田口靖子のホームページ33
つぶやき1Yasu33
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田口靖子ホームページ−−−母さんのつぶやき−−−編集者−−田口文機
母さんは人々との会話と絵によって自分の心を表現しています。ここでは日々母さんが
しゃべったこと(幻想や空想でないこと)を集めています。自動車をクリック
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ばっちゃの外遊
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箕浦重行先生のこと
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みとおばちゃん・赤いかわいい下駄
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まるみちゃんのこと
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さよちゃんのこと
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予 備 ******
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| 沖縄のこと
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| ゆたかちゃんのこと
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| まゆみさんのこと
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| しんこちゃんのこと
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| 小学校のころのこと
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| いろいろなひと-1-
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| いろいろなひと-2-
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| 田中先生のこと(医院)
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| シャンポリオン−−
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| 母さんの父親のこと
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| ばっちゃ(母親)のこといろいろ
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| 英語の勉強
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| 条件反射で出てくる話
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| ラック靴屋さんの話
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| 救急車のこと
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| 函館・長崎・宮崎のこと
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| 犬・「まる」のこと
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| 予備28
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| 予備29
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| 予備30
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| 予備31
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−−−夢のある話(=空想話)も含む−−−
| 円谷みか小児科医院の看板
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| 田中先生の庭の草取り
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| 「山下清」(画家)の話
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| 「岩戸トンネル」の話
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| 安田さんの話
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| 予備
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| 予備
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| 予備
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| 予備メモ
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ばっちゃの外遊
.
. うちのばあちゃんはいろいろなところへ行っているよ。
「何でもええで自分の行きたいところへ行ってりゃー」
「行って来てもええか
靖子ばかりにもらっておっては悪いげ 」
「行ける内に行っとかにゃ」
と言ってお小遣いも上げて行かせてあげたの
ハワイからアメリカからヨーロッパまで
あちこち行ったよ
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箕浦重行先生のこと
