ。
これは お風呂とも 更に少し違う。飲もうとする気持ちで、自分で飲み込ま
なければ飲めない。オブラートに包んであげてかなり順調に飲んでいたが
今日は 飲み渋った。その数秒の動作をするつもりにさせるのに1時間かかった。
で近くへの散歩は8時から出た。薄曇りで日差しは強くなく 散歩には
良い気候だった。
−−◎昼前は岩戸公園へ散歩。歩きながら「青い山脈」の歌を鼻歌で歌っていた。
−−◎午後2時からしない中心部へ向けてドライブ4時に戻った。
−−◎夜は3人でテレビを見て過ごした。
−−◎ところで、日常の母さんの行動は、私が風呂と薬のこと 夜起きのこと 無益な
行動のこと だけを 書くと、24時間手こずっているように見えるかも知れないが、
病気の表れとして書いているが、その他の時間はおとなしく 素直なもので
「ありがとう」を連発し たいがいの 行動では 私の言うことに従い、手こずっている
ことはない。本人の気分に反することを無理強いしない限り 母さんの気分は
おだやかなものだ。
−−◎日常生活の手順執行の遅滞。
暮らしの中の諸行動には手順というものがある。明文化されているわけでもないし、
会議で決定するわけでもないが、力の平衡点に集約される暗黙の(時には明示的に)
手順が構成される。状況の変化によって流動的である。
ところで 母さんが薬をなかなか飲まなかったり、生活用品の不必要な移動をしたりして
見つからなかったりすると、
「これが終わったら 次は何をして あれをして....」と言う手順が滞り、遅滞し
その上に更に、母さんの不測の行動が加わると、更に遅滞し 「やる気」が失せて
しまうことがある。でも母さんの気分は「不測の事態」を起こそうと思って動いている
わけではないので私の気持ちとは違って おだやかなものだ。
「無益で不要な行動」は注意しても減少もしないし 黙っていてもひどく増えていく
ものでもない。
2003.5.24(土) 晴れ
−−◎昨夜は風呂に入れた。
9:30 「風呂へはいるよ」と工作開始。
10:10 浴室へはいる。
10:40 浴室を出る。
10:45 着衣終了。
おやつなど食べ 就寝 12:00 ころ
「無理矢理 風呂入れ工作」を開始してから数回風呂に入れた。格闘の
光景は同じようなものなので、今回の詳細は省くが、浴室へはいるまでの
抵抗は 実力には実力を もっておこなわれ、力がだんだん強くなってくる
ので 「無理矢理 風呂入れ工作」も限界かな...。などとふと思う。
(1)比喩的に言えば 社会的正義の貫徹のため、幼子を 反面では
「もう少しゆとりを持って」と思いつつも、たたいたり、叱責する 母親の
立場に似たところあり。
(2)他面では また 風呂にはいるなどと言うことは 当然のことであり、
「四の五の」言って もたもたしていることに 腹が立ってくる。
(3)行動を見ていると、風呂それ自体は いやではないらしい。また 水が
恐い と言うことでもなさそうだ。(適宜な時間に浴槽へはいったり出たりを
繰り返しているから)。
(4)服を脱ぐのが厭のようだ。去年 としこさんに それぞれ客人同士は
遮断されている家族風呂に2回ほど連れて行ってもらった時も 服を脱ぐ
のに1時間以上かかり 浴室にいたのは10分程度だった。と言うことだった。
「無理矢理 風呂入れ工作」の初回も一時間以上は、「服を脱ぐ」説得に費やし、
行動に移らなかったので 実力行使をして、それでも脱衣に1時間近くかかり、
脱衣のために合計2時間近くかかった。浴室に入ってからはゆっくり40分くらい
はいっていた。
(5)着衣は簡単だった。服を取ってあげると「自分で着るからいいよ、
何もかも世話してもらっては 悪いから...」と言っていた。着衣は言ったように
自分でさっさと着た。
−−◎昨晩母さんはしっかり寝ていた。その後私が 茶碗、皿を洗ったり、洗濯をする
物音がしても 全然起きなかった。 いつもはちょっとした物音ですぐ起きてしまう
ことがある。私は2:00に寝た。
今朝は、母さん5:00に起きて下へ行ったり上がってきたりしていた。私は7時に起きた。
