紹介記事Yasu31
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このページの紹介記事は2003年10月1日 状況に合わせて更新しました。
特に 注のないかぎり 2003年10月1日現在の状況です。
本人やまわりの状況を紹介します。
. 田口靖子さんは 1944,10,**生まれです。(本年(2002年)57歳です)
修行をして 美容師になり美容院を営業していまいた。一人お手伝いの人がいました。
自身の仕事を持って確信を持って生きていました。見かけは地味ですが内面は
華やかで 時間が出来たらあれもしたいこれもしたいと考えをふくらませていました。
ときに「ときめきたもうりけり」でした。ところが4年前(1998年8月)から「物覚え」
がわるくなり、おつりの計算がやりにくくなりました。3年前(1999年8月)
に浜松医療センターで「若年性痴呆症の疑い」有りと診断されました。
(この一年間の変化)
その後も美容院は継続営業していましたが2001年12月5日、休業としました。
営業許可はそのままなので 近所のばあさんたちが「あんたのとこがええもん」と言って
カットに見えたりして、週にひとりくらい客人が見えます。シルバー割引のつもりで代金は
安くしていますが カットの結果には苦情はないようです。
食事用意の手伝い(材料を切る、食器を洗う)、洗濯を一緒に干すこと、
スーパーの買い物に一緒に行く、などしています。しかしそれ以外の、ほとんどの仕事が
出来なくなりました。
リハビリで 絵も描いていましたが2001年12月以来中止しています。
2002年3月に「介護保険」の認定をされました。
頭以外はすこぶる健康で、原因不明で 怒ったりすることはなく、穏やかです。
時折 沈み込んだり、「帰る 帰る」と言ったりします。
たまに目的を告げず外出します。去年一度だけ警察に保護されました。
迷うといけないので「外出」するとついていきます。
それと 一人でいることができなくて、私や娘の姿が見えないと探します。
以前にお客さんを駅まで おくっていった時、10分ほど出抜けていたら、
ひどく興奮して私を怒りました。
「だんだん いろいろなことが出来なくなった」という自覚はあります。
それに対する恐怖心があってほとんど毎日「こわいこわい 助けてー」と言います。
ここ2ヶ月ほどは、ぶらぶらしているので デイケアを考えています。
2003年7月から3っ目のデイサービスに行っています。ここは付き添い可なので、
長続きしています。
家族の状況は
. 私 夫の田口文機と 大学へ自宅通学している娘の3人です。私は同じ自宅で
パソコン関係の自営をしています。当人は発病初期には、細々と美容院の仕事を続け
ていましたが2001年12月5日から休業中。1年前(2001年4月1日)には
介護という意識はありませんでしたが、現在では介護をしています。
. 私は靖子さんのことを「母さん」と呼び、母さんは私のことを
「お父さん」と呼んでいます。時々「おっちゃん」と呼ぶこともあります。
母さんがアルツハイマー病にかかり、現在よりも先々のことが心配です。
この1年間に、インターネットで公表されている「介護の先輩」諸氏の(諸兄・諸姉の)
体験を参考にさせてもらっています。心構え、病気の進行、制度・施設、諸経費 などなど
多岐に渡っています。介護を体験されているとても多くのかたから、助言、ヒント、
励ましのお便りをいただいています。体験はしておられないけれども、日記を読んで
いただいて、同感と励ましのお便りをいただきました。
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発端経過
本人の生い立ち
. 母さんは兄、姉の三人兄弟の末っ子だった。さらにその下にもう一人いた
が乳児のときに亡くなった。本人の生まれた1944,10,**というと
第二次世界大戦の終戦末期だった。住まいは中核都市周辺の近郊農村地帯
だった。、母さんの父親も母親もその地域出身、父親は横浜の外国語を学ぶ
学校で勉強し通訳となり、インドから東南アジアへ商社の仕事をしていた
. 父親、母親は結婚当初は神戸で暮らしていた。その後名古屋地方に移り
住み暮らしていた。終戦後 父親が病気で亡くなり、母親は実家へ戻り屋敷
の空き地に居をかまえ、苦労をして三人を育て上げた。
. 母さんは中学校を卒業すると近くのとし美容院に勤めかたわら美容学校
に通い資格を取得した。「田舎にいるだけでは本物になれない」という気持
ちから中核都市中心部にあるモデル美容室に勤めた。しばらく勤めてから事
情で廃業した店の営業権(借家で設備等は自分の物)を買い取って自分の店を
持って営業をはじめた。しばらくそこで営業していて 私田口と結婚して
現在地で店舗兼住居を新築し営業を継続した。
母さんの母親(ばっちゃ として登場する)実家に住んでいる。
母さんの兄さんは○○に住んでいる。
母さんの姉さんがは我が家から500mほどの所に住んでいる。
幸いなことに母さんは末っ子だったせいか3人からかわいがられていた事だ。
ばっちゃは漢方薬やら「おもいッきりテレビ」の情報やら「胃の薬は飲み続
けると悪いらしい」と言う情報などいろいろ気を使ってくれる。
母さんの姉さんは実際的にもいろいろ手伝ってもらっている。
母さんの兄さんは いろいろ励ましてくれている
(性格)
きれい好き、冗談を解する、色彩の美的感覚はするどい。
直感的判断に優れており、論理的思考には弱かった。
ある年のお正月の朝大雪が降った。「よし今日は、店をお休みにして
スキーに行くよ」とか、どこかへ遊びに行くときに、その日の朝決める
ようなこともあった。
しかし人倫の処理となると、「人間ってそんなもんじゃあないと思う
よ」などと理詰めになることもあった。
(趣味)
ボーリング。まだ修業時代、お客様に連れて行ってもらい、かな
りのレベルに達した。そのほか、油絵、文化刺繍などを始めたが、忙し
さのためものにならなかった。酒、行事で宴会などあれば飲むが、日常
的には飲まない。たばこ、20年くらい前マイルドセブンを半年間ほど
喫煙したことはあるが、後は喫煙していない。
コーヒーが好き、喫茶店は休日ぐらいしか行かないが、家ではドリップ式
の時もあるし、ネッスルのインスタントもあるがお茶代わり、水分補給用
にコーヒーを飲んでいた。
(店用の顔、家庭用の顔)
と言っても別に 裏表があったというわけではない 店に出ていると
きは 声がハイトーンであり、シャキシャキとしていた。家庭用の顔は
声の調子は低くなる。何でもとっておく。買い物の包装紙、袋。雑誌、
本。何かの折りにもらった石鹸、お茶、タオル、砂糖、茶碗、海苔 など
など。