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気づく以前のこと |
性格と生活と環境 |
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「ちょっと変」 (1998,8)(53歳10ヶ月)と気づく以前のことを思い出してみます。(筆者=私=田口文機)
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(気づく以前) 1997年12月 53歳2ヶ月 (物忘れ) |
(物忘れ) 郵便局から 預金キャッシュカードが 簡易書留で 送られて来ることになっていた。 しかしいっこうに来ないので私が「郵便局から 簡 易書留で何か来ていなかったかなー」と 聞いた。 母さんは「さあ、気がつかなかったけど」という。 郵便局に問い合わせをすると「12月XX日に配達 した。」と言うことだった。 カードが すぐ無ければならないというものでもな かったので、そのまま忙しい年末、正月が過ぎていっ た。正月も一息ついたころ、棚の整理をしていたら、 上の方から配達控えの付箋の付いたままの 封筒が 出てきた。 封筒が出てきたので、何事もなかったように季節 は移り変わっていった。 |
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(気づく以前) 1998年2月 53歳4ヶ月 (同じことを何回も言う) |
(同じことを何回も言う) 母さんと娘は仲が良かった。ほとんど言い争いをす ることはなかった。この日 私が夕方家に帰ったとき 険悪な空気が流れていた。1時間もすると元に戻っ た。私としては、元に戻っているものを、詮索する ほど、必要も暇もなかった。 しばらく日にちが経ってから、娘が言うには、 「あの時、前にも聞いた話を何回も言うから、 『その話はもう聞いたって、何回も言って』と言ったら 『何回も言っとらへ ん』と言ってものすごい怒って、 1〜2時間しゃべらんかった」と。 何かを注意して言ったのではなく、ニュース情報 的 に、教えてあげたという内容のようだった。 私は娘に 「貴重な情報を教えてもらったのに 食いつかなくてもいいやろ」 「別に食いついてしゃべったわけでないよ、 普通に言っただけやし」 |
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(気づく以前) 1998年5月 53歳7ヶ月 (電話の伝言があいまいになった) |
(電話の伝言があいまいになった) そのころ 娘は中学3年、私はPTAの係をやって いた。修学旅行が翌日という日に 母さんは「長」の 人から「行ける人は見送りに行く」との電話を受けた という。当日の朝、朝食の時にそれを聞いた。 私は もし行くとすると時間がない、見送りに行くの は係だけなのか、係以外の保護者も行くのか、他 の係への連絡はどうなっているのか とか考えてい た。 連絡というと 私だけが用件を聞いておけばいい 場合と、他の何名かの係の人に伝えなければなら ない場合とがあったので「みんな集まるのかな、私 だけが行けばいいのかな」と聞いた。母さんは 「さあーわからん」と言う 「わからんて・・・(電話で詳細を)聞いたんやろ」 「私が出ていって(PTAの係りを)やっているわけ やないしわからん」 「いま 連絡をどうするかってことは 普段 係をやっ ている やっていないに関係ないがね」と言い争い になってしまった。 電話の内容から今後の処し方を判断することがで きなかったのだ。 |
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(気づく以前) その他 |
生協(消費生活協同組合)の注文で いか を 十ハイ(10匹) 二回連続注文、そして連続で はないが、まだたくさん残っているのにまた注文するこ とがあった。 ただ私のところの生協の場合 注文してから商品が届 くのが二週間後であるため、今の私も時々同じものを二 回注文することがあるので何とも言えない。 |
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(気づく以前) 病気と気づく以前普通に暮らしていたときの様子 |
(性格) きれい好き、冗談を解する、色彩の美的感覚は するどい。 直感的判断に優れており、論理的思考には弱か った。 ある年のお正月の朝大雪が降った。「よし今日は 店をお休みにしてスキーに行くよ」とか、どこかへ遊 びに行くときに、その日の朝決めるようなこともあっ た。 しかし人倫の処理となると、「人間ってそんなもん じゃあないと思うよ」などと理詰めになることもあっ た。 (趣味) ボーリング。まだ修業時代、お客様に連れて行っ てもらい、かなりのレベルに達した。 そのほか、油絵、文化刺繍などを始めたが、忙し さのためものにならなかった。 酒、行事で宴会などあれば飲むが、日常的には 飲まない。 たばこ、20年くらい前マイルドセブンを半年間ほど 喫煙したことはあるが、後は喫煙していない。 店用の顔、家庭用の顔 と言っても別に 裏表があったというわけではな い 店に出ているときは 声がハイトーンであり、シ ャキシャキとしていた。 家庭用の顔 声の調子は低くなる。 何でもとっておく。買い物の包装紙、袋。雑誌、 本。何かの折りにもらった石鹸、お茶、タオル、砂 糖、茶碗、海苔 などなど。 |