−−◎今朝は薬をたやすく飲んだ。7時50分から田圃方面へ散歩に行った。道ばたで
発見する 小鳥やカラスや鳩、捨ててある空き缶や ゴミなどがあると私に報告してくれる
8時30分に戻り、喫茶店風にパン サラダ 飲み物を用意すると散歩で体を
動かしたせいか、すぐ食べ始めた。
−−◎食べていると 生協配送車が来た。
−−◎10時から11時まで 車で出かけた。
−−◎ひるころ テレビで「吉本」を見ていて「ハハハッ!」「ハハハッ!」と何回も笑っていた。
私は台所から来て ちょっとのぞくと「おもしろいよ 見てみー」と言うので 少し
おつきあいすることになった。 なんたって 楽しいことはいいことだ。
−−◎その後は母さんにテレビを見させておいて私は30分ほど昼寝した。
4時からいつもの、ドライブで 長良生協へ行った。芥見生協より雰囲気が
良かった。
−−◎暖かさのせいか 母さんの気分が そうなっているせいか わからないが、
家にいるときは 何度も 入り口を出たりはいったりし、長良生協へ行ったときは
買い物を終わり、車に戻っても、駐車場の中をあちこち歩いたり、戻っては
道路の方へ行ってしまったりして 車に乗ろうとしなかったりした。
「歩き志向」が強まっている。
2003.5.23(金) 晴れ
−−◎昨夜は 私が腹のぐわいが悪く7時ころ寝た。母さんもその時間に寝た。
「母さんは途中で起きるかも....」と思っていたが起きて階下へ行き“夜遊び”
するようなことはなかった。母さんは5時ころ起きたが早めに寝ていたので
そのまま 気ままにさせておいた。私は6時15分ころ起きた。私の腹のぐわいは
すっかり治っていた。
−−◎7時20分から7時50分まで 岐南町方面へ散歩。150mほど南へ行くと
岐南町、今まで散歩コースとしては選んだことがなかった。母さんには目に
見えるものが 珍しく快調だった。
記憶は薄れていて 今日散歩に行ったかどうか は思い出せない。
いつも散歩に行くコースは それとして何かの記憶に残っている。
新しいコースへ行くとそれが「いつもと違うコースだ」と言うことがわかる。
ちょっとした気分の昂揚があるので コースが「いつもと違っている」ことを
認識していることがわかる。
−−◎銀行へ出かけ、あと 岩戸公園へ行き 二周してきた。
−−◎ ヘルパーさん 来訪日。1時半から3時半まで。
はじめ少しはテレビを見て話していた。その後少しして 二人で散歩に連れて
行ってもらった。帰ってくると また母さんは「出る」気持ち強く行ってしまった。
40分ほどして 戻ってきた。向陽台高校の横まで行ったそうだ。
2回も行ったので ちょっと疲れたかも知れないが、だいたいは にこにこして
いて機嫌が良かったようだ。
−−◎4時から 市内一周のドライブ に行った。
2003.5.22木) 晴れ
−−◎昨夜は11時に寝て、母さんは5時30分に起きた。私は6時20分に起床。
母さん 夜起きはなかった。こういうときは いたずらっぽく私を突っついて起こす。
母さんなぜか 覚せい気分で、にこやかだった。
−−◎今朝は くすりを すぐ飲んだので7時24分から、田圃方面へ散歩に行った。
戻ってきたのは8時、私が作業をする間、母さんは椅子に座ってじーっとしていた。
−−◎9時から パンとサラダの朝食を食べ始めた。
−−◎今日は ゴミの日。いままで 時々「寒い 寒い」と言うので出してあったストーブを
かたづけた。
−−◎ケアマネージャーから電話あり。
先日、「お試し デイサービス」に行った件につき 話し合った。
「当面、半日ずつ行ってみることにするか」という感じであるので それを伝え、
そのように計画してもらうことにした。
−−◎家の周辺に散歩に行った。暖かくなって 外へ行きたくてしょうがない と言った
そぶりだ。母さんの足のおもむくままに とりとめもなく歩いた。
としこさんの家にも寄った。冷たい牛乳をもらって飲んで、うれしそうだった。
2003.5.21(水) 晴れ
