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我が家の横顔 お父さん(58歳)−お母さん(56歳)−娘(高校生) (2001.4.1)

娘のつぶやきです。 (右側↑↓でスライド)


筆者田口文機の”自由”な発言です。 (このページの一番上に戻る)
このページでは介護のことに限らず、行き当たりばったり 思いつき、でいろいろな事が書いてあります。

    幼少期の性格が現れる

      「幼児返り」と言うが、単に「機械的に、能力が削減されていき行動が幼児のレベルになる」

      と言うのではなく、6歳から20歳に掛けての、記憶や行動パターンが無くなって行き、

      4・5歳の頃、自己が持っていた、感性が表れてくる様だ。

      ひところ「だんだん、いろいろなことを覚えていかなあかん」(順次覚えていく必要がある)

      と言うことをしきりに行っていた時期があった。

      その後のこと、車に乗っていて、母さんが助手席から「帰りはこっち」などと指さすことがあった。

      私が「おーっ、そっちだよ。よく覚えとったねー」と言うと「だんだん解るようになって来た。」

      と言い。この「だんだん解るようになって来た。」と言う言い方が別の時にも何回かあった。

      (2003.11.13)
    最後の体面を保つ

      「体面を保つ」ということ。体面が勝手に歩き出してしまうので 近頃では

      なにか虚飾のように言われるが、社会生活をしている人間、到達した人間、

      それを保持することによって 生きていくことの出来る人間の中身、それを保つか

      しからずんば、生き恥をさらさず、消えるか 去るか、そこまで追い込まれている

      −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       9時25分

       散歩から帰り 一緒に洗濯を干した後 下に降りてきて 私が事務所のイスに

       かけて 母さんが 横に立ち 始めは小声だが 落ち着いたトーンで言った。

      「もうダメだ なにもかもだめだ  なにもかもだめだ  なにもかもだめだ

       なにもかもだめになっちゃった」

       ほろぽろと涙を流し 

      「 もうもだめだ 死にたいよ 何で私ばっかりこんな事に」

       と言って泣きだした 

      「 なんで なんでー」

      「もうダメだよー なにもかもだめだよー」

      「人間 年取れば ダメになることはあるさ まだいっぱいやれることはあるよ

       それを生かして楽しんで生きていくのやは おれも ずーっと ずうーっと 

       一緒にいるから」

      3時ごろ また「もうダメだよー なにもかもだめだよー」と繰り返し言った。

      夕方6時ごろ 「おっちゃん ありがとう ありがとう ありがとう 

       私、もう本巣へ帰るわ ありがとう ありがとう」

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      (2002.4.11)
    適切な行動支援

      行動が自発的に出来なくなってくると共に適切な行動支援が必要になってくる

      時がある。 (2002.3.28)

    「記憶を思い出す」
      2001.07.09(月)に 本巣町 道の駅 織部の里へ行った。

      ざるそば を食べてきた。

       さてその翌日、

       「昨日ざるそば食べてきたねー」

           ・・「えぇー知らん」

       「本巣へ行った時食べてきたがね」

           ・・「ううんそうかも・・・」

       「大きな ドライブインみたいなところがあって」

           ・・「・・・・・・・・・」

       「・・トイレに寄ったねー」

           ・・「・・・・・・・・・」

       「・・・・そうだ、まだ出来たばかりで、中は杉の木の香りがしたねー。」

           ・・「中は 大勢座れる席があって、外は 木や 山の景色が見えて、

              あそこのそばおいしかったよ」

      思い出してくれて、わたしもうれしくなった。本当は「杉の木」だったか

      「檜」だったか、別の木だったか知らないが、「木の香り」で、思い出し

      たようだつた。(2001,07,10)


    「初期 中期の適正な対応」
      アルツハイマーの初期の段階では、物忘れが集中的に現れる。物忘れにもとず

      く判断の誤りが出る適正な訂正が必要である。いろいろな仕事も、つまづいたから

      と言ってやらせないのでなく、本人がやろうとする意志のあることは 必要な補助

      で限界になるまでやらせた方がよい。一見「鬱病(うつびょう)」に見える 黙りこ

      くった状態の時でも、話しかけると、そしてその内容が自分の理解できることであ

      る時は、話に乗ってしゃべり出してくる。

      (01/06/09)