.
箕浦先生は私が小学校の頃の担任の先生でした
とても良い先生でした。お兄ちゃんも箕浦先生に担任をし
てもらったことがあります。いつもダブルの背広をきちっと
着てみえました,このあいだお正月すぎに会ってきたら顔
がなんか子供みたいに こんなにちいちいちゃこくなつってし
まってみえた。びっくりした。長屋の方から通ってみえた。休みの日に
友達とか みんなで自転車に乗って遊びに行った。
子供にしたらけっこう遠かったよ。毎年 年賀状をくれるし
いろいろはらえん金があると払ってくれた。私涙が出てきた。
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みとおばあちゃん・赤いかわいい下駄
. まだ小学校へ行っていない頃のこと。母親は勤めに出ているし
お兄ちゃんお姉ちゃんは学校へ行っているし 実家のおばあちゃんに
くっついて歩いていた。
実家のおばあちゃんは みとお という名前やった。大きくなってか
らは みとお おばあちゃんと言っていた。
私が末っ子だったのでおばあちゃんは私を一番かわいがってくれた。
おばあちゃんはどこへ行くときにも私を連れて行ってくれた。
いろいろなところへ連れて行ってもらった。
今から思うとおばあちゃんが近いところへ用足しに行くだけ
だったのだけれどもどっかへ行けるのがとても楽しみだった。
. ある日 おばあちゃんの在所の尻毛へ花火をみに連れて行ってもらった。
赤い 下駄こちゃん を買ってもらって おんぶしてもらって花火を見て
廻っていた。そしたら 下駄こちゃんがなくなっていた。
. おばあちゃん げた げた 下駄こちゃんが無くなってしまったもー
とみゃーみゃー泣いていた。
. あら いつの間にか 下駄を落としたのかえ
と言って あちこち 探してくれた。かなり探したけれど出てこなかった
ので 私は泣いていた。次の日に新しいのを買ってくれた。
「傘持っていけよ」
小学校のころやったかと思う。みとお おばあちゃんが朝晴れているのに
「傘持っていけよ」といった。
「こんなに晴れているのにどうして傘持っていくの?」
「おばあちゃんにはちゃんとわかるんやで」
「うーん」といって、傘を持っていった。
そうしたら、かえりごろ雨が降ってきて
「やっぱり、おばあちゃんの言ったとおり雨やったわ」
「そうやろ、おばあちゃんはねちゃーんとわかるんやで、言うことを聞いとくもんや」
と言っていたよ。ホントに昔の人って外に出てちょっと見ただけでわかるんやね
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まるみちゃんのこと
. まるみちゃんはお目目のくるくるのお人形さんみたいにかわいい子だったよ
. いわきさちこさんの子供です。いわきさんは水商売の人だったけど
しっかりした人で、休みの日には わたしを
「やっちゃんボーリングに行こ」
と よく遊びに誘ってくれた。商売柄よくお酒を飲む人でわたしが
「そうも飲んだらあかんて」何遍もいうのに
「うん うん」って返事をするのに
また飲んでしまって。飲まずにおられなんだんやね。しまいに病気に
なって死んでしまった
. まるみちゃんはたまにお守りをしてあげたことがある そのとき
引き取ってやろうと思ったこともあるけど まだ若かったしそういう
わけにも行かなかった。さちこさんのふる里は三河の内海の方で
そっちの方へひきとられたそうだけど。
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さよちゃんのこと
.さよちゃんは ほんとは りよさんというのや。水商売で ずーと柳カ瀬で
スナックをやっていたけど、「もう 年やから」と言ってやめてしまって
いまは 親戚のマンションの管理人みたいなことをやっいるそうや、どう
しているやろう、マンションと言ったって そうやることあらへんし、テ
レビばかり見ていてもつまらんと思うけど。そうそうさよちゃんが教えて
くれたの。
私が「クリーニングどこへ出そうかな」って言ったら、
「私は十八屋さんに出しているけど わりあいしっかりやってくれるわ
良かったら電話しておいてあげるわ」って。
うちもそれからずーと十八屋さんに来てもらっているわけや 汚れも落
ちているしアイロンがけも上手やし。さよちゃんは長野県の伊那地方の出
なんやって
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まさひろさんのこと
.正弘さんは、私よりズーとズーと絵がうまかったよ。正弘さんの描いた絵が学校
の玄関のところにやーっとかざってあったよ。まんがの本を見て、上手にさささと
ホントに上手に描いてしまうの。
私が子供のころ正弘兄ちゃんがアルバイトをしていて、ある時、スイカをもらって
きたの。自転車で重いのに岐阜から運んできて、うちへ帰ってきて着いたとたん自
転車がひっくり返ってスイカが割れてしまった。その後どうしたか覚えていない。
いまは 西宮市に住んでいて機械器具の設計の仕事をしている。この間ここへ来て
、土産に瓦せんべいを持ってきてくれた。それかねーホントの瓦みたいに大きなや
つでねー。みんなで食べた。もう一枚残っているよ。
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沖縄のこと
.
沖縄へ行ったことあるよ。沖縄の海は水が澄んでいてきれいだよ。ホントにね
底の底まできれいに見えるよ。濁り水なんて全くないよ。
「こんな魚が、おるんかね」見たこともない魚が泳いでいた。それにパイナップル
のジュースがおいしかった。
クオレで売り上げが一定以上あると、ただで連れて行ってくれるの。ただと言って
もおみやげなんかのお小遣いは別やけど。
としこさんも一緒に行ったことがあるかも知れんよ。
としこさんも「沖縄は良かった」と言っていた。
行く前に「せっかく点数があるんやで連れて行ってあげるわ」と言ったら
「本当にいいのかね」と言った。
「悪かったらあんた誘って連れていかへんで・・。一緒に行こうよ」と誘った。
あの人もあんまりいろんな所へ行っていないし 別に赤の他人様じゃないから
強く誘って連れて行ったの。
「それみー」と私が言ったの。
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ゆたかちゃんのこと
.