−−◎昨夜は11時に寝て、7時に起床、夜起きはなかった。
−−◎今朝は 漢方薬のくすりは、オブラートに包んであげたけれども
簡単に飲まなかった。やはり気分により まちまちか
−−◎7時15分、薬を飲ませて、散歩に出るつもりで 薬飲ませ開始。
なかなか飲まなかったので、私も他用をしながら 随時工作。薬を飲んだのが
8時5分。散歩から帰ってくる。予定時間に薬を飲んだ。で散歩は近場
を廻り、10分で終わり、次へ進めた。
このように なかなか 予定通り物事が進行しない事例を挙げた。
母さんは 社会的な関わりを忘れていくけれども、私を通じて社会的な
関わりの中で存在している。
薬を飲む前も 飲んだ後も 私は 普通のトーンを崩してはいない。(いらいら
してはいたが、)母さんは散歩に出ると 気分が良くなり薬を飲んだことは
忘れてしまい、 道ばたで 見聞きするものについて、とりとめもなく私に
しゃべっていた。
−−◎本日は 私が 診察日。30分程度で 事件なくすぎた。帰り道は喫茶「チボリ」
へ寄り、岩戸公園で散歩し戻ってきた。
−−◎母さんは 日用品のいろいろのものに興味を持ってさわり、移動する。そのことが
私に 奇妙な不安感を醸し出す。例えば 台所で 袋物食品の開封に使用する
「はさみ」だ。
これが 定位置にあるときは問題ないが 定位置にないときは
「どこに置いたのだろう」と探すことになる。
はさみを洗ったときでも かつての習慣では 皿、茶碗を洗ったときに入れる ざる
には入れなかった。それがざるの底辺部に入っていて、洗い物が乾き、
皿などを 棚に置き直したときにようやくはさみの所在がわかった。
他のものも 時々 雲隠れすることがある。私が置き忘れたのに「母さんのしわざか」
疑いを持つことがある。「失せもの」が出てくるとたいがい その出た場所によって
私自身が置いたのかどうか 思い出す。発見されるまでは 気持ちが焦る。
「百ぺん探して 人を疑え」の主旨が貫徹出来ない事情が発生し、私の 記憶も
薄れかけているのだろうか?と言う 疑問におそわれるわけである。
−−◎2時45分ころから 苧ヶ瀬の池へドライブ。
3時20分について おやつなど食べながら、景色 事物を見て、3時40分から
一周散歩を してきた。早足で30分ほどで歩き、 4時10分。
4時15分 池を発ち 4じ45分に帰宅した。
池は 近頃の雨と水田用水のため ほぼ上限まで水位があった。
あひるが3羽いた。
2003.5.20(火) 曇り
−−◎昨夜は11時30分に寝て、7時に起床、夜起きはしなかった。
7時25分から 8時05分まで 田圃方面へ散歩。
−−◎今朝は 漢方薬のくすりは、オブラートに包んであげたら、簡単に飲んだ。
そう言えば今まで 錠剤の薬はほとんど抵抗なく飲んでいた。
−−◎前もって準備し 10時30分から、デイサービス 「あだち」の「お試しサービス」
に行ってきた。ヘルパーさんと私と3人で行ってきた。通常 外部のヘルパーが
付き添っていてはいかんのだが、「お試しサービス」=見学と言うことで
OKだった。
往きは 徒歩15分の所にあるので 歩いていった。11時について 私は係の人と
話をし 母さんとヘルパーさんが椅子について、季節の歌をプリントを見て歌った。
歌はなつかしの流行歌、文部省唱歌、など
11時40分から、昼食の準備にかかり、ほぼ12時から食べた。
ハンバーグ、かぼちゃサラダ、にんじんその他の煮物、みずなのお浸し、
野菜スープ 白飯だった。
自由時間があって、昼寝するかたは、数名昼寝された。
1時ころから、卓上ボーリングをやった。係の職員の人が一回ごとに プラスチックの
ピンを並べておられた。10名程度でやるから 1人につき3回投げる機会が回って
1ゲームだった。ビスケットとお茶が出て小休止。
その後は 周辺の散歩。施設の裏側は田園地帯で かなり遠くまでも渡せる。
母さんは元来の早足で、他の人を追い越して、家から行ったヘルパーさん
とともに反対方向へ歩いて行き、2倍ほどの距離を遠回りしてきたが、
戻ってきたのは 一団の人たちより先に付いた。