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(気づく以前) 病気と関係のありそうないろいろなこと |
◎緊張とストレスの連続 美容院の仕事が忙しく、待っているお客様のことを 気遣い、いつも緊張とストレスの連続だった。 ◎風邪を引くと頭痛がした。 風邪の時、小児用風邪薬ジキニンを何回もケース 買いをして保管していて飲んでいた。 ◎栄養ドリンクを飲んでいた。そのために不整脈 になった。栄養ドリンクの服用を中止したら不整脈 は起こらなくなった。 ◎1995年7月のある日 子供を連れて外で和食 を食べてきた。その夜、食中毒症状が出て、激し い腹痛があって救急車に来てもらいみどり病院に 運ばれた。その時救急車の中で激しく呼吸をして 過酸素(酸素が多く吸収されすぎること)症になり かけたことがあった。(本当にその症状になると脳 を冒されることがあると聞いている) ◎我が家の真上に電力会社の高圧電線がある ◎うちの食卓で母さんの位置は、電子レンジの前 下にある ◎十数年前から ニワ・インターナショナルという ところの、ルイボスというお茶と ニワナ−106と いう食品を食していた。 ◎プロポリス(蜂蜜加工品)を飲んでいた。 ◎仕事で使用する パーマの液体がお客さんのセッ トアップの時蒸発し店内に満ちていた。 ◎爪のマニキュア時に、洗い落とし、塗布において、
シンナーを使用していた。 |
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1998年8月 から 1999年2月 |
(この間は当たり前にやっていた) この間、美容院の仕事は当たり前こなしていた。 食事の用意は、朝食を週三日は私が作り後の日は 母さんが作った。昼食はその時の都合によって、夕食 は母さんがやっていた。 洗濯は母さんがしていた。 (おかずか黒こげ) 煮物をしていて おかずを黒こげにしてしまうことが 何度かあった。 ([料金もらっていない]と言う) 美容院の仕事で、髪をやってあげたのに「お金をもら っていない」と言うことがあった。私は言っていることを 記憶まちがいと思いもしないで、一緒に集金に行った。 相手のお客さんから「あの時お払いしましたよ」と言 われて、「あっ そうでした そうでした。」とすぐ納得し てしまった。立場逆転で丁寧にお詫びをして帰ってき た。 帰りの道々「本当はどうやったの」と聞くと「もらった と思う」と言った。「もらっていたのなら良かったがね」 と言いつつ戻ってきた。 別の時にもう一人あった。その時は近くの人だった ので「一人で行って来てみ」と私が言って一人で行か せた。その方も「もらっていたわ」と言って帰ってきた。 また一人の方がいたが、今度は電話で確認させた。 相手の方が気安い人で、お金をもらったときの状況を 丁寧に説明された模様で「そういえばそうやったね」と 納得していた。 次の時に「もらっていない」と言ったときに、私は「た ぶんもらっていると思う」と言ってレジスターのお金を 点検した。来られた客さんの料金と残高金額が一致し ていた。 「忙しかったので状況を覚えていないかも知れない けれどお金はもらったんやわ」と私が言って納得した。 以後、料金をもらったら、私が確認することにした。 それから後も「もらっていない」と言うことは何回かあ った。「さっきもらったよ、おれも一緒にみていたから確 かだよ」と言うと納得していた。 ([商品を万引きされる]と言う) 化粧品の店販商品がほんのわずかにある。それを万 引きされると言い出した。状況から見てほとんどあり得 ないことだった。 「そんなことはないと思うよ」と私は言った。 母さんは何度か「万引きされる」と言っていたが、実 際にはないことなので現実問題は発生しなかった。 (時々沈み込むことがあった。) 時々沈み込むことがあり、他人を避けるような感じが 見られることがあった。 |
このころ行動がちょっとおかしいと思う この時期のことは 「こと」が毎日 起こるわけではない。たまにポツ ポツとあるだけなので 他の人か ら見たら全くわからない状況だっ た。 |
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1999年3月 から 1999年8月 無かったことを言う |
1999年3月11日 娘の高校入試の合格発表のあ る日だった。その日は朝から寒い日だった。娘は前日か ら「もう落ちたわ、落ちてるわ、見に行かんでもええわ」 と言っていた。 「そやけど見に行かんわけにはいかんやろ」 と促して学校へ行った。風が吹いて寒かった。 番号を確認してから「母さんに電話しなさい」と言って電 話をさせた。それからが大変だった。スリッパも用意せず 筆記用具も持たず、外での寒さに数時間耐えるだけの 服装もしてこなかった。が手続きは無事終了させた。 家にいた母さんは親戚の人に 「入試、受かったって、お父さんが夕べ(昨晩)聞いて来 たよ」と言っていた。夕べ(昨晩)聞いて来るということは ありえないことだった。 |
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