ゆたかちゃんは養子に行った。ボクシングが好きやった。表彰状やらトロフィーやな
んかいっぱい持っているよ。ものすごくいっぱいあるよ。みとおばあちゃんがゆたか
ちゃんに「なにやっておるんや 遊んでばかりいてはあかんね」と怒ったので、近くで
遊んでいた私は さ さっと家へ逃げてきた、関係ないけど。
ゆたかちゃんは気の優しい子やった。せやけどわりとしっかりしているよ。ボクシング
の試合があった時 みとおばあちゃんも見に行ったことがある。
大学卒業して岐阜へ戻ってきて ○○病院へ勤めていたけど、そのうち事務長になって、
そのうち辞めちゃって 今はどうしているか知らん。
私が小学校のころ、4年生やったか5年生やったか、学校で「うんてい」をやっていたら
ゆたかちゃんが写真を撮ってくれた。その写真が今もあるよ
(注=停年で辞められて、他に勤めておられる)
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まゆみさんのこと
.
まゆみさんはほんとは あそこへいきたくなかったんやよ。みのしの方へ行って
しまったけど あの子ったらほんとに子どもみたいなところがあるんやよ、
美濃市へ行って 岐阜市へ行って、美濃市へ行って 岐阜市へ行って、大変だった。
「しっかりせにゃいかんって」と言うと、
「だって 先生・・・・うじゃうじゃ・・・」と言って涙をポロポロ出して、
私が「あんたお母さんなんやろ」
「こどもの前では絶対泣いてはだめやよ」と言ってやったんや。
「そしたら わかった って言っていたけど
」
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しんこちゃんのこと
. しんこちゃん はすごーいやせた人やった。いいのか知らんと思った。
ガンになって死んでまった。まさみさんは寂しいやろうな しんこちゃんがい
なくなってしまって。「しんこ しんこ」って言っていたのに。
男性群が残っていて 女性群が死んでまってはいかんわ。
00くんや++くんが結婚していればいいけど。
いまじゃ男所帯になってしまってている。
実家はええとこの家でお金持ちやったそぅや。
「靖ちゃん 遊びにおいでや」と言うもんで 休みの日にはよく行ったことがある。
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小学校のころのこと
うちの 南側には、大きなお寺があった。北の方に佐藤久子ちゃんがいた。
ひがしみなみのほうにはふみえさんがいた。その南に三浦綾ちゃんが居た。
今ある学校は新しく移動してできたところで、前の学校は 古い道具を飾って
ある博物館みたいになっている。そのすぐ北側に高橋ともちゃんがいた。
高橋ともちゃんは賢いもん。学校がすぐ近くやったもんで、忘れ物しても
すぐ取りに行けた。学校にくっついておるみたいなもんや、目と鼻の先に
学校があるんやもそりゃ楽や。
そういえば 高橋まさひろという子もいたな。その子も優秀な子やった。
学校から帰ってくるといつも遊んだ。鬼ごっこをやったりかくれんぼを
したりした。森田せつこさんも居た。お寺の鐘つきに行くやろ、
あそこにいつもイチジクの木がおいてあったもん。
春になるともくれんの花が咲いていた。
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いろいろなひと-1-
◎たかのさんは、アイリーンの喫茶店をやっていたけど、岐阜交通の
タクシーの運転手になっんやよ、そら喫茶店やって細かいしさ、女性の運転
手って珍しいし、女の人のお客さんなんかやと、運転手も女の人やし、
人気があるんやて。店へもそのままタクシーに乗ってお客さんに来てくれたけど、
このごろ忙しくなっならしくて、見えてないけど
(筆者 注 うちの美容院へ来られなくなった理由だけはちょっと違う。こちらのせい
であってお客さんの 事情ではない。以下の母さんの 思い出の中の人たちも同じ )
◎おにもとさんは、うちの店へ 初めて見えた時は そりゃー きれいな人やったよ。
どこかの高校でお花の先生をしていたんだって、旦那さんは大手のコンピュータ会社
の社員で・・・ハハハ お父さんとは違うは・・・四国の方へ3ヶ月くらい出張で一緒に
行って見えたこともあったよ。
旦那さんが病気になって、車いすに乗って県立病院でリハビリをして見えたのを見た
ことがある。自宅へお見舞いに行ったら、おにもとさん 涙をポロポロ流して泣いて
見えた。誰でもいろいろあるんやね
◎ふるかわさんはね、ホテルの番をして もとかずくんを育てなさったんや、
そこを辞めてから 日野の方へ 家をたてて引っ越された。一時病気になって体が