2時45分 おやつの時間は ミルクケーキだった。母さん おいしかったと見えて
自分の分を食べるとヘルパーさんの分、私の分と、3人分食べてしまった。
帰りも 徒歩で帰るつもりだったが、日差しがあるのに 雨が降っていたので、
車で送ってもらった。3時20分に自宅着だった。
母さんは 終始 にこにこしていて気分は良さそうだった。新しいところで
特に気障りなものがない限り、いつもこうだ。
ここへ行くか どうかは 行き始めてみないとわからない。
−−◎4時に 小昼に和そばを食べた。
6時に買い物、7時に夕食、そのあと「さあ行こうか」と言っていたが そのあとは
どこへも行かなかった。
2003.5.19(月) 曇り
−−◎母さん昨晩は 10時30分に寝て 今朝は6時起床。朝から「おい おい」と言う
−−◎朝 薬をなかなか飲まなかった。その分散歩時間が削減された。
−−◎午前中 波 風なくすぎる。
−−◎ ヘルパーさん 来訪日。1時半から3時半まで。
バトミントンをして遊んでもらい、なにやらお話ししていて、足を洗ってもらった。
シャンプーは 椅子のぐわいが悪く 母さんが起きあがってしまったので
ダメだった。2人で散歩に行ってもらった。母さんが「こっち こっち」と
案内したそうだ。
−−◎薬を飲むとか 衣服の着替えとか なかなかしなかったり、明らかに拒否するとき
がある。扱いの立場からすれば、扱いにくいが 病気が進んでいるからこうなっている
とは言えない。何らかの 不快または不安の 要素を感じ それを態度に表して
いる点では、自己を持っていると言うことである。
病気の進行の現状から そのようになっているのであるが、納得して行動を
起こすなら、それでよいが、無表情にそれに従っているならば、扱いやすい
かも知れないけれども、自己を表現できなくなってきていると言うことである。
−−◎夕方スーパーへ行き、夕食後は こどものサンダルを買いに行ってきた。
-----------------------------------------------------------------
M・M 様 お便りありがとうございました。
-----------------------------------------------------------------
yuki 様 お便りありがとうございました。
-----------------------------------------------------------------
2003.5.18(日) 晴れ
−−◎母さん7時起床。私8時起床。娘9時起床。
−−◎10時 みんなで喫茶「チボリ」へ行った。
−−◎母さんが 周辺の同じ場所にいる人が感じる以上に「寒い 寒い」「暑い 暑い」
と言うのは 更年期障害のせいだという。で更年期障害治療の漢方薬が
医者の診察により出されている。この薬はアルツハイマー病の治療とは
関係ないが 母さんの気分を安定させるのに役立っている 感じが私にはする。
「まずい」と言って 飲まないことがあったが このごろ飲ませている。
−−◎昼から 久しぶりに ばっちゃの家へ行き おやつなど食べ ひとしきり
しゃべってから、母さんの腰が落ち着かず「帰る帰る」のそぶりだったので、
「山県」の方へ遠回りして帰ってきた。
−−◎夕方 3人で買い物に出かけた。
−−◎夜は 娘に母さんの相手をさせて 私は7時から、寝た。
−−◎今日の母さんの 気分体調は 「良」であった。
2003.5.17(土) 晴れ
−−◎7時起床。
−−◎8時15分から田圃方面へ散歩。9時10分まで。田圃方面へ散歩は だいたい
四辺形に廻ってくることにしているが はじめ 元気に進んでいたが
半分を少しすぎたあたりで、無口になってしまった。たまにあることだから
別にあまり気にしないで 帰り道にかかった。途中、喫茶店をのぞこうとしたり、
モスバーガーへはいろうとしたりしていた。私は今はその予定でないので、
「まだ開いていないよ」と言いつつ先へ進んだ。
先ほどのことを 私が察して「おなか空いたねー 早く帰ろうか」と言うと、
母さん「それよりもトイレに行きたい」と言った。喫茶店をのぞいたりしていたのは
トイレのためであったかとわかり 家への道を急いだ。
9時20分から 母さん 我が家の「店」で朝食。
−−◎9時30分、生協の配送車が来た。このごろ母さんは手伝わなくなったので
特段の事件なし。
−−◎4時15分から5時まで 岩戸公園へ散歩。
−−◎夕食後、1時間ほどドライブ。
−−◎今日は、本日もまた むりやり風呂に入れた。むりやりというのは 裸に
なるまでで 浴室にはいると 娘に「あにゃまん ありがとう」とか
「あにゃまんすまないねー」繰り返して言いおとなしく というか普通にしていて
洗わせたり 自分でもタオルでこすったりしていた。
脱衣開始 ・・・・・・10:45 (30分)
脱衣終了浴室へ・・11:15 (30分)
浴室出て着衣・・・・11:45 (5分)
着衣終了お茶の時間・11:50(35分)
就寝・・・・・・・・・・・・・・12:30
脱衣が一番 手こずるところである。風呂作戦をはじめたころは「自分でやるから」
と言うので 待ちつつ 言葉で促しつつ 30分待っても何も脱がなかった。
それで強制執行することにした。今日は5分くらい説得したが、「自分でやる」
と言いながら開始しなかったので 強制執行にした。強制執行が抵抗するので
25分かかった。
浴室内での時間は「お風呂作戦」やりはじめた一番はじめのころは 下着を
着けたまま入れたので 母さんが そのことに違和感を感じたのか、
中で濡れた着衣を脱いだあとも 機嫌か悪く手間取った。2回目からは
裸にしてから入れているので 感謝して はいっていて時間も短縮されている。
強制執行では 物理的な力も相当必要であるし(母さんの体力も運動能力も
少しも衰えてはいない)気分的にも良いものではない。
しかし 出た後の 「ティータイム」の時には楽しそうに食べてしゃべっているので
いやな気分もふっとんてしまう。
そして 娘が 皮肉たっぷりに私に言うことは「一番はじめ 風呂に入ったときの
『おーっ 風呂に入ったぞ』というあの感動を忘れて 普通のことのように思って
しまっては ダメ」と。
※ 直接風呂とは関係ないが気が付いたこと。
着衣で、母さんが服の前ボタンをかけるとき、私だったら手間取っていると 私が
やってあげてしまう。娘がしまいまで母さんにやらせた。
娘は「ここのボタンをかけて」という、母さんは 返事をしながら知らんふり。
いらだたず10回くらい繰り返し言い、ついに母さんに意味が わかり自分で
ボタンをかけた。残っている能力を継続させることが出来るだろうととの
推測に基づくものである。そう言えば先日は 娘が自動車のドアを母さんに自分で
開けさせていた。
他の細胞と同じく脳細胞もわずかに再生している。ただしアルツハイマー病の場合は
こわれていく細胞の量が多いので再生が追いつかないのだが 気の遠くなるような
訓練を繰り返せば機能は低下しないと言う説もある。しかし「生活」の性質上
それは出来ないので機能低下を防ぐことは不可能であるが.....。
2003.5.16(金) 晴れ
−−◎6時30分起床、母さん 夜起き なし。
−−◎7時26分から8時まで田圃方面へ散歩。
−−◎今日は 割合早く、朝食を食べた。9時→9時30分。
−−◎12時から岩戸公園へ散歩。
−−◎ ヘルパーさん 来訪日。1時半から3時半まで。
はじめ30分テレビを見たり、話し相手になつてもらったりして、
その後は3人で 苧ヶ瀬の池へ行き 一周散歩してきた。
疲れた雰囲気だったが、機嫌は悪くはなかった。
帰られた後4時から 小昼(=こびる=昼食と夕食の間の食事をこびると言う)
を食べた。
−−◎夕方は食品スーパーへ買い物に行った。
−−◎「恐い恐い」というのは 日記には書いていないが 毎日言っている。
このところ 回数の多い日と少ない日があるが 夕方 4時から5時のころは
どこにいても 必ず言う。
−−◎繰り返し行動は切迫観念に駆られてかも?