    「そらまめ」
      「そらまめ」というもの、わたしは農村地帯の出でありながら、栽培している

      のを見たことがない。うちの村では作っていなかったのかも知れない。かなり大き

      くなるまであのカチンカチンの「そらまめ」しか知らなかった。その後も関心の外

      にあった。

       2〜3年前、美容院へ来るお客さんから 緑色野菜の「そらまめ」を戴いた。そ

      の時 戴いたものは、皮までやわらかく、煮物にすれば皮も食べられる物だった。

       それ以来何の意識もなく緑色野菜の「そらまめ」はそう言う物だと思って

      いた。

       このごろまた別のところで緑色野菜の「そらまめ」を戴いた。それを母さん

      が中の豆だけ出して「これだけしかないよ」と一握りの豆を見せてくれた。ハッと

      思ったのを気づかれないようにして鷹揚さを見せたつもりで「ありがと、ありがと」

      と言った。そしてそのちょっぴりの豆を煮物にして食べた。

       どうも気になっていたので4〜5日後 スーパーで緑色野菜の「そらまめ」を買

      ってきて、昼のおかずにと 母さんが店に出ているとき、空豆を皮ごと煮物にして

      みた。味見をしてみたら皮は固くて食べられなかった。あわててすでに煮上がった

      ものから豆だけを取り出して、皿につけた。

      「お父さん この辺で売られているそらまめの皮は固いよ 爪を当ててみるとすぐ

      わかるけど」

       母さんは このことに関しては初めから解っていたのだ。

      母さんに 解っていることと忘れたことが混在しているために 私が母さんの行動

      評価を間違えてしまうことがある。(01/05/28)

    「ピュア・ソウル」
        「ピュア・ソウル」中京テレビ連続ドラマ  (月) 夜 10:00

        かかさず見ている。永作博美 室井滋 が好演している。

        感想−−ドラマについて 細かい あれこれは 言わぬ。作者 俳優 諸氏が 

        アルツハイマー病について よく理解しており こういう主題がドラマとして存在する

        ことに敬意を表したい。(01/05/14)

        ※永作博美さん、初期症状の状態についてそっくりに好演している。(01/05/21)


    文章表現の新しい形−現在から過去へ
        インターネットの文書の書き方に「現在から過去へ」と記述されているものがある。

        いま私が書いているのもその方法である。日付の新しいものを、最初の部分に付け

        加えていく方法である。インターネットを見る人が開いたとき、その人が同じホー

        ムページを何回も見ているときは、「変化したことは何か」と言うことに関心があ

        るためである。その方法に適合する文章は、日記類似の文書、短文で一つのまとま

        りにすることが出来る文書である。

        書く人が、原稿または資料を整理していて 短期日に書ける文書は、書いた分だけ

        追加していっても順次書かれている

         移動の激しい、ヨーロッパ系住民の「結論を先に言う」言語表現が、日本語にも

        取り入れられたというべきか。結論となる動詞が一番後に来る日本語的感覚とは少

        し違って感じられる。

         あるホームページを何回も見た人もいるし 当然のことながらあるとき初めて見

        る人もいる。そう言う人は結論を先に知り「どうして どうして」と過去へ理由を

        探っていくことになる。(01/05/12)


    全身心を注いだ生きる努力3
        病気でない人も失敗(行動が当初意図した結果にならないこと)することがある。

        1)少し注意すれば知り得るはずの条件を怠慢で把握しなかったとき

        2)結果予測を時間の経過点での自分の到達点より高い水準においたとき

        3)天候や経済情勢など細部まで知り得ない条件を相手に行動したとき

         そして第三者は 「ばかなことをして」と言ったり「よく頑張ったじゃないか」

        と励ましたりする

        この病気の人が 100 ある条件の内 一つか二つ把握しえなかったまま

        行動したとする。真剣な生きる努力が 人目には奇異に映ることがある。

        病気が 初期 または中期 ならば その人の信頼を得ている人が優しく訂正して

        あげることだ。(01/04/06)  






    本について 2
        本もまた歴史の産物である。「本」といってひとくくりにしてはならなかった。

        その著者が 意識すると 意識しないとに関わらず 特定の状況を想定して書かれている

        ということである。(01/04/03)

    本について 1
        介護についての いろいろの本や いろいろの意見を参考にすることは

        大切であると思います。しかしそれに流されて 機械的にことを運んではならないと思います。

        当人の状況をよく観察して対応することが大切です(01/04/01)