太ったようにむくんでしまって、トイレに行くぐらいしか動けなくなってしまってね。
少し良くなりかけたころ一度来てくれたことがあった。むくみの病気は治ったけど、
動くのは不自由らしい。だけど もとかずくんがお嫁さんもらって いい子らしくてね
よう世話してくれるってふるかわさん喜んで見えた。その後何回か来てくれたけど
このごろ遠くなって見えなくなった。
◎ つや さんは ○○信用の まあ銀行員やった。北一色に私がいた時の、
担当でずーと長いことよく来てくれた。そのうちに「もうずく辞めるから」と
言って来なくなった。だいぶん経ってから ひょっこりきて「今百姓やっている。
あのころは 金 金 金で お金の勘定ばかりでいやになってきた」と言っていた。
◎ハートランスのお兄ちゃん
ハートランスのお兄ちゃん このごろ来なくなってしまったねー
感じのいい子で 時々来ていたのに、転勤になってしまったのかなー
(筆者 注 ハートランスという運送会社があって、そこの運転手の若者が
店へカットをしに時々きておられた。たぶん転勤ではなくて我が家の 休日日が
多くなったせいだ。)
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いろいろなひと-2-
.なぐもさんは新潟の出で姉さんと一緒に来ていて、岐阜にいたけど
帰っていってしまわれた。
.のぶちゃんは 谷汲から来ていた子で、ちょっと太り気味だったけど、
いい子やった。
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田中先生のこと(医院)
.
田中先生はほんとに バッチリやよ。あやが赤ちゃんのころは県立病院に見えて、
見てもらっていたんやけど。何かわからん熱が出て、一週間もさがらなんだのやて、
どうなることやろと思って、このまま死んでしまうのやないかと思って、涙が出て出て
とまらなんだ。そやけど熱が引いて元気になっていったので、ほっとした。
何もしてやれなくて、頭をなでなでしてあげることしかなくてねー。
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シャンポリオン−−
−−−としこさんが「シャンポリオンってなに?」って言うもんで、
各務原へ 行く道の所に、喫茶店とケーキをやっているところがあるんやて
寄ってみたけど美味しかったよ。って教えてあげた。
「そんなら今度行ってみようか」と言っていた。
そこでコーヒーとってケーキを食べた後、ケーキとサンドイッチとパンと
買ってきたことあるよ
レストラン・ヒーロー
ヒーローは私が元の岩戸の店を始めたころ出来たのや
始めはもっと小さな店でやっていたけど、そのうちに大きな庭園付きの
喫茶レストランになって、外からもピカピカの店が見えてね。
「一度はいってみようかな」ってはいったらソファーなんかも新品で
気持ちよかったけど、今は古くなってしまったね。でも池の見える庭は
いいよ
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母さんの父親のこと
.家の父親は英語がぺらぺらやったんやよ。通訳をやっていて、インドとか
東南アジアの方へ行っていたんやよ。
それが 病気になってしまって、死んでしまった。それからが大変になったんや
それから母親の苦労が始まったんや。お金もなくなってしまうし。
「お父さんがいたらなー お父さんがいたらなー」って、何回も 何回も 何回も
なんかいも言ったんや。死んでしまってはあかへんがね、たとえ少しでも生きて
いてくれるといいけど。それからいろいろなことがいっぱいあった。有りすぎた。
今は、としこさんは向こうの家やし、ばっちゃは本巣の家にいるし、私はここで
おにいちゃんは○○におるもんで、バラバラやなー
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ばっちゃ(母親)のこといろいろ
小学校のころ帰ってくると母親が寝ていた。
私が「どうしたの?」と聞くと「どうもしないけど、ちょっとえらい」と言った。
自転車でひっくり返った話し
○○○○○
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英語の勉強
.父親が英語ぺらぺらやったもんで、私も英語が得意やった。 今でも好きやよ
ひらこたくま先生と近藤先生が2人で交代交代で教えて見えた。
ひらこたくま先生というのはお寺さんやった。近藤先生はちょっと小柄な
先生だった。
ある日、みんなが私の机の周りに寄ってきて、「下野さんすごいねー」と言った。