看板を読むこと=外に出るとひっきりなしに看板などを読んでいた。
トイレに行くこと=一日に数百回トイレに行くことがあった。
歩き続けること=散歩に行って帰ってきても その足でまた出かけようとすることがある
メモを書くこと=何でもかでもメモを書きまくることがある。今はしていない。
字が読めなくならないよう。トイレで粗相をしないよう。寝たきりにならないよう。
メモは忘れ物をしないよう。あるいは字が書けなくならないよう。
切迫観念に駆られて、こういう行動を取るのかも知れない。
2003.5.15(木) 曇り のち 雨
−−◎昨晩も 夜起き はしなかった。ここ一週間ばかり 夜起きをしていないようだ。
−−◎ケアマネージャー来訪。試験的にデイケアに行く 計画を立てた。
「特養」については これまでに5施設の説明書を取り寄せてもらい、そのうち
条件の合いそうなところ3ヶ所について申し込みを書き提出を託した。
−−◎今日は雨が降っていたので、思うように散歩に行けなかったらしく、夕方ソワソワ
そわそわしていた。夕ご飯の後、一時間ほど出かけた。
−−◎合理的認識、論理的認識が退潮していく反面、直感的 感性的認識がするどく
とぎすまされている。感性的な行動指針が立てられそれにもとずいて行動が
おこなわれる。感性的とはいえ その立場からすれば 結構現実に立脚している。
2003.5.14(水) 曇り のち 雨
−−◎今朝 私は6時30分に起きた。母さんは7時ころ起きてきた。「寒い寒い」
と言いながら、私を2階へ引っ張っていき、もう一度布団に入った。
私は傍らで枕元の整頓などしていると2〜3分して 母さん「さあ 起きようか」
私「じゃー 起きようか」と一緒に降りてきた。その後は上がっていかなかった。
今までに行動しようと思っていたことを、途中でほか事があっても 完遂しようと
行動することが 時折ある。
−−◎7:25から8:10まで田圃方面へ散歩。45分間
散歩中 あたりに見える、鳥や植物類の識別能力は落ちていない。
「ジャガイモや」とか「茄子や」と言った。ジャガイモそのものが見えてはいないし、
茄子はこの畑では まだ花も実も付けていない。
−−◎診療所へ診察。血圧を測りに待合室まで出てきてくれたので 特に支障となることは
発生しなかった。
−−◎実害はないが、形式には沿わない行動。
前提状況=(1)私が 昼食の用意をすべく、皿を並べて置いた。
(2)ポッキーという 棒状の菓子があり、6本ずつ袋にはいり、数袋
小箱にはいっている。チョコレートがまぶしてあり、母さんは
2本くらいは食べるが 1袋分は通常食べない。
私は ポッキーというものは まわりとの友好で必要に迫られない
かぎり食べない
展開=母さんポッキーの袋を開けて、1本を食べ残り5本を 出して置いた皿に
並べた。もう1袋 封を開けようとしたので、私が「湿気るから食べてしまって
から次を開けようか」と言うと「うんうん」と返事。でも手の方は2袋目を開けて
しまった。開けたものを皿には出さないで、卓上のものに立てかけた。
全体の小箱は もう一方の皿に載せた。私は別の皿を出して、副食を配分した。
ポッキーはその後もずーっと残ったままだった。
解釈1=やることがもう むちゃくちゃになってきた。
解釈2=昼食のおかずの盛りつけをやろうとしたのかも知れない。だから2袋の
封を切った。 途中で私が雑音をいれなければ 両方の皿に盛りつける
つもりだったかも...
ただ 載せるものが おかずと お菓子と違っていた。
もう一つは 一旦動き始めた行動は完了するまで、停止しない と言う特徴は
ここにも現れている。
−−◎新聞記事によると
三菱化学生命科学研究所の星美奈子主任研究員らは、
ベータ・アミロイドをゆっくり回転させると微少な球形となりそれが 神経細胞に対する
毒性を持つようになる 事を発見した。
と言う。
2003.5.13(火) 曇り
−−◎今朝は 母さんどうしたわけか8時まで寝ていた。昨晩 深夜に長時間起きていた
様子もない。私が7時に起きて、台所で 準備していると起きてきた。母さんが
朝起きたばかりの時 元気でないのは いつものことだが 特に 変調により
寝ていたようではないようだ。
−−◎朝の薬を飲もうとしなかった。私が指の治療に行っている間に、娘が薬を飲ませて
おいてくれた。
−−◎昼食は 和そば。
−−◎ヘルパーさん 来訪日。1時半から3時半。
はじめから 快調のようだった。バトミントンをしぬいぐるみで話しかけて遊び、
ヘルパーさんと二人で散歩に出かけた。(これは母さんにとっては 近頃無い
珍しいこと。去年当初は2人で散歩に出かけてもらって いたけれども)
母さんが覚えている道を「こっち こっち」と案内したそうだ。
※母さんの 心の中の 背景に
道を知らない人を自分が案内して連れて行っているという 考えがあること。
近所とは言え、道を覚えていたこと を示している。
−−◎寝る前に「さあー 歯磨きしようか」とブラシにペーストを付けた渡した。
「うんうん」と言ってなかなか磨こうとしなかった。母さんトイレへ行ったり、右へ
左へと歩いたりしていた。私がちょっと目を離した隙に ブラシを隠してしまった。