私は何がすごいかわからんくらいやった。その時は 本をそのまま写す練習だった
ので ただ書いていっただけだったけど。
「下野さんどうしたの」って 言うもんで、「どうもしないただ書いただけや」と言った。
家へ帰って
母親が「父ちゃんは英語ぺらぺらやった」と言うので「私もお父ちゃんと
一緒の仕事しようかなハハハっ」と言っていた。
(2002/02/13)
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条件反射で出てくる話
カステラの長崎や−−−森さん
靴屋さん −−−−−かなり前に転居された「靴のラック」さん
「松本」ナンバーの車−−サスペンスドラマ
夜店−−−−−−−−−中島さん
百姓と言う言葉−または−勤めていた銀行の看板−−−−つやさんのこと
不動産屋は−−−△△住宅はだめ、○○不動産はバッチリ
クリーニング屋さんは−−−△△△クリーニングは汚れが落ちとらへん、○○○クリーニング
でなくっちゃ
(2002.03.20)
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ラック靴屋さんの話
.ラックの靴屋さんは、私の元の店のはす向かいの国道筋にいた人で
夫婦2人で店をやっておられたが結構はやっていた。トンネル工事には
引っかからず、私がこっちへ移ってきた後も、2〜3年やっておられたのに
どこかへ移って行かれて、シャッターが閉じたままになっている。
結構はやっていたのに どうして止めてしまわれたのかわからん。
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救急車のこと
−−−8年くらい前のこと、深夜十一時 食中毒になり、救急車で病院に運ばれた。
「単なる食中毒ですよ」と3日後 退院した。その時のこと−−−
−−−私も「ピーポーピーポーの車」で運ばれたよ。痛い!!痛い!! 痛い
なんちゅうものやなかったよ。その日の昼になんか知らんを食べたんやろ。
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函館・長崎・宮崎のこと
北海道の函館へ行ったことがある。夜景がきれいやったよ。
○○○○○
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犬・「マル」のこと
ほらもうねー 家へ帰ると よろこぶ よろこぶ。
タタッと走ってきて飛びついてくるんやて
服も何もクシャクシャになっしまうくらいに。
飛びついてきて 引っ張るやろ。「だめ!」というと キョトンとした
顔しとるんやて。
「くーん、くーん」と鼻で鳴くようにするときはどこかへ行きたい時や
(2002.10.9)
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□□□□予備28
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□□□□予備29
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□□□□予備30
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□□□□予備31
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円谷みか小児科の看板
.車で通行していると「円谷みか小児科」(仮名)という看板がある。
娘の友達にこの小児科の先生と同姓同名の子がいる。両者は親類でも縁者
でもなく全く関係はない−−ここまでが事実−−
−−−はじめ 看板に名を出してくれと 文に頼まれたのやけど
文が「いやや」と言ったもんで 円谷みかちゃんになったんやよ。
それであの看板が出してあるの。
「いやや」と言うものを無理に押しつけてもいかんし。−−−
※空想話の大筋は以上であるが、その時によって話しにふくらみを付けて
しゃべる。前提となる 看板に名前を借りることは この場合は社会的に
見れば意味不明の行動であり、あり得ない事である。
「いやや」以下は 「無理強いしてはいかん」という「教育論」が展開される。
ついでに付け加えられる見解も、もしそのような状況ならば妥当だろうと思う。
前提認識の誤りがある。前提が正当ならば、対応は正しいことになる。
何が壊れ、何が壊れていないかを、見るためにメモにとどめておく。
(2002.3.4)
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田中先生の庭の草取り
田中先生は病院の先生、自宅は周辺ではない。お話はフィクション
−−−車に乗って走っていたら、かがんで何かやっている人がいた。
ふと顔を上げられたのでみたら田中先生だった。庭先の草取りをしておられた。
目が合ったので「こんにちわ」と言うと会釈された。田中先生も庭の草取りを
やられるのやなーと思った。
(2002.2.10)
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「山下清」(画家)の話
外に出た通行途中に 画家山下清の展示会があるポスターが貼ってあった。
−−−あっ 山下清って書いてある。あの人 体調が悪かったけどがんばって
絵を描く、練習して、絵を描くようになったんやよ。
お兄ちゃんも絵を描くのが上手やったよ。病気で死んだお父ちゃんも英語が
ぺらぺらやったよ。それで私も英語が得意やった。 今でも好きやよ
ひらこたくま先生と近藤先生が2人で交代交代で教えて見えた。−−−
(2002.3.11)
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「岩戸トンネル」の話
−−まずは 事実。「岩戸トンネル」とは 当市から北東方面への他都市へ通じる
道路について、バイパス道路を作るために掘られたトンネルのことです。
30年以上前母さんが この岩戸という場所で貸店舗を借りて店を始めた。
約10年やっていたが、その上に「岩戸トンネル」の取り付け道路が出来る
ことになった。「補償金」をもらったが、借り店であったので当然の事ながら
別の場所での、改装費には足らず、近所のお客さんは遠のけば来られなくなり
減少した。でも、「道路が便利になれば、世の中のため」と承知していた。
そして現在地に移った。一方トンネルと道路は数年後完成した。
新しい店も、それなりに継続できていた。−−−ここまでが事実で以下のことは
このこととはほとんど関係のないトンネルについての空想話。
−−ずーと前に、ちょうど私がそこへ行った時に、工事をやる人が、
5・6人いて話しているのを聞いたのやけど
ここのトンネルは地下何百メートルも掘ったのやそうやよ。掘る時にしばらく立って
ずーと見てたのや。トンネルが出来るって事は、前々からわかっていたことや。
今までにない工事や、「こうこうして、こういうふうにやるのか」とずーと見ていた。
その時はそんなにみんな集中していなかった。(野次馬がいなかった)私一人
ずっと見ていた。たしか男の人がそういうふうに言われた。
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安田さんの話
−−−安田さんは名を「やすこ」と言う。今なら「青山」のような店を20店持って
いた大きな洋服屋さんやった。だけどちっとも高ぶったところが無く、
生意気な感じでは絶対にないよく気が付くおばさんと言う感じだった。
初めうちへ来てもらっていたころは、そんな社長の奥様やなんてこと気が
付かなかった。物言いは上品というわけではなく、もちろん下品でもない、
普通の奥さんというしゃべり方だった。
いち時はすごかったよそらもう「あふれるぐらい服があった」と言って
みえたものね。
大きい洋服屋さんでは「つぶれた」店も、あるけれど、安田さんとこは
「あかんようになった あかんようになった」
といいながら順番に店を閉じていったので、「つぶれた」ということでは
なかった。本店を閉められた後も、ずーっとうちへ来てもらっているもの。
秋田県に知り合いがあるとかで、切り端うどん(商品にはできない物)の大袋
を土産にもらったりしたよ−−−
−−−苧ヶ瀬の池に「安田屋」のパン屋さんがある。−−−ここまでは事実−−−
(パン屋さんの横で逢ったというのはフィクション)−−−いつかここで
「安田さん」とかちあってね。安田さんも名前が「やすこ」と言うんやね。
安田さんが私に「あんたもやすこというのかね、私と同じやね」と言って
大笑いに笑ってしまった。そしてパン屋さんも 安田さんやろ
またまた大笑いになって−−−
(このページの一番上に戻る)
□□□□予備b06
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□□□□予備b07
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□□□□予備b08
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□□□□予備b09
.メモ−
婆さんが犬に喰われた話−−池松さん−−やすよさん−−シャンポリオン−−ハートランスのお兄ちゃんの話−−
○○